第三十四話「兄妹」
「ご主人様、今日はどうされますか?」
朝、スクイの作った朝食を食べながらホロとスクイは予定を共有していた。
基本2人は朝食時に予定を話す。もっと前から話しておくべきではないかとホロは思っていたが、スクイはあまり長期的な予定を綿密に立てない方だった。
ある程度すべきことのリストは持ちながら、詳細と日程は曖昧。というよりは何パターンも用意しているタイプである。
しかし、今日の予定は前々から考えていたものであった。
「今日はギルドに向かいます」
「ギルドですか?」
スクイの言葉にホロは疑問そうに首を傾げる。
「今日はギルドお休みだと聞いてますよ」
ギルドも無休ではない。受付嬢が3姉妹固定という状況から、3姉妹も、そしてその兄フリップも、営業には出勤日である。
酒場としての1階には料理人やスタッフもいたが、この4人は休みがない。
かといって常に働いているわけではなく、こういったギルドそのものの休みもあるのだ。
もっとも、そのギルドの休みにも働く場合がないわけではない。
「ええ、ですから行くのです」
スクイの極めて迷惑な言葉に、ホロはさらに不思議そうにした。
2人は朝食を食べ終わると、ギルドに向かった。
当然ながらギルドは鍵がかかっており、物音ひとつしない。
しかしスクイは少し手を鍵穴にかざすとカチャリという音と共に、簡単に扉を開けた。
「いつも思うんですけど、ご主人様のその鍵開けはどうされてるんですか?」
魔法としか思えないと思うホロに、スクイは笑顔で人差し指を唇に当てた。
「この世界の鍵は単純なので練習すれば誰でもできますよ。ホロさんにもまたお教えしましょう」
ただし悪用してはいけませんよと言いながら、スクイは勝手に中に入る。
中はいつも通りであった。壁に大穴が空いているのを簡易的な補修と言わんばかりに布で覆ってある。そちらから入るのも手であったが、位置の高さを考えるとスクイにすれば鍵を開ける方が容易かった。
「2階でしょうね」
スクイの言葉にホロはようやっと気づいた。
スクイは4兄妹に会いにきたのだろう。4人はこのギルドの店舗の運営であり、ここに住んでいることはホロも知っていた。
しかし、わざわざ休みに来る理由はわからなかった。4人とも多忙ではあるが、スクイが話しかければ多少は時間を作ってくれるだろう。
カーマが筆頭だが、フリップは酒場の常連とも仲良くしている。人がいいのだろう。職務中といつも前置きしながら、誘われれば話しに加わる印象があった。
しかしスクイは説明しない。最終的に答えは見せるも、ホロの考える時間は作る。ホロはそれがわかっているからこそ、なおのこと先に答えを考えた。
それは単に、スクイに褒められたかったのである。
ホロが考えながらスクイに手を引かれ2階に進む。影になっているためか、昼間でも階段は少し薄暗かった。
2人が階段を半分ほどまで登ったところで、一瞬小さな、風を切るような音が聞こえた。
普通であれば聞こえない程度の音、スクイの教育を受けているホロでやっと、聞き間違いかと思うような音がする。
「すみません。私です」
そのあとスクイはそう言いながら右手を振った。手には黒塗りされた長い針が数本握られている。
「おっと、スクイさん。すみません」
そう言いながら降りてきたのは4兄妹の長男、フリップであった。
つまりこの針を投げたのも彼ということになる。大した腕だとスクイは心の中で称賛した。
「いえ、勝手に入ったのはこちらなので。にしても針使いですか、武器として実際に見るのは初めてです」
そう言いながらスクイは針をフリップに返した。
「初めてで対処されてちゃダメですけどね……。というか暗闇で針キャッチとか人間技じゃないですよ」
そう言いながら気まずそうに笑うフリップ。それなりに腕前に自信があった故に驚きよりも気恥ずかしい気分だった。
「そうですかね。針をもう少し短くすればいいかもしれません」
スクイは謙遜しながら改善点を述べる。こういったところ面倒見がいいとホロは感じていた。フリップはスクイより1つか2つ年下だろう。見ようによってはスクイは兄のようでもあった。
ちなみにスクイが針をキャッチできた理由の一つはスクイが暗闇でも変わらず目が見えるからであったが、それは言わなかった。どのみち目が見えなくても結果は変わらなかったろう。
「で、どうしたんですか?休みの日にわざわざ来られたんです。秘密で話したいことでも?」
そう言いながらフリップはスクイを招き入れるように上階に戻る。
スクイは話の早さに感謝しながら、導かれるままに上に上がった。
いつものカウンターには、今日は誰もいない。後ろが事務所兼居住スペースとなっているのだろう。
フリップはカウンターの向こう側、いつもはレジスタが座っている席に座る。
スクイは近くの椅子を持ってきて、ホロを座らせながら自分もフリップに向かって座った。
「いえ、少し疑問に思うことがありまして。内容も内容なので人のいない時にしようかと」
スクイはそう前置きした。
フリップは想像もつかないというように考える仕草をする。
「このギルド、組織の管轄なのでは?」
フリップの思考も待たず、スクイは本題を話した。
その瞬間、カウンターの奥からドタドタと3人の女性がドアを開きこちらに出てきた。
それぞれフリップの妹、ここの受付嬢のミュラー、レジスタ、そしてもう1人、大人しそうなショートカットの女の子である。
突然の横入りに警戒するホロを、スクイは抱き寄せることで止めた。
「お兄さん、どこまで」
そう口を開いたレジスタを今度はフリップが制する。
何も攻撃しにきたわけではない。しかしこの3人の慌てようがスクイの言葉の正しさを明確にした。
「何故、そのような話を?」
しかし、フリップはそう問う。
頭が回る。スクイはそう評価した。
人のいい、妹やお客に優しい男のイメージが強いが、この歳で荒れくれのギルド店舗を経営しているのだ。決して能力がないはずがない。
適当な誤魔化しや、どこで聞いた、何故知っているといった問いただしではなく、それ後を聞いている。
この状況でも極めて冷静な判断からきた言葉だとわかった。
「私が、その組織を潰そうと考えているからです」
それに対してスクイもまた端的に返す。
3姉妹とホロを置き去りにする会話のスピードに、スクイは少し配慮を見せる。
「この店はフリップさんとその妹さんで運営されているということは知っていました。私は最初、素直に立派な話だと思ったのです」
フリップはまだ若い。妹たちはなおのことである。
その4兄妹が冒険者ギルドという大きな規模の店舗を任され運営している。しかも危険も伴う仕事である。
この店舗は酒場も兼ねており他の店舗より大きい。普通ベテランの運営がいてもおかしくないが、それを家族で経営とは珍しい。
しかもその親は参加していない。スクイはそこを疑問に思っていた。
親が運営し手伝うという構図ならわかりやすい。しかし現状そういった人間の影は見られなかった。
「しかしどうでしょう。ここが一介の個人営業の酒場ならばともかく、ギルドは多店舗経営です。当然店舗を管理する本部もあるでしょうし、そういったところが若者、それも兄妹で店舗を回したいと言って任せるでしょうか」
普通に現実的ではない。フリップは優秀であるし、他の3人も決して足手まといではないだろう。
しかし大きな運営が上にいる以上、店舗の長はある程度能力のわかった人間に任せるだろう。
まして家族経営したいなどという若者門前払いする。
店舗では当然お金を扱うのだ。依頼のやりとりや素材の換金、そういった大切な部分を任せるにはキャリアが欲しいし、信用も欲しい。
「となると何故ギルドがそのようなものたちに店舗を丸ごと渡すようなことをするのか?何か大きな能力が?そう考えた時、この街ではよくある1つの答えを知りました」
それが組織である。
組織による職業斡旋の力は大きい。
ナイフ屋を開いたり、料理屋に借金した人間を入れたり、この街の商売に大きく影響を持っていることはよく知っていた。
ここもあるいはそう言った系列なのではないかとスクイが考えたのはかなり前になる。
店舗に対する違和感を力技で解決する理論であった。
「もちろん、それをどうこう言いにきたのではありません。むしろここの方々にはお世話になっていると思っていますし、内情も知らずに口出しすることではありませんので」
ただ、潰すとなると話は変わる。
「くだらない善悪を語りにきたのではありません。単純に、組織の話を聞きたい。もしも組織に恩義があって話せないのならそれでも構いません。ただむしろ潰されて助かるのであれば協力してもらえないでしょうか」
スクイは周りへの説明の流れのままにこちらの話を全て済ませた。
対する向こうの面持ちは極めて神妙であった。暗かったと言ってもいい。
スクイの言葉に反抗するでもなければ賛成というわけでもない、沈痛と呼ぶべき表情。
どうにも単なる脅しや利害だけの状況ではないとスクイは察する。
その中でフリップはしばらく押し黙った。
スクイはもう言うことはないと黙ってそちらを見る。
無理にどうこうというつもりはなかった。むしろ今回の訪問は報告の方が主題ですらあったのだ。
組織の情報収集はあらゆる所から行っている。マルセからの情報だけでも十分なほどだった。
なのでスクイはただ世話になったギルドに、関係しているであろう組織を潰すと言う報告をしにきただけという気持ちもあった。
しかし、フリップの返答はスクイの想定にはないものだった。
「スクイさん、一度僕と立ち会ってくれませんか?」
フリップは、真剣な顔でスクイに提案する。
途端、後ろの妹たちは驚いたようにフリップを見る。
「殺し抜きの実力勝負、それでスクイさんが勝てば僕の知っている組織の情報を全てお伝えします」
必ず、僕からしか聞けない話がたくさんあると約束しますとフリップはスクイに微笑んでみせる。
意図はわからないが、スクイからすれば失うものがあるわけではない。乗らない理由もなかった。
「それは是非、ところで」
スクイは話を受けながらも、後ろの女性を見る。
ミュラー、レジスタ、そしてもう1人の妹を見ると、微笑んで言った。
「精神感応系の魔法ですね?初めて見ますが、私には、使わない方がいい」
スクイの言葉に女性はビクッと体を振るわせる。何故?という思考が表情に現れた。
まだ彼女は魔法を使っていなかったのだ。
スクイに対する警戒、兄の戦いに対する心配、そして迷いからの決意の目。
そういった視線、話の流れに対する表情、取れる選択肢、そこからスクイは彼女の動きを予想したにすぎない。
「そういうのもありということで?」
途端、フリップを含める4人に怖気が走る。
決して、この男としてはいけない勝負はルールのない勝負なのだ。
ルールさえなければ勝つのは選択肢の多い方になる。
そしてこの男に取れない選択など、存在しない。
「チェレン、やめなさい」
フリップは冷たく妹に言い捨てる。
スクイは目を細めたが、どうやらこれも含めてフリップの策というわけではないらしい。
兄の身を危うんだ妹が攻撃したらしかった。
「すみませんスクイさん、もちろん内容は僕ら一対一です」
そう言いながらフリップは場所を変えると示唆しながら場を立つ。
スクイも了承したようにそれに従った。
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