第五十六話「余興」

「必要なもんは揃ってるように見えるが、不便をあげればキリがねえな。兄さんがどのくらいを求めてるのかにもよるが」


「まあまず最低限の生活が送れるところからでしょう。衣食住ができても清潔面を意識しないと明日全滅なんてこともあり得ます」


「家の一つを大掛かりな調理場にして村全体の食事をそこで作るのはどうだ?」


「そうなると適切な空き家は……」


 3人の男たちがぶつぶつと言いながらああでもないこうでもないと話を進める。


 メイをスクイの領地に連れてくるにあたって、スクイはその父親とホロ、そしてもう1人を連れてきていた。


「しかし兄さんは俺を何でも屋だと勘違いしてる気がするな」


 それがフラメである。


 現在組織関係の問題から解放された彼は再びナイフ屋を再開する準備をしていたが、それにあたっての手伝いをスクイに受けながら、スクイの相談にも乗っていた。


 そのうちの一つが村の復興のための材料入手である。


「実際フラメさんの商売ルートにはかなり助けられていますからね」


 スクイは意図を少し無視したような返答を返す。

 組織突入の準備といい、ナイフ専門の商売をしていたフラメの人脈からスクイはあらゆる物を集めていた。


 今回も村の復興ということで必要なものの確認をスクイ、メイの父親、フラメで行っているが、用意するのはフラメになるだろう。


 もっともフラメはスクイのことを気に入っているし、さらに組織関係を抜きにしてもスクイは金の払いがいい。

 それはフラメの商売の助けという意図もあるとフラメも感じていたし、手間を愚痴りながらも頼られている現状も含めて内心は満更でもなかった。


「調理場を1つにするのは良いアイデアかもしれねえ。食材置き場も兼ねられるし全ての家にそれらを用意するよりは手間もかからねえ」


 流石現コックのアイデアだとフラメはメイの父親に笑いかける。

 これで料理もあんたが教えてくれるってんだから心配ねえなと。


 言われたメイの父親はにこりともしなかったが、フラメは気を悪くした様子もなく街の地図に目をやる。


「他も公共の施設をいくつか作るのはありか。ここら辺は村人との相談だな」


「どなたか呼んできましょうか?」


「ん、ああ、そうだな兄さんが行くのがいいか」


 フラメは少し考える素振りを見せたが、村人と交流の多いスクイが呼びに行く方がいいだろうと考える。


 地図を見ながらメイの父親に話しかけるフラメを尻目にスクイは空き家を出た。


 外ではいつも通りの村の生活の中、メイが畑の野菜を指さしながら村人とホロに何かを話している。

 村人は基本子どもの話と微笑ましく聞いていたが、時折知らないような知識に驚かされていた。


 ホロはそれを熱心に聞いている。スクイはホロが農業に興味があると思っていなかったが、勉強熱心に越したことはない。


 今話しかけるのは邪魔だろうと別の人に声をかけに行こうと思ったが、スクイが空き家から出てきたことに気づいたメイは大きく手を振ってホロと村人と近づいてくる。


「長かったっすね!話し合いは終わったんすか?」


「いえ、ある程度方向性が決まりそうなので後は何人か村の人たちの意見も聞きながら考えたいと」


 そう言いながら村人を見る。

 メイの話を聞いていた村人たちはそれならと頷いた。


「大勢いても仕方がないので村の設備や状況に詳しい人2人ほどと考えることにしましょう」


「わかりました」


 そばにいた若い男が元気よく言うと、迷わずもう1人、もう少し年上の男と見合わせ空き家に向かう。

 周りにいた村人もそれを見守ったことから自他ともに人選に問題はないのだろう。


「あの2人の人は主にこの村の力仕事を担当してるらしいっす」


 即断にスクイが疑問を持ったと思ったのかメイが注釈する。


 若い男が村に詳しいといえば違和感も覚えるが、そもそも最近移り住んだ村である。

 歳をとっていれば詳しいと言うわけでもなく、そうであれば色々仕事を任され走り回っている者が詳しいのも道理である。


 力仕事担当とは言うが村の仕事など大半は力仕事である。


 スクイも何度か来て会話をしていたし、何よりスクイが初めてこの村に来た時に、スクイを見て感涙に咽び泣いた内の2人である。特段異論はないくらいにはスクイの信用も厚かった。


「スクイさん、代わりに子どもたちといてやってください」


 自身も空き家の会議に参加しようと歩を進めるスクイに、2人は話す。


「そういうわけには」


 そう口にしようとするスクイだったが、考えてみれば話し合い自体は自分がいなくてもさほど問題はないだろう。

 村の改革に必要な特別な知識を持っているわけでもないのだ。


 この村にも2人だけではあるが子供がいる。他の村人と同様元奴隷からスクイにより解放された者である。


「2人ともスクイさんのファンなんすよ。つっても村全体がそうですが、せっかくなんで遊んでやってください」


 と言われて断る理由もない。

 スクイは考える前に足元にひっつくように近づく2人の子供を見る。


「わかりました。では終わり次第また声をかけてください」


 そう言って2人を見送ると他の村人たちも仕事に戻り、スクイは子供たちに囲まれる。

 すなわちメイ、ホロ、そして2人の少女。


 2人とも年齢は6つ程。褐色の肌に黒い髪を後ろで三つ編みにして束ねている。

 加えて同じ顔つき、双子だろう。


 子供用の服が用意できていないのか大きめのフード付きの上着が全身を余裕持って覆っている。


「救世主様!あそぼ!」


「あそぼ!」


 そう言いながらスクイのズボンを引っ張る。


 救世主様という言い方はやめてほしいと思っていたが、双子に限らずスクイのことをそう呼ぶものはいる。

 スクイがこの村を訪れるより前に定着しており、今更変えられない人たちに無理強いするのをスクイはとうに諦めていた。


 スクイは双子を撫でながら優しく引き剥がし、観念したように座ると2人は期待に目を輝かせる。


「では何しましょうか?」


「なんでもいい!」


「面白いことがいい!」


 2人は口々にスクイに要求する。

 救世主と呼ぶには無茶苦茶な要求ではあったが、子供の遊び相手としては一般的な課題とも言える。

 スクイは少し困った顔をしながら、懐からコインを一枚取り出した。


「ではコイン当てゲームでもしましょうか」


 コインを投げその行き先を答えるゲームと説明し、当たればそのコインをあげると約束する。


「お2人も参加していいですよ」


 当たれば全員にと言いながらスクイはメイとホロにも声をかける。


「お!お小遣いチャンスっすね」


「が、頑張ります!」


 2人とも双子の後ろから、双子同様食い入るようにスクイの手を見る。


「では、行きますね」


 そういうと、スクイはコインを真上に弾く動作をする。

 そして両手を開き、手のひらを上に向けた。


 ホロは考えた。スクイの弾いたコインを視認することはできない。できるのは落ちてきたコインを掴む手の動きである。

 そしてどちらかの手で掴むと考えていれば、待機中の両手、視線にも僅かな差が生まれる。


 ホロだけは遊びでなく、訓練の成果を見せようと意気込んでいた。


「さて」


 スクイはそんなホロの心情を知ってか知らずか、スクイはそのままの姿勢で呟いた。


「コインはどこでしょう」


 スクイの手は開かれ、手のひらは上を向いたままである。

 4人は一瞬沈黙し、ことに気づく。


「左右クイズじゃないじゃないすか!」


「行き先を問うと言いましたよね?」


 即座に文句を言うメイにスクイはにっこりと微笑んだ。


 してやられた。そう感じ歯軋りしつつも、メイはしかしそれで折れはしない。


 ホロも同様に思考に移る。スクイのことである。適当なところに投げて探してこいと言う意味ではない。考えてわかるようにしているだろう。


「救世主様!探し回りたいです!」


 実際に見つけに行く。ホロの思考とは真逆であるが、それももっともなやり方である。


「構いません。ただしこの畑の中を出てはいけませんよ」


 この中にありますからねと伝えると、双子は両手を上げて走り回った。

 目の届かないところに行かせないと言うスクイの配慮だったが、場所の限定を考えれば案外素直に走り回る方が早く見つかるかもしれない。


 そう思考を止めかけたホロを追い抜くようにメイは大きく手を上げた。


「はい!答えは旦那の後ろっす!」


 コインは見えない。ここは畑。

 メイの考えはそこであった。つまり投げたコインをスクイの後ろに落とす。


 畑の土では落下音は聞こえない。


「ゲーム前に座ったのも後ろの隠せる範囲を広げるためっすね!」


 足の後ろより背中の後ろの方が見えにくい。

 自信満々なメイの答えに、スクイは立ち上がる。


「残念ですが」


 そう言ってみせた先には、手の施された畑しか存在しなかった。


「えー自身あったんすけどね」


 そういいながらメイはスクイの座っていたあたりの地面を少し探し回ったが、何もないことを確認すると元の位置に戻った。


 スクイはまた元の位置に座り込む。


「ホロさんはわかりますか?」


 スクイの何気ない言葉、しかしホロにとっては何としても当てたい問題である。

 スクイのことはこの中で一番自分がわかっているとホロは客観的に思う。そのときどこにコインをやるか。


 不自然な行為があったか?

 メイのいう通り座り込んだのは違和感がある。この泥の上、汚れることは明白だ。


 スクイの手先によって行先は見えないコイン。

 となると考えないと解けない、そして賭場で見たようにスクイは普通しないようなことをして相手の思考を外れ欺く傾向がある。


 思考を外れる?


「わかりました!」


「どこですか?」


 はっとしたホロの顔にスクイは嬉しそうに聞く。

 ホロは自信満々に言った。


「ご主人様はコインを投げていません!今も持っています!」


 場所は指定しないが答えとしてはこれで正しいだろうとホロは考える。

 投げても見えないコイン、これがブラフである。


 投げても見えないということは投げなくてもわからないということである。

 確かにスクイはこれ見よがしにコインを出したが投げるときには見えなかった。


 速度の問題かとも思ったが単純に投げていなかったのだ。


 重ねられたミスリード、しかしそれを意識すればその意図は読め、自ずと答えは出る。

 ホロは少し自慢げに笑い。


「惜しいですが、不正解ですね」


 スクイはそれでもどこか嬉しそうに答える。


「えっ」


 自信のあった回答、それが違うと聞きホロは動揺する。

 そうでない。となると本当にスクイはコインを投げていて、適当にこの畑に落としたのだろうか。

 そう考えるホロにスクイは微笑みかける。


「いい回答でしたが、私はコインを投げその行き先を答えるゲームと説明しました。コインを投げず持っているのはゲームに反しますね」


「ああっ」


 その発想はなかった。ホロは少し悔しげに俯いた。

 考え込むあまり前提を完全に度外視していたのだ。惜しいと言われても慰めにはならない。


「いやでも聞けば旦那のやりそうなことっすねそれ。ホロさんもよく旦那の性格の悪さを知っているというか」


「はい!ご主人様のことなら詳しいのです!」


 即座に笑顔でメイに返す。

 ふふん、と胸を張り喜ぶホロは、案外単純であった。


「でもそうなるとどこっすかね。なんにも考えずに畑のどっかに落としたんですか?」


「いやご主人様はそんなことは」


 そう2人が議論を始めようとするうちに、向こう側から大きな声が聞こえてきた。


「あった!救世主様!あったよ!」


「私も見つけた!2つで全部?」


 メイとホロが見ると、双子はそれぞれコインを手に救いに駆け寄り、褒めてもらいたそうにスクイの周りをぐるぐる回った。


「ええ、その2つです。よく気付きましたね」


 よく気づいた、見つけたではなく気づいた、その言葉でホロは理解した。


「2人のフードの中ですか?」


「正解です。ホロさんも頭の回転が早い」


 ホロが引っかかったのは惜しいという言葉だった。

 スクイは世辞でホロを褒めはしない。それがホロの成長の妨げになると理解しているからである。


 では惜しいとは何か?

 答えでないのであればそれはスクイがコインを投げていないという点だろう。


 しかしスクイはコインを投げたという、その矛盾はなにか。


 スクイはコインをあの場面で投げなかったのだ。


「2人が足元にいたときに予めコインをフードに投げ入れていたのですね」


「その通り。仕込みとパフォーマンスは基本ですよ」


 予めコインをフードに入れる準備、コインをさも今投げるようなパフォーマンス。

 両掌を上に向け、コインを両手どちらで握るかというゲームだと錯覚させる、そのミスリードのさらに裏にもう一段パフォーマンスがあったとは。


 ホロは舌を巻く。

 子供の遊び相手にしては手が混みすぎている。


 そこまで考えて、気づく。


「えーじゃあわざわざ泥に座り込んだのは旦那が不潔なだけっすか?」


 洗い物が大変なんすよそれとメイが言うが、ホロは違うことに気づく。


 これは子供の遊びなのだ。

 スクイが座ったのは単に双子と目線を合わせるため。


 ゲームにしても賞品でやる気と楽しみを出させ、探させて、最後に自分が持っていたと言う驚きを与える。


 そして双子が両方賞品をもらって喜び終われる。


 ホロは気づいた。なんてことはない。いつもの面倒見のいいスクイのやり口だと。


「これどうやってフードに入れたの?」


「救世主様の魔法?」


 スクイは双子に質問攻めに会いながらもなんとなくはぐらかしながら、自力で答えに導かせようとヒントを与える。

 その様子を見ながら、ホロは自分の考えを確信した。


「これ本当にもらっていいの?」


「お金は大事だよ?」


 双子が同時に首を傾げながら聞く。


「ええ、2人の賞品ですから。好きに使ってください」


 そう答えたスクイに嬉しそうに使い道を語る双子を見て、メイも大体スクイの目的を察する。


「完敗っすね」


「そうですね……」


 メイとホロは少し苦々しげに笑いあう。

 今回は自分たちが大人気なかったかもしれないと言う反省。


「では、せっかくですしもう一戦しましょうか」


 その反省はスクイのその言葉で掻き消える。

 次は負けない、そういった態度で挑む2人をスクイは優しく見守り。


 双子には遊びを、メイとホロには思考を与え続けた結果。

 会議がひと段落つくまでの間、2人は双子の当て馬にされ続けた。


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