第四十二話「値千金」
ホロ側の戦況。
ホロ視点では順調に進められていた。
幹部3人のうち1人を撃破。愛の女神の加護によりブーストした魔力によって硬化した部屋を作り幹部3人を隔離することで、スクイの邪魔もさせない。
落ちる部屋という状況で動ける幹部が1人しかいなかったのも僥倖であった。これにより幹部との一対一に成功し、撃破することができた。
しかもこの部屋は超硬化されたホロの思い通りになる部屋である。
持続に莫大な魔力を消費するが、この中でホロを倒せる人間がいるとは思えなかった。
しかし、ここで一つの疑問が浮かぶ。
戦闘力至上主義と言われた組織の幹部、こと戦闘においては最高峰と言われるはずの存在が、例え異常な落ちる部屋という状況でも、戦いに参加できないということがあるだろうか?
オールとクリメントは先程、レビータとホロの戦闘に加わらなかった。
それはできなかったからだとホロは考えたが、はたしてそうか?
「サンキューレビータ」
その答えはオールの一閃によって簡単に出される。
キラリ、と何かが光ったかと思うとオールの周りから光が差し込める。
完全密封された部屋に入る光、それはつまり部屋に穴が開けられたということを意味した。
「そんな」
ホロが声を漏らしたのも無理はない。加護による膨大な魔力による圧縮された部屋は、到底破壊できるものでないはずであった。
実際高所から地面に激突した瞬間も、この部屋には穴どころか傷一つつかなかった。
「嬢ちゃんの筋はいい。それは間違いねえよ。天才ってのはあんたみたいなのをいうんだと思うぜ」
オールはそのままヒュンヒュンと音を立てながら手を振る。
するとホロたちを覆っていた部屋はガラガラと音を立てながら崩れ落ちた。
魔法で発生した物体は魔力を注ぎ続ける限り術者の思うままに動く。
しかしこの部屋はすでにホロの意思では動かなかった。
「でもたかが世紀の大天才ってだけでこの組織の幹部を倒し切ろうってのは、ちょっと強欲が過ぎるんじゃねえのか?」
オールはすでにホロの無尽蔵の魔力の源を看破していた。
ホロの加護は自分の武器を魔法に変える。この武器が強力であればあるほど魔法も強力なものにできる。
フラメの店からスクイがもらってきた高価なナイフをホロは服の下の大量に備えてあった。
しかしそれももう少ない。先程の部屋の作成と維持に大部分を使ってしまっていた。
幹部1人という戦果は一見順調に見えるが、ホロはそのために用意した戦闘手段の大部分を使ってしまったに等しい。
「おそらく物を魔力に変えるタイプの加護だな。ローブで気づきにくいが、さっきの魔法で一度に消費したんだろ。見るからに体型が変わってる。ローブの下に用意していたな」
オールはそう、いとも簡単にホロの加護を看破した。
そしてホロがジリ貧であることにも察しがついている。
オールの手には、眩いほどに煌めく金の剣が握られていた。
「莫大な魔力量だが、部屋という大きなもののせいで強度にリソースを回しきれてない。そうなればより小さな魔力量でも打ち破ることは容易だ」
まあ、時間はかかるがなと呟く。
ホロは理解した。先程オールがレビータに加勢しなかったのは戦えなかったのではない。
レビータを時間稼ぎにこの部屋を破るだけの魔法を生成していたのだ。
それが手に持つ金属の剣である。
「クリメント」
オールが呼ぶと、仮面をつけた男クリメントが立ち上がる。
こちらは純粋に動けなかったのだろう。しかし落下によるダメージは見受けられない。
そして、ホロは目を疑う。
立ち上がったクリメントと呼ばれる男が、2人に見えたのだ。
目を疑ううちに、その人数は4人、8人と増える。
「増殖……」
ホロはまずいと気づく。
ホロが先程まで大人数を相手にできたのは加護による魔力の底上げあってのことである。
自分より強力な幹部であるオールに膨大な魔力で捌く必要のあるクリメント。
事態は確かに深刻であった。
「まあ、しかしよくやった」
オールは心底言う。
オールはずっとホロを評価していた。普通の少女に見せてその気迫、覚悟、才能。そしてそれだけでない努力が透けて見える。
しかしできないこともある。オール自身、優秀故に限界が早く見えるタイプだった。それで諦めも早い。
だからこそ冷静で、幹部の中でも指示を出すことが多かった。
そんな中で能力がありつつ諦めないホロには好感を抱いていた。幹部1人撃破、上出来だろう。スクイのための足止めに関しては3人分、幹部全員を止められている。
あとはスクイの帰還を待てれば満点かもしれないが、そもそもスクイではボスには勝てないとオールは思っていた。スクイが失敗すればホロはその目的を失う。
勧誘されて来るほど弱い信念ではない。それならばスクイの死を知る前にここで散っておくべきだろう。
オールはどこか、優しさでホロを殺そうとしていたのかもしれない。
「よくやった?」
しかし、もしオールが、ホロを高く評価していたオールがそれでも軽視している部分があるとしたら。
「私はまだ」
それはスクイ譲りのホロの信念。
「何もしてなどいない」
ではなく、きっとそれはホロ自身に由来する。
狂気である。
「謙遜しなくていい。嬢ちゃん」
オールは冷や汗をかいた。
自分が、手負の、手段のバレた少女に圧倒されている。
「十分やった。諦めていい。そんなときが世の中には」
「諦めは、尽くした!」
ホロはその言葉と同時に、持ちうる全ての武器を魔法に変える。
天変地異、そう呼ぶにふさわしいほどの魔法の渦。見渡す限りに岩、火、水が混じり合うように、そしてそれでいて決して混じり合うことなく爆発するように生まれ出る。
まるで突然吹き出した津波のように、ここら一帯に湧き出した。
「お前らには何もわからない!諦めると言うことがどういうことか!」
何度も諦めた。
あの狭い檻の中で何度だって、どんな物だって諦めた。
「食事も、睡眠も、排泄も、指一本動かすことも、目の前の物を見ることも、自分が誰か理解することだって」
とうに諦め尽くした。
「生きていることが辛い、でも死ぬことも怖い。そんなことも忘れるくらい、そんな選択肢だってもうとっくに諦めた」
でも、ここにいる。
それは救われたから。
何もかもを諦めても、何もかもに諦められても、それでも。
「それでも私を諦めなかった人がいる!」
自分を美しいと言ってくれた人がいたから。
「その人のためなら私は、もう何も諦めはしない!」
堰を切ったように、それらが混ざる。
水は岩を泥と化し、炎は泥をマグマへと変成する。
「おいおい混合魔法、隠していたな」
混合魔法。魔法と魔法の合わせ技。言葉にするのは簡単だが、同時に別の魔法を展開するだけでなく、それらを組み合わせるには非常に繊細な調整が要求される。
岩が強ければ水も火も混ざらない。水が強ければ火は消え、岩も泥水と化す。
それを3種、この膨大な量で行う
天性の才か、努力の賜物か。
あるいは、要領の悪い自分を、それでも諦めずにずっと見てくれた人がいれば。
それは案外、誰にでもできるものなのかもしれない。
「クリメント、死にまくって全部止めろ。俺がトドメを刺す」
一帯に吹き出した大質量のマグマは3人を覆い、術者問わず津波のように3人に襲いかかる。
オールは初めて大声で指示を出す。
あるいは、ホロが本当に、そう言う思いを抑えながら。
「やってみろ嬢ちゃん!その魔法の先で、俺を倒して見せろよ」
ホロの混合魔法が全員を飲み込もうとするのを、クリメントが止める。
増殖の魔法を使いながら、クリメントは別の魔法を使う。
増えたクリメントの腕が、1本、また1本と増える。
それは腕にとどまらず足、胴体、首と増えていく。
それは肉体増殖の魔法。みるみるうちにクリメントには異形の化け物と化し、溢れ来るマグマを堰き止める肉の塊と化していた。
その中で、ホロとオールが対峙する。
先手はオールだった。ホロの部屋を破壊した剣を携え、ホロに駆け寄る。
ホロは魔力がほとんどない。武器もほとんど使い切った。
ナイフ数本と自分の僅かな魔力、それで岩の剣を作り上げる。
オールがホロを斬りつけられる場所まであと数歩、その距離でホロは剣を大きく振り上げた。
まだホロの剣もオールに届かない距離、動きと岩の重みからその剣の操作はホロ自身の腕でなく魔法の操作であることは明白である。
上段に構えて対応しようとした?
しかしホロの急拵えの剣ではオールの剣を突破できない。
オールは数歩、斬りつけられる所まで接近するように見せかけ。
手に持った金の剣を投擲した。
最大の武器と言える強力な剣を投げつける。その利点は虚をつけるところ。
剣の優劣を埋めるため接近で強烈な一撃を打ち込むためか、上段に構えたことでホロは現状胴体がガラ空きである。
そこにタイミングをずらした投擲。
その意図は違えることなく、ホロの胴体を貫通した。
「実戦経験が違うんだよ」
美しい決闘など必要ない。勝ちへの安定した行動。
にやりと笑うオールの顔が、その時曇る。
「がっ…」
見ると、自分の太ももを岩の塊が貫通していた。
「部屋の、残骸か」
痛みに耐えながらも分析する。ホロの作った部屋は瓦解し、ホロの魔力の支配からは解除されていた。
ホロの魔力量を考えれば部屋の操作を維持できないことは確実であったし、オールの計算は間違っていない。
しかしその中でホロは一片だけ、瓦礫とすら呼べない石ころ一片だけ魔力を維持していた。
魔法の一部だけを操作し続ける。
「高等魔法を安売りしやがって」
ホロの技術はどれも魔術師が鍛錬を積みやっとできるものばかりである。
その1つとっても一介の冒険者の能力ではない。
しかし、太もも1つ穴が空いただけでどう思うオールでもない。
自慢のスーツはすでに穴だらけであったし、戦いが終わればこの程度の傷いくらでも治せる。
そう、治す。
オールが気づいたのはその思考に達した時であった。
そして自分の気が逸れていたことにも気づく。
投擲とその成功による慢心、岩の攻撃による痛みと驚き、確認。それが致命的でない安堵。
それによって、オールはほんの一瞬、目の前のホロから意識を逸らした。
それはホロの最後の足掻きと言える岩の攻撃が存外大した物でなかったからかもしれない。
ホロの腹に刺さっていた剣が無くなっていた。
「武器をッ……」
武器を魔力に変える加護。
投げさせられた。オールは舌打ちをする。
オールが斬りかかれる距離にたどり着く前に、あえて無防備な急所を見せることで投げ込ませ、それを魔力に変えた。
ホロの次々の魔法の展開が、オールに近づくことの危険性を感じさせていた部分も大きい。
こういった相手の思考の誘導はスクイの得意とするところである。
しかしスクイはまだこういった高等テクニックはホロに教えていない。
自ら学んだのだ。誰よりも見ていたから。
ホロの意図に気づくと同時にオールは魔法を再展開する。
しかし、それはあまりにも遅く、また少ない。
「ご主人様」
ホロは失血でもはや意識も虚だった。
しかし、なすべきことだけはわかっている。
オールが展開した金属魔法の数倍という岩の数。部屋をも破壊するオールの武器を媒介にした魔法。
純粋な力比べではホロの魔法はオールの魔法にはるかに劣る。
しかしそれはこの戦いでは全く意味を持たない。
「諦めも肝心か」
そう呟いたオールは少し笑う。
レビータに命をかけさせての戦いである。
この後のクリメントのこともある。
ちょっと足掻いてみようか。
爆発したかのような激しい岩と金属のぶつかり合い。
その時間は永遠のように流れ。
そしてあっさりと、終わる。
何も見えなくなるほどの土埃は地面と、ホロの岩の残滓。
その中で血まみれになり横たわるオールは、もう息をしていなかった。
「なんとか、勝ちましたよ」
ご主人様。
そう呟くと、ホロは服の内側から一本だけ残したナイフを自分に刺す。
回復用のナイフ、スクイと会い自分の命を救った魔道具を差し込み、その場にドサリと座り込んだ。
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