第三十五話「親子」

「ここらへんですかね」


 スクイとフリップは街から出た平原で向かい合う。

 スクイが死神に吹き飛ばされたところよりはかなり街に近い場所だったが、遠いことに変わりはない。

 2人は歩いてきたが、そもそも歩くには厳しい距離である。人目にもつかないだろう。


 フリップの妹は来ていない。ホロも来ていなかった。

 スクイはせっかくの機会なので見せたかったが、フリップがそれを拒んだ。


「すみません。あまり人目につくところで魔法を使えないものですので」


 そう言うフリップに、スクイは同意する。


「いえ、その気持ちはわかりますよ」


 その気遣いは同時に、スクイには魔法を隠さず全力で当たるという言葉にもとれる。

 戦闘の礼儀としてスクイはむしろフリップが本物の戦闘を知っていると評価した。


「では」


「はい」


 はじめましょう。そう言うと同時に、スクイの周りを大量の針が囲う。

 フリップの魔法、針による奇襲は持っていた武器でなく魔法による生成だったのかとスクイは考える。


 そして初期位置が悪い。2人は平野に着いた時からお互いの距離感を意識していた。フリップの戦闘スタイルを近接だと考えていたスクイは距離を置いていたのだ。


 しかし対象の周囲に針を生成する魔法、明らかな中距離から遠距離の魔法である。


 読み違えたというより、両方備えていると言うべきだろう。

 スクイは自分に一斉に向かう針をナイフで叩き落としながら、同時に詰め寄ろうとする。


 と同時にタイミングをずらして死角から自分を向かう針を叩き落とした。


「一斉攻撃はタイミングをずらすのがコツ、ということは流石にご存知のようですね」


 そう呟きながら再度踏み出すと、途端スクイの動きは止まった。


 右足が動かない。その瞬間に、スクイは反省する。

 もっとも一般的な魔法を推測し忘れていたと。


 スクイの影は、正確には右足の影には先程叩き落とした針が刺さっていた。

 魔法だろう。その影響でスクイの実際の右足までもが動かなくなっていた。


「知らなきゃみんな意外とかかるものなんです。こういった小技に」


 そう言いながらフリップはスクイの残った四肢の影にも同じように針を打ち込む。

 これで全身動かすことはできない。フリップは勝ちにかなり近づいたと考えながらも、油断はしない。


 まだ価値ではない。スクイの顔を見れば、これが決定打になったとは思えなかった。


「さっきのタイミングをずらした一本の針」


 スクイはフリップの予想通り大して追い詰められた様子もなく話し始める。


「あれはどこ狙いでしょう。場所によっては針一本で身動きを取れなくすることもできるはずです。そういった戦闘不能を狙ったと考えます」


 次にこの魔法、スクイは影を見る。


「影魔法なのか針魔法なのかわかりませんが、影に刺すことでその部位が実際に刺し止められたかのように動かなくなる。まるで標本のようです」


 極めて高い技術に裏打ちされた魔法の使い方だと賞賛する。

 戦闘不能にする魔法、この2つはそこに注視されるものだ。針魔法もいくつか種類はあるだろう。その中でこの戦闘スタイルになった経緯。


 それは荒くれの多い酒場を切り盛りした故か。

 それとも。


「さておき」


 理由はともかく、そう言うとスクイは。


 何食わぬ顔で歩き始めた。


「針の位置が悪い」


 そう言うと、スクイは一度に距離を詰め、フリップの掌底を食らわせる。

 容赦のない顔面への掌底であったが、フリップはそれをバク宙でいなす。


 スクイは影の針をナイフと紐で伸ばし排除していた。

 腕は動かなかったが、手首は動く。本来あの魔法は完全に動きを封じるのなら腕や腿でなく、確実に手や足の甲の影に刺すべきなのだ。


 フリップはバク宙と同時に手の中に一本の大きな針を出現させる。


「槍術、これもまた珍しい」


 そういうスクイをフリップは薙ぐように攻撃する。バク宙直後の不安定な姿勢とは思えない力の入った薙ぎ払い。

 瞬時に出現した槍ではあったが、スクイはそれをナイフで切って対応する。


 その後、スクイの顔に、フリップは手を伸ばした。


 スクイは判断がつかない。顔に針を刺そうと言う考えかもしれないが、今回は殺しなしである。

 スクイは不死なので遠慮は無用かもしれないが、それでもフリップは死につながるような攻撃はしてこなかった。

 槍も突きには使わなかったのだ。


 興味が湧く。これは何を目的としているのか。


 スクイはそう思い、あえてその手を払わず、代わりにフリップの腹に痛烈な蹴りを一撃決めた。


 戦闘不能になりかねない一撃、しかしフリップはそれを耐え、そして。


 スクイはパタンとその場に崩れ落ちた。


「終わりです」


 何が起きたのか、スクイにもわからない。

 フリップがスクイの顔に触れた瞬間、まるで地面が消えたようにスクイは立っていられなくなり、倒れたのだ。


 毒、風、或いは貧血、そういったものではない。ただ地面が消えた、そうとしか言えないほど、それ以外の体の不調や外的要因を感じさせることもなくスクイは倒れ、地面に頭をつけようとし。


 地面に手をついた。


「ちょっと、甘いですかね」


 そういうと、逆に出した足でフリップの首を挟む。


「倒すと言うことは、必ずしも戦闘不能に結びつきません」


 覚えておきましょう、というとスクイはフリップの体を首から地面に叩きつけた。


 容赦のない一撃、スクイは起き上がるとフリップを見る。

 明らかに気絶している。殺しなしというのであればこれで決着とみて問題ないだろう。


 にしても先程の魔法は一体、そう思いながらスクイはフリップを揺する。

 頭から地面にぶつけて傷つさせた人間を揺すって起こすという行動を、そのときのスクイはさして気にしなかった。


「いやあ、もう少し善戦できるかと思っていたのですがダメでしたね」


 フリップは困ったように笑いながら起き上がった。


「慢心もそうですが、それ以上にスクイさんにまるっきり本気を出せていなかった。僕の魔法を観察してましたね?」


「ええ、せっかくの機会なので」


 手札は全部見たかったというスクイ。実際本気であればスタートと同時にナイフを紐で操り致命傷にならない程度に斬りつけれてすぐ終わっていたかもしれない戦いなのだ。

 そうしなかったのはスクイが戦いを観察として見ようとしていたからに他ならない。


 とはいえフリップにもそのナイフに対する返しは用意されていたので、すぐに決着とはいかなかったかもしれない。


「多彩でしたが、基本針魔法ですか?」


「そうですね。針魔法で生成、影の固定、あと直接刺せば全身を止められます」


「あと身体強化ですか?」


 スクイの問いにフリップは驚く。


「いえ、最後の蹴りが効いていなかったのが不思議で。自分の影に刺して無理やり固定したのかと考えたのですが、それにしては次の動きがスムーズだったので。恐らく自分に刺して身体能力を上げる類かなと」


「いや、驚きました。その通りです。今回は使いこなせませんでしたが」


 それ全てが針魔法である。

 魔法は同じものでも様々な効果を持つ。それは精度だけでなく、魔法そのものの内容も多岐にわたるのだ。


「でもそれだけの魔法のレパートリー、そしてそれを使いこなす腕前は恐れ入ります」


「はは、惨敗してるんで喜べませんよ」


 フリップは笑うが、内心ここまで差があるとは思っていなかった。

 というのもフリップはタイマンであればカーマより強い。それは人間に限らず、そもそも冒険者としても簡単にAランクに上り詰めていた。

 Cランクに苦戦したと聞いていたが、スクイの能力の上昇を測り間違えたとフリップは思う。


「ただ、最後のはわかりませんでした。顔に触れましたよね?それが起点だとは思うのですが」


 スクイは最後の魔法について聞く。

 フリップがスクイの顔に触れた瞬間、スクイは抗うこともできず倒れてしまった。

 スクイは細身だが体幹は強い。しかしそういったフィジカルとは関係のない、抵抗のできないものだと感じていた。


「はい。僕も僕以外の人でこれを持っているのは見たことがありません」


 適正なのか知らないルールがあるのか、そう言いながらフリップはその魔法について話す。


「これは重力魔法らしいのですが、その中でも恐らく珍しいものです」


「重力魔法、そのような魔法もあるのですね」


「はい。重力の神様もいらっしゃいますから」


 魔法というのは神によって与えられたものである。

 魔法それぞれに対応した神がいる、というよりは神それぞれの魔法が存在する。

 そしてその神が人間に与えているのが魔法なのだ。


「重力魔法自体がそもそも珍しいものです。そして僕の魔法は触れた相手を問答無用で倒すことができる魔法です」


 スクイは意外そうにフリップの話を聞いた。思っていたより魔法には多様性があるらしい。


「倒す、つまり戦闘不能にする状態を繰り返すことで得られるものだと思いますが、その数が限りない上に相手は恐らく人間。それも別の人間を殺さず戦闘不能にする必要があって意外と意識しないと取れない魔法なんです」


 みんなが知っていたらもう少し使える人を見てもいいとは思いますとフリップは話した。


「そして、こんな魔法を持つに至ったのが僕と組織の関係なんです」


 フリップは本題に入った。

 元々言うつもりだったのだろう。そこに葛藤は見られない。

 むしろあっさりと組織の話をする。


「僕、そして妹3人は、組織のボスの子供なんです」


 あっさりとしたように、フリップは自分の反省を語った。


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