第五十一話「捕捉」

 スクイは久しぶりに依頼を見て活動していた。


 依頼内容はリバイブフライという蝶形の魔物の捕獲である。

 このリバイブフライ、当魔物の命と引き換えに、直前に死んだ生物を生き返らせる魔物と言われていた。


 確認事例の少なさから実在すら疑われる魔物であるが、確保できれば多くの人の命を救いかねない。

 それ故ギルドでは現在慎重にその依頼を受けるものを決めていた。


 つまりスクイはこの依頼を受けていない。


 スクイはそれを無視してこの魔物を殺しに来たのだ。


「まさかこんな魔物がいたとは」


 死に対する冒涜。次の活動はこの魔物の絶滅でも良いかも知れない。

 そう考えながらスクイは深い森の中を歩き。


 額を撃ち抜かれた。


 理解できない、とは思わなかった。

 リバイブフライの価値を考えればスクイ以外にも依頼を無視してここに来るものがいてもなんらおかしくはない。

 そもそもそのような情報を表に出してしまうことがおかしいと言える。


 そう、おかしい。


 スクイを撃った少女は、機せずしてそう思っていた。


 神聖魔法使い。

 狩人の役職魔法を持つ彼女には、名前がない。


 生まれた時には広大な森に捨てられていた。

 そこで1人、言葉も解さないままただ生きた。


 天性の生存能力と自ら生み出し続けた人類の文明。

 10年後保護された時にはすでに、彼女は誰に教わるでもなく服を着て、弓を携え、火を使って料理して生きていた。


 狩人の条件は多生物の殺害と捕食。

 生まれ落ちてからそれだけを行い続けた彼女以外にその適任はおらず。


 わずか12歳にして死神ゲーレと同じく神聖魔法を使いこなしていた。


「死なない」


 スクイの頭に向けていた指を下ろし、狩人は聞いていた話とのすり合わせをおこなう。


 狩人の計画は単純だった。

 スクイを誰もいない森の中に誘き出して欲しい。

 そうすれば自分が捕らえるか、殺すかをすると。


 そこでベインテの者がリバイブフライの依頼書をギルドに流させた。

 スクイが出た後、ギルドにはこの情報はガセだったと通達。


 タイムラグでスクイ以外のものが森に向かえば、止める。


 そう言う手筈であった。


 そしてスクイ自身の情報。


 不死であり、死なない。

 急所だろうがどこだろうが、切ってもくっつき、消滅しても生える。


 狩人は信じられなかった。どんな生き物も頭を撃ち抜けば絶命する。

 しかし試しに一発と撃ち抜いてみたところ、この情報を信じないわけにはいかなくなった。


「ふうん」


 少し驚いたが、大した問題ではない。

 では次である。


 狩人はまた指を向ける。

 スクイは動かない。見える範囲に自分を撃った人間はいない。


 相当遠い場所から攻撃されている。

 そう感じると同時に次弾が撃ち放たれる。


 次弾は狙い過つことなく、スクイの心臓に撃ち込まれる。

 当然それもスクイの命を奪えはしない。


 しかし、この弾は体内で蠢く。


 寄生する弾。それはスクイの体内を蠢き、皮膚を突き破り体を拘束しようとする。

 スクイは即座に自分ごと斬ろうとするが、斬っても成長は止まらない。


「少々賭けですが」


 スクイは魔力を込める。

 寄生する弾は魔力に呼応するように過成長し。


 砕けて消えた。


「植物のようなものかと思いましたが、適応範囲だったようですね」


 スクイは自分の魔法が殺す魔法だとは知らない。

 純粋に欠陥のある植物魔法だと思っていた。


 それを見て狩人は少し驚く。

 あれは植物ではない。射撃魔法の1つである。


 それを狩人の神聖魔法で強化してあった。

 にも関わらず破壊する。


 実際には、過成長という穴をついてスクイは突破したに過ぎない。

 しかし狩人の目には神聖魔法をも対応しうる存在としてスクイが映った。


 狩人は未知の魔法に警戒した。

 そして即座に決める。


 殺そう。


 2度、2度の確認で殺しにスイッチが入る。

 12歳の少女でありながら、スクイが生き延びた戦場以上の環境で生まれ落ち10年間生き延びた過去。


 戦いにおいて、彼女よりシビアな者はいない。

 圧倒的戦力差も一瞬の気の緩みで覆る。


 彼女はそんな場面に何度も遭遇してきた。


「そちらですね」


 しかし彼女が次の行動に出るより早く、スクイが動く。


 1発目、額に穴を開けた弾。

 2発目、心臓に埋め込む弾。


 来た方向は同じ。


 用意されたのはスクイ謹製の投げナイフ。


 スクイはそれを全身の動きを使い投げる。

 戦闘では出だしを重視し、手先でのみ扱いがちなその投げナイフは。


 森という障害物に囲まれた中でも一切の軌道を変えず、まっすぐに狩人のいる方向へ直線で森の端まで届きうる速度を持って飛来し。


「ん?なにしてるのかな?」


 少し、街の喫茶店でくつろいでいた狩人に疑問を抱かせた。


 ナイフを投げると同時にスクイが持ったのは違和感。

 それは、自分がナイフを投げた方向の木々が全く損傷していないということである。


 かなりの遠方から攻撃されたことはわかっていた。

 スクイはそれを高性能なナイフと圧倒的速度で木々を切り倒し解決したが、同じことであればスクイがナイフを投げた方向の木々には傷の1つもあるべきなのだ。


 スクイは推測する。おそらくスクイに攻撃した2発は、対象以外の物体をすり抜ける。


「あーそうか投げナイフで僕に攻撃し返そうとしたんだ」


 狩人は合点がいったとばかりにうなづき、飲み物を口に含む。


 勘違いしてはならない。

 神聖魔法とは神に選ばれた最強の称号。


 前提として、狩人は森に潜んでスクイを狙ってなどいない。


 森から馬車で半日、街の喫茶店で休みながらスクイを攻撃していた。


 驚くべきはその飛距離、そして遠方までの透視。

 遠距離に弾が発生するのではない。喫茶店からスクイまでの障害物をすり抜けて透視、そして対象にのみ当たる弾を撃ち出す。

 撃ち出した弾は魔法で製成されたもので、撃ち終われば消える。


 馬車で半日という先のスクイに指を向けるだけで撃つことが可能となる狩人の攻撃は、同方向に攻撃をし返せばいいというスクイの一般的な反応を否定した。


 そして、この万人を殺しうる攻撃すら、小手調以下。

 狩人の本領ではない。


「まあ、じゃあこうしよう」


 もう一度、指を向ける。


 同時に、スクイの腹に大穴が開く。


「で、これでは死なないわけだから」


 同じく頭の大部分が消滅した。


 次に右足、左肩、と、スクイを構成する要素が無くなっていく。


「まあこれくらいかな」


 同時、そうとしか思えないほどの速度でのスクイへの攻撃。

 その中でスクイは情報を得る。


 攻撃の方向が同じではない。


 狩人は、先程とは比べ物にならない大きな弾を撃った。

 そしてそれを好きに空中で跳弾させられるのだ。


 街から即座に届く速度の攻撃は、跳弾により順に、という認識を許すこともなくスクイの体を粉々にする。


 しかし、この程度はスクイも慣れている。


「やられっぱなしですね」


 魔法の強化訓練が効いている。

 即座に回復する体を確認し、スクイは呟く。


 自分のナイフが効いていない。

 ナイフの届く範囲の外から攻撃されているとスクイは考えた。


 攻撃を遠距離に発生させる、あるいは透過してここまで届かせている。

 後者が正しいがスクイは前者である可能性が高いと考えた。


 遠隔操作できる魔法、それの対応は。


 ない。


 故にスクイはまず、即座に走った。

 トリガーが不明であるが、まず走ることで攻撃を避けられると想定。


 不死であるが撃たれ続けていては反撃もままならない。


 次に範囲。スクイは限定した範囲に対する攻撃であると考えた。


 そのどれもが違う。

 スクイは自分が正しいとは確信していない。


 しかし、そうでなければ確実に勝てないからそう考えるしかない、それが絶望的な答えで。


 現実はそうなのだ。


「うわあ、あれでも回復するんだ」


 狩人は少し困っていた。

 負けるということはない。はっきり言って雑魚もいいところだと思う。


 しかし殺せない。

 魔法で動きも封じ込められない。


 想像以上の不死、そのスクイが回復しては森から出ようとする。


「森から出られるのは少し困るんだよね」


 一応これは暗殺である。

 方法から狩人が実行犯としてバレることはないにしても、あまり目立たないところで殺したかった。


 が、それは希望である。


「しょうが、ない!」


 狩人は飲み物を飲み干すと、席を立つ。


 もう、指も刺してはいない。


 スクイが逃げ回るのを見もしない。


 見るからに何もしていない。しかし。


 スクイのいた森の半分が、大穴と化していた。

 覗き込んでもそこが見えないほどの穴。


 どこから、何を、撃った。

 そんなこれまでのやりとりがバカらしくなるほどの圧倒的な能力。


 スクイを中心にその上下含む広範囲が、いとも容易くこの世から消えた。


「さあて帰ろ帰ろ」


 狩人は少しも疲れた様子がない。

 ここまでして大した魔力を使っていないのだ。


 狩人の魔法は本人の射撃魔法を上昇させる。

 その上で必要な魔力量は増えるどころか減少する。


 しかし狩人は任務としてはうまくいったと思っていない。

 何せ森の半分が穴になったのだ。誰もが神聖魔法の能力だと気づくし、痕跡はあまりにも大きい。


「よく考えれば彼の周りだけでよかったのか」


 やり過ぎた。

 しかし、狩人という人間の真に恐ろしい点はここである。


 子供である、そして野生である。

 遊ぶように弱い魔法で試したと思えば、いきなり強力な魔法を撃ち放つ。


 そこに計算も何もない。

 必要もない。


 本人含む広範囲が存在ごと消えた。

 それだけを確認し狩人は店を出る。


「ねえ」


 そこで、狩人は声をかけられる。

 不思議、そうは思わない。


 狩人は12歳、1人で喫茶店にいれば違和感もある。

 そして彼女は警戒しない。よく考えれば変に思われる行動もあったかもしれない。


 だが問題にするほどではない。

 どうとでも言い抜けられる。


 そう思い狩人は振り向いた。


「どうしました?」


 そこには4人の男女。


 長い黒髪を振りまく大人びた女性。

 褐色の肌、緑の髪をした明るそうな女性。

 生真面目そうなショートカットで黒髪の女の子。


 そして4人目に、いかにも高級そうな剣を携えた、青年が立っていた。


「お話、いいかな?」


 フリップは妹たちと共に、狩人にそう話しかけた。


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