第六十五話「不死」
戦闘開始。
スクイとマルティール助祭の間に召喚された薔薇の騎士団と信者。
それにスクイがナイフを振るったと同時に、それは始まった。
スクイのナイフは近くの人間を的確に斬り殺しながら、紐を伸ばすことでその攻撃範囲を広げていく。
騎士も信者も関係なく、鮮血を撒き散らす。
「ほう」
その間数瞬。
その数瞬に、マルティール助祭は即座にスクイの目の前に現れた。
当然の行動である。
マルティール助祭の召喚した騎士と信者はマルティール助祭の盾ではない。
命のストック。
つまりマルティール助祭は100人の命のストックを持ってスクイに挑む。
そしてその動きに騎士団は追随しない。
それは騎士団の助けは邪魔にしかならないほどマルティール助祭が強いということに他ならない。
「事情を知らぬ一般人も躊躇いなく殺すとは。悪人しか殺さないとの話もありましたが、やはり死の信奉者というのもあながち嘘ではないと」
マルティール司教はスクイに接近すると、まるで腕を振るうような体勢をスクイに取る。
マルティール助祭には腕がない。目も耳も舌もない。
しかし明確に顔面へ拳を振るう動きに、スクイは即座に反応する。
途端、スクイの体は後方へ吹き飛んだ。
「流石組織壊滅の英雄」
スクイを吹き飛ばしておきながらマルティール助祭は呟いた。
接近し透明な腕で殴りつけるまでほんの一瞬。
その一瞬で3度、マルティール助祭は殺されていた。
阿鼻叫喚。
背後で信者が訳もわからずに助けを求め、血飛沫を噴き上げながら死んでいく。
「魔法上攻撃の速度は最重要視しているのですが、私が一撃入れるのに命が3つも必要とは」
能力の差。
それを認めながらもマルティール助祭は余裕そうに歩を進める。
スクイは体勢を立て直しながらマルティール助祭の魔法を把握していた。
身体を失うことでより強力な身体を得られる魔法。
強力な腕、強力な五感。
失った以上のものが返ってくると言えば聞こえはいいが、見た目としては失ったままである上に魔法を使っていないと維持できない。
魔力消費は少ないと思われるが、それでもそれが生きる上でどれほどの苦難となるか想像に固くない。
「しかし逆に言えば命を犠牲とすれば自分以上の強者にも手が届くということです」
素晴らしい。
そう話すマルティール助祭にスクイは問いかける。
「後ろの方々はあなたと同じ信者なのでしょう?見る限りわかって来たようには見えません。泣き喚いていらっしゃいますが良いのですか?」
吹き飛ばされたマルティール助祭の魔法に対し言及しないスクイにマルティール助祭は少し不思議そうだったが、同時に質問の内容にも不思議と言わんばかりであった。
「何を言うのです。自己犠牲こそが愛の宗教の教義。何かを犠牲にすることでしか人間は大きなものを得られないのです」
私が身体を犠牲に力を手に入れたように。
信者の方々の命を犠牲に私は教団の目的を達成しましょう。
犠牲。スクイはよく聞く考え方だと理解する。
失ったもの、差し出したものが大きければ大きいほど得られるものは大きくなる。
彼は愛以上に、教義としての犠牲を信仰しているのかとスクイは納得した。
そして同時にその魔法の強力さ。
スクイは左手を即座に差し出し透明な腕の攻撃をガードしたが、その腕が上がらないことに気づいていた。
「私の腕は見えず、強く、触れた部位の動きを封じます」
頭を狙ったのはそのためかとスクイは考える。
それにしても対スクイとしてはこれ以上の能力もない。
不死に対して行動不能の魔法。
触れたものを殺す組織のボス、フェルテの魔法はスクイを殺し得なかったが、この魔法はスクイにも適応されるようである。
全身に触れるなり頭に触れるなりすればスクイの負けという状況。
対してスクイの勝利条件は101回の殺害。
状況の把握はできた。
思考がクリアになるのをスクイは感じながらマルティール助祭に近づく。
「100の命のストックに相性の悪い魔法。そしてスクイさんは気づいていますね」
私とあなたにはそれほど実力に差はない。
「もちろん愛の魔法で得た身体能力あってのものですが、しかし先日あなたはホロさんと私が戦いそうになったのを止めた」
屋敷の話である。
確かにスクイはホロがマルティール助祭と戦闘になる展開を想定し、それを防ぎに動いた。
「わかっているのでしょう。あなたにある程度拮抗しうる実力を私が持っていること」
それは私と貴方が似ているからだ。
失うことの強みを知っているからだ。
死という犠牲を良しとするあなたと私は似ている。
飛び抜けた何かを得るための条件を、その過程をどこか同じくしている。
そして今、お互いが擬似的な不死となって対峙する。
「目を見てわかりましたよ。私もあなたも同じ」
親を殺しましたね。
その言葉を最後にマルティール助祭は口を閉じた。
上下に跳ぶような軽いフットワーク。
そして歩み寄るスクイの瞬きに合わせ、即座に距離を詰める。
狙いはもちろん頭、ではない。
マルティール助祭は腰を入れない弾くような、速度重視のパンチをスクイの顔に放つ。
触れれば良いだけのマルティール助祭は攻撃力を必要としない。
しかしそれは頭に触れることを狙ったものではない。
まず右腕。ガードに来る右腕に触れることで、先ほど封じた左手と合わせて両腕を無力化する。
利き腕を封じることは、現在もマルティール助祭を切り殺し続けている、スクイのナイフ捌きを封じることにも繋がる。
そして、その必勝ルートすらブラフに利用する。
顔に来る攻撃、スクイの右腕によるガードも含めてスクイの視界は心理的にも物理的にも狭まる。
それを利用し、マルティール助祭は足でスクイの足に触れにかかる。
マルティール助祭には足もない。
足も腕と同じく愛の魔法により犠牲とし透明な足となっているのだ。
そして勿論、足で触れた部位も動きを封じられる。
一石二鳥。
ガードにきた右腕と、片足を封じる。
これだけ動かせなければもう戦えまい。
「いくつか訂正しておかなければならないようですね」
攻撃の最中、スクイは立ち尽くすようにしながら、まるで構えるでもなくただ口を開く。
「まず死は犠牲ではありません。救いなのです。悪いものを受け入れるという考えではなく、死は素晴らしいものなのです」
スクイは熱を入れたようには話さない。
淡々と語るスクイにマルティール助祭はまだ村人の死に呆けているのかと言葉との矛盾に嘲笑う。
同時に、マルティール助祭の顔を狙った攻撃はスクイの顔に触れられない。
狙い通り。マルティール助祭はしかし、そのような反応をしない。
「次に犠牲にするという行為を私は肯定しません」
何故ならマルティール助祭のパンチは止められたのではなく方向を変えられたのである。
それはスクイの右手によるものではない。
左手。
動きを封じたはずの左手が、マルティール助祭の攻撃の方向を歪めていた。
「大望のために犠牲を払うのは当然のことです。しかしただ失えば何かを得られるなどというのは」
甘えです。
スクイのその言葉など耳に入らない。
左手が動かせなくとも腰を振るえば左手を振るうことはできる。そのくらいマルティール助祭は予想していた。
しかしマルティール助祭の腕を止めることはできない。
腰振って力の入らない左手をマルティール助祭のパンチにぶつけても、その威力は軌道を変えるほどにはならない。
スクイの指がマルティール助祭の腕に突き刺さっていなければ。
「指……?」
スクイの不死の魔法は切られてもくっ付ければ元通りにできる。
部位がなくなるほどであれば生える。
スクイは吹き飛ばされ腕が動かないことに気づくと、指を一本切り落とし。
それをナイフで切り刻んだ。
そして指を再生する。
その指だけは魔法の適応から外れ動かすことができた。
腕全体をそうしたかったがスクイの再生はさほど速くない。
再生させれば動くかもわからない状況であれば指一本しか試せなかったのだ。
しかし、マルティール助祭はそれを理解しながらも考える。
スクイは肉体強化の魔法を持たない。
にも関わらず単なる指が、強化されているはずのマルティール助祭の腕に刺さる。
その疑問を除けばあとは簡単な話である。差し込んだ指が固定されたマルティール助祭の腕は、スクイの腰の振るいに連動し軌道を変える。
「失うことは容易い。それがどれだけ大切なものだろうと、失うという行為自体はただ手を離すだけ」
スクイは擬態をする。
コミュニケーションは勿論、見た目においてもまるで一般人であるかのように動作、身なりを気にかけ強者と悟られない。
そうであればあまり好まない鍛錬もある。
目に見えて強さのわかる強くなり方はスクイも好まなかった。
しかしそれは、しなかったということではない。
スクイの中指は鋼鉄のように硬い。
マルティール助祭は想像もしなかった。
自らの指の皮膚を裂き、骨を折る。
それを当然と毎日繰り返すことで、その激痛のなかで得られる身体の強化。
地獄の日々。
「次に」
そして、マルティール助祭は自分が既に、スクイの足に触れたのにスクイが体勢を崩さないことにも気づいた。
一切重心が変わらない。
スクイは腰を振るい終えた立ち尽くした体勢のまま、足の自由を奪われても姿勢を変えなかった。
「ホロさんとあなたを戦わせなかったのはあなたが私に匹敵するほど強いからではありません」
立つ。
簡単な言葉であるがその内情は素人と達人によって大きく異なる。
スクイは肩幅に足を開いているだけの状態であったが、一切力なく体重を分散させ2本の足で立ち続けた。
明確なボディイメージ。
少しでも重心をずらせば、たちまちスクイの体は力の入れられない左足から崩れ落ちたろう。
毎日自分の体の動きをイメージし、動作を行い、顧みる。
その中で完璧な体の動きを身につける。
「あなたの在り方は彼女の人生に相応しくない」
彼女はこれから積み重ねる。
幸福を、愛情を、努力を、成功を。
「安易に大切なものを失うことを良しとする思想を、彼女に与えたくなかっただけです」
死を信奉するが幸福な生を否定はしない。
そうは言うが、マルティール助祭にはスクイの言葉はまるで。
「死を否定するかのようですが」
「最後に」
スクイが無視するように言う前に。
もう、マルティール助祭にはわかっていた。
利き腕を封じきれなかった。
自分の背後には生者など、もう1人もいない。
「そもそもあなたと私の実力では拮抗どころか勝負にもならない」
マルティール助祭はスクイの指を見る。
そしてその立ち姿。
わかっていた。それがどれほど積み上げられた技術なのか。
自分が安易に失った、などとは思わない。
マルティール助祭も自分の魔法を、犠牲という信仰を低くは見ていない。
しかしこの勝負では。
積み上げたものの大きさに勝ち得なかった。
似てなどいない。
最も違う点を、マルティール助祭は理解する。
それは覚悟。
四肢を失うことを安易と言い切る覚悟を持った人間に、マルティール助祭は出会ったことなどありはしない。
そして101回目。
スクイの見えざるナイフがマルティール助祭の首元を切りつけ。
初めて彼はドサリと倒れた。
「ふう」
一息をつく。
スクイは目の前の死体を見て、自分の左腕と片足が動くことを確認した。
スクイは淡々と勝負になっていないと告げたが、客観的に見れば強敵であったということを頭の片隅では理解していた。
命のストック。
死を信奉し、常に生死について考察するスクイでも考えないような魔法。
しかしその魔法の是非を考えることも今のスクイにはできない。
わかっているからである。村を滅ぼした人物が。
この襲撃の張本人が。
まだ残っているからである。
救いを、そう一歩踏み出すと、地盤が崩れる。
思わずスクイは目を見開く。
見間違えではない。目の前にある死体、そして少し先に散らばる100人の死体。
それら全てを乗せた地面がスクイの一歩と同時にひび割れ、傾き、崩壊していく。
大規模な地盤陥没。
それを偶然と考えることは、あまりにも困難である。
「うーんやっぱり真面目くんはダメだねえ」
遊びが足りてない。
そんな軽薄な言葉がどこからか、スクイに向けて囁かれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます