第3章 異世界信仰編

第四十八話「祝い」

「領主エルブフ・マイエンヌ様より此度の功績を讃え、スクイ・ケンセイにマーガレット勲章勲一等、並びにホロ・ローカにマーガレット勲章勲二等を与える」


 組織との戦いから数日、スクイは何をしていたかというと、それはもうひたすらに休んでいた。

 身体の酷使は不死でも完全に解決できない。対組織のためにスクイはろくに寝ていなかったし、休む暇もなかった。


 その上で魔力の使い切りや激しい戦闘、理性を失うほどの狂気に飲まれ、ホロの背で寝たスクイは不眠気味の普段からは考えられないほど眠り続けた。


 その間働き続けたのはホロである。組織との戦いであったこと、結果を周りの人間に知らせた。

 それはカーマやフラメ、フリップ、その妹。そしてメイやその父親達であった。多かれ少なかれ組織との関係もあり、スクイへの感謝も込め、ホロの話を聞き代わりに報告等の準備をした。


 そしてそれより早く、戦いの当日に、サルバ達勇者一行が報告に向かった。

 ゲーレとの話もあり組織を討伐に向かったが、既にスクイという人間が人知れず戦っていたこと。自分はその手助けしかできなかったと領主に伝えると、サルバは全ての功績はスクイという男にあると告げその場を去った。


 そしてその後スクイは起き上がると、ホロから状況を聞いた。

 報告は一通り行い、領主の耳にも今回の功績は届いている。

 そしてそれを讃える場を設けたいと手紙を預かっていた。 


 武力のないこの街を守るため、そして組織に苦しむ仲間を守るため、自力で誰も発見できなかったアジトを探し突入したその勇気と能力。

 手放しに褒め称える言葉と、体調が良くなり次第その功績を讃えたいという言葉が手紙に詰まっているのをスクイは見た。


 しかしスクイは何も人助けに向かったわけではない。

 否、悪人に死を伝えるという人助けに行ったが手紙にあるような精神では行っていない。


 手柄も考えによっては足枷でしかなかったがそもそも組織を潰すために大立ち回りをしすぎた。

 素直に受け入れに行こうと判断した。


 そして現在、恐縮ですとばかりに微笑むスクイと、それを誇らしげに並ぶホロが領主のもと、功績を讃えられていた。

 勲章の授与の後、その他様々な特典が従者より読み上げられる。

 最後に小さいながら土地の授与、国王に爵位の贈呈も進言したとのことである。


 やけに豪華な特典にスクイは目を細める。

 経済は優秀だが軍事力のないオンスの街、そこに世界最大の犯罪組織。

 領主1番の悩みの種であったことは言うまでもない。


 その上でスクイを囲いたい気持ちも透けて見える。

 スクイは旅人ということになっている。明日にこの街を出てもおかしくはない。

 土地を聞けば随分と近い場所らしい。オンスの街から近い土地、現在開拓しておらずとも価値が低いわけがない。


 土地を与え爵位を与え、そのあとは仕事を与えるか何か。

 自警団を超えるスクイという人間を手放したくない領主からの精一杯のアプローチと受け取った。


 勇者についていかず国に飼われているという、神聖魔法使いたちと扱いは似たようなものだろう。


「この街最大の悪、その撲滅。騎士団でもできぬ偉業をここに讃えよう」


 従者が功績を読み上げると、領主がスクイたちに言葉をかける。


「優秀な戦士の2人よ。街を守ってくれたこと、心より感謝したい」


 真摯な言葉、意外なほどに混じり気のない感謝にスクイはただ頭を下げた。

 どうやら真っ当な人間らしい。先程推測した、能力あるものを手放したくないと言う気持ちは特段悪ではない。

 むしろ街のことを思えば正しい判断である。


 権力者たるもの胸の内に後ろ暗い何かの一つや二つと思ったが、公明正大という前評判は嘘ではないようだ。


「この街を守れたこと、誇らしく思います」


 スクイは適当なリップサービスを行う。

 領主は喜んだように顔を綻ばせた。


「稀に見る実力者と耳にしている。冒険者としても活躍していると。もしその腕前を活かしたいということであれば我が雌鳥の騎士団への入隊も考えてほしい。指南係という形で来てくれるだけでも我が騎士団の励みになるだろう」


 雌鳥の騎士団、領主の抱える軍事力、名前の通りの弱さと聞いていたスクイは適当にそれをあしらった。

 スクイであればすぐに騎士団長になったろうが、騎士というフォルムはスクイの戦闘スタイルに合わない。


 そもそも騎士の座に興味もないのだ。


 街を守る姿勢だけは見せ、何かあれば相談するという領主の言葉を受ける。

 とはいえ組織の残党との戦闘といった程度をスクイに任せにわざわざ呼ばないだろう。


 下手をすればオンスの街の軍事力を見せるために武道大会等に駆り出されるなどといったことはあるかもしれない。

 良いように使われるのはごめんだがそのくらいは適度に受けようとスクイは心の中で嘆息した。


「それではこのあとは披露宴も用意してある。偉大な戦士へのせめてもの祝いの席だ。楽しんでいってくれ」


 そう言うと、従者がスクイたちを部屋から退出させた。


 大きな建物である。組織の拠点も大きかったが、こちらと比べるべくもない。子供が迷えば帰ってこられないだろう。

 それを理解しているかのようにホロはスクイの袖を掴みながら歩く。


「緊張しましたね」


 スクイは思ってもいないことがわかる落ち着いたトーンでホロに話しかける。


「はい!でもこれは正当な評価です。ご主人様は堂々と受け取って良いはずです!」


 ホロはむしろ褒賞の大きさに怯えたことがわかる強がりを言う。

 あるいは領主に敬意を払うスクイを謙遜したと見たのかも知れない。


 この数日スクイの代わりに組織打倒の報告や手続きを行い、ホロはスクイがどれだけすごいことを成し遂げたか改めて実感した。

 スクイの偉大さを誇る気持ちはホロの中で大きかったのだ。もしかしたらもっと堂々と威張ってほしかったのかも知れない。


「過ぎた礼はトラブルを生みかねませんがね」


 そう忠告とも取れる言葉をスクイが吐くと同時に、2人は大広間に辿り着いた。


 そこからは立食パーティのようなものであった。

 スクイは功労者として挨拶を任せられると、適当に場を盛り上げた。


 貴族だらけの場で冒険者という場違いな人間が、発言を任され場を盛り上げる。

 腕前だけでなく教養や礼節も弁えたスクイの姿に感服するものは少なくなかった。


「若いのに礼儀がしっかりしてらっしゃる。失礼ながらどこで学ばれたので?」


「父がベインテで小さな領地を持っておりまして、幼い頃没落する前は良い教育者にも恵ました故」


 それが武勲により土地と爵位を頂けるとなれば、今は亡き両親も浮かばれるでしょう。

 そんな過去を適当に話すと、貴族たちは元貴族となれば納得だとその波瀾万丈な人生を讃えた。


 あくまで舐められず、かつ謙遜する。

 プライドの高い人間にはこのくらいのペースでいいだろうとスクイは考えていた。


 貴族は腕が立っても冒険者など興味はないと思っていたが、よく考えれば誰も手を出せない犯罪組織を潰した男が国や領主に恩を売り、権力まで手にしようとしているのだ。


 年もあり上から話すものがほとんどだったが、時折媚びるような接し方も見受けられる。


 こういった場は好まないが、今日のところは目を瞑ろう。

 そつなくコミュニケーションをこなせるスクイはそう思う。


 しかし、それはこなせているうちだけだった。


「私にも挨拶させてくださる?」


 凛とした女性の声、その声に周りの権力者も一度に引き下がる。


「はじめまして、スクイさん」


 声の主は真っ赤な生地に胸元の空いたドレスと一層目立つ格好で堂々とこちらに向かう。

 この場では目立つ格好ができるということは権力の象徴である。


 もっとも、そんな格好をしなくとも彼女がこの場の支配者だと誰もがわかった。


「お目にかかれて光栄です。レディ・フランソワ」


 スクイは綺麗な礼で返しながら、やっぱりかと思う。


 フランソワ・マイエンヌ。

 スクイは一度賭場で出会っている。


 あの時はその名前の意味が完全にはわからなかったが今は理解できる。

 賭場の支配者レディの表の顔は、領主の一人娘というわけである。


 賭場と変わらぬ堂々とした出立ちと、子供のような好奇心に溢れた目。

 賭場と社交会ですら変わらぬ自己にスクイは感心した。


「遠慮はいりません。此度の主役は貴方ですもの。でも単なる自己紹介では退屈よね」


 そうフランソワが言うと周りの者たちが騒めく。

 またフランソワ公女の戯れが始まったと、しかし期待するような目線が多い。


 ここは賭場ではないと目線を送るスクイにフランソワはにっこりと微笑んだ。


「せっかくの戦闘のプロよ?ここは腕前の一つも披露してほしいじゃない?」


 フランソワはウキウキした様子で語る。

 しかしもっともな話である。その程度ならとスクイは笑顔で了承する。


「じゃあそうね。定番のがあるわね」


 フランソワは机の上から果物を物色すると、その1つを頭の上に掲げる。

 茎を持つようにし実から手を離した。


「ナイフを使うとお聞きしました。そこからこの果物を刺し抜いてくださいな」


 フランソワの言葉に周りが動揺する。

 オンスの現領主、その一人娘。いくら自由が許されるとはいえこれは戯れがすぎる。


「おっと、その場から動くのはなしですよ」


 そんな中スクイはこの戯れが先日の意趣返しであると気づいていた。

 スクイは彼女を殺すと脅して賭けに勝ったのだ。その重さを今見せつける。


 断れはしないが、成功しても彼女にナイフを向けたという事実がこの場で晒されることになる。

 それだけで一転英雄から下手をすれば犯罪者扱いだろう。領主がどう思うかわからないが、その可能性は十分にある。


 見えない速度で刺し込んでも刺した跡は残る。ナイフを向けた事実は変わらない。


 無理難題、ほとんどやっていることが先日の延長戦である。

 とんでもない方に気に入られたものだとスクイは嘆息し。


「かしこまりました」


 そう言いながらナイフを取り出す。

 披露宴という場で取り出された凶器に一部が声を上げ、見守っていた騎士が止めに入ろうとする。


「誰の邪魔をするおつもり?」


 しかしその全てをフランソワは一言で止めた。

 この場では自分が絶対。自分の遊びが全てに優先される。


 そこに善悪はない。全てを手にした遊び好きの子供。

 それがフランソワ・マイエンヌである。


「さて、上手に果物を刺してくれるといいんですが」


 そう言いながら恍惚とすら言える表情を見せるフランソワ。

 スクイは手にしたナイフを向けることなく。


 果物を手にした。


「へ?」


 間抜けな声を出すフランソワの前で、スクイは皿に果物を載せる。


「ほう」


 一部の観衆がスクイの意図を読み取り感嘆を漏らす。

 なんてことはない。スクイは植物魔法で果物の茎を伸ばし、実を手元まで持ってきただけであった。


 しかしスクイの魔法を知らぬ貴族たちは、組織を倒した男の魔法という見せ物に喜ぶ。


 そして一拍おき観衆の思考が、面白いがあれで戦えるのか?といった疑問に変わる。

 そこを見逃さずスクイは果物を乗せた皿をフランソワに向けた。


「私のナイフはレディに向けるためのものではございません故」


 そう言って微笑むと、果物が今切られたことに気づいたようにゆっくりと8等分された。

 不可視のナイフ技術、事情を理解できない観衆。


 その結果は一瞬置いて、大きな歓声と拍手をもって迎えられた。


「いやはや公女様の無理難題をよくぞ」


「なんと楽しませる若者ではないか」


「植物魔法とはまた珍しい。うちにも欲しいですね」


「しかし最後のカットは一体?」


「ナイフはブラフで魔法と見ますがね」


 フランソワの無理難題をこなしながら、要求された戦闘の腕前も見せ最後にフランソワに果物を献上する姿勢。

 美男美女ということもあり絵になると貴族は見せ物を十二分に褒め称えた。


「あらどうも」


 そう言いながらフランソワはスクイの元に近寄り果物を1つ摘んだ。


「疑いのない能力と才覚、そして皆さんを楽しませた彼に皆さん拍手ください!」


 フランソワは公女か舞台のピエロかわからないような締め言葉を、すでに手を叩き続けている観衆に向ける。


「こういうのはやめていただきたい」


 悪目立ちを好むスクイではない。

 珍しく苦言を呈すスクイにフランソワはそっと話しかける。


 なるほど。

 この場面で自分だけに声を掛けるために、この拍手を用意したのか。そう気づいたスクイは心の中で舌を出す。


 しかし面白半分を批判するスクイと裏腹にフランソワは少し神妙な面持ちでスクイに囁いた。


「あなた、殺されますわよ?」


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