第四十三話「増員」

 組織幹部5名、うち4名が死亡。

 現状残るクリメントは、ホロの発動した大量のマグマを1人で抱え込んでいた。


 オールの死亡と同時に座り込んだホロは既に全ての自分の魔力と、その代わりとなる武器を使い切っていた。

 正確には今自分に差し込んでいる回復用のナイフがあるが、これが武器として加護の対象になるかはホロも確かめていない。


 クリメントはマグマを抑え切るのに精一杯だったが、現状ホロがすぐに戦いに戻れるようには見えない。

 マグマの勢いも落ちている。ホロは出現させただけで操作までしていない。守るべきオールが死亡した今、マグマをどうこうするよりもまず。


 ホロを殺害するべきだと、クリメントは考えた。


 当然の思考。念の為分身を増やし、攻撃に特化したフォルムを作る。

 手も足も増やし筋肉量、骨格といった部分にも手を加える。


 完全に元の姿を逸脱した肉体構造。

 そこから人間では不可能な戦闘を編み出したクリメントの人体改造は、技術こそ一般的であったが、その身体的優位性からA級依頼の魔物をも倒しうる肉体を持っていた。


 それが複数、純粋な強さで言えば組織幹部の中でも上位であろう魔法使い。


 それがホロを向くと同時に。


 マグマごとその姿が消える。


「あー、使っちまったな」


 威力はともかく範囲の使い勝手が良すぎる。


 そう言いながら現れたのは緑の髪の少女だった。

 大袈裟なほど大きな鎧からひょっこり顔を出すように見える女性は、大男が両手で持つような大剣を軽々と弄ぶように振り回すと、背中の鞘に納める。


「まあここにいる奴らなんか皆殺しだろうし問題ないだろ」


 そう物騒なことを言う彼女の後ろからは、2人の人間が追ってきていた。


 1人は長身の女性。スクイより拳2つぶんくらい低いだろうか。ホロからは見上げることしかできない身長に無表情の彼女は、真っ黒なローブと鍔の広い三角帽、高価そうな装飾の施された杖と、目に見えて魔法使いの見た目をしている。


 もう1人は若い男性。金髪に碧眼と整った見た目をしているが、どこかおどおどした印象を受ける青年。

 普通の軽装備に、見合わぬ綺麗な鞘に収まった剣を腰に携えている。


「待ってよゲーレ。君が急ぐとついていけないんだから」


 そう言いながら金髪の男は息を切らせてゲーレと呼ばれた緑髪の女性に話しかける。


「いいだろサルバ、一緒に来る必要もねえんだ。それより」


 ゲーレはあしらうように金髪の男に言うと、ホロの方を見た。


「お前、戦ってたみたいだな。なんだ?何者だ?」


 ゲーレの言葉にホロは考える。

 別勢力である。金髪の男サルバ、緑髪の女ゲーレ、そしてもう1人、先ほどから一言も話さない無表情な女。

 話ぶりから組織を潰しにきたのだろう。まさかそんな人間が同時に現れるなんてとホロは思ったが、今はそれどころではない。


 この人たちの素性はともかく、今上にあげるわけにはいかなかった。

 この人たちの目的もボスの討伐だろうと考えたが、しかしスクイは1人でボスと戦いたいだろう。

 スクイの目的は救済なのだ。志を共にしない人間との殺害の協力は嫌がると言うのがホロの考えだった。


「言っておくが嘘は通じねえぞ」


 そう言いながら脅しをかけ詰め寄るゲーレ。そこにサルバは止めるように近づいたが、しかし現状が現状である。ホロが単なる巻き込まれた少女だとはサルバも思ってはいなかった。


「私はご主人様と」


 正直に話そうとしたところで、ホロは咳き込む。

 腹に剣が貫通していたのだ。その剣はもうないが、ダメージは消えていない。


 ゲーレが舌打ちすると、サルバは後ろを向く。


「マーコ。彼女の治療をお願いします」


 敵か味方かもわからない相手の治療を即断するサルバの甘さにゲーレは嫌そうに睨んだが、しかし戦闘になっても負ける気はしない。止めようとは思わなかった。


 マーコと呼ばれた女性は何を考えているのかもわからないままで、見るからに何もしていない。

 しかし、ホロの全身の傷は全て消えていた。


「あ、ありがとうございます」


 信じられない速度の治療。しかも何かをした素振りすら見せない。

 ホロの知る治療魔法とはまるで違った。


「いったいここで何があったのですか?」


 感謝するホロに、今度はサルバが話しかける。

 その言葉は心配そうで、ホロを気遣ったものであることが容易にうかがえた。


「ここでは、戦闘が起きています」


 ホロは誤魔化しが効かないことを理解していた。


 嘘は通じないと言うゲーレの言葉、脅しには見えない。おそらく精度はわからないが読心術か、魔法を持っている。ゲーレかマーコが持っているのだろう。


 しかもホロが被害者で何も知らないとも言えない。それは状況だけで誤魔化せないだろう。

 この3人がどういった人間かわからない以上、返答次第で即殺されてもおかしくはない。

 スクイの帰りを待つ身であるホロにそれは許されなかった。


 となると吐ける嘘はほとんどない。


「ここには組織を潰すために来ました。私はその2人のうち1人です。もう1人は今中でボスと戦っているでしょう」


「2人で?そんな」


 サルバはちらりとマーコの方を見るが、反応はない。

 ホロはマーコが嘘を見破る魔法を持っていると確信した。


「ご主人様は強力な魔法使いです。できれば私たちは残党の処理を」


「ああ!」


 ホロがボスの元に3人を行かせまいと考えていると、ゲーレが大声をあげる。

 その顔は先程までの強気な顔ではなく、むしろ苦々しげな物であった。


「お前!どこかで見たことあると思ったらあいつの!」


 ゲーレの途端の言葉にホロは気づかない。


 ゲーレ、元冒険者ギルドの死神はスクイの横にいた少女ホロを何度か見ていたが、ホロは死神の素顔を知らない。


「てことは今ボスと戦ってんのはあいつってことか?」


 だとしても流石に無理だろ、とゲーレは言葉を漏らす。

 ゲーレはスクイの強さを認めていたが、それでもボス相手は分が悪い。


「ゲーレ、よくわかりませんが今僕たちがやるべきことは」


「わかってるよ。私の目的は後だ。今は組織の残党が街に行かないようにしないとな」


 生死は問わないよな?というゲーレの言葉に、サルバはほどほどにと困った顔で答えた。


「しかしいいんですか?あなたが僕と同行する条件が組織のボスとの戦いの場を用意することだったはずですが」


「ん?ああ」


 意外そうにするサルバにゲーレは苛立ち気味に答える。


「まあそうだが、人の戦いに手を出すなってのも親の言いつけでね」


 あいつが今やりやってるなら後でもいい。

 そうゲーレは言う。


 サルバは同行して初めて見せるゲーレの折れる姿に驚いたが、しかしそれを成長したのかもしれないと楽観的に喜んだ。


「ありがとうございます!では僕とゲーレさんは残党の捕獲、マーコさんは結界による封じ込めをお願いします」


 サルバは言いながら我先にと組織の人間で溢れるビル周りに走り出す。


「あ、私も援護します」


 ホロは気づいたらそう言っていた。

 彼らが何者かはともかく、助けてくれたこと、そして今の会話から悪い人間ではないと考えていた。

 そしてこの組織の人間が街に行けば被害が出ることも明白。


 回復した以上ただスクイを待つだけに徹するつもりもなかった。


「ありがとうございます。でも危険ですので無理には戦わないでくださいね」


 そう言いながらも戦いに赴くサルバは、決して飛び抜けて強くはない。

 恐らくゲーレに教えてもらっているのだろう。練習中という剣術に、多彩な魔法を組み合わせる独特の戦い方をしていた。


「そういえば、お名前は?」


 サルバは戦いながらホロに聞く。

 戦いという場において随分明るい人だとホロは首を傾げたが、黙っておく必要もない。


「ホロと言います」


「ホロさんですね!」


 サルバは笑顔で返す。

 誰にでもそうなのだろう。ゲーレに冷たくあしらわれても、マーコが無反応でも彼は嬉しそうに笑いながら話す。


「僕はサルバ、向こうの緑髪の女性はゲーレで、黒髪の女性はマーコ」


 勇者、戦士、魔法使いで、勇者パーティをしていますと。

 サルバは笑顔で紹介した。


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