第六十八話「感情」

「勇者一行がベインテ政府にクーデターを起こしました」


 死体の山。


 その中でミストル司祭は最も簡単に話を続ける。


「勇者になると言うのは最適解でしょうね。神に直接話を聞ける唯一の存在。神になる方法も聞けるでしょう」


 ホロは目の前の人間が何を言っているのか、理解できる。

 スクイと同じである。


 狂人には狂人の理屈が存在する。


「でも流石にそうはいかず、私は神託を受けられる地位に上り詰め、神になる方法を聞いたのですが」


 ここで疑問が生まれました。


「スクイ・ケンセイ。死を信仰するという稀有な存在。彼もまた神を目指す者なのではと」


 スクイの異常性。

 死を信仰すると言う特異。


 それはもしや同じ神託を聞いたからなのではないか。


「彼は不思議な人間です。私と同じ程度に人を殺し死の魔法、殺す魔法を得た。そしておそらく殺されるに等しい状況に置かれることで不死の魔法を得た」


 そこまで死に殉ずる姿勢。

 そして先日の会話。


「スクイさんは優秀な方です。神に会うという言葉に一切反応しなかった。この突飛とも言える言葉に対し心当たりをまるで表に出さない」


 ところがあなたは違った。

 ホロは気づいた。


 自分が顔に出したのだ。

 ホロはスクイは別世界から転移してきたことも、その中で謎の人物にあったことも聞いている。


 それを聞いてホロは思ったのだ。

 スクイは神に選ばれたのだと。


 それが、顔に出た。


「彼も知っていたのでしょう。死を与えることが神になる方法だと。だから死を信仰とまで高め、死を与え続けた」


 違う。

 ホロは知っている。スクイが死を信仰する理由を。


 それは本人の言う通りなのだ。


 死だけが平等だからなのだ。


「私は思いました。ではライバルだと」


 嬉しく思いましたよと彼女は言う。

 神になりたい。こんな当然のことを実践しているのが自分だけかと落胆していた。


 そんな中同じ使命を持つ人間。


「そして彼はなんと死を信奉する集団まで作り上げていたというではないですか」


 敗北感すらあった。

 スクイは自分とは極めて違うアプローチにより死を与えるという命題に向き合っていたのだ。


 そう思うと負けてはいられない。


 ミストル司祭は単純にそう思い。


「だから村の人とあなた方に死を与えようと思ったのです」


 競争かもしれませんからね、と。

 まるで遊戯。


 凄惨な憎しみの中でなく、爽やかな勝った負けたという感覚で彼女は語る。


「村はともかくあなた方に対してはやはり難しいですね。別の手立ても考えましょうか」


 あっさりと、殺すと告げたホロに話を続ける。


 壊れている。

 スクイと同じ、あるいはそれ以上に。


 そしてスクイと同じ魔法。


「それで終わりですか?」


 ホロは自分の言葉が酷く冷たく響くのを感じていた。


 ミストル司祭はにやりと笑う。


 同時、瞬きをするほどのわずかな瞬間に、この地下を埋め尽くすほどの炎が辺りを包み込み、その炎はホロ達が降りてきた階段を駆け上がる。


「では」


 元いた部屋の周辺には人がいない。

 ホロが大きな音を立てて奇襲を仕掛けた理由は人払いである。


 そこに膨大な炎を放ちそれを確実にする。


 実際、即座に大聖堂にいた全ての人間は、ホロの部屋の破壊もあり全員が即座に逃げ出した。


 あまりにも強引で、短絡的な、スクイであれば決して取らない方法。


「殺しましょうか」


 抑えていた。

 聞くべきだと思ったからだ。スクイのことを知れるなら。


 それがスクイのためになるかもしれないのなら、話を聞くべきだと思ったからだ。


 でも、もういい。


 小さな呟きと共にホロの放出した炎は地下を地獄のような業火で埋め尽くす。

 視界さえ危うくなる高温の世界で、ミストル司祭は見た。


 ホロの、本気の怒り。


「初めて見るかもしれません」


 死は平等だと狂うスクイとも。

 自己犠牲に価値があると狂うマルティール助祭とも。

 神への歪んだ変身願望に狂うミストル司祭とも。


 全く異質な狂気。


「純粋に、論理もなく、ただ感情で狂気たり得る人間」


 あるいは、それが最も恐ろしい。

 存在するだけで体が蒸発しかねない中、ミストル司祭は全身を黒い靄で覆いながらホロを称賛した。


「ご主人様は言わない」


 ホロは激情の中、声を漏らす。


「何も言えなかった。あの人は優しい人だから。いつだって、誰かのために生きている人だから」


 そう思っているのが私だけでも。

 ホロは言う。


「よくも」


 だから代わりに私が言う。


「よくも、村のみんなを」


 火が燃え上がり、大聖堂を揺らす。


「よくも、子どもたちを」


 大聖堂、この町で最も強固で、巨大な建築物。


「よくも、幸せを願った人たちを」


 それが、たった1人の力で崩壊の音を、その巨大な鐘の音と共に鳴らし始める。


「よくも、よくも、よくも」


 やっとできた、私の友達を。


「よくもメイさんを、メイさんのお父さんを」


 そして。


「よくもご主人様から、”生”を奪ったな!」


 轟音、地下にいた2人が上を見上げれば、地上が見えるほどに。

 大聖堂は崩壊し、街1番の巨大な鐘は落ち、ホロの炎は、噴火の如く爆発する。


「お前とご主人様を、一緒にするな!」


 怒りと共に。


「素晴らしい」


 その中でも、ミストル司祭は変わらず、死の魔法で自らへの影響を殺すのみである。


「Aランク魔法に引けを取らない大規模な魔法。加護による魔力の底上げあってのことだと思いますが、それでも」


 ここまでのものか。

 そう話すミストル司祭に、ホロは叫ぶ。


「お前がご主人様と同じ魔法を使おうが関係ない」


 お前がどんな魔法を使おうが、私は逃げ場なく魔法を展開し続ける

 ホロの戦い方は極めてシンプルである。


 魔力が切れればミストル司祭は自分の身を守れない。

 対してホロはここに来るまでにかき集めた大量の武器を惜しみなく使い魔法を展開し続けられる。


 確実に、今、ここで殺す。

 こいつがやってきたことを許してはいけない。


 そして、スクイが帰ってくる前に片をつける。

 もう。


「もうご主人様に何も失わせない」


「いい作戦ですね」


 ミストル司祭は、あくまで笑顔で言う。

 確かに、死の魔法あってもこの状況が続けば勝ちの目は極めて薄いだろう。


「でも、スクイさんならもう少し考えたと思います」


 そう話すと、ミストル司祭を囲う黒い靄が大きく膨らむ。


 魔力量の差を補う一点突破か。


 そう判断したホロは、即座に羽のような岩を作り、自分を固定し空を飛ぶ。

 崩壊する大聖堂を上から眺めると、人々はかなり遠くまで逃げたようだった。


 とりあえず巻き込む心配はないと確認し、ホロは考える。

 先程の黒い靄の膨張、死の魔法の出力を上げたということに他ならない。


 触れれば死ぬと言う推測を立てているホロであったが、それでも大した相手だとは考えていなかった。

 ゆっくりと、煙のように登ってくる黒い靄がホロの魔法を全てかき消すまでは。


「何故……」


 地下を埋め尽くす業火から、地上に吹き荒れる炎まで、ホロのいた空中に届くほどの黒い瘴気。


 それに触れた大聖堂の瓦礫は、一瞬にして灰と化す。


「どんな魔法相手だろうと魔力量の押し付けて勝てる。そして近距離での一点突破をされないための飛行」


 無警戒にも程がある。


「私が愛の神の加護を持っていないと思いましたか?」


 明確に、ホロの魔法の出力を上回る死の魔法の奔流。

 その中でも、彼女はホロを睨んだりはしなかった。


「あなたに与える死が、神への足掛かりになりますように」


 そう祈るように一礼すると、ホロの新たに展開する魔法も飲み込まれ。

 ホロは、黒い瘴気の中に消えた。


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