第四十九話「呪い」

 勲章の授与式、披露宴のあと。

 夜も更けたあと、公爵家では4人の人間が話し合いの場を持っていた。


「それで、お話とは」


 いつも通りの笑みで口を開いたのはスクイ、単刀直入に先の話の続きを促す。


 先程の披露宴、スクイに囁きかけたフランソワはその後スクイに公爵家に残るよう話したのだ。

 スクイが殺されるという話、スクイからすれば恐れることはないが状況は把握したい。


「あなたが、ベインテから命を狙われかねないということよ」


 スクイの質問に対し、フランソワは真剣な眼差しではっきりと答える。


「そんな」


 一大国家そのものが敵として名前として上がる。

 眉一つ動かさないスクイに、動揺し言葉を漏らすホロ。

 スクイは控えていた使用人の方を向く。


「暖めたミルクを、蜂蜜もつけてください」


 スクイの言葉にフランソワは笑う。


「余裕といった表情、恐れ入るわ」


 それだけの能力。組織の崩壊という偉業はスクイの態度に疑問を抱かせない。


「ベインテからの接触は予想の範疇です。しかし」


 殺されるということ想定にない。

 スクイはそう言いながらフランソワの言葉を待つ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 そこでようやっと、今まで黙って話を聞いていた男が口を開く。


「何故スクイ君が命を狙われなければならんのだ。彼は我が領地の恩人で」


「お父様は少し静かに」


 この席の4人目の参加者、エルブフ・マイエンヌ。他ならぬ本領地の領主、フランソワの父親は話についていけずに戸惑った。


 フランソワがスクイと話すにあたって、父親を用意したのはもちろん権力的な部分で力添えを得ようとしたからである。

 しかし不要だったかもしれないとフランソワは感じていた。


「私はてっきりフランソワがスクイ君を囲いたがるのかと」


「それもありますわ」


 いとも簡単に肯定するフランソワにエルブフは目を見開き、ホロは顔を赤く染める。


「私の夫として彼は適任です。ですがその話は後回しにします」


 とんでもないことをついでのように述べるフランソワ。それも囲うのではなく夫と明言する。

 エルブフは子どもがフランソワしかいない。フランソワの出産と同時に妻が死亡し、それ以来再婚しなかったのである。


 愛の神の教義では特別、再婚や重婚は禁止されていない。

 正確には完全に禁止だったのを貴族の都合の良いよう長い年月をかけ書き換えられたのだ。


 しかしエルブフは敬虔な信者である。

 あまり好ましくない程度に落ち着いた再婚や重婚も、彼はする気がなかった。


「彼が私の後継か……」


 爵位さえ獲得できれば悪くはないか?

 そう考える程度にはエルブフのスクイへの評価は高く、また階級意識もあまりなかった。


「話を戻します」


 こほん、と咳払いをするフランソワ。

 スクイはミルクに蜂蜜を混ぜると、ホロに渡す。


 自分はミルクのみ少し口につけて、スクイはフランソワに向き直る。

 フランソワはそんな二人を呆れたように眺めると、話始める。


「強力な魔法使いは国に飼われる。これは一般の事実でしょう」


 スクイは無言で肯定とする。

 神聖魔法の使い手が筆頭に、強い魔法使いは国が囲いたがる。

 だから勇者は仲間ができないだとか、ゲーレが身を隠しているなどスクイも理解はしていた。


「まず前提として、これだけの功績を残したあなたはあらゆる国家、領土の欲しい存在なの」


 ベインテはその代表、もっとも力のある国。

 だからスクイにも勧誘が来るだろう、それはスクイも想定していた。


 組織は拠点がほとんどであるが規模は世界だった。また戦闘力において最強と言われた集団。

 ベインテという他国でもその評判は変わらない。


 しかし。


「引き抜きに来るのはわかりますが、殺しますか? やることとしては逆にも思えますが」


「それだけベインテには今余裕がない」


 スクイのもっともな言葉にフランソワは断言する。


「殺すというのはあくまで最終的な策よ。もちろん普通の勧誘も来るでしょう」


 でもあなた断るでしょう?

 そう言うフランソワにスクイはまた笑顔を向けて肯定とする。


「この人はこの理想主義お父様なんかの手に終える人じゃないわ。お父様も手駒にできたらなんて考えは捨てなさい」


 まともに飼える人じゃないのよ。

 そう知ったように呟くフランソワの声は、しかしどこか惚気にも聞こえた。


 ホロはスクイの袖をぎゅっと掴む。

 フランソワはそれを微笑ましいと言うように、ふふっと笑った。


「断ったら無理矢理従わせに来る。それが無理なら殺しに来る。それがベインテよ」


「そこです」


 スクイは的確に指摘する。


「ベインテが実力者を囲いたい。勧誘できなければ力づくでも。それはわかります。しかし殺す必要がありますか?」


 スクイは現状ベインテと事を起こす予定はない。

 もちろんあまり良い噂の聞かない国、場合によれば救いにと考えていないこともない。

 しかしそれは頭の片隅程度のものである。


 殺しには多大な労力がいるのだ。まして実力者と分かっている相手を、勧誘を断られたからといって殺す必要があるだろうか。


「ええ、だってあなた勇者の知り合いでしょう?」


 勇者サルバ。

 聖剣に選ばれた青年。


「まあ、知り合いと言うほどではありませんが」


 スクイは一度ベインテで会っていたのを思い返す。

 そういえばその後旅はうまく行っているのだろうか、神聖魔法使いを仲間にするのは難しいだろうが。

 などとスクイは少し考えた。


「ベインテが今一番恐れていることは勇者の反乱なの」


 本題。

 スクイはそう感じる。


「勇者には大まかに2つの魔法があるわ」


 1つは成長限界をなくす魔法。

 2つは聖剣の魔法。


「ともにS級、この世界に5つしか現存しないとされる最強の魔法」


 しかし両方不完全。


 1つ目も2つ目も、神聖魔法のように即座に大きな力を与えるものではない。

 1つ目は勇者の努力に比例し、2つ目は聖剣にいかに認められるかで聖剣の真価が発揮できるか変わってくる。


「だからこそベインテは勇者を欲しがらず、広告塔としてぞんざいに旅をさせた」


 一応昔勇者を待遇よく育てたこともあったそうだが、あくまで一般的な強者の域を出なかったらしい。

 神聖魔法使いに比べれば必要な人材ではない。


「しかし今代の勇者は、神聖魔法の仲間を2人も連れていると言われている」


 神聖魔法、別名役職魔法。

 神託によれば最初から強くない勇者の仲間になるために用意された魔法で、それぞれの役職の最高峰とされる人間にその魔法が与えられる。


 しかし、神託通りに見返りのない人助けをする勇者についていく酔狂者はいない。

 大抵国に飼われて贅沢な暮らしを楽しむと言う。


「ベインテの魔法研究組織、その最高傑作と言われた改造人間。及び戦士と思われる謎の緑髪の女性」


 勇者はベインテの闇、人体実験等すら行う魔法研究組織と対峙し、その崩壊に成功したと言う。

 魔法のプロ相手に後ろ盾のないと聞く勇者がどう戦ったのか、スクイは想像したが問題はそこではない。


 そこの研究の結果生まれた世界で最も魔力の多い人間。それが魔法使いの役職魔法を得、その身を救った勇者について旅をしていると言うことらしい。


 そして緑髪の女性。こちらはスクイも想像がついた。

 なるほど、死神はスクイと別れた後勇者と旅をしているのかと思うと、合点がいく。


 死神は身を隠していたことからも国家に飼われる気はなさそうだったし、修行するという言葉を考えると勇者との同行はおかしな選択ではない。


 詳細はともかく、勇者が仲間を得て旅をしていることはスクイにも理解できた。


「神聖魔法使い2人と、少なからず成長した勇者は恐らくベインテ政府との対立する」


 現にベインテの魔法研究組織を潰している。

 勇者はベインテからのぞんざいな扱いに腹を立てていると、スクイには見えなかった。

 しかしベインテが真っ黒だと言うことはわかりきっている。


 純粋な正義感でベインテと対抗することは容易に想像できた。


「そこでなおさら実力者が欲しい。そして勇者につきそうな実力者は消してしましたい」


 相反するかに見える結論はこう通るわけかとスクイは納得する。


「私としてはベインテについてしまうことを勧めますわ」


 あっさりと言うフランソワに、エルブフは焦る。


「い、いやそれは」


「軍事力として彼を囲い込むのは諦めなさいって」


 反対しようとするエルブフに対し、繰り返すように言うフランソワ。

 エルブフとしては別に囲い込みまでを考えているわけではない。

 ただ強者の象徴としてこの街の近くでいてくれれば、そして自分と繋がりがあるということが知られるだけでいい。


 何もエルブフもスクイを意のままに使おうとは考えていない。


「あなたも国家相手に勝てると思うほど愚かではないわよね?」


 フランソワは返答予想を半々くらいにしながら聞く。


「ええ、流石に大国に攻め込まれたら勝てるとは思いませんが」


 もちろんスクイとはいえ大国の全勢力と争えば勝てる見込みは全くない。

 神聖魔法使いが異常なだけで、国家は数人で対抗するものではない。


「でも、私はヴァン国のオンスの街にいます。そこに私1人捉えるか殺すために全勢力を傾ける」


 それはヴァン国との戦争になるだろう。

 明らかに非現実的であるとスクイは言う。


「まあそれはしないでしょうけど、それでも手なんかいくらでもあると思うわ」


 勧誘を受けてしまって、勇者が勝ちそうなら脅されていたと泣きつく。

 勇者と知り合いであることを考えればこれが一番でしょうとフランソワは言う。


「まあ、理屈を考えればそうなのですがそうもいきません」


 むしろ逆。


「せっかく救われにきている人がいるのに、救わないわけにはいきませんから」


 スクイの言葉を、フランソワは一瞬思考する。

 フランソワはスクイのことを調べ上げていた。彼女の権力と人脈があればこの街で知れないことはない。

 彼女は他人の詮索を怠る父親を愚かだと考えていたのだ。


 そしてスクイという人間の異常性、それは強さではなくその信仰にあると言うことも理解していた。


「ああ」


 単純な話だった。


 スクイは、悪事のためにスクイを攫おう、殺そうとする人間を悪人と判断する。

 そしてそれは救うべき相手。


 スクイはベインテから自分に危害を加えにくる人間を、元々皆殺しにするつもりなのだ。

 先程の国に勝てるかなどと言う問答は無意味。


 勝てる勝てないではない。

 そうしなければならない。


「あなたって本当に」


 そこで初めて、真剣な顔で話を続けたフランソワは、年頃の女の子のような明るい笑顔で言う。

 1人の、単なる恋する乙女のように。


「呪われてる」


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