第五十話「報告」
大仰な場。
スクイが勲章を受け取った場より遥かに広く煌びやかなその場所は、しかしながら沈痛という言葉では表せないほどの空気が場を支配していた。
「結果は」
場にいるのは椅子に座った男、立派な髭を蓄えた姿からは威厳が感じられる。
その男の横に1人の男。厳格そうな顔つきを、表情がより厳しくしている。
そして3人目、椅子に座る男に跪く女性。
見るからに余裕がない。歯は噛み合っておらずカチカチと、この静寂な空間に唯一音を立てている。
「も、申し上げます、我が主人」
女性は震えながらも目の前の男。
ベインテ国王、レイ・ベインテに述べる。
「今回のスクイ・ケンセイの勧誘の結果ですが」
スクイ・ケンセイ。
ヴァン国オンスの街にいる謎の男。
組織壊滅という大きな成果を挙げつつも、その前の人生は全く不明。
ベインテの捜査でもまるでなにもわからない。
本人は元下級貴族だと語っており、没落後は魔物を狩りながら旅をしていたとも言うがその証拠も、違うと言う証拠も何も得られない。
ふらりとオンスの街に現れたかと思うと安宿に泊まり、周りと多少トラブルを起こしながらも一般的な冒険者として収まっていたというのが情報の全てと言える。
使者に手紙を持たせるも返答は無し。
催促を行いに直接行った者は断られ、聞く気もないという対応をされたとのこと。
その後腕利きに拐わせようと睡眠時を狙い複数で襲うも、帰ってきたのは1人。
残りの仲間について、帰ってきた1人は明らかに精神に異常をきたしながら語った。
それは拷問。ゆっくりと、ゆっくりと、彼の仲間たちは身を削られていった。
拷問は痛みを与えることが目的である。傷つけることが目的ではない。
痛い、嫌だと思わせ相手に言うことを聞かせる。
しかし彼のものはそれとは違う。
仲間達は痛み、苦しみながらも、徐々に体を失っていく自分をただ見せられたのだ。
指から、手、足といった部分から徐々に削られていき、やがて肌、肉、骨、内臓。
人間はここまで削っても死なないのかと思わされるほど仲間が軽くなっていくのを、男はただ見ていたと言う。
地獄である。自分の体が徐々に失われていくのを見続けた者たちは徐々に正気を失う。
それをまるで喜ぶように、スクイは言うのだ。
「ああ、ゆっくりと死に近づけるこの喜び。嬉しいでしょう?」
もはや返答する舌も、喉も、精神までもすり減って、自分が今生きているのか死んでいるのかもわからない状態になりようやっと、その男は死ぬ。
それの繰り返しを見せられ帰ってきた男は、報告のあと言った。
「い、今、俺は、い、生きてるんだよな?」
その後、その男は自殺したと言う。
1人部屋の中で、自分の体をバラバラに割きながら、その途中でこと切れていたらしい。
その後実力、人数を大幅に変えもう一度試したが、より悲惨な結果が返ってきただけとなった。
それ以来この任務に就くことを受け入れる者はいなくなった。
そして今回、ベインテのとある部隊の指揮官である彼女は、今までとは違うアプローチということでスクイの勧誘を行った。
そしてその結果を報告に来たのだ。
「失敗に終わりました」
女性は恐れか、その言葉を発すると同時に跪くことも難しいと言わんばかりに倒れ伏す。
しかし、食いしばるように報告を続ける。
「我々、精神感応の部隊。精神可視の魔法使い10名、精神操作の魔法使い20名」
簡単な任務である。
精神可視の魔法は精神の一致度合い等により、心情を見れる度合いが異なるため複数。
精神操作の魔法は精神の強い人間には失敗することもあるが、複数で行うことで強化が可能である。
大きな精神という岩を、一緒に動かすというイメージだとされる。
それにしても大人数である。2、3人ずついればほとんどの者は対応できるところをこの人数。
先の失敗もあり万全の体制で臨んだといえた。
「彼の精神に触れた途端、誰もわけがわからなくなり」
阿鼻叫喚であった。
操作しようと魔法を使用すると同時、全員が発狂。
死を求め這いずり回る者、うわ言のように呟く者、ただ涙を流し続ける者。
何かに謝り続けた者、死を賛美し、褒め称え始めた者。
「反応に違いこそありましたが、すぐに全員がその場で自殺致しました」
何も達せなかった。
その報告を終えると、彼女は震えながら剣を抜く。
「ああ、ああこれでいいんですね!もう我慢できない!やっと解放される!死よ!」
そう言いながら彼女は涙を流し喜び、自らの喉に剣を突き刺した。
そして笑顔のまま血反吐を吐き、大きな音を立て部屋を血で満たしながら倒れる。
「踊り子に次ぐと言われる精神感応の魔法使いですらこれとは」
ベインテの王、レイ・ベインテの隣に立つ男、宰相ドス・モレアスが呟く。
「即座に狂気に蝕まれた者の話を聞けば、むしろここまで報告に来たのは異常とすら言えるのかも知れないが」
精神感応の指揮官を務めた女性の哀れな死骸を見て、信じられないと言う面持ちで宰相は言う。
このレベルの魔法使いが逆に精神を汚染される。
触れてはいけない存在に触れたと宰相は判断する。
スクイ・ケンセイという男の真の恐ろしさが強さでなく狂気だと理解したのだ。
しかし反対に、王は笑う。
「いいではないか。世界で2番目に強い精神魔法使いすら操れぬ精神性。それこそ求めるべき強さ」
そしてその汚染された精神こそ、却って勇者と戦うにふさわしい。
「宰相、狩人をいかせろ」
「狩人を、しかし」
宰相は諦めないというのであればそれしかないと思っていた。
一度に送れる人数に限界がある以上、もうできることは1つしかない
しかし。
「彼の魔法はあまりに強大すぎます。送り込むには不向きかと」
「構わん」
宰相の忠言を王は即座に否定する。
「それはつまり、連れて来れなければ殺すようにということですね」
宰相は王の意図を理解したように言う。
元々その予定だったのだ。勇者に力添えする可能性がある以上生かしてはおけない。
報告によれば、組織を倒すのに勇者と共闘したともある。
組織を崩壊させたのはスクイだが、それに協力として勇者を呼んだのかも知れない。
だとすれば勇者がベインテと戦うにあたってスクイに協力を申し出ないと考える方が難しかった。
ただでさえ勇者は神聖魔法使い2人を連れているのだ。そこにこの謎の男が加わるのは避けたい。
「かしこまりました。狩人を呼びしましょう」
宰相はそれでも、スクイという男を連れてきることはできないと感じていた。
あまりに硬く、汚染された精神。誰かの思い通りにできる人間ではない。
狩人はベインテ最強の魔法使いであるが、それでもスクイをどうにかできることはないだろう。
つまり、確実に殺して帰ってくる。
「神聖魔法使いの狩人なら、必ずや依頼をこなしてみせるでしょう」
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