第五十八話「散華」
着飾る。
その人間性に反しスクイはそういった行為が得意である。
全身を高級感を漂わせながら華美でない格好に仕立てる。
「気乗りしませんか?」
その様子を、ホロはどこか不安げに見つめた。
上着に手を通しながら、スクイは微笑む。
「いえ、必要なことでしょう」
貴族との会談や催し、散々こういった場に出るようになっていたスクイであったが、本日の会合は少し異なっていた。
「オンスの街のもう1つの公爵家、その当主アキテーヌ・ガスコーニュ。この街では領主に次ぐ権力者です。それが向こうから会ってくれるというのであればむしろありがたいと思うべきです」
「そうですが……」
ホロが言いたいのはその部分ではない。
スクイも理解していた。
アキテーヌ公爵の話は察するに戦力と宗教の話になる。
戦力としては領主と似たり寄ったりである。組織崩壊の功績を見てスクイを戦力として囲い込みたいという思惑が手紙からは隠す気もなく透けて見えた。
そしてもう1つが宗教、アキテーヌ公爵はこの街の貴族に漏れず、愛の神の信仰者である。
それ自体は大したことではないが、問題はその近さと言える。
ほとんど完全な癒着、この街の愛の宗教のトップである司教とアキテーヌ公爵が極めて近い存在であるということは貴族界では有名な話である。
そして愛の宗教が持つ薔薇の騎士団は、実質アキテーヌ公爵の私団。
領主の持つ雌鶏の騎士団よりよほど腕が立つというのがもっぱらの噂であった。
そこへの引き抜きが主な内容になるだろう。そして今日はアキテーヌ公爵とミストル・ギヌス司教の2人が本日の呼び出し相手。
「ベインテと変わりません。引き抜きには丁重にお断りし、あまり関わらないようにするのがベストでしょう」
「そのくらいが良いかと」
もちろん、ホロの心配は引き抜きの話ではない。
スクイは他の宗教を肯定していない。
死を信奉する彼にとって愛やなんだというものは生の不平等を生む害の1つとすら言える。
全否定しないまでも快く思う相手ではない。
そしてそれは向こうも同じである可能性があった。
死の信奉、スクイの信仰については貴族界でも一応噂は流れていた。
基本その概念を司る神への信仰が常の世界で、存在しない、それも神ではなく概念そのものへの信仰というのは異端であったが、多少の変わり者という程度の評判であり、それ以上にスクイという人間と接した者の評判は良かった。
面と向かって死を否定でもしない限りスクイは極めて優秀な好青年である。
しかし今回の会合。貴族でなく実際に別の宗派の司教との顔合わせとなる。
その上でアキテーヌ公爵はあまり良い噂を聞く人物ではなかった。
「宗教は悪くありません。しかしそれを悪用するものはいるものです」
スクイは死への信奉に限らず、この考えを忘れないようホロに説いていた。
ホロとしては複雑な部分もある
ホロ自身、愛の宗教の加護を持つほどの熱心な教徒である。
スクイの許可を得て、教会に足を運んだこともあり、そこの人々は立派な人たちであったとホロも思う。
小さな子供が熱心に教会に足を運び、教義を学び、祈る姿を、手放しに教会の人間は褒め称えたし、敬虔なことだと感心し笑いかけた。
自己犠牲を主とするその教義は歴史によって権力者のいいように改変された部分もあるが、根っことして人のために生きましょうという志は失われていないのだ。
決して愛の宗教やその信者が悪人ということはない。
奴隷時代を考えれば、死への信仰と同じくらい愛への信仰はホロの心を救っている。
その司教とスクイが対立するのは、ホロとしても避けたいことであった。
「アキテーヌ公爵はあまりいい噂を聞きませんが、ミストル司教に関しては人格者として名高い方です。癒着の件もあり裏は知りませんが、面と向かって騒動を起こす心配はしなくて良いと思いますよ」
適当に流す、相手が相手だけに緊張するホロだったが、スクイの対応は他の貴族と違ったものではない。
強いていえば他の貴族との交流であれば多少コネを作ろうとすることもあったが、今回はあまり接点を作らないように動こうといった程度である。
ホロの心中を察してか、心配を取り除くように語りかけながらスクイはホロを連れて宿を出る。
今日は宿には誰もいなかった。メイと父親は最近では宿を離れスクイの領地でいることも多い。
距離も距離である。行き帰りするよりしばらく泊まり込みで村の復興に手伝ってもらっているというのが本題であったが、移住を考えているメイの父親はその判断や、慣れも考えているようだった。
予約した馬車に乗り、スクイは目的地であるアキテーヌ公爵の家まで送られる。
予想通りの豪邸に着き、予想通りの従者からの歓待を受け、手慣れた様子でスクイはそれを返した。
豪邸の間取りも従者の人数も把握済みである。ここら辺の抜かりなさは変わらなかった。
しかし豪邸の入り口を潜ると、そこには大勢の従者に囲まれるようにして1人の男が立っていた。
でっぷりとした腹に顔、歳は50ほどだろうか。贅肉に塗れながらも小柄な身体は歩くのも億劫と言わんばかりで、スクイたちのほうを少し品定めするように見ると、顔つきの悪さに似合わぬ柔和な笑顔で声をかけた。
「ようこそ来てくださった」
アキテーヌ公爵その人である。
まさか玄関口にて待っていると思いもしなかったスクイは少し意外に思ったが、冷静に眉を釣り上げ驚きの表情を作る。
「まさか出迎えいただけるとは。ご足労を」
「構わん」
頭を下げるスクイに満足げに笑うアキテーヌ公爵。
まさか礼を言われたくて迎えに来たわけではあるまい。優秀だが傲慢な男という前評判と目の前の男を照らし合わせる。
スクイが頭を下げるのを確認すると、アキテーヌ公爵はこちらを待たず屋敷の奥に歩を進める。
先導するのだろう。スクイは横に並びつつ、逆側にホロを歩かせる。
従者が扉を開けると、中庭を通る道が現れる。
ここを通っていくのだろう。手入れされた植物でも眺めようと少し興味を持ったスクイの目には、別のものが映った。
「彼らが薔薇の騎士団ですか?」
中庭には真っ赤な甲冑を身につけた大勢の騎士が少しも動くことなく整列していた。
庭の道に足を踏み入れず、しかし両端にずらりと並ぶ様は圧巻と言える。
「そうだ」
よく知っている、などとは言わない。
自分のお抱えの騎士団のことは誰もが知っていて当然という考えが伺えた。
「私がパトロンをしている、愛の宗教の持つ騎士団。実力はもちろん雌鶏の騎士団の比ではないな」
自慢げに膨れた腹を揺らすアキテーヌ公。
実際、領主の頼みもあり何度か雌鶏の騎士団と顔合わせをしていたスクイは思う。
別格だ。
はっきり言って、比ではないというアキテーヌ公の言葉は何も失礼ではないとスクイどころか、ホロも確信する。
あくまで甲冑に身を包み身動きひとつ取らぬ彼らであるが、その情報量だけでもスクイには多くのことがわかる。
さらに言えば着ている装備もこちらの方がいいとなれば笑いの種にもなりそうだとスクイは思った。
ただ日常訓練を積んで、領地の方を学びましたという雌鶏の騎士団とは戦闘の概念から違うだろう。
「おっしゃる通りかと」
「やはり英雄から見ても一目瞭然か?」
「正直に申し上げますと、比べるのも彼らに失礼でしょう」
そのスクイの言葉に、アキテーヌ公は大声で嬉しそうに笑う。
「それもそうだ。あんな飾りと一緒にされてはな」
「その通りです。飾りにも最低限の質は求められるものです」
スクイの同意に、気を良くしていたアキテーヌ公は即座に笑うのをやめる。
少しの思考、スクイはその様子を見てアキテーヌ公の印象を変えた。
やはり馬鹿ではない。
「飾りの質というが、英雄殿には彼らが飾りだと?」
飾りの質、スクイは薔薇の騎士団を褒めはしたが、所詮雌鶏の騎士団と同じく飾りであると指摘したのだ。
そこに気づいたという点をスクイは評価したのではない。しかし今はそこが論点となるだろう。
「ええ。愛の宗教、ひいてはアキテーヌ公の権威を見せつけるには、良い装飾となりうると感じさせられました」
この言葉を悪口と捉えるかどうか、少し冷や汗をかくホロだったが、気に入ったようにアキテーヌ公は笑う。
「なるほど、薔薇の騎士団が見てくれだけのものと英雄殿はいうわけだ」
これはいくら最強の組織を打ち負かしたとは言え薔薇の騎士団を舐めた物言いだろう、とあくまで嬉しそうにアキテーヌ公は語る。
「そう言われては彼らも心外、私も彼らの後援者として黙っておくわけにはいかんな」
そう言いながらアキテーヌ公は手を叩く。
ホロはため息を吐きそうになった。結局ことを起こすのだと。
しかし同時に気づいてもいた。この状況はスクイが引き起こさずとも起こっていた。
戦闘力を買うスクイの戦闘を見たい。
自分の戦力を見せつけたい。
この2つを軸とした思惑がアキテーヌ公にある以上、スクイと薔薇の騎士団の手合わせのようなものは少なからず用意されていたのだろう。
スクイはそれを察知し、自分からその状況を作り動くことでアキテーヌ公の主導権を何割か奪ったのだ。
既に発言権の奪い合いは複雑に、かつ明瞭に行われている。
ホロは黙って考えに徹した。
「さて、飾りの汚名を晴らしてやりたいが何分英雄殿。こちらの1番腕の立つものですら戦いにはならんだろう」
となればどうすべきか、既に決めているだろうことを悩むように腕を組む。
「複数と戦いましょうか?騎士団の強みは複数戦にあるでしょうし。なんならこちらは素手でも」
「ううむ、それもいいが」
予想以上に自分が不利なルールをよしとするスクイに少し驚いたようだったが、アキテーヌ公は何かないものかと横の騎士に聞く。
騎士は用意してあったのがわかるような思い出しながらの言葉を明瞭に発する。
「はい!考えるに英雄殿にはその戦いをサポートしたという手下の奴隷が1人いたとお聞きしており」
奴隷、その言葉を発した瞬間。
ホロがその言葉に何かを思うより早く。
手下の奴隷という言葉を発した騎士は、その赤い高価な甲冑を粉々にしながら、中庭の向こう側にある噴水にまで吹き飛んだ。
誰も、反応できない。
振り抜いたあとであろう、先程まで騎士の顔のあった場所に置かれるように動かないスクイの拳を見てやっと全員が、スクイが騎士を殴り飛ばしたのだと理解した。
「失礼」
そう言いながらハンカチを取り出すと、自らの手を拭く。
「私と彼女の関係は同志にして対等。私たちは違わず公爵の客人という立場のつもりでしたが?」
手下、奴隷扱いされる謂れはない。
そういった態度。
ここは譲らない。
スクイの目にアキテーヌ公爵は少しの怯えを隠す。
隠し切れる。
スクイという人間の唐突な暴力にも一切の感情を溢さない。
しかし同時に思う。
これは一筋縄ではいかない。
「その通り、両英雄を讃えるつもりが下の者が失礼なことを言った」
あとで詫びさせよう、そう言いながらアキテーヌ公爵は1つスクイに対する情報を修正する。
同志、つまり仲間に対しては想像以上に情があると見て良いのかと。
スクイもまた考える。
奴隷という言葉、下の者というだけであれば主体となったスクイとサポートに回ったホロを指してそう表現することはおかしくない。
しかし奴隷という表現。
スクイがホロを奴隷市から連れ出したことは調べがついているということである。
どこから漏れたのか、お互い考えることは多いが、なんにせよ今すべきことは1つである。
「ところで、先程の方はホロさんについて何か言おうとしたようですが、おそらくホロさんとの手合わせを考えていらっしゃったのでは?」
英雄スクイ、その相棒ホロ。
スクイも認めるホロと対等に渡り合えるのであれば、確かにスクイが薔薇の騎士団を認める道理も通るだろう。
「おお、それは名案だ」
先に言葉を取られたアキテーヌ公は代わりに騎士を何人か呼ぶ。
「英雄殿と悪の組織を壊滅に追い込んだホロ殿、実力は疑うべくもない」
余興という体を取る。
公爵の騎士団とスクイの相棒の実力をお互い見せ合おう。
嫌な席ではあるが、スクイはアキテーヌ公とそれを見るということになろう。
「せっかくなのだ盛り上がって欲しいが」
ルールを考えるアキテーヌ公を置き、スクイはホロに声をかける。
「いけますね?」
「はい」
即答。
相棒として紹介されたのであれば、無様な真似は見せられない。
「ルールは何人でも構いません。私は武器も魔法も使いませんので」
ホロの言葉に、アキテーヌ公は隠しきれぬ驚愕の表情をホロに向け。
スクイは笑顔で手を叩いた。
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