第三十七話「準備」

「それではホロさん、今回の作戦を説明します」


 突入前日、スクイは宿の部屋でホロと組織対策の情報共有をしていた。

 スクイは立ちながら、ホロはベッドに座ってスクイを見上げるように話を聞いている。


「まず組織の場所はここより歩いた廃墟が並ぶ建物の一角です。先日の賭場と同じ理屈ですね」


 スクイは地図を開きながらホロに説明した。ここからさほど遠くはないが、朝出ても昼になるほどの距離だった。


「フリップさんのおかげで明確に場所もわかっています。魔法の理屈も理解しましたし、入るのはわけないでしょう」


 元々スクイはフラメから組織の場所を聞いていた。

 しかしこの場所には住所がない。明確な場所を聞き取るのは難しかったし、まだ建物の隠蔽魔法を知らなかったスクイはその理屈も聞けていなかった。


 フリップから明確な答えを聞けたのは大きな進展である。


「それではホロさん、ここで問題です」


 スクイはホロに問いかける。


「中には大勢、数百という人間が、未知の魔法を持っています。対してこちらは強力ながら2人。皆殺しにする方法はなんでしょうか」


「はい、奇襲です」


 ホロは用意してあったように答える。

 大勢を一度に相手はできない。となればこちらだけが相手の情報を握っている状態を利用しない手はない。

 つまり奇襲をかけて攻撃、それが1つに思われた。


「見事です」


 フリップは手を叩く。ホロは嬉しそうに追記した。


「でも単なる奇襲では数百という人数に有利は取れません。一度に大勢を倒せる方法でないと」


「いい推理です。思いつくものはありますか?」


 スクイはにこにことホロを促す。

 ホロはこれも考えてあった。


「例えば爆発のような広範囲なものは選択肢に上がるかと思います。建物が倒壊すれば全滅も狙えますし」


「いい案です。最も答えに近いと言えますね」


 特に倒壊を想定したのが策として有用性が高いとスクイは評価した。


 ホロは浮き足立っていた。最近スクイとは今までほど行動できていなかったのだ。もちろん定期的な指導はあったが、スクイは情報収集や準備に忙しく、ホロにつきっきりというわけにはいかなかった。


 しかしホロはただ寂しんでいたわけではない。一緒に行動する時に成長を見せられるようにと、依頼の中でも魔法のレベルを上げていたし、今日の作戦会議でもただ話を聞かずむしろ役立つ意見を言えるように考えてきていたのだ。


「ですがそれは少々難しい」


 スクイはしかしながらホロの意見を優しく否定する。


「建物自体の強度はもちろん、幻覚と同様建物の強度を上げる魔法使いがいるそうです。さらに爆発物を多数設置するにはかなりの荷物を持って建物内を回る必要があります。現実的には難しいでしょう」


 しかし並行して使う分には悪くない。その言葉にホロはすかさず次の案を申し立てる。


「では火事はどうでしょう?爆弾の他に引火物を置く事で大規模な火事を起こせば、荷物を減らして同等の効果を得ることができます」


「それは良い案です」


 その良さは集団にパニックを起こせる点にある。突然の爆発と火の海という状況、まともに対処でいるものは少ない。

 そこに乗じて無力化された人間を一斉に狩るというのもありだろう。


「流石ホロさん。火事という建物内の人間に対する最適解によく辿り着きました」


 そう褒めながらスクイはいくつかの道具を引っ張り出す。


「店主さんの商売ルートで手に入れた火薬を簡易的な爆弾にしました。耐火用のローブも用意しています」


 そして引火物として大きな袋1つ分の植物の種を出す。


「かなりの量ですね。これが火事を起こすんですか?」


「ええ、石造の建物では建物自体の引火は難しいですからね」


 かといって大掛かりなものも用意できない。


「この植物は湿度を嫌う強い毒性の植物です。乾燥したところにある植物は逆に水分が多い場合がありますが、これはその逆で、成長に水分を必要としません」


 マロフィ草。そう呼ばれるこの植物は水に弱い。

 植物の括りとして入るのも疑問な存在である。


「これを私の魔法で一気に成長させます。私の魔法の欠点はご存知ですね?」


「はい、操った植物がすぐ枯れてしまう事ですよね」


「そうです。今回はそれを利用します」


 つまり全力で建物内に繁殖させたこの植物を即座に枯らすことで、引火物にする。これだけの種とスクイの強制的な成長があればかなりの範囲に火を起こすことができるだろう。


「枯らした状態でもこの草からは毒性があります。ついでではありますが無視できないダメージでしょう」


 次にスクイはローブと仮面を出した。


「耐火性のローブと、簡易的な空気ボンベです」


 ローブはサンサーペントの皮を使った。強力な魔物ということもあって、今回の作戦での火除けにはちょうど良かった。


「空気ボンベは空気を浄化する植物の根を使っています。定期的に中身を入れ替えてください」


 そう言いながらいくつかの加工された植物を出す。

 念のためスクイも装着する予定である。スクイは死なないが、毒性によりパフォーマンスは落ちる。


「ちなみに出口は全て塞ぎます。短時間ではありますが、爆発と同時に大木を入り口に発芽させるつもりです」


 組織の拠点のつけ入れる点は、周りに人がいないこと、建物を隠す関係上出入りが少ないことである。

 即座に外から見つからないという点は組織の拠点として有益だが、襲っても外からの助けが遅い。

 そして閉じ込めるにはうってつけだった。


「もちろんすぐに出られるので、閉じ込める策はもう1つ用意してますが、ここには持って来れませんでした」


 あとで説明しますね。というスクイに、ホロは確信する。

 絶対に所持が厳罰となるものだと。


「まあ人数対策はこの程度で、おそらく数人の強者がいます。火事で倒せるとも、ダメージすらないかと思います」


 つまり幹部や補佐、ボスの存在である。


「幹部は5人。戦闘力は先日私が戦ったマルセ程度ですが、単純な肉弾要員でないのがやっかいですね。あと補佐とボス、こちらは能力が全く割れていません」


 マルセ程度。スクイはそれを撃退しているが、決して舐めてはいない。

 肉弾戦というスクイのフィールドであった故に勝てたものの、同等の強者に未知の魔法を使われると、何もできずに負ける可能性も大いにあった。


 そしてそれを大きく上回る2人。

 もちろん、その他にも幹部クラスの能力者が何人いてもおかしくはない。マルセも実力は幹部クラスだったが、経歴で幹部になっていなかった。本人が地位を気にしなかったのもあるだろうが、そういった者も複数紛れていると考えるべきだろう。


「この幹部のうちですが」


「はい、私が全員相手します」


 ホロは即答する。

 ホロの実力ではボスと補佐は難しい。そう推測していたのはお互いであった。しかし何も全員を相手にする必要はない。

 一緒に戦うこともできるはずである。


 しかしホロはスクイの言葉を待たずに言葉を続けた。


「一番恐ろしいのはボスも補佐も幹部も全員が一度に来る場合です。一般戦闘員はともかく、強者である彼らに囲まれるのは避けたい。となるとご主人様と私は別で戦わなきゃならないと思います」


 ホロは適切な論理を展開する。

 スクイはその通りであると感じていた。何も分かりやすく幹部との戦いに補佐やボスが参戦しないとは思えない。敵を見つければ全員が一度に襲いかかってくるはずである。


「そうなると必然、敵の役割分担をしなければなりません。ご主人様にボスと補佐を任せる以上、その前に強者との戦闘は避けると思えば、私が5人相手をする、少なくとも足止めをするのが理想かとお思います」


 最悪、スクイの戦闘に幹部が入り込まないようにし、スクイの戦闘後幹部を共に倒すプランもある。

 反論はあまりない、スクイはそう考える。しかしホロ1人で幹部5人を相手取るのは極めて困難である。


「ならばせめて奇襲の際に幹部や腕の立つものを何人か減らしましょう。その残りはホロさんにお任せします」


「わかりました」


 スクイの目算ではホロは幹部と一対一でようやく対等と言える。

 複数相手にすること自体が不可能とすら言えた。


 そもそも先日まで餓死しかけていた少女が戦闘組織の幹部と肩を並べている時点で驚異的である。スクイの考えは決して過保護ではないだろう。


 となると幹部5人のうち4人をホロと共に倒す必要がある。位置取りはわからないが顔は把握している。爆発、火事、その際の奇襲と合わせて何人倒し切れるかが要となるだろう。


「さて、ボスの部屋ですが、これは最上階になります」


 最上階はボスの部屋、補佐の部屋、その他会議室等あるそうだが、フリップも完全には把握していなかった。


「私は奇襲後最上階まで駆け上がります。ホロさんは残党や幹部の対応になりますが、離脱用の道具も用意しています」


 何も残り続ける必要はないということで、スクイは逃げ道を用意していた。


「少し離れたところに隠れ家を用意しています。賭場の魔法使いを雇い、事情を隠して小規模な幻覚の付きの部屋を作ってもらいました。必要であれば使いましょう」


 そしてもう一つ。スクイは最後に小さな装飾品を出した。


「遠距離で会話のできる指輪型の魔道具です。魔力を通すと会話ができます」


 ちなみに一番高かったと話す。音魔法の加護付きということになるが、音の神はヴェンティのとある街の宗教で、ここでは手に入りにくいのだ。

 これでもフラメの人脈を勝手に使い倒して安く手に入れている。


「大まかにはこのくらいですかね。何か他はありますか?」


「えーと」


 ホロは考えた。用意していた戦闘技術をスクイに見てもらおうかとも考えた。

 しかし、決行は明日である。そしてスクイは明らかに寝ていない。


 ホロは考えた。確かに情報の共有は必要だ。しかしそのためにスクイのパフォーマンスを落とす方が遥かにまずい。


 ホロは知っていたのだ。自分のご主人様がいかに、自分の身体に疎いのかを。


「いえ、そんなことよりご主人様」


 だからホロは精一杯、不安を押し殺す。


「今日は準備も終わりましたしゆっくりしたいです。紅茶を飲んでお昼寝したくて」


 ホロの言葉に、スクイはその真意に気づいたか、あるいはそうでないか。

 ただ笑って、最近仕入れた紅茶の葉を取り出しながら、階下へ向かう。


 ホロはただその腕に抱きつき、甘えるのだった。


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