第六十三話「暗闇に沈む」

「よかったでしょう」


 ただ、黙って死体を見つめるスクイの視界は、突然真っ暗なものとなっていた。


 先ほどと同じ声、スクイが視線を上げると、そこには転移前に出会った天使のような存在が、小さな笑みを浮かべながらスクイを見つめていた。


「死を救いとして信奉する。それがあなたの教義だったはず。まして不平等な苦痛を味わう人間が真に平等でいられるという主張を考えれば、まさに適任でしょうね」


 適任を通り越して本望、そう彼女は言った。


「もとより死を信仰する村人達。あんな貧しい村で苦しむよりよかったでしょう。あの宿屋の親子も」


 スクイを送り込んだ先の親子の死に、軽々と言う。


「寂れた宿屋で貧乏暮らし。今までの人生もまともなものではなかったでしょうし、これからも平均以上の生活は望むべくもない。よかったですね」


 よかった。

 祝うべきことである。


「どうしました?」


 天使のような存在はスクイの方に歩み寄ると、目を細めてスクイを見る。


「自分が救いたがっていた人々が信仰する死によって救われたのです。何か言うべきでしょう」


 煽るようにスクイにうっすら笑いかける。


 スクイはただ立ち尽くし、身動きひとつ取ろうとしなかった。

 まるで目の前の存在の言葉など耳に入らないかのように焦点の合わぬ目をしながら。


 ゆっくりと口を開こうとし。


「喜べ!」


 スクイが何かを言う前に、天使のような存在はスクイの首元を掴む。

 先程までの余裕ある笑みが嘘であるかのような剣幕で、スクイに迫る。


 そしてスクイの言葉など聞かぬかのように大声で捲し立てた。


「お前は死を信仰していたのだろう!死は素晴らしいと宣っていたのだろう!死が救いだと広め回ったのだろう!」


 ならば喜べ。


 死に感謝を、死にゆくものに祝言を。


 そうしてきたはずだろうと。


「ならば何故そのような顔をする!何故笑わない!何故褒め称えない!」


「あなたがたは」


 あなたがたは。

 前回スクイがこの世界で唯一発した言葉。


「なにもわかっていないと?」


 その続きを。

 天使のような存在は、捻り出したスクイの言葉を奪い、今度は大声で笑ってみせた。


「何がわかっていない。死が救いで、平等で、素晴らしいんだろう」


「彼らはまだ」


「まだ?死が絶対であるのにまだなどあるか?」


 スクイの言葉を大声でかき消すように、彼女は笑いながら叫ぶ。


「何故殺さない?お前はもっと死を触れ回る存在だろう!」


 悪人こそ救うべき?

 全員救うべきだろう。


「目につく限り、手の届く限り、死を与え救いをもたらす。それがお前の在り方ではなかったのか?」


 スクイは何も言わない。

 それがただ言い負かされたのではないと天使のような存在も分かっている。


「それがなんだ、あの奴隷は」


 だから、ただ言葉を続ける。


「死にかけたところを止めを刺すどころか命を救い、知恵をつけさせ、力を与え、挙句愛などと」


 天使のような存在はまた大笑いする。

 堪えきれないと言うように。


「死で救う死を与えると言いながら殺すのは悪人だけでむしろ人助けの日々。何がしたいかわからんな」


 嘲笑。

 しかしその根幹は憎悪に近い。


 死を信奉すると公言するスクイがそれに準じた行動をしていない。

 その怒り。


「お前はもうわかっているはずだ」


 一通り笑い切り、話切ったとばかりに少し冷静になると、天使のような存在はスクイに向き直った。


「ええ」


 スクイはようやく言葉を口にする。


 わかっていた。

 この世界のことも、自分のことも。


「ならすぐに戻れ」


 どうせすぐに会うことになる。

 全ての答え合わせはそのときだ。


 その呟きを聞きながら、スクイが何を考えたか。


 あるいは何も考えなかったか。


 その全ては。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る