第四十五話「狂者」

 フェルテは少し悩んでいた。


 何も目の前の男との戦闘についてではない。

 スクイという男の底は知れた。前々から聞いていた情報に先程の戦闘だけで十分、スクイにこれ以上の隠し球がないことも理解していた。


 入念な準備と本人の身体能力。

 準備はもうないだろうし、本人の身体能力はフェルテに遥かに劣る。


 魔法も植物魔法ということで、その場にある植物の成長しかないらしいがその植物も現状存在せず、あったとしてもフェルテに一矢報いれるものだとは思えなかった。


 悩んだのは不死という能力である。

 この能力、どうにも単純な高度な回復魔法ではないらしいと聞いている。


 明らかに死亡した状態からの復活。どころか死体の状態でも動く。

 信じられない話だが、今足の下を死体としか思えない男が這いずっているのだから疑う余地はない。


「う、うう……」


 呻きながらありもしないナイフを探すスクイ。


「少し黙れ」


 フェルテはそれを見て苛立ち気味に蹴り飛ばす。

 魔法も何もない蹴りであったが、スクイの体は壁を突き破り向こう側まで飛ぶ。


 自分の組織を破壊し、自分に次ぐ実力者まで撃退した男。

 自分と同等、あるいはそれ以上の殺戮者。


 その強さに期待した分彼の苛立ちは大きかった。


 スクイを説得してNo.2として据えて組織を再構成するということも考えたが、そもそもこの程度の人間に破壊される組織にいったい何の意味があったのか。


 組織は犯罪により大きく、潤沢な資産や権力を蓄えていたが、それはフェルテにとって手段でしかない。

 より強く、最強の人間になるための一手段として、この組織という媒体は想像以上に役に立たなかったという判断をせずにはいられなかった。


「別の方法を探すか」


 ちょうどいい。

 力を軸とした組織、最強の人間を作るという計画、殺害人数で自分に張る人間、どれも自分の強さに影響しなかった。

 別の手段を探すべきだ。


 そう思えばもうこの男に必要はない。放っておいてもいいがこの男を殺すことが自分の強さの証明になる。

 殺したと言えるかはわからないが、肉を圧縮し鉄にでも入れて海の真ん中に突き落とそう。

 そう思ってスクイを見る。


 壁を突き破った部屋。そちらにフェルテが足を運ぶと、スクイはもう回復したようで、しかし立ち上がることもせずに倒れ伏している。


「ナイフを探すこともできなくなったか」


 もうどうでもいい。この男の精神状態には興味を失った。あとは圧縮して持っていこう。

 そう思いゆっくりと手を伸ばす。


 その瞬間、フェルテの伸ばした手がなくなった。


 否、それは幻覚。フェルテは即座に自分の手を引き戻す。


「今のは……?」


 自分の腕を確認する。特別異常はない。

 しかし今の幻覚。否、直感。


 自分の強さを絶対とする彼だからこそ確信する。

 これは単なる思い違いでない。


 このまま手を伸ばしていれば自分の腕はなくなっていた。そういった確信。


「まだあるのか……?」


 フェルテは明らかに廃人としか見えないスクイを見る。

 しかし彼はもう寝転がり、ただトロンとした顔で明後日の方向を見ているようにしか見えなかった。


「念を入れるか」


 フェルテは魔力を行使する。

 フェルテの魔法はほとんどが肉体の強化である。


 スクイすら上回る純粋な肉体の機能の高さに、筋肉、視覚、防御力、衝撃、反射神経や脳の回転速度まで跳ね上げる各種の魔法の数々。


 これらも彼の持つ魔法の一部に過ぎない。


 彼が世界最高峰まで鍛えたのは肉体だけではない。

 魔法という一点をとっても彼のスキルは世界有数なのだ。


 念を入れ、最高火力で粉微塵にする。回収はそのあとである。

 フェルテが魔法を使うのにラグはない。使うと決めたと同時に放たれる、この廃墟街そのものを破壊し尽くさんばかりの攻撃。


 その突きを放つ直前、彼はスクイの目が一瞬、こちらを向いたのに気づく。


「ああ」


 そんな言葉にもならない声。

 それを無視しフェルテはスクイに拳を振り抜き。


「あばばー」


 スクイの顔が自分の目の前に現れたことに気づく。


「な」


 理解できない。振り抜いた腕が後方のビルを吹き飛ばす中、その衝撃の強さに彼自身身を固める状況で。


 まるで寝起きの少年がトイレに歩くようにぼんやりとした、場違いな表情でスクイは何の影響も受けることもなくフェルテの前に立っていた。


「んー?」


 スクイはそのままフェルテの顔に手を伸ばす。

 避けられない。魅入ってしまっている。

 自分の攻撃の衝撃も関係ない。ただこの男の行動に動きがついていかない。


 それは身体的なものではない。頭だ。

 現状についていかない頭のせいで、肉体もそれに追いつかないのだ。


 しかし今のスクイが顔に触れた程度で、どうといったことは起こるまい。


 そんなフェルテの慢心を打ち砕くように、フェルテの体は宙高く飛ぶ。


 気づきもしなかった。自分が今上空に投げ飛ばされ、厚い岩の壁をぶち破り飛んだことすら。

 フェルテはまだ状況が読み込めない。スクイを強敵とすら認識できない。


 しかしその上空にスクイが現れ、ようやっと理解する。


 なぜかわからないが、今の彼は強い。

 それは先程の能力を遥かに上回る。


 それは彼の強さの原因をフェルテが読み違えたからに他ならない。


 スクイという人間の強みはその技量にある。

 ナイフ、肉体、準備、話術、前世からの多彩な努力の結果と培った経験は、一般人と隔絶した能力を持つ。

 そこに異世界での不死の魔法、そして植物の魔法と言ったさらなる能力による付加、彼の強さは留まるところを知らない。


 これが一般的なスクイという人間の評価である。


 しかし、実際スクイという人間を強者たらしめる要因は全く正反対の。


 底知れぬ狂気。


 その一端が現れたのが死神ゲーレとの戦いである。世界最高峰の戦闘能力に対し一歩及ばぬスクイであったが、死とのリンクによりその力を発揮した。


 このトリップは死神すら何故自分が戦士の役職魔法を手にしたのか疑問に思うほどの戦闘能力であり、純粋な戦闘能力では死神すら圧倒した。


 スクイという人間は狂気を持ちながらも協調性は高い。

 それは生前の両親からの縛り、そしてトラウマに起因する部分が少なからず存在している。


 もっとも、スクイという人間の99%は狂気であり、残った理性など少し突けば簡単に破れる物であることは言うまでもない。


 だが100パーセントでない。

 その最後の理性、家族という存在への何か。


「ストッパーッ!」


 フェルテは呟く。

 スクイが正気を失った時、フェルテはナイフのことをストッパーと評した。

 それは無意識のものだったが、彼は何故かその表現を使った。


 ストッパーとは抑えるもの。

 無意識のうちにフェルテは感じていたのだ。

 スクイという人間の狂気の底は、まだ止められているのだと。


「今までの狂気が止められ滲み出た程度だったということか」


 笑顔のまま宙でフェルテと対峙するスクイにフェルテは問う。

 しかしその返答はない。


 これが剥き出しの狂気、スクイという人間の100%


「だが所詮狂人」


 フェルテは即座に宙で回転し、スクイの頭に踵で蹴りを入れる。


「力のリミッターが外れたか?それを強さとは呼ぶ3流が!」


 リミッターが外れている。しかしそれだけで強くなれるのであればフェルテも苦労はしない。

 実際狂戦士と呼ばれるような人間の限界を超えた力を出し、脳内麻薬を分泌させる戦士や、魔法もある。


 そしてその全てをフェルテは習得している。


 狂気に蝕まれ身体能力が上がった程度で埋められる実力差ではない。


 そうフェルテは考えた。


 ずるりと、自分の渾身の回し蹴りが止められるまでは。


「ぱー」


「こいつ」


 狂気に蝕まれていても習得した技術を十全に扱えるのか。

 身体能力の代わりに理性を捨てている。技量はないものと思っていたがむしろ蹴りの威力を分散させる技術は上がっているとすら言えた。


 しかしそれでもフェルテの蹴りを止められるはずはない。


 スクイは足を掴んだまま目を見開く。


 反射的にフェルテは止められた足を振り解きに足を振るう。

 止められたのが嘘であるかのように、スクイの身体は足から離れた。


「何だ」


 何かがおかしい。ずっと違和感が襲っている。

 スクイの能力は高い。それが狂気により上乗せされた。


 死神との戦闘のさらに上の状態のトリップ。しかしそれでもフェルテが手こずる相手ではない。


「何が起こっている」


 しかし現状、フェルテの最高火力である突きは避けられ、油断したとはいえ投げ飛ばされ、渾身の蹴りもなんなく止められた。


 身体能力の上昇と本来持っていた能力すら使用可能。

 コミュニケーションという武器を除けば、スクイの戦闘能力は格段に跳ね上がっている。


 しかしそれだけではない。

 そんな程度ではフェルテと戦闘すら行えない。


「いや、それはなんだ」


 ビルの屋上に降りたフェルテは見た。

 吹き飛ばされ倒れたスクイのその周りに、うっすらと黒い靄が発生していることに。


 そして気づく。自分の攻撃。

 先程からの攻撃はどこか、受け流される以前から弱まっていたのではないか。


 その瞬間、スクイの周りの床が崩れ落ち、スクイは下に落ちた。


 その周り、先程スクイを囲っていた靄の部分。そこは黒く、変色していた。


「魔法……?」


 スクイにそのような魔法があるという話は聞いていない。

 スクイにあるのは不死と植物魔法だけである。


 しかし突きの衝撃に影響されず、蹴りを相殺、そして黒い靄に建物の崩壊。

 魔法でないはずはなかった。


「物質の生成によるガードと破壊?」


 そこまで珍しいことではない。火の魔法でも水の魔法でも同じことはできる。

 だが、フェルテは感じ取っていた。


 あれはまずい。

 同時にあれこそがスクイという人間の恐怖の根源なのだと思えるほど、感じ取れる脅威。


 そして何故か湧くのが、本当に、フェルテ自身理解できないことに。

 ほんの少しの、劣等感なのだった。


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