第四十四話「強者」
スクイは組織補佐、エクシトの心臓からナイフを引き抜くと、先に進む。
確信する。スクイは廊下を歩きながら、この先の扉がボスの部屋であると理解していた。
そして恐らく、その中に逃げもせずに待っているであろうことも。
エクシトもボスも、このような緊急の状況において逃げるどころか自分の部屋から出ることすらしない。
余裕?意地?
否、それはむしろあり方に等しい。
強いということが絶対の組織において、逃げるという行為はどうあれ自分の価値を失うことに等しい。
であれば勝てる勝てないではなく、彼らの中には逃げるという選択肢がハナからないのである。
スクイはその心情を理解し始めていた。強いということに全ての存在価値を賭ける。
その発端となった人物。
スクイはその人物に会うために奥の扉を開いた。
その部屋は普通の部屋だった。
普通と言ってももちろんそこらの住人の住処や仕事部屋とは違い、広く豪華ではある。
しかし、特別なものは何もない。大きな机、壁に敷き詰められた棚、そして机の向こうには。
1人の男が、まるで退屈な午後のひと時と言うように普通に座っているだけだった。
「おお!お前、強いな」
男はスクイが入るなり、その目を見開きスクイを見る。
尋常ではない強さ。スクイを見た目でそう感じられるの者はあまりいないはずだが、男はスクイの強さが明らかであるように笑う。
「明確だ。これでは下のものでは太刀打ちできん。埒外だろう。相手をさせるのも可哀想というものだ」
男は過剰とすら言えるほどに今見たばかりのスクイを評価した。
「強さとは何か」
男は、問いかけるというよりは独り言のように、しかし明白にスクイに対し言葉を吐く。
スクイは続く言葉をを待たない。ただ平然と、男の正面、入ってきた扉の前にある椅子に腰掛けた。
「強いということは一体なんだ?」
男はそこで初めてまっすぐにスクイを見る。
笑っていた。楽しんでいた。
自分の組織が崩壊し、自分の部下、幹部、育てた最強の息子が扉の向こうで死んでいることを知りながら、まるで雑談を楽しむように笑いながら問いかける。
「勝つということでは?」
それに対しスクイは端的に答える。
この部屋でも問いが終わらなければ戦闘は行えないのだろう。スクイはそう思っていたこともあり、大した抵抗もなく会話に応じる。
しかしスクイの答えに男はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「それでは勝ちの定義が必要になる。勝つとはなんだ?」
スクイは答えない。場合によって、勝ちの定義は変わるだろうし、普遍の答えはない。
その反応を男は見ると、口を開く。
「俺は強くなりたかった。この世の誰よりもだ」
この世界で最も強い存在になりたかった。
男はそう語った。
「世界で一番と呼ばれた武道、その師範の息子として毎日特訓に明け暮れた。強さこそが追い求めるべきもの、強くなることが幸せだと感じていた」
しかし負けた。
「父親を完膚なきまでに倒し、武道を極め、最強を我が物にしようと。否、最強が我が物であることを証明しようと出た大会だった。史上最強を決める、そこで役職魔法、戦士の適性が決まるとまで言われた試合の決勝で、俺は死にかけのジジイに完敗した」
語る男の体をスクイは見た。
歴戦、そう呼ぶにふさわしい身体である。
もちろん、幹部のみならずこの組織の人間は全て戦闘に精通している。歴戦などという言葉は似合わない者の方が少ない。
だがそれらとは決定的に違う。自分を強くするための傷、苦痛、ただ鍛えた、戦ったということではない。
強くなることだけが目的、それを手段として使う犯罪者とは違う。求道者の身体。
違う、スクイはその軽微にして明白な差異に警戒する。
「俺は強くなるべきだと感じた。まだ足りん。あいつを倒すまで訓練しようと考え、魔法武器入り乱れる戦地で己の肉体一つで戦いに明け暮れた」
スクイと似た過去。戦場での経験。
スクイは銃火器、この男は魔法と違えども、戦場で常に死と隣り合わせになりながら、それもこの男は魔法を使わず、自分の体1つで戦ったというのだ。
来るべき再戦に向けて。
「だが、そのジジイが死んだ」
殺されたのだ。
凡百の一般人に。
「通り魔的犯罪だったという。大した奴でもない。逃げることもできずその場にいたジジイの弟子が捕まえたという話だ」
こうしてこの男の最強の目標は、いとも簡単に消え失せた。
結局最強の武道家も、不意打ちの魔法にあっけなく殺されるしかなかったのだ。
「では負けなかったジジイが最強か?ジジイを殺したその通り魔が最強か?その通り魔を捕まえたジジイの弟子が最強か?」
いや違う。
男は笑顔で語る。
しかしその目にはスクイにすら劣らない狂気が宿る。
「武道は最適じゃねえ。俺は魔法を手にし始めた」
最強の魔法を探した。
武道を捨てず、理想を捨てた。
武器を持ち、魔法を研究し、権力を持ち、数も持った。
「例えばジジイが死なず俺と再戦して俺が勝てば俺が最強か?そのあと俺が負ければジジイに最強が戻るのか?そうじゃねえだろ!」
最強とは不動の称号。
「最強とは、武道でも、過程でも、結果ですらない!」
フリップは倒したものが強いと考えた。
エクシトは上に立ったものが強いと考えた。
その両方が誤りだと吐き捨てる。
殺したものが強い。
「強さとは何か。それは殺した者だ。殺害こそが強さの証明。だから俺は、世界で最も強く、最も殺した人間だ」
そして答えがこの俺だ。
フェルテ・フロップ。
組織のボスにして、最強の男。
「ちなみに俺の魔法を見せよう」
フェルテは思いついたように立ち上がると、後ろの窓からヒュゼークルを見る。
基本下にのみ攻撃するヒュゼークルだったが、フェルテの目線に感じるものがあったのか、一瞬大きく上方に羽ばたくと、真っ直ぐにフェルテに向かい飛んできた。
「おお、よしよし」
そこにゆっくり手を伸ばす、
ヒュゼークルがボスの手に突撃し。
急に動かなくなる。
「魔法ですか?」
「こんな魔物1匹止めるのに魔法などいらん」
つまり素手である。
ボスはそのままヒュゼークルの嘴を掴みながら、スクイの目の前に掲げる。
「これが魔法だ」
そういうと、フェルテの手の中でバタバタと藻がいていたヒュゼークルはグッと痙攣したかと思うと。
そのまま動かなくなった。
「こういうわけだ」
ボスは動かなくなったヒュゼークルを窓から放り投げる。
飛ぶ様子もない。明らかに死んでいた。
「殺す魔法、ということですか?」
「ああ」
何の魔法かも不明。恐らく肉体魔法。
強さを証明するため、殺して殺して殺し続けた先にあった魔法がこれである。
触れたものを殺す魔法。
「この世界の魔法は奇妙だ。火が使えるやつに火の魔法を、水が使えるやつに水の魔法を、その違和感にお前は気づいたろう」
「ええ、この世界の魔法はおかしい」
神が授けるというのであればそれは火が使えない者にこそ火の魔法を、水が使えない者にこそ水の魔法が与えられて然るべきだ。
これでは神が与える魔法は。
「まるで資格だ。神は本来、人間を救うために魔法を与えているわけではないってことだろう」
過ぎた力を与えないように。必要な者ではなく使いこなせる者に魔法を与える。
場合によれば過保護とも言える考えが神の本質なのかもしれない。
「誰よりも殺しを可能にした結果与えられたのが誰でも簡単に殺せるようになる魔法。つまらん魔法だと思ったもんだ」
だがこれで確信した。
自分が最強になったと。
「最強は戦士の役職魔法ではないということですね」
「ああ、戦士の役職魔法はあくまで魔法抜きの戦闘技術の証明にすぎない」
それにしてもこの男に与えられなかったのか。
そうスクイが思うほど、フェルテは強い。
「お前も大勢殺したろう」
「ええ。それが救いです」
スクイは微笑んで返す。
それにフェルテは嬉しそうに笑う。
「お前のことは実は知っているのだ。フリップのやつが働くギルドの行きつけ。その情報は余す所なく俺に届く」
俺はお前に目をつけていた。
フェルテは言う。
「もう敵は神聖魔法の使い手しかいない。そう思っていたがそのイかれた思想、しかし確固たる信念と殺しの数。まさしく俺の相手足るべき強さだと感じていたよ」
対等と思える殺害による戦闘技術。
対極とも言える殺害と不死の魔法。
確固たる信念、過去、どれをとってもスクイが戦うべき相手だと、スクイが組織を狙う前から思っていた。
「死を救済と呼ぶお前と、死を敗北と呼ぶ俺」
似たようで異なる主張。
「どちらが正しいか」
それは死を持って以外あり得ない。
その瞬間、スクイの体の拘束が解かれる。
「では、やろうか」
軽く呟かれるスタートの合図。
部屋が爆発する。スクイが仕掛けた爆弾など火花にすら思えないほどの強烈な爆散。
それはこの最上フロア全てを消しとばすほどの威力。
宙に吹き飛ばされたスクイは、肉が抉れてはいるものの戦闘に支障がないことを確認する。
規模が違う。
今の衝撃はフェルテの蹴りによるものだった。目の前の机をこちらに蹴り飛ばしたように見えたが、持ち上げるのに10数人必要だと思われる机が飛ぶどころか、その威力と衝撃で建物のフロアが1つなくなったのだ。
殺人の魔法は結果に過ぎない。それを抜きにしても最強。
スクイは手を抜くつもりはない。
死神との戦闘を思い返す。その時と同じ、初めから全力で行く。
スクイが空中で着地点を探す中、爆風の霧を抜けて
フェルテが飛び込んでくる。
「はっは!五体満足か!」
触れられれば死亡、スクイの不死にどう効くかは疑問としても、スクイはナイフを紐で振り回す。
空中という身動きの取れない状況は、しかし障害がないという点で振り回しには最適である。
「ほお、速いな」
フェルテはこの技を知らない。ギルドで使っていればともかく、スクイはギルド内ではこの技を使っていない。
浅く、フェルテの皮膚を斬る。
「こうか?」
しかし、フェルテは来るナイフを見るように目を細めると、次の瞬間。
ナイフの腹を指で捉えた。
「なっ……」
スクイが初めて見せる驚愕。
あり得てはならない。
死神もスクイのナイフの振り回しを見切り防いだが、あれは柄を止め、掴んだに過ぎない。
今は自分のナイフが見切られ、その上で素手で刃を掴まれたのだ。
「て、」
一瞬にして湧き上がる憤怒。
スクイは即座にナイフを引きつける。
「おっと、大切な物だったか?」
ナイフと同時にスクイに引き寄せられたフェルテは、その手を離すと、手刀の形を作る。
「それ」
そのまま、軽い掛け声と共にスクイのナイフを操る紐を、プツンと切った。
理解のできない領域。その神域。
スクイの手元に戻ることなく、ナイフは重力に従い落ちる。
「待っ」
「では次はこれか」
スクイが届かないナイフに手を伸ばそうとするのを、フェルテは見ながら掌底を作る。
そして空中で跳躍した。
「さて、まだ終わるなよ」
フェルテはそのまま、その手をスクイに押し当てる。
掌底、その攻撃を受けスクイは真下に吹き飛び、組織の拠点から二つ離れた廃墟に追突する。
追突、その言葉以外相応しくない。
屋上から穴を開け、3階ほど落ちたところでスクイは止まった。
完全な肉体強化の魔法。視覚や衝撃の強化もあるのか、あるいは自力か。
肉体強化の長所は魔法とそうでない部分の違いが感じにくい部分である。
しかし、そのような推測もできぬほどスクイはボロボロであった。
飛んだということは穴が空いたわけではない。四肢がちぎれ飛ぶといういつもの状況である。
しかし、その圧倒的実力差。
死神に勝ったのはトリップによるナイフ技術と肉体能力の底上げであったが、それを踏まえても確実に届かない格差。
加えてスクイは現状、ナイフを失い、魔力は作戦での使用によりほぼ無し。
残る手は存在しないと見えた。
その上。
「う、ああ……」
スクイは呻く。
それは先程ナイフに手を伸ばした時と同じ、恐怖と絶望の表情。
この世界に来て、困り、驚くことはあっても決してしなかった表情。
「ナイフ、ナイフが……」
いつもとは違う正気の失い方、這いずる動きもどこか弱々しく、手足がゆっくりと再生してもその状況に追いつけずまともに動けてもいない。
状況の絶望すら気づけないのではというほどの自我の忘却。
見ていられないほどに狼狽えたスクイの姿があった。
「ふむ、ナイフに執着を持つと聞いていたが」
フェルテが降り立ち、スクイを見る。
「俺の殺害の魔法では死なないか。それと関係なく、恐らくナイフに精神を委ねていたのだろう」
スクイという人間は極めて上等な正気の皮をかぶっている。
社交的で、話がうまく、人の心に潜り込む。
しかしその下にはドス黒いまでの狂気、触れるだけで狂死するほどの闇がある。
それを繋ぎ止めるストッパーが何かとフェルテは疑問に思っていたが、それがナイフだったというのは納得が行った。
「狂気的な執念は爆発的な力を持つが、所詮正気を保つことのできない弱い精神の持ち主。一皮剥けばこんなものか」
嘆息する。
先程のも常軌を逸した技術だったが、所詮想像の域は出なかったと思う。
とてつもなく強いが、それだけだった。
スクイという人間の強みは極めて多い。
圧倒的なナイフ技術、それを活かす身体技術。
話術、身振り、視線等の誘導による戦況の操作。
実戦に裏打ちされた戦闘での機転や対応力。
戦いのための下準備の数々。
新技を常に取り入れる弛まぬ努力。
不死という無敵とすら言える魔法。
しかし現状、スクイの強みは全て使える状況にはない。
どころか普通の戦闘すら怪しいほど、スクイは追い詰められていた。
「ナイフが、ナイフがない」
その下を力なく這いずるスクイ。
そこにはもういつもの強さは何も残っていない。
スクイは正気を失いながら、ずるずるとナイフを探すのをやめ。
少し、明らかに焦点の合わない目で、緩めるように、笑うような表情を作る。
忘れてはならない。
強さを全て失ったスクイという男には、狂気だけが残ったのだということを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます