第五十七話「娘」
「子供の扱いが上手いんだな」
スクイと遊び疲れ、晴天の中座るスクイの膝で眠る双子を見ながら、メイの父親は言った。
「意外ですか?」
「……いや」
目線も変えずに返すスクイに、メイの父親は小さく首を振る。
話し合いは終わったらしい。村の建物を居住区と公共に分け、その役割等を明確にする。
あとは仕事の割り振りであるが、それは今までとさほど変化ないためすぐ決まりそうだとのことである。
「いい村だ」
しばらくの沈黙の後、メイの父親は口を開く。
話し合いに参加した2人の村人は、積極的で吸収も早かった。
外から急に来たフラメとメイの父親に対しても猜疑心を抱くどころか、意見一つ一つを真剣に聞き、村を良くしようと考えていることがわかる。
またあまり口のうまくないメイの父親の提案にも熱心に耳を傾け、タメになることがあると素直に感謝した。
元が死を信仰するという集まりである。異物に対する適応が早いのもあるだろうが、それ以上に大きな向上心があり、明るく快活で、料理1つとってもより村を飢えさせない方法論を聞き、自分の考えや村の状況を共有し意見を出した。
畑では再びメイとホロが畑を見ながら話をしている。今度はホロが魔法を教えているらしい。魔法の中には畑仕事に使えるものも多い。メイも農作業に必要なものは習得したいと考えているらしく、効率の良い習得方法を聞いていた。
村人は家の周りに集まっている。フラメが家々を走り回り、生活用品や家の補修に必要な道具を渡しながら説明をしている。
すぐとは行かないが、廃村の残りを使っていたよりは遥かに住み心地もよくなるだろう。
「貧しく、物もなく、人もいない。一見うまく生活しているように見えて、お前がこうしてきていなければ一年も持たずに全員まともに暮らせていなかったろう」
今はよくとも気候が変わり、魔物に襲われ、人に騙され、何かしら瓦解することが目に見えている。
「だがそうはならない。それは」
「彼らが強いからです」
スクイはメイの父親の言葉を遮るように口を開いた。
「確かに不安定な村で、こうやって手を加えなければ存続は厳しかったでしょう」
しかし、強い意志のある方々だ。
「何故なら彼らは死を理解している。死の信奉の先に苦痛などと言うものは存在しないのです」
スクイは極めて穏やかに、狂気を口にする。
しかしその表情はいつもの狂信的なものではない。
「お前は……」
メイの父親は何かを言おうとしたが、言い淀んだ。
「俺の宿はもう長くないだろう」
代わりのように、別の言葉を吐く。
メイのために続けてきた宿。借金がなくなったとはいえ、客のいない宿を経営し続けるには金も労力もいる。
そしてメイも囚われ続ける。
「そうなればあの宿もいらなくなる。2人で住むには大きいし、第一」
あまりいい思い出があるわけではない。
メイにとっては祖父との思い出の宿でも、メイの父親からすれば借金を残して逃げた父親による全ての元凶である。
「でもメイさんにとっては大事な宿なのでしょう?」
スクイは逆にそう問う。
メイの父親が儲かりもしない宿を続けた理由、それがメイにとって思い入れのある場所だからである。
いつかこの宿を復興させてまた人気にしたい。そう言う想いがメイには少なからずあったはずだ。
「ああ、でもな」
肯定しながら、メイの父親はホロと楽しそうに話すメイを見る。
果たして、客のいない宿で自分の娘はあんなに楽しそうだったろうか。
宿番や畑作をメイが楽しんでいたことに疑問はない。スクイという客が来てやっと宿娘としての仕事ができたとき、メイがこれほど明るい子だったかと思わされた。
しかし。
「なくてもあの子は幸せになれる」
それは、少しの懺悔。
人のいない宿に留めることでしか娘を幸せにできなかった父親の後悔。
スクイはその言葉を、否定せずに、ただ黙って聞いた。
「帰る場所にしたいと言ってくれたお前には悪い話だがな」
「いえ、変わりませんよ」
構わないではなく、変わらない。
その言葉の真意を、少し考え、メイの父親は思考を捨てる。
「なあ、この村もこれから大きくするだろう」
「そうですね。規模はともかく、環境は大きく変わるでしょう」
「人も必要だろう」
「専門的な知識を持つ方がいらっしゃると助かりますね」
そのスクイの言葉で、メイの父親は納得した。
初めから、メイの父親が望むまでもない。
スクイはこの村にメイの父親を迎える可能性を考えていたのだ。
もちろん、たった一度もスクイはメイの父親を勧誘したりなどしない。
しかし先細る宿、メイの嬉しそうな表情、メイの父親が今後の人生を考えるにあたってこの村を選択する可能性。
そうなれば迎え入れる準備を、スクイは用意していた。
どこまで先を考えているのだろう。
どこまで人のことを見ているのだろう。
「やっぱりいい村だ」
メイの父親は、考えたことを何も話さない。
感謝も、スクイが求めているとは思わない。
ただ、繰り返す。
「ええ、村の方々が立派に」
「お前がいるからだ」
しかしきっぱりと、そう言った。
「お前がいるから、いい村になる」
初めて、メイの父親はスクイの目を見て話した。
スクイは少し、目を背けるように視線を切る。
「私はここに住むとは限りませんけどね」
そういうと、向こうのほうからフラメの呼ぶ声が聞こえる。
どうやら高所の作業が必要らしい。
フラメでは体力仕事は厳しいだろう。
「手伝ってあげてきてください」
スクイは膝で眠る双子を見ながら、メイの父親にそう伝える。
「ああ」
そう言って、メイの父親はフラメの方に歩く。
「あ、おとーさん!見て見てこれ!」
その道中で、メイは父親を見つけると、手のひらに小さな水の玉を作る。
「気づいてなかっただけで身につけてたみたい!日頃の水仕事が習得条件になってたのかな!」
鍛えれば水やりにも使えるかもと嬉しそうに話すメイを見て、父親は珍しく少し笑いながら頭を撫でた。
「やはり子供の扱いが上手い」
そう呟きながら、メイの父親は村仕事を手伝いにフラメのもとへ歩いた。
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