第四十七話「弱者」

 体が動かない。


 スクイは倒壊する建物の中座り込んだ。

 手足がほとんど使えない。もし再生したとしても不死の魔法で疲れは消えない。

 動くことはしばらくできそうになかった。 


 組織の人間はどれくらい救えただろう。ホロは幹部に勝てたのだろうか。

 そういった考えがとりとめもなくスクイの頭に浮かぶ。


 記憶を遡ると、フェルテが拠点のフロアを破壊しスクイを宙に吹き飛ばした際、誰かがこの拠点に近づいていたと思い出す。

 誰か、それがサルバやゲーレだとスクイは気づけなかったが、組織と戦っていたように見えた。


 ホロの助けになっていればいいが。

 生憎、自分は動けそうにない。


 倒壊する建物。その中でも死にはしないだろう。


 死ねない身体を呪いながら、ゆっくりと目を閉じる。


「少し、疲れましたね」


 強かった。

 ボスも補佐も、幹部に至るまで勝てたのが奇跡と言えるほどの強者。

 途中記憶のない間に戦況が変わっていたが、そうでなければボスには勝てなかったかもしれない。


「休みますか」


 スクイは呟く。

 こうやって1人で休むのは久しぶりだった。


 崩れた瓦礫がスクイの体を潰していく。

 再生しかけた傷だらけの腕や足が、ぐしゃりと潰され、血を流す。

 その中でもスクイは痛みを感じない。


 穏やかな午後のように、スクイはゆったりとした笑みを浮かべた。


「ご主人様!」


 そんな中、声が聞こえる。


 聞き間違えるはずもない。スクイにとっての同志、ホロの声である。


「ああ、指輪」


 ホロと遠距離でも会話できるよう魔道具の指輪を買っていた。

 スクイは指でなくナイフにつけていたのを思い出す。


 しかし、声がそこからでないことに気づいた。


「ホロさん……」


 目をうっすら開けると、そこには瓦礫で押し潰されそうになるのを避けながらこちらに近づいてくるホロの姿があった。


「ここは危険です。はやく」


「ご主人様の方が危険です!」


 スクイは不死である。

 対してホロは回復こそしたが、もう魔力はない。


 倒壊する建物の中ではいつ死んでもおかしくはない。

 しかしスクイの制止を待たず、ホロはボロボロの救いを背負う。


 小柄なホロの体だったが、まるで無理を感じることもなくスクイは持ち上げられた。


「強くなりましたね」


 頑なにスクイを背負い行こうとするホロに、スクイは背中から声をかける。


 傷一つないのは何か事情があると考えたが、自分からきたということは幹部は全て処理したということになる。

 増員もあったのだろうが、それでもスクイの想像以上の成果であった。


「ご主人様のおかげです」


 ホロは嬉しそうに、ふふんと鼻を鳴らしながら背中のスクイを揺らす。

 自重すら支えられない身体だったというのに、スクイは自分の練習についてきたホロを褒めようとして撫でる手もあげられないことに気づいた。


「全員とは行きませんでしたが幹部も撃退しました。もうそこらの人には負けませんよ!」


 得意げに自分の戦果を報告するホロ。スクイは素直に称賛する。

 3人いたことを考えると口ぶりから察するに2人は倒したのだろうとスクイは考えた。


 上出来である。出来過ぎなくらいで、スクイに隠した技があったと推測する。


「ホロさんは頑張り屋さんですからね。きっと私よりも強くなりますよ」


 スクイは本心から言う。

 それは厳しいですよーと笑うホロにスクイはそんなことはないですよ、と笑いかける。


 強くなければ何も救えない。強くなければ何も信じられない。

 ホロが強くなったことを、スクイは信者として大きな進歩だと言った。


「ありがとうございます。でもご主人様」


 ホロは嬉しそうに、照れるようにしながら、スクイの言葉に返す。


「強くなければ救えませんが、弱さがなければ死の素晴らしさはわかりません」


 ホロは話す。


「ご主人様といても、強さを実感しても、幸せを噛み締めて、もう生きていることを肯定できるくらいの日々を送っていても」


 ホロは幸せだと言う。

 これ以上ないくらい。


「それでもずっと、目の前には楽園しかないのに、幸せしか待っていないはずなのに、見えない後ろには少し足を滑らせただけで這い上がれない地獄がずっとある」


 この地獄という弱さを抱えているから、私たちはここにいる。

 だから生きることが絶対でないと言える。


「ふふ、ホロさん」


 強いだけでは死を理解できない。

 ホロの語る思想をスクイはゆっくりと吟味する。


 地獄を抱える弱さこそが、死への信奉。

 スクイは自分の過去を振り返り、言う。


「まさか死への解釈で他の人に気付かされることがあるとは思いませんでした」


 そう、地獄を知ることが死の信奉のきっかけなのだ。

 スクイはおかしくなった。


 そうであれば、自分たちはどうしようもない弱者である。

 スクイはそのことが、少し誇らしく思えた。


「さてホロさん、帰ったら忙しいですよ。組織を潰した報告や後処理なんかもいっぱいあります」


 スクイは切り替えるように言う。

 組織を潰すということは大きな問題なのだ。

 良くも悪くも降りかかる仕事が増えるだろう。


「私たちが救ったのは世界のほんの一部の人でしかありません。次の布教活動もありますし、話をしなければならない人間もたくさんいます」


「もちろんです!私も今回で思いついた魔法があって」


 スクイとホロは話しながらゆっくりと崩壊する街を後にする。

 その口調は激戦の後とは思えず、むしろ穏やかなものだった。


 2人は気づいていなかった。

 自分たちが死の信奉に必要なものだと言った要素が。


 優しさに必要な要素だということに。











【2章完結】

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