第三十六話「他人」
「思いません?僕たち兄妹ちょっと年齢近いって」
フリップは座り込みながら話す。
スクイは返答をせず、ただその横に座った。
「僕が17、実はミュラーも、少し後に生まれましたが同い年です。レジスタは16でチェレンは14」
全員母親が違いますとフリップは言った。
「組織のボス、僕らの父親は恐らく、この街で最も強い人間です」
これは何も組織のボスだからではない。
実際に戦った場合ということだそうだ。
「Aクラス魔法の使い手を除けば、恐らく世界一でしょうね。何せ強さだけで組織を作った人間です」
組織はそもそもフリップの父親が作ったらしい。
元々武闘家として名を馳せた男だったそうだが、その後強さを追い求めるうちに悪事に手を染め出したとのこと。
終いには最大規模の犯罪集団を拳一本で作り出したと言うのだから、その強さは計り知れないだろう。
「父は強さに固執していました。強さが全てという考え方で、組織も強い人間が上にいく仕組みでしたし」
そしてその考え方は子供にまで及んだと言う。
「この実力主義を聞くと意外かもしれませんが、父は自分の後釜を自分の子供にしたがっていたんです」
それで子供が何人もいたとのことだった。
フリップたち4人は一緒に育ったが、他にも子供はいるらしい。
「僕もその一環で強化訓練なんて呼ばれるものを受けていましたが、てんでダメでしたね。それで色々あって妹たちを守る意味もあって組織を抜けました」
妹3人も戦闘の訓練は受けているらしい。
それぞれ適正を見られた魔法の習得や運用と、肉弾戦より魔法に力を入れてはいるものの、一般の冒険者以上の戦闘力がある。
だからこそ、組織は例えボスの器のない娘たちも手放したくはない。フリップが自分だけでなく妹も連れてくるのは、並大抵のことではなかったはずである。
スクイはフリップの現状を尊重する。そして謙遜に追及した。
「てんでダメというには高い戦闘力だと思いますが」
スクイはフリップの能力を思い返す。スクイには敵わなかったとはいえ、その針の技術や複数の魔法。戦闘訓練と魔法習得の両方を多くこなしてきたのがわかる。
「いえ、戦闘ならそれなりだったのでしょうが、性格がどうしても、組織では平和主義者は嫌われますし。殺しには向いていなかったと思います」
効率のいい殺し、戦闘よりも暗殺をむしろ得意とするフリップは、針魔法を習得し実践経験も一番行い、ボスの子供たちの中でもかなり良い順位をつけられたという。
ただ言われても人を殺せなかった。それが原因でボスの器でないと看做されたそうだ。
もっとも、その過密な特訓と実戦、その中でも殺さず戦闘不能にした日々が彼に希少な重量魔法を与えたというのだから、無意味とは言い難い。
あと、そうフリップは続ける。
「組織にいるボスの補佐、僕の兄弟の中でも最高傑作と言われた彼の戦闘能力は僕の比ではありません。将来ボスを超えると見越されるほどの才覚の持ち主です。スクイさんは強いですが、真正面からボスと補佐に勝つのは難しいでしょう」
そして幹部やその他もスクイと同格以上、そうフリップは述べた。
「僕自身、妹を連れて半ば逃げ出した身です。実際は首輪をつけられて辛うじて別の仕事をしているにすぎませんが、とにかく組織を潰すことには賛成です」
フリップはどのみち、いつか組織と反目していただろうと考えていた。それを潰すということであれば助かるのは間違いない。
「肝心なところは暴力でやってきた組織です。要となっている強者、ボスと補佐、あと幹部といった上の層を潰せば瓦解させることは難しくないでしょう」
しかし、そんな単純なことが難しいほど、この街の騎士が排除できないほど強い。
単純な暴力がどれほど有用か、それがこの組織ではありありとわかるという。
スクイもそれは感じていた。前の世界では個人の力量など目に見えた違いがあるとは思わなかった。
例え達人と呼ばれる人間であっても複数の一般人を相手どれるものは少なかったし、武器を持たれれば一対一でも勝てないことが多い。
しかしこの世界には魔法がある。そして戦闘に精通しているものが多く、にも関わらず武器が原始的である。
魔法というイレギュラーな能力が、個人の戦闘能力に大きな差をつけている。
その結果個人の持つ暴力の危険度が極めて高い。Aクラスの魔法を持つ人間が悪事に手を染めれば国家が動いてやっと止めれるかどうか、そして止まるまでに街くらいは平気で無くなるとスクイは感じていた。
「わかりますか?組織というのは最強の戦闘集団なんです。末端でさえAランク冒険者に匹敵しかねないほどで、しかも悪人故に手段を選ばない。支店1つでさえ各地の騎士や有志の人間が潰せていないことを考えれば、その恐ろしさがわかるでしょう」
それをスクイさんに潰せますか?フリップは探るようにスクイを見る。
スクイは目に見えて自身ありげではなかった。いつものように穏やかな笑みを浮かべていたが、何もできて当たり前だとは言わない。
「難しいことはわかりますよ」
スクイはいつものように余裕を見せる言葉を吐かなかった。
そして直後に、翻す。
「ですが、必ずできます」
スクイはフリップを見ずに、下を、自分の影を見るように話す。
「何故なら死が素晴らしいからです」
スクイはゆっくりと、確信を持って話す。
その表情はもう、穏やかな笑みではなかった。
狂信、死のための行いで失敗することは許されないという気持ちが彼にはあった。
「街を侵すほどの犯罪組織、人間の売買から薬物、人材斡旋、暴力とどれほど」
どれほど生に有り難く、他者の生をも変えてきたことか。
「そこまでして生に縋る心根、その信奉、私はそれを正さねばならない」
そのためであれば不可能だと言ってはいられない。
これほど救うべき人間が大勢身近にいて、何故じっとしていられようか。
「彼らに生の呪縛からの解放を、死の救済を。私は組織を潰すのではありません」
彼らを皆殺しにするのです。スクイは取り憑かれたような目で、地面を見る。
否、もはや彼はどこも見てなどいない。
その表情はもう笑ってなどいなかった。
大きく開いた瞳孔、漏れ出す言葉すらもはやフリップに向いていない。
フリップは思った。スクイが組織を潰せるとは思えない。たとえボス、その補佐と戦えたとしても勝てるビジョンは思い浮かばない。
ただ、イカれているという意味であれば、それは組織を潰す何かになりえもしないがそれでもイカれているという意味であれば、あるいは組織のボスと変わらないのかもしれないと思う。
あるいは、強さに囚われ、それを狂信したフリップの父親は、どこかスクイに似ていたのかもしれない。
少なくともその一点、その狂気の度合いだけはスクイも父親に張りかねない。
「ところで」
フリップはこちらを見てもいないスクイに話しかける。
「スクイさんが誰を連れて行くのかわかりませんが、よかったら僕も連れてください」
フリップは意を決して言う。
フリップは迷っていた。組織がなくなれば自分も妹たちも完全に組織の楔から解き放たれる。
現状組織とは違うところで仕事をしていても、収益はほとんど組織に入っていたし、組織の手の人間から話が来ることもあった。
いつ戻されてもおかしくない、否将来間違いなくフリップも妹たちも組織に連れ戻され、引き裂かれ利用されるに違いない。
しかし組織に楯突けばフリップはもちろん妹達もどうなるかわからない。組織に連れ戻されるだけならまだしも、組織は手段を選ばない。ボスの子供という立場は決して裏切りから身を守れるほど大きくはない。
それを踏まえて、しかしスクイが戦うのであれば、手を貸したいともフリップは思っていた。もちろんバレないような手段での手伝いにしたいが、間違いなくスクイが1人で行けば殺される未来しか見えない。
フリップが加われば変わるとも思えなかったが、すんでのところで助けられるかもしれない。
スクイは殺されるまで戦うだろうが、もしフリップが手伝い、逃亡を成功させれば組織にダメージを与えながら助かるかもしれないのだ。
組織のダメージとその時の情報を持って騎士団や自警団と連携して追い討ちをかける。
たった2人が組織に大きなダメージを与えれば領主も組織の打倒に前向きになるだろう。本拠地がわからないのが騎士団が組織を潰せない大きな難点である。そこもカバーできるとなれば組織の撲滅も夢ではない。
フリップはそう考えていた。
元々将来的にはそれを考えていたのだ。彼が冒険者ギルドを仕事に選んだのは何も能力が活かせるからだけではない。目的のため必要な強者を探す目的もあった。
しかし現状フリップの冒険者ギルドでの最強は死神不在もありカーマである。カーマとは打算抜きに仲良かったが、彼は対人ではフリップに劣る。フリップの計画にはフリップ以上の人間が複数欲しいと考えていたのだ。
その点1人であるがスクイは極めて高い戦闘力、そして複数の相手を同時に相手どれる能力もある。
幹部は難しくともまず2人で人数を減らし、できれば幹部も1人くらい打倒。目に見えて数が減ればそれを成果として報告できる。
領主を動かすのは難しくないと考えていた。
もちろんスクイには言わない。スクイが戦いの中で引いてくれるとフリップは考えていなかった。間違いなくダメージが大きくなればなるほどむしろ戦闘にのめり込むだろうと考えていた。
フリップは仕事もあって人を見る目があった。
「どうでしょう、妹のこともあって顔を隠してにはなりますし能力も限定したいですがいないよりは遥かに良いと思います、それに組織の内情に詳しい僕が同行できれば組織の攻略も」
「いえ、それは結構です」
スクイは、戻ったようにいつも通りの表情で、しかし明確に断った。
フリップは一瞬戸惑ったが、スクイがカーマと依頼に行きたがらないことを思い出す。
集団行動を嫌うのだろうと考えた。
「そうは言いますがスクイさん。いくらスクイさんが強くても相手の人数が人数なのです。僕が戦闘でスクイさんに劣ることは分かりますが雑魚除けくらいには使えますし、1人でなんて無謀な」
「大丈夫です。1人でなくホロさんと行きますから」
スクイの言葉にフリップは絶句する。
スクイが依頼にホロを連れて行くことは知っていたし、戦闘訓練を積ませているのも知っていた。
スクイのいう死の信者という繋がりで2人が他にはない関係であるとも理解していた。
しかしあのような場所に少女を連れて行く?
冗談ではない。スクイだけでもともかく、死人を増やすだけである。いや、死よりも酷い目にあってもおかしくはないのだ。
「スクイさん、それは認められません。流石に女性を、ましてあのようなか弱い子供を連れて行くなんて」
フリップも妹を連れて行くという考えはなかった。戦闘能力で言えば得意な魔法の所持もあって優秀な妹達であったが、それでも戦わせることなど想像もできない。
「認めるのはあなたではありません」
スクイは単に、怒るでもなく、むしろ諭すようにそう話す。
「ではスクイさん、あなたにその権利があると言いますか?」
「いえ、それは彼女自身です」
スクイはキッパリという。
詭弁だ。フリップは考えた。
確かにホロはスクイが言えばついて行くだろう。だがそれはスクイに盲目的に従っているに過ぎない。
ホロが好んでそうしているとフリップには思えなかった。
しかし、そんなフリップを見てスクイは言う。
「そうです。だからあなたを連れていけないのです」
フリップはどういうことかとスクイを見た。
「他に大切なものがある。常識がある。それでは事を成せない」
我々には死しかない。死のためならば全てを捨てられる。
我々は死の狂信者だ。だからこそ全てを大義を為せる。
「妹のため、生活のため、そのような逃げ腰ありきでは足を引っ張ります」
スクイの言葉に、フリップは腹を立てなかった。
むしろどこか納得したのだ。
もしかしたらフリップは計画を立て、組織を潰そうと思いながら、一生決意しなかったのかもしれない。
できないのだ。確実でなければ失敗の時降りかかるリスクはあまりにも大きい。
しかし彼は違う。
フリップはもし組織を潰すならそれは自分だと考えていた。組織のボスの息子で、妹を守る大義があり、強い自分こそそれをするのだと思っていたし、そのための人生だとすら考えていた。
しかし、納得したのだ。自分ではない。もし組織を潰す、そんな不可能を行う人間がいるのならばそれは目の前にいるような。
狂人なのだと。
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