第五十四話「思考」

「と、いうことになったんですよね」


「お前も大変な身分になったもんだな」


 スクイは密林の中で声をかける。

 声をかけた相手であるカーマは、羨ましくもなさそうにスクイの現状を聞いた。


「土地に関しては結果的に死の信仰者と知り合えたのでよかったのですが、あとは厄介なだけです」


「お前は権力とか嫌いそうだしなあ」


 死の元に全て平等というスクイの考えを思い出しながらカーマは言う。


「村の連中とはどうしてるんだ?」


「領主さんの許可を得て今まで通り過ごしていただく形ですね。とはいえ村の基盤も怪しいようなので、私も手伝いに行っていますが」


 信者となると優しいもんだとカーマは思い、思い直した。

 元々案外面倒見のいいやつなのだと。


「フラメさんにも頼らせていただいて農作物の売買ルートを作って、居住施設の向上を図るのが当面の目標になるかと」


「住めないことはないにしても荒れた村だって言ってたな。まあそこら辺も含めて新領主様の腕の見せ所だな」


 にやりと笑うカーマはスクイが嫌そうな反応をするかと思ったが、そんなこともなくスクイはいつも通りの笑顔を見せる。


「せっかくの同志です。死を選べなかったとはいえ大切にしたいものです」


「いつもと言ってることは変わらんがお前から大切にするって言葉が出ると変な気分だ」


 しかし悪くない。カーマはスクイの強さを大きく評価していたが、付き合うにつれその異質さだけでない性格の面白みも掴んでいた。


 また冒険者として生きてきたカーマにとって、スクイの経験した最近の急激な生活の変化の話は目新しかった。

 貴族や商人との交流。スクイは毎日それに追われていたが、普通に生きていればなかなか経験できるものではない。


「しかし、最近多忙だと愚痴っていたお前が、忙しい中なんで俺と依頼に来る気になったんだ?」


 2人は密林に魔物の討伐依頼を受けにきていた。

 Aランク。スクイでは受けられないランクであるが、カーマに受けてもらうことで同行できる。


 とはいえAランクの依頼は2人で来るような簡単なものではない。

 カーマもスクイでなければ断ったろう。


「まあ少々、実力不足を覚えましてね」


 スクイの言葉にカーマは冗談かと笑う。

 しかし事実である。組織崩壊の功績者、スクイはこの町で最強と呼ばれるほどの実力者である。


 とはいえスクイからすれば運の要素も多く、反省も多々あった。

 組織には自分を超え得る個人も複数いたと思っていたし、Aランクの魔法使いには未だに勝てる気がしていない。


 死を与えるには強さも必要である。

 スクイは自分を信仰者であって戦士ではないと思っているが、必要とする要素に戦士と同じ部分が多くあるのも事実である。


「強さの種類は多様ですから。魔法もいろいろありますし、カーマさんもいくつかの魔法を組み合わせて戦ってらっしゃるんでしょう?」


「まあ相性はあるな。俺は基本肉体強化だが、風の魔法も多少使える」


 多少、というのは謙遜だろうとスクイは初対面の攻撃を思い出しながら思う。

 あれで死に迎え入れられなかったのは未だに思い出すだけで悲しい話だった。


「肉体強化は便利でしょうね」


 肉体の神という存在にスクイは違和感を覚えていたが、実在するらしい。


 肉体強化の複合。組織のボス、フェルテはその極地の1つだろう。

 複数の魔法はA級魔法である戦士にすら匹敵し得る。


「ああ、スタイルにもよるだろうが1つ2つは持っていていいだろうな」


 カーマからすればスクイが肉体強化の魔法を持っていないと言うのが信じられなかった。

 肉体強化魔法は体を鍛えれば、あるいは戦えば手に入ると言ってもいい。


 スクイのような戦闘の経験者が取得していないわけがないのだ。


「あとは意表をつける魔法も強いですね。対応できない魔法はやっかいです」


 その言葉でカーマはスクイが対人を想定していると理解する。

 本来悪人でもなければ対人を意識して魔法を対策しないが、スクイは別である。


「お前の植物魔法も悪くないが、戦闘と考えると使い道は限られるな」


「植物で攻撃というのは大したダメージを与えられないですからね」


 相性や意表をつく目的でも大した効果は得られない。

 もちろんスクイはそれ以上の汎用性という強みを植物魔法に見出していたが。


「まあ、そうやって考えればこの依頼も納得できるな」


 カーマは樹海を歩きやっと見つけた魔物を見ながらスクイに合図する。


 ヒュージゼリーと呼ばれるその魔物は2mをゆうに超えるカーマよりもさらに大きな、液体の塊である。

 内臓や何かというものも一切なく、ただ青く透き通る液体が動いている。


 しかし非常に好戦的で、液体に取り込まれると身動きは取れずゆっくりと溶かされる。


 今回の依頼の対象であった。


「その通り、こういった物理攻撃の効かない相手もまた私の弱点でしょうね」


 しかしこんな生き物がいるとは。

 異世界とはいえ魔法以外は前の世界と大差ない物理法則だと思うが、魔物は本当に特異であるとスクイは異世界の部分だけ隠し話す。


「まあ魔物の生態は不明もいいところだからな。なんでもありだ」


 魔王討伐すれば全部消えるらしいがな、とカーマは言う。


「だから勇者は魔王を討伐するんですね」


 魔王、勇者の最終目標。

 スクイは今まで魔王によって脅かされた話を聞いたことがなかったが、魔物が消えるなら討伐を望まれもするだろう。


「まあ、俺らみたいな職種の奴らは困るがな」


「魔物産業が既に成り立っていますからね」


 とはいえ魔物がいなくなったところでカーマが生活に苦労するとはスクイには思えなかった。

 戦闘以上にその面倒見の良さと人望はさまざまな面で活躍するだろう。


「高速のナイフによる削ぎ落とし、高所からの落下、高火力による蒸発、内側からの爆発」


 思いつく対処法はこんなところでしょうか、そう呟くスクイにカーマは笑った。


「お前は戦うときそんなに難しく考えてるのか?」


 いや、そうではない。

 スクイは戦うときだけでなくずっと考え続けている。


 カーマは薄々気づいていた。スクイは思慮深いと言うよりは考えを常に止めていない。

 それは休むと言うことを知らないことにも近い。


「そこまで考えたつもりはありませんが、しかし私たちの戦闘スタイルでは考えなしに戦っても」


 スクイがそこまで言うと、カーマは大剣構える。


「全くよぉ」


 それだけ呟くと、カーマは大剣を頭上に構えたまま走った。

 ヒュージゼリーは途端に反応した。


 カーマを捉えようと液体の塊から、触手のように数本の腕を作る。


 カーマはそれを見ても勢いを止めず、即座に水の塊に胴体を掴まれる。


「カーマさん?」


 何してるんですか?そうスクイが聞くよりも早く、カーマは胴体を掴まれたまま、走った勢いが死ぬ前に。


 大剣を振り下ろした。


 雷でも落ちたかのような音。カーマの渾身の一撃はカーマに捕まったヒュージスライムの一部だけでなく、その本体までも大きく分散するほどの威力を見せていた。


 想像以上の破壊力、しかし分散したヒュージスライムも宙で動き、身を集めようとする。


「なるほど」


 その小さな塊が順に消えていく。

 飛び散った中でも拳大程度のものまでは即座に消え、それ以上の大きさのものも他の塊と合流する前に分断され、消える。


「もう一回!」


 そう言うとカーマはまた大剣を振り下ろした。


 飛び散ったヒュージスライムはその余波だけでさらに分散した。


「声かけくらいあってもいいのでは」


 カーマが大技で小さくしたヒュージスライムを、スクイがナイフで消し去る。

 単純な方法だが、スクイはカーマの攻撃がここまでのものだとは知らなかった。


 酒場で受けたものより圧倒的に強い。ヒュージスライムは大きな水の塊だけあって、攻撃の余波を殺しやすいはずである。


 それをこうまで破壊するとは。もちろんそれだけでは集合されて終わりだが、スクイのナイフの速度は小さく飛び散ったヒュージスライムの塊を消しとばすほどである。


「俺が大技で散らしてお前が処理。これでいいじゃねえか。あと何発か必要だろうが大したことはねえ」


 さっさと倒しちまおう。そういうカーマにスクイは嘆息する。


「色々考えたのが無駄になりました」


「ああ、そんなもんさ」


 カーマは大剣を大きく振るうと言う。


「お前はいつも良く考えてるよ。戦いも、ホロちゃんのことも、今回の村のことだって色々考えてるんだろうさ」


 でもまあ、やりたいようにやれ。

 カーマはそう言って大剣を振り下ろす。


「あれこれ考えてもしょうがねえさ。お前は村の管理が楽しそうだが同時に根を詰め過ぎそうなイメージがある。気楽さを忘れるなよ」


「気楽さね」


 それはむしろ持っていたはずのものである。

 常に余裕を持って、何食わぬ顔でいるのがスクイだ。


 今も、多忙でありながらそうは見えないほどの穏やかさ、戦いとは程遠いような親しみを振りまいている。

 しかし、組織に向かう直前のスクイからは少しその裏が見えていたらしい。


「まあお前含め宗教家なんてのは考え好きが多そうだけどな。俺としては宗教云々より普通の村を作ってのんびり暮らすくらいの気持ちでいてほしいもんだ」


 そんで魔王がいなくなって行き場がなくなったらよ。

 俺も農作業要員で住ませてくれ。


 そう冗談を言うカーマに、スクイはヒュージスライムの処理をしながら答えた。


「絶対嫌です」


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