第三十話「金持ち」
外に出たスクイはホロと辺りを見渡しながら金稼ぎの方法を考えた。
商売、依頼、芸、様々な方法を実践している人々を見ながらも、スクイとホロはこれという決定打を見つけることはできなかった。一度に大金を稼ぎたいという考えにはほとんどのやり方は合わなかったのだ。
「ああ」
しばらく2人で歩くと、スクイは思い出したように立ち止まった。
「そういえば短時間でお金を稼げる方法を聞いたことがありましたね」
「いい方法があるんですか?」
ホロはスクイの顔を覗き込みながら聞く。
「はい。ただこの世界にその場所があるのかわかりませんが」
スクイはそう言いながらあたりを見渡すと、適当な人に聞いた。
「すみません。ここら辺に賭場はありますか?」
結論から言うと、この街では賭場の運営は禁止されていた。愛の女神の信仰が息づく故とのことだったが、理由は薄い。おそらく治安の維持のためだろうとスクイは考えた。
賭場の存在は治安と関わる。生活の不安定な者や、働く意欲を下げることにつながるからである。働かずともギャンブルすればいいと言った思考は堅実な生活を崩壊させかねない。
現在のスクイはその一例と言えた。
しかし真っ当な答えが全てではない。スクイは、それでは逆に元々治安の悪い場所であればこっそり開かれているのでは?と考えた。
そしてそれは的を射る。大通りを離れ暗い方暗い方へ歩きしばらくすると、日の当たらない地域に出る。
「ホロさん大丈夫ですか?」
スクイはホロを気遣う。ホロは元々こう言った場所で奴隷をさせられていた身分である。トラウマになっていてもおかしくはない。
しかしホロは気にならないと言った風に首を振った。
「救いを求める人がたくさんいそうないい場所ですね」
「ええ。帰りに信仰を伝えてあげましょう」
そう言いながらスクイはにっこりと笑う。2人の明るい会話はこの場所では浮いたものであったが、一枚めくるとその中身はひどく血生臭いものである。
「さて、適当に聞いてみましょう」
そう言い、スクイはこの場所でそれなりに身なりのいい人間に話を聞こうと考えた。貧乏人の酒のあてレベルのギャンブルに興味はなかった。街で禁止された賭場の運営。それを裏で大々的に行わない訳がない。それほど賭けは金になるのだ。
それなりに時間はかかったが、場所を変えあたりをうろつくと、従者を連れた女性が比較的治安のマシな通りを歩くのを見つけた。
女性は目元を仮面で隠している。お忍びだろう。周りの男たちも仮面をつけており、人相は窺い知れない。だがその筋肉量で、それなりの手練れだと言うことはわかる。
「失礼いたします」
そこにスクイは話しかけた。いつも通りである。その声はひどく耳馴染みがよく、大きな声でないのに耳元で聞くようにはっきりと頭の中にまでに響く。そして誰もがその声の方へ注目を向けるのだ。
しかし女性の周りの男たちは一瞬遅れたものの、即座に女性を守るように前に出た。
「ああ、そんなに警戒なさらないでください」
スクイは少し戯けるように笑う。相手を油断させるようなどこか隙のある笑顔。困ったなあと言う表情は、少なくとも悪人とは感じられないと全員に思わせる。
「少々道を尋ねたかったのです。ここらへんに賭場がありますよね?知り合いに誘われたのですが逸れてしまい」
そう平気で嘘を吐く。ホロはスクイの言葉をじっと聞いていた。学ぼうとしていたのだ。時にこのような腹芸の価値は戦闘能力を凌駕する。スクイの会話術の本領は奴隷市の集団自殺で見たが、あれほどでないとしても話すスキルというものの大切さをホロはスクイに聞いていた。
「知らん。他を当たれ」
そうだけいうと黒服の男たちはこちらを警戒しながら立ち去ろうとする。
話を聞かない。そう強く決めているものには、スクイの話術も弱いものであった。
「まあまあそう言わないでください。こんな場所です。早く安全なところに行きたいのです」
しかしスクイは気にした様子もなく男たちに近づく。女性はそれを見ようともせず、ただ待っていた。
「くどいな。知らん。私たちは忙しいのだ」
そう話す男にスクイはもう一度口を開こうとするが、その瞬間、男のうちの1人がスクイに詰め寄った。
「おい、状況がわからないのか?退けと言っているんだ。言葉でわかるうちに」
「あとこれ」
スクイはすっと手を差し出す。
「先程落とされましたよね?」
そういいながら、スクイはブローチを差し出した。
目の前の男は、一瞬固まると即座に後ろを振り返る。ないのだ。女性の胸元にあったはずのブローチがなくなっている。
「大切なものなのですから。しっかり守らないといけませんよ」
そう、スクイは囁いた。
脅し。男はすぐに気づいた。こんなもの、落として気づかない訳がない。この男はいつの間にか盗んでいたのだ。これだけ周りを警備が囲んでいるというのに。
そしてブローチ。それは胸元にあった。つまり同じことをすれば、スクイは簡単に女性を殺せたということに他ならない。
面子。それを考えれば護衛の男がスクイに手を上げてもおかしくはない。むしろそうすべきだったかもしれない。しかしこの男の底が、この瞬間急に知れなくなった。
男の仕事は戦うことではない。スクイが引いてくれるならそれに越したことはないのだ。
そう思い賭場の位置を伝えようとする。
「今から私たちも行くところです。よければご一緒しますか?」
しかし、護衛の男が口を開くよりも前に、豪奢な身なりをした女性がスクイに話しかけた。
「よろしいのですか?」
「ええ。ブローチの礼もあります。感謝を言葉だけで返すのは主義ではありませんの。あと」
女性はスクイの方に近寄ると、護衛の制止も聞かずにスクイの目の前に立ち、その顔をじっとみる。
マスク越しにスクイはその表情を読み取ろうとするが、マスク抜きにしてもこの女性は感情が表情に出ないようだった。少し読み取りにくいとスクイは感じる。
女性はそのままスクイの顔を触った。
「変わった方」
スクイは表情を一切崩さない。変わらず笑顔で見続けている。
何かを見抜かれているとスクイは感じている。貴族という存在に会うのは初めてだったが、なるほど、貴族は人間関係のプロというのは本当なのだろう。少なくともこの女性は人間を見る目に長けているようだと感じる。
「気に入りました。代わりに名前を教えてください」
「はい」
スクイはにっこりと微笑みながら答えた。
「カーマ・レジデンスといいます」
ホロは目を丸くした。
しばらく貴族の女性と歩くと、やがて集団はとある大きな建物の前に着いた。大きいとは言え明らかに廃墟である。この周りには生きた家はない。どれも人のいるようには見えなかったし、いたとしてもまともな人間ではないだろう。
しかし女性はその前に立つと、周りの男たちにその扉を開けさせる。
その中はあまりにも煌びやかな空間だった。まず広い。大きな屋敷に見えたが、それを上回るほどの大きな空間。そして賑わう人々と豪華な装飾。あらゆる高価なテーブルではスクイの見たこともないギャンブルがたくさん行われていた。
「素晴らしいですね」
「ええ、ここらへんでは最も大きな賭場でしょう」
女性はスクイにそう返したが、スクイが気にしたのはそこではない。
建物の魔法。これはおそらく1人の人間のものではない。建物自体の見た目を変えている。幻覚の一種か、中が広いのも外の建物の見た目を小さくみせているからだろう。
そして声も聞こえなかった。中では多くの人間が騒いでいるにも関わらずである。
複数の魔法、そして魔道具。いったいどれほどの準備があって運営されているのかと思うと、それに驚きを感じずにはいられなかった。
「ご友人はいらっしゃいましたか?」
「いえ、中にいるとは言っていたのですが」
スクイはさらりと返す。もっとも、この嘘は目の前の女性には気付かれていると感じていた。
「よければご一緒しません?あなたの賭け事見て見たいですわ」
女性はそう言うとスクイに流し目を向ける。
スクイは困ったように笑ったが、これもいい機会かもしれない。何せ内容がわからない賭け事も多い。説明はしてもらえるだろうが、賭場の人間は基本賭けの敵だとスクイは認識していた。
「では喜んで」
スクイはそう言うと、勝手に歩き始める。
「ご主人様、ギャンブルはされるのですか?」
ホロは小声でスクイに聞いた。大金を稼げると言うのはあくまで勝てばである。基本失う方が多い。
スクイであればその点経験もあるのかもしれないと思ったが、そうであれば初めからこの手段を選ばなかったことを不思議に思った。
「いえ、全く」
スクイはホロの問いに答える。
正確には全くやらなかったわけではない。日本ではできなかったが、高飛び後はある程度そういった場所に触れることもあった。
しかしスクイは決定的に不運の星のもとに生まれている。技術ならまだしも、確率の絡むものはあまり手を出さないないのが定石と考えていた。
「なのでできそうなものを選ぼうと思います」
スクイはそう言うと、ひとつの机を指さした。
「あれはどういったものなのですか?」
スクイは振り返りながら同行中の女性に聞く。女性はそちらを見ながら答えた。
「単純なものです。ディーラーが三つのコップのどれかに玉を入れシャッフルします。その中から玉の入ったコップを当てると言うものです」
「それは目の前でシャッフルするので?」
「ええ、そうですが」
言うが早いか目の前で賭けが行われる。目の前で動くコップは目に映ることもないほどに高速で動き回り、止まった。
「あのように視認は難しいので結局3択の運になりますわね」
賭け事としては倍率も低く面白みの少ないものです。こういうのは見せ物と思うべきでしょうね、と女性は続け、他のところを勧めようとする。
しかしスクイは了承も取らず座った。
「素晴らしい腕ですね。一度遊んでみても?」
そう言いながら、金貨数枚、全財産をさも遊び程度の試しであるかのように出した。
女性はため息を吐きながらその様子を見守る。
言うまでもない。その後50回の賭け事を終え。
スクイは全ての球の位置を当てた。
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