第三十三話「来訪」

「いや兄さん。全く来ないことあるか?」


 フラメ、ナイフ屋の主人はスクイにそう言うと、呆れたように顔を見る。


「隠したいもののところには行かないが鉄則なので」


 スクイはフラメの目線を気にした様子もなく笑顔で返答した。


 カーマの家。先日組織の人間マルセと対峙し勝利を収めたスクイは、その結果組織に目をつけられることを考えフラメをカーマの家に隠していた。


「にしても……まあいいか。俺のためなことは確かだしな」


 そう言いながらフラメは頭を掻く。実際、スクイが勝手にマルセを殺したせいでフラメは店を追われているのでマッチポンプもいいところだった。


「で?どうやってんだ?組織を潰すってのはよ」


 そのマッチポンプを気にしないほどの話がこれであった。近い将来組織に消されるであろうフラメからすれば、組織を潰すというスクイの発言は命を救われるに等しい。

 フラメは組織に恩を感じていたし、消されるのも受け入れる気でいたが救われることを拒みはしないのだ。


「まあそれなりに順調ですよ」


 そういうスクイにフラメは半分疑惑の視線を送る。

 半分というのは極めて信用の高い見方である。本来組織を潰そうという人間の発言など一生に付すべきものなのだ。


 しかしスクイという男は単なる常識で測れない。半分はありうると思うべきだ。実際マルセという実力者を倒すという行為も、普通の人間が言えば不可能と思われるはずなのだ。


「ただいくつか足りない。その残りのピース集めに伺ったということです」


 スクイがそう言うと、フラメは悩む。


「つまり組織の情報を聞きにきたってことなんだろうが、兄さん。俺はほとんど何も知らないんだぜ?」


 フラメは口調と裏腹に少し申し訳なさそうな表情を滲ませる。


「所詮はマルセみたいな組織の人間を介してのやりとりなんだ。そもそもどこを本拠地にしてるのか、構成人数も組織図も詳しいことはわからねえ」


「ああそれでいいんです」


 軽々しくいうスクイにフラメは不思議そうな顔をしながら、組織の詳細を話した。


 組織、そう呼ばれるが、名前はない。

 組織というのもいわば通称であり、人によっては結社、集会などと呼ぶものもいる。


 主な拠点はこのオンズの街だが、ヴァン国各地に拠点があり活動も少なからず行われている。

 主な活動は犯罪であり、強盗や人攫い。薬物の売買といったわかりやすいものから、各商会への根回しや投資的なものも行なっている。


 構成員は1000人ほどと推測されており数は多くない。

 そのほとんどが武闘派であり、組織の上下関係の大きな要素に戦闘能力の高さが反映されている。これは組織の立ち上げ段階での主な武器がその戦闘能力の高さであったからだ。


 マルセはその中でもトップクラスの実力者だったが、加入時期から地位はそこまで高くはなかった。

 詳細な組織図は不明だが、トップはボスであり、次はその補佐、次いで幹部が数名いるとわかっている。


 本拠地は不明だが、組織の大半はそこにいるらしく、ボスとその補佐もそこにおり、幹部もいるらしい。


「意外に人員を分散させていないのですね」


 大きな組織となるほど人材の配置は分散されるという考えがスクイにはあった。一点に集中していては広い範囲に活動を展開できないだろう。

 大きな組織となるには次々と組織の成長が必要となるはずである。それをどこか足踏みするような動きに見えた。


「まあ兄さんのいうこともわかるが、商人と犯罪組織じゃわけがちげえ。オンズの街っていう本拠地の土地を重要視してるのもあるが、それ以上に本拠地を手薄にはできねえんだよ」


 犯罪組織は当然反対される存在である。領主の自治、別の組織、スクイのような有志のものとその立場を危ぶませるものは多い。

 各地に人員を派遣するより大切なのはそのトップを崩されないことなのだ。


「逆に言えばそれだけ外部からの攻撃に対しては警戒してるんだ。稼ぐことより潰されないこと。犯罪組織とは言え商人と一緒かそれ以上に堅実さもある」


「それは少々」


 手強い。スクイはそう言ったが、そう思っているようには到底見えなかった。

 むしろ都合がいい。そう考えているのが丸わかりだとフラメは思う。


 確かにスクイという単独の人間が奇襲により組織を倒そうというのであれば敵がまとまってくれているに越したことはない。


 しかしもちろん組織もそれくらいは考えているのだ。まとまっているから同時に倒せてラッキーなどという浅い考えは簡単に通用しないとフラメは考えている。


「で?そろそろ兄さんの考えも聞いておきたいんだが。まず情報をどうやって集めるつもりなんだ?」


「ああ、それはもう揃っているんです」


 スクイはそう言うと、指で頭を叩きながら話す。


「実の所今店主さんに聞いた話も知っていたことなんですよ。それ以上の組織に本拠地の場所も人員も知ってます」


「は?いや、流石にそんなわけねえだろ。組織の内情はトップシークレットで……」


 そう言い出し、フラメは黙った。

 そういえばスクイはマルセを倒した後、店外で処理をすると出ていった。


 拷問を受けたのではと感じていたが、そこで既に組織の内情は聞き終えていたと言うことだ。


 しかし、フラメは改めて寒気がした。スクイがマルセを連れて出たのはほんのわずかな時間だったのだ。多少話は聞いたのだと感じたが、死体の処理等含めればあまりにも早すぎる。


 慣れている。プロの犯罪者相手に拷問は効かないと言うのが定説だ。ましてマルセほどの人間の口を簡単に割り、死体を処理し戻ってくる。

 殺しだけではない。拷問の技量も一級という事実にフラメは戦慄した。


「彼には死の素晴らしさを理解していただきました。最初は訝しげでしたが、最後には死を求め、私に協力する姿勢を見せてくださいましたから」


 要は、拷問の末に殺してくれと嘆願するようになり、そのためなら組織の情報も漏らすようになったとのことである。


 えげつねえ、と呟くフラメだったが、少し不思議そうにスクイを見た。


「てことはなんだ?今日来たのは情報のすり合わせが目的ってことか?」


 マルセのいうことが本当であるかはスクイにも判別がつかないはずである。フラメの話とすり合わせて真偽を確かめたかったと考えた。


 しかしスクイは首を振る。


「もちろんそれもあるのですが、いくつかお願いがありまして」


「お願い?まあ、俺も助けられてる側だ。できることはするが」


 しかし何を?と問うフラメにスクイはいくつか提示した。

 フラメ逃走時に持ってきたナイフの購入や、いくつかの準備を話、組織対抗の相談をいくつかしながら作戦を練る。

 フラメが聞いた作戦はスクイの用意したものの本の一端に過ぎなかったが、夢物語と呼んだ方が適切なものだった。


 それでもスクイは不可能だと思わない。むしろ成功を確信しているかのようだ。


 半ばやけくそになりながら相談を終え、フラメが解放されたのは明け方であった。


「全く綿密なのか大胆なのか、兄さんの考えは及びがつかん」


「恐れ入ります」


 褒めてねーよと思いながら、フラメは先を促す。


「俺に会いに来るのが最後ってことはこれで大方準備はできたってことか?決行はどうするんだ」


「あと数日、ですが最後のピースとして話を聞いておきたい人間がいまして」


 その話もしたかったとばかりにスクイはフラメに問う。


「組織は商人とも繋がりが深いんですよね?」


「ああ、俺みたいな組織関係の商人も大勢いるだろうよ」


 フラメは元組織の人間であるが、その後組織の援助を受け店を立てている。その分組織にナイフ等の斡旋も行っていた。

 似たような商売は多く、フラメのように商売そのものが組織の利になるものもあれば、繁盛してから金を回収したり、コネを作ったりとやり口は多い。


「商人だけじゃねえ。あんたが潰した奴隷商も一部は組織が噛んでるはずだ」


 貴族がスポンサーにつき客を買いながら、組織が運営の一部を行う。そういったアングラな貴族と組織の間接的なつながりはこの街の裏では決して少なくない。


「兄さんが先日行ったっていうカジノは組織の介入がない珍しいとこだ。変な潔癖が運営にいるらしい。だが基本どこかに絡み付いてるもんなのさ」


 金のあるところに悪事があり、悪事があれば組織がある。

 組織は一般人が想像する以上にこの街に根付いているらしい。


「それがどうした?」


「いや何、どうにも私の知り合いも組織に関係しているようで」


「ほう、いやこの街にいりゃ珍しくないのかね」


 スクイはメイの父親の話をする。借金のカタに組織の関係する料理屋で仕事をすることになっているというが、そんな話はよくあるとのことだった。


「それを救いたいってことか?」


「いえそれは別に」


 ついでなのでと話しながらスクイは少し思考した。


「ちなみに領主はどう考えているんです?オンズの街の領主は国王と大差ないほどの権力者なのでしょう?」


「ああ。それはそうだが、領主は経営や政策はうまいが軍事力は乏しいタイプだ。もちろん対策は考えているはずだが」


 癒着ということを考えたが、それはないという。領主はこの街の信仰である愛の神の熱心な教徒で、この街の信仰もそもそも領主の信仰からきているらしい。


 自己犠牲を尊ぶ愛の神の教徒が組織を肯定するとは考えられないとのことだった。


 スクイからすればそんな話いくらでも嘘が吐けると思ったが、想像以上にこの世界の人間の信仰に対する信頼は厚いようだ。


「隣国との貿易と領主の手腕で金の巡りはよく活気はあるが、それに比例するように大きく根付いた悪人を取り除くこともできていないという裏表がこの街の現状よ」


 さらに幅を利かせる貴族の存在や、大きく保護を受ける宗教団体とどうにもこの街はきな臭い。


 そのどれかがスクイがここに送られた理由に関係しているのか、否か。そういった視点も多少湧いたが、スクイはそれを払う。


「随分とタメになりました」


 ありがとうございます。そう言ってスクイは立ち去ろうとする。


「兄さん、そろそろカーマも寝に帰る頃だ。あんたを見りゃ喜ぶだろうし、飯くらい一緒に食っていったらどうだ?」


「そうしたいのは山々なのですが、この後も予定がありまして」


 微笑みながら断りを入れるスクイをフラメはよく見る。

 2日、もしくは3日ほど寝ていない。スクイは表情に疲れが全く出ない。体調を外から判断することは極めて難解だが、フラメは商人の勘でそう悟る。


 むしろ、フラメが悟るほど、スクイに身を取り繕う余裕がないと考えた。


 スクイが去ったあとフラメは考える。スクイは得体が知れない。異常な思考、異常な能力、異常な生い立ち。

 しかし努力家である。フラメもそれは認めざるを得なかった。


 カーマが帰る前に家事の一つはこなしておこうと立ち上がり、フラメは呟いた。


「頑張ってくれよ」


 それは、応援しかできないとどこか自責し、共に動けないことを悔しく思う男の。

 小さな応援だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る