第五十三話「本業」

 スクイは今日も馬車に揺られていた。


 組織を潰してからというもの、やることは山積みである。

 多くをスクイの寝ているうちに周りがしてくれていたとは言え、スクイ自身がしなければならないことも多い。


 死への信仰に差し支えないものはしないスクイだったが、逆に言えば少しでも関係があればしてしまう。

 今後の動きを考えれば無視できない用事も多かった。


 馬車では最近スクイと付きっきりで機嫌を良くしているホロが、もう何度目かになる今回の褒章への喜びを言葉にしていた。


「しかしホロさん」


 喜ぶホロを制するように、スクイは口を開く。


「領主のくれたものは基本的には良いものですが、この土地という褒章」


 これはゴミ以下です。

 スクイは断言した。


 今から領主にもらった土地に喜んで向かっていたホロは愕然とする。


 正確には他の褒章も基本的には不要だと考えていたスクイだったが、喜ぶホロに気遣って言わなかった。

 ホロはスクイの働きが認められたのが素直に嬉しかったし、スクイもそれは察していた。


「え?でも土地ってすごいんじゃ」


 きょとんとするホロ。

 土地を持つと言えば領主になるということ、つまり偉い。

 ホロは素直にそう考えていた。


「土地は立派な褒章です。ですが質によっては負債にもなり得ます」


 今回スクイがもらったのは廃村と聞いている。

 オンスの街から少し離れるが領主の収める領地で、数年前まで住民もいたらしいが年月をかけてオンスの街への移住が行われ現在は誰もいない。


 立派な街の近くにある小さな村という立ち位置で、商売の盛んなオンスの街に植物を売り込み村を成り立たせていたらしい。


「その当時には価値のある村だったかもしれませんが、人がいなくなって整備もしていないとなると」


 何に使えるわけでもない。

 一応スクイはいくつか使い道を考えていたが、この移動時間を踏まえると時間の無駄と言えた。


 わかりやすい足枷、スクイを逃したくない領主の錆びた首輪としか思えなかった。


「ではどう使いますか?私とご主人様の魔法で大きな農園にすることも可能かと」


「私が考えた中でもそれは有力候補でしたが、その結果である金銭に現状不自由してませんからね」


 賭場でのフランソワからの金銭と今回の報奨金でもう数年どころでなく金銭に余裕はある。

 わざわざ遠くに農園を作る必要もない。


「まあ不要であればどこかに売り払いましょう。領主からの褒章を譲渡するのは咎められそうですが」


 領主はスクイを街に留めたいだけである。意図がわかっていれば対応はできよう。


 そう考えながらもとりあえず下見はする。

 使い道を見つけられれば半分、一応行ってから考えて手放したという名目欲しさ半分の行いである。


「おや?」


 村から離れた場所、まだホロには何かあるなくらいの位置でスクイは声を上げる。


「ご主人様、どうかされましたか?」


「いえ、どうにも人影が見えたもので」


 家の中含めて13人います。スクイは正確な人数を即答した。


「野盗か何かの隠れ蓑にされているのかもしれませんね」


「ええ、そうであれば救いを与えることができるのですが」


 ホロの心配にスクイは平然と返す。

 しかしスクイには、どうにもそういった集団と見えなかった。


「農業されてませんか?」


「そうですね。住み着いている住人という風にも見えます」


 ホロの目にも見え出したその人々はあまり良い身なりをしていなかった。

 しかし生活自体は平凡な農民といった様子で、元の村がそうしていたであろうように畑が整備されている。

 放置されていたという建物も人が住んでいるのがわかり、廃屋とは思えなかった。


 目についたのは大きな岩の塊のようなものである。

 家々よりも高く、岩を寄せ集めて作ったろう塊は全面が階段になっている。


 祭壇、ふとスクイはそう直感した。


「流浪の方々でしょうかね」


 争いの可能性もあるとスクイは馬車を村から少し離れたところで降り、夜にまた来てもらうよう頼む。


「住み着いてもらう分には構わないのですが」


 スクイは馬車を降りるホロの手を取りながら思案する。


 一応、スクイはこの土地に関して領主に税を納める必要はないと言われている。

 復興の際は話が変わるかもしれないが、領主も何もない土地を渡して税を取るような人間ではない。


 彼らに土地を譲ることは可能なのか、彼らの監督を任されるのは困るがとも考える。


 もちろんこの土地の正しい所有者はスクイである。彼らに土地を貸し納税させることもできるが、その場合彼らの監督はスクイの仕事になる。廃村に勝手に住み着いた人間である。何かを起こされるといらぬトラブルになりかねない。


「とりあえず話をしましょう」


「はい、ご主人様」


 ホロは大した恐怖もなさそうにスクイに付き添った。


 2人は村に近づくと、馬車から2人が降りるところを見ていた何人かの人間がこちらに向かう。


 4人、農作業の成果かはたまた別の理由か。大柄な男達が相対した。

 身なりのいい2人に土地の権利関係ではと警戒し、舐められまいと来た4人だろう。


「はじめまして。あなた方はこの村で暮らしてらっしゃるのですか?」


 そう穏やかに声をかけるスクイ。

 立退や税の取り立てという相手の警戒を解く声のトーン。


 その一言だけで、相手4人は少し表情も和らいだ。


「廃村と聞いていましたが立派に生活されているようですね。農作物を取引されているので?」


 その流通について聞こうとした瞬間、4人の男たちに異変が起こった。


 泣いているのだ。

 本人たちも自分の顔に触れ、濡れていることに気づく。


「あの、一体」


 男たちはスクイの言葉など耳に入らぬかのように、否むしろそれしか耳に入らぬかのように拭った涙を見ると、1人また1人と泣き崩れた。


「どうされたのでしょう」


 流石のスクイも状況が把握できない。

 大の大男が4人、話しかけるだけで泣き崩れる。


 やろうと思えばできなくはないがそんな意図はなかった。

 スクイは不思議に思いホロを一歩下がらせると、とりあえず4人の反応を待った。


「失礼、何か無礼を?」


「あ、ああ」


 スクイの言葉に男は声にならない声を上げる。

 しかし、しばらく泣くと、深々とスクイに頭を下げる。


 順序は違えど、4人ともその姿勢を取ると、最初に泣き止んだ男が声を震わせながら口を開く。


「し、失礼ながら」


 男はまだ涙が止まらないようで、話し始めると同時に溢れる涙を拭き取り言葉を続けた。


「あ、あなたは、とある奴隷商を訪れたことは」


「奴隷商?」


 そう言われて、スクイは察する。

 同時にホロも目の前の状況を把握した。


「私が布教に伺ったところですかね?」


 異世界に来て数日、スクイは奴隷商から死にかけの女の子を連れ出した。

 それがホロである。


 そのときスクイはその死の蔓延る場において、死の素晴らしさを大々的に布教した。

 その結果ほとんどの人間が自殺を選んだが、何人かは生きていたのをスクイも覚えている。


「私たちはその生き残りです」


 おいおいと泣くその男の舌はよく見ると、深い傷があった。死にそびれだろう。

 スクイは納得し、訳を聞く。


 あの時死に惹かれながらも死にきれなかったものたちはスクイにより牢を出ることに成功した。

 しかし元より身寄りのない者や、普通の生活に戻れない者がほとんどであったのだ。


 せっかく助けていただいたのだ、我々は自由に、そして彼への感謝と死への敬意を忘れずに共に支え合おう。

 そう全くの他人同士が団結できたのもスクイという人間への共通した感謝の念だったという。


 そして薄暗い裏街から逃げ、生活を続けるうちにこの廃村にたどり着いたとのことだった。


 話を続けるうちに村の人間がぞろぞろと集まり、スクイの声を聞いては感極まったように泣き、祈り、また感謝を述べた。


 スクイは落ち着けるように宥めながら、周りに事情を聞く。

 廃村を奴隷たちだけで興すというのは並大抵ではない。


「廃村とはおっしゃいますが畑の土壌もあれば、少し手を入れるだけで住める家もある。生活するのに何の不自由もありません」


 家から出てきた女性が大声で主張する。

 それはスクイに村を誇るようだった。


 もちろん、今は廃村と言えどほんの数年前まで人が生活していたのだ。

 魔法もあるこの世界では復興も早かったらしい。


「農作物以外はどうされていたんですか?」


「近くを通る商人に買い取ってもらい別のものに変えていました。多少損はさせられたかもしれませんが、今では随分と村も住み慣れてきたところです」


 スクイは感心しながら村を見渡す。

 確かに消耗は激しいが、誰も人のいない村だとは思わないだろう。


 家と畑、そして他を手に入れる流通経路。

 必要なものは最低限揃えているらしい。


「でもまさかまたお会いできるとは」


 村の人間は全員、スクイへの感謝を忘れていないという。

 目先のことで精一杯だったが、いつか村を安定させ探しに行き、感謝を伝えたかったとのことである。


「我々、死の素晴らしさに感化されながら死にきれぬ愚か者共ですが、それでもあなた様と死への敬意を忘れたことはありません」


 世にある全ての神はいるが、死の神は存在しない。

 だから死を尊ぶ宗教もない。


 その中で死の素晴らしさに気づかせてもらえたと語る。


「それで良いのです。死への敬意を胸に生きることもまた死への信奉ですから」


 スクイの優しげな言葉に男たちはまた涙した。


 死を選び直そうと思ったこと、生に耐えられないと思い直したこと、そんなのは日常だったという。

 そんな中でも死を肯定すること、いつだって死は迎えてくれるという安堵が彼らを支えたとのことだ。


「よければごらんください。私たちの気持ちです」


 そこはスクイが始めに疑問に思った岩の塊は、やはり祭壇であったらしい。

 何かを捧げていたわけではなく、登っても何もない。


 それでもスクイはこの祭壇の素晴らしさを瞬時に理解した。


「なるほど。この発想はありませんでした。なんという死への信仰の厚さ」


 そう、この岩は、落ちれば死ねるのだ。


 登って落ちることで確実に死ぬことができる。

 物としてはただ高いだけの岩であるが、死を崇拝する彼らにとっての意味は違う。


「そうです。いつだってここから死に迎え入れていただける。その安心が私たちの基盤にあるのです」


 あなた様にそう言っていただけるとは、村人はスクイの評価に感激する。

 スクイ自身死を身近に感じることに少なくない興奮を覚える。


 この建造物にはスクイと同質の死への思想が詰め込まれていると言えた。


「せっかくなので村を案内させてください。大したものはありませんが、あなたに救われた感謝と結果を伝えたい」


 人々が嬉々として死について語り合う。

 しかし、そこに暗いものは1つもなかった。


 スクイに選ばれた女性としてホロも尊敬を集め、その後スクイと行った救済活動と、人々はスクイの話を神のように聞いた。








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