第四十六話「怯者」

「なんですかあれは」


 サルバは呆気に取られるように上を見上げる。


 上空では組織の拠点の最上階が爆発したかと思うと、その上空で2人の男たちが戦っているのがわかる。


 どういう攻防なのかも判断がつかない。これが戦闘、サルバの思い描く戦いという風景を遥かに上回る規模。

 ましてこれが個人同士など信じられないほどの攻撃。


 そしてその攻撃の余波は地面にいるサルバたちにすら及び、周りの建物は倒壊する。


「派手にやってんなあ」


 そんな大規模な戦いをゲーレは笑いながら見る。

 どうやら組織のボスは自分の期待以上の強者であるらしい。


 来た甲斐があった。そう目を細める。


 しかし上空を眺めるサルバが注目したのはそこではない。


 目に見えぬほどの激しい攻防の中、しかしサルバは確実に、その中に見知った存在を見つけた。


「もしかして、スクイさん……?」


 疑問、そして確信。

 上空で戦う姿、その戦闘を見たことはないが、遠くからでも彼だとサルバにはわかった。


「なんで、まさか組織を潰しに?」


 サルバは1人で戦うことが常であった。それがベインテの人柱としてしか見られない勇者という役職。

 神に選ばれたという大義名分をもとに人生を奪われる。


 しかしサルバはめげなかった。善意に悪意を、善行に悪行を、正解に失敗を。

 当たり前のように押し付けられる中彼は1人、それでも勇者であり続けた。


 今となっては縁あって2人の役職魔法使いがいるが、1人での旅は決して短いものではなかった。


 そんな中唯一、何の見返りもなく助けてくれた。

 自分の理不尽に心から怒りを露わにしてくれた。


 忘れたことはなかった。いつか立派になって、胸を張って恩を返そう。

 いつだって彼のように、泥だらけになっても誰かを救える人間であろう。


 サルバの理想の正義だった。


 その人が勇者の自分より先に組織に立ち向かっている。

 それもたった1人で。


「僕は」


 悔しかった。

 やっと並び始めたと思っていた。強くなり、仲間もできた。


 でも彼はそんなことをしなくても、勝手に悪に立ち向かってしまうのだ。


 でもそれがとても誇らしく、嬉しかった。

 こんな人もいる。それがどれほどサルバを励ましたろう。


 ならできることは手助けじゃない。

 サルバはそう思う。


「待っていてください」


 いつか隣に立てるように、そう思いサルバは上空から目線を切ると目の前の敵に向かった。


 しかし、現状はそう美しいものではない。

 サルバが好意的に世界を見過ぎていることを差し引いても、スクイの現状はおおよそ誰かに尊敬されるものではなかった。


「いいぃ…」


 這う、それしか動き方を知らぬように。時折手足を使ったかと思えばバタつかせるように動くだけ。

 しかしその周りにはドス黒い瘴気充満し始めていた。


「なんなんだこいつは」


 フェルテは困惑する。おそらく腐食性の毒ガスのようなもの。隠していたのか、あるいは植物魔法の一端か。

 しかしフェルテはその中を悠々と歩く。


「構わん。それでも突破するのみ」


 フェルテの肉体にかけられたあらゆる強化の魔法はいかなる妨害も通しはしない。

 殴って、勝つ。それだけであった。


 フェルテはスクイの元に近づくと、その首根っこをグッと掴む。


「これで終わらせる」


 やけに体が重い。期待のあまり力を使い過ぎた。

 実際は大したことがないというのに。


 そう思い首をへし折ろうと力を入れるが、その首は一向に折れない。


「先程と同じく、ダメージ軽減か」


 気にすることなく両腕で首を絞める。

 にやつくようなスクイの笑みが癪に障る。そのままグッと力を込める。


 折れない。


「不死の延長か?」


 そう考えることもなく、フェルテはスクイの首を握ったまま腹にまっすぐ蹴りを入れる。

 首を残して胴体が吹き飛んでもいい、否爆散し跡形も無くなるはずの攻撃。


 しかしその攻撃は、スクイの腹にただめりこみ終わった。


「何、が」


 何かがおかしい。

 ずっとある違和感がようやっと結ぼうとしている。


 スクイの体が丈夫なのではない。

 瘴気が邪魔なのではない。


 フェルテは自分の手を見る。

 その腕は誰よりも太く、強く、逞しい。


 それに変わりはない。しかし、どこか。


 感覚、フェルテは考えるより前に感じる。

 魔法が切れている、どころではない。自分の魔力のほとんどがなくなっている。


 咄嗟にスクイの首から手を離す。

 どさりと力なく落ちるスクイの身体。


 それを気に止める様子もなく、フェルテは状況を理解しようと自分の頭を掻く。


「なんだ?」


 その動作にはほとんど違和感がない。

 しかしその手。


 その手には白い髪が多く付着していた。


「まさかッ!」


 だとすれば、全て、全てが変わる。

 この男。


「お前は」


 フェルテは老いていた。

 それは歪で、筋肉はそのままに、しかし髪は白く、体毛は薄い。

 触れれば顔には皺が増えており、背も心なしか縮んで感じる。


「お前の、魔法は」


 隠していた。本領を発揮した。

 そうではない。おそらくこれは本人すらも知らぬ真実。

 正気が一滴でも残っているうちには彼にすら想像することもできなかった。


 彼は植物魔法など身に付けていない。


 あのような短時間で魔法は習得できない。


 であれば彼が身に付けたと思っていたものは?


 彼がずっと持っていたのは?


 彼が異世界に飛ばされた時許可されたものは?


 彼が生前達成していた魔法の条件は?


 それがスクイという人間の本当の魔法。


「死を、与える魔法」


 その瞬間、フェルテは決め込んだ。

 この存在は、自分を超え得る。


 であれば、方法は一つしかないのだ。


 フェルテは持っていたスクイのナイフをスクイの頭に投げる。

 それは止まることなくスクイの脳天に突き刺さった。


 そして残りの魔力を全て捨てる。

 フェルテは即座にそう決め、とある能力を発動する。


 彼は、構えた。


 魔法はもうない。しかし彼の肉体は戦闘力としては何ら損なっていない。


 しかし、これでいい。


 一瞬、一瞬にして瘴気が消える。

 そして這いつくばったスクイは、ぼんやりと動かなくなったと思うと。


「おや?」


 すくりと立ち上がった。


「一体」


 様子が把握できない。スクイにも動揺はあった。

 勝てないと悟る相手、最強の敵。それにナイフが効かず、紐を切られ、ナイフを奪われ。

 そして対応できない攻撃を叩きつけられた。


 そこからが曖昧である。正気を失っていた。

 ナイフがなかったからか。スクイは分析し、自分の頭のナイフを抜き取り。


 仕舞う。


「よくわかりませんが」


 スクイは構えない。


 彼には構えがない。


「ああ」


 フェルテもそれに気づく。


 それは世界を問わない。

 言葉では決して理解できない、しかしその場にいるものは例え誰であろうと認識できる。


 とある合図。


 それは、もう準備はできているということ。


 そしてそれは、始まっているということ。


 戦いの合図だった。


 先手を取ったのはスクイだった。歩いた、そうとしか見えないがあまりにも速い走り。

 動きとスピードの違い、認識をずらす走法。そして左手でフェルテの目元に掌底。


 反応をずらされたフェルテだが、その攻撃を屈んで躱す。

 しかしそこに待つのは半身により隠されたスクイの右手。


 突きではないナイフを扱うのと遜色ない速度でスクイの指がフェルテの左肩にめり込む。


「外し」


 それはスクイの関節外しの総称。

 死神すら屈した戦闘不能必至の攻撃。


 その技は指を差し込み関節を外す技。


 しかしフェルテの腕は外れない。


 読まれた。隙をつかねば指という微小な力では関節を外すことも難しい。


「小技だな」


 そう呟くフェルテ、逆に関節に右腕を捉えられたスクイの腹に右腕で殴りかかる。

 フェルテの最も得意とする突き、異例な形であったが相手の体を固定することで攻撃の100%を相手に伝える。


「通し」


 スクイはその攻撃を自分の体を通し対応する。

 が、全てを通し切れない。むしろ通し損なったダメージが体内で暴れた。


 しかし突きは大きな隙を産む。スクイはそのフェルテの手を掴む。


「外……し」


 呟くと、フェルテの腕の関節が同時に複数が外れる。


 それと同時にフェルテは関節に挟まれたスクイの腕の骨を身を捩るだけで粉々にした。


「はは」


「何が」


 面白いんですか、そう問うスクイの顔は、笑顔だった。 

 フェルテは声を出して笑う。


 最強。

 肉体、精神、魔法、権力、組織。


 手にしたと思っていた。

 例え神聖魔法には遠く及ばないと分かっていても。

 どこか自分が最強だと感じ初めてすらいた。


「何、初めて最強になった気分だ」


 フェルテはそう言う。


 強くなる。強くならねばならぬ。

 それは同時に、弱さに対する大きな感情の裏返し。


 最強を目指した。自分こそがそうなると思い武道を訓練した日々を、もう忘れていた。

 嫌になる程聞いた練習の声、道場の香り、訓練の型。

 倒したきり思いもしなかった父、不要と捨てた、初めての娘。


 捨てたことを後悔はしない。

 それが今のためであるというのなら。


「しかし」


 同時に知る。

 目の前の人間が、若くして自分と同じレベルで戦う。


 そのなんと苦痛に塗れたことか。

 最強を手にするその手に、それほど激痛が走るかをフェルテは知っている。


「強いな」


 フェルテはまた笑う。


「まあ、それなりですよ」


 スクイは笑って謙遜する。


 強くならねばならなかった。

 正しさは賢く、優しく、綺麗なだけでは守れなかった。


 幼いスクイは歩いた。まともな服も与えられず、食事もなく、ただ正しくなるために歩いた。

 道場を叩いて出た言葉は一つだった。


「僕はまともなごはんも食べれません。大きくもなれません。道具も買えません」


 それでも強くなれますか、そう聞いた。

 誰もが関わろうとしない中、1人だけがスクイに元にくると。


 スクイを投げ飛ばした。


 泣くことは正しくない。呼吸ができなくなるほどの衝撃の中、涙を堪えるスクイにその人はこう言った。


「君の体躯でも、同じことを相撲取りにできる」


 スクイは毎日足を運んだ。お金はなかったが毎日来ることを条件にその人は代わりにお金を出し続けた。

 その人はスクイの生活を変えたがったが、スクイは拒んだ。


 スクイを無視してスクイを助けることはできなかった。

 その人はスクイが懸命に自分を変えようと立ち向かう様を見て思ったのだ。


 何人も、成長しようとする人間の心意気を邪魔する権利はない。


 スクイは毎日道場に来た。

 しばらくすると、スクイは簡単に技を覚え始めた。


 型だけではない。足捌き、間の取り方、呼吸。

 武道に必要な要素を即座に吸収した。


 素晴らしいと、誰もが手のひらを返した。

 優秀だと、誰もが感心した

 天才だと、誰もが持ち上げた。


 その中で初めに教えた1人だけが、スクイを見ていつも涙を堪えた。


 いつだって、スクイは練習した。

 スクイには場所がない。暑くとも寒くとも、雨だろうが雪だろうが、スクイは夜中に公園でその日の動きを何度も真似した。

 図書館に行き本を読み、また倒れるまで練習した。


 こんな短時間でという声に、最初に教えた1人だけが、違うと気づいた。

 ただの同じ練習では彼にはなれないと誰もが言った。

 違う。誰だって彼になれる。


 だが、彼ほど強くならなければならない者が、一体どれだけいるのだろう。

 彼がどれほど世界を、本当は。


「そうか」


 フェルテは攻防の中で、スクイの力を知った。

 不思議に思っていた。狂気に飲まれ、言葉を失い、それでもスクイの技量は衰えることがなかった。


「なんという」


 決着は、即座についた。

 満身創痍の2人である。ボロボロの体を必死に動かし、それでも即死級の攻撃が放たれる。


 スクイは、折れた腕を振り回すと、引きちぎるようにフェルテに飛ばした。


 避けられた、避ける必要もないような攻撃。


 しかし、フェルテにはもう、動く力がなかった。

 ただ、千切れ飛んだ腕を見て呟く。


「天晴れ」


 その首を、スクイのもう片方の腕が跳ね飛ばした。


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