第二十八話「料理の才」
死神の死闘の後。
スクイはことを聞きつけたホロとカーマが来るまでゆっくりと再生していた。散らばったパーツに関しては再生しなかったが、消し飛んだ部分に関してはパーツから再生するらしい。
初期に比べ速度も上がっていたが、ホロとカーマがパーツを集めてくれなければ日が明けていてもおかしくなかった。
その後2人に内容を話した。カーマは死神を慕っていたこともあり残念そうではあったが、それ以上に世界最強と謳われた存在との死闘を聞き盛り上がっていた。
カーマも死神が女性だとは知らなかったようで、ただ戦闘の最中で神聖魔法を一度使うところを見ていただけとのことだった。
口止めもされていたらしく、実際にその影響を目の当たりにし唖然としていた。
ホロは誇らしげにスクイの話を聞いた。神聖魔法のことは知っていたし、戦士という役職も噂では聞いていたが、まさかその戦士に戦闘能力で勝るなど世界の常識でありえないことであった。
ホロはスクイを信頼していたが、戦士に戦闘で勝つというのは空が下にあるだとか、物は上に落ちるくらいの内容である。そもそも誰も勝てないから戦士なのだ。
それに勝利する。もちろんスクイは剣を持っていれば勝敗はわからなかったし、向こうの油断に終始助けられたとも話したが、ホロはそれも含めてスクイの勝ちだと思っていた。
話を終えるといくら不死でもこの惨状のあと行動するのは難しいということで、なんとか人の形に継ぎ接ぎしてから、カーマに宿まで運ばれ、ベッドに投げ入れられた。
ホロは看病しようとしたが、スクイの傷は時間で完治する。スクイが手を伸ばすと、ホロはスクイに抱きついて一緒に眠った。
次の日、スクイは日課で早くに起きた。スクイは睡眠があまり必要ない。昔からあまり眠れる環境になかったし、戦地では数日眠らないことも珍しくなかった。
いつも通り畑、メイのいう農園に出向く。メイはもう起きてきており、水やりを行っていた。
「おはようございますメイさん」
「おっ旦那おはようっす!今日はもう終わりっすよ」
あまりやることもない日だったようでメイは道具を片付ける。
「そうなんですか?すみませんぐっすり寝てまして」
「いや、逆に旦那夜遅いのにいつも早起きですごいっすよ」
メイはむしろ眠れているのかと心配そうだった。
「それより旦那、先日の話今日お父さんにしましょうか」
「ああそうですね。助かります」
先日の話、スクイはメイに1つお願いをしていた。
「しかし旦那も変わってますね。料理の練習をしたいなんて」
「ええ。実はあまり得意な方ではないのです。練習の機会に恵まれなかったもので」
スクイは努力家である。環境はともかくそれを言い訳にしないほど多くの知識、経験を積んでおり忍耐力もある。
しかし料理に関してはあまり詳しくなかった。家ではネグレクト、戦場ではまともな食事は用意されない。スクイの能力はむしろ料理より、食べないことやなんでも食べられることに特化していた。
「まあでも旦那ならすぐ得意になりますよ。なんでもそつなくこなしますし、器用ですから」
「そうだといいんですがね」
スクイは微笑む。実際スクイもさして困難だとは思っていなかった。ナイフに慣れていたし、料理の本に触れたこともある。あとは慣れておきたいというだけであった。
宿で食事は提供していないが住み込みの親子は料理を宿で作って食べている。もちろん料理する場所も、設備も整っていた。
「おとーさん!スクイさんに料理させてあげて欲しいっす!」
食堂に入り込むと、メイは大声で父親に話しかけた。
メイの父親はこちらを見ると、のっそりと立ち上がる。もう起きて朝食の準備を終えていたらしい。
彼は無口である。娘のメイが明るく奔放なのと対象に、スクイもほとんど彼が話しているところを見たことはなかった。
ちなみに料理の腕はスクイ目線でもそこまで高くない。スクイもここは野菜の美味しい朝食が出るとは思っていたが、調理技術が高いと思ったことはなかった。
しかし、スクイは感じ取る。この調理室はいやに質が高い。朝食しか出さない宿にこんな部屋が必要なのかと思うほどの設備、そしてそもそもこんなに広い設備を使うほど凝った朝食を出してもらった記憶はスクイにはなかった。
「お願いします」
スクイはメイの言葉に続いて笑顔で頭を下げる。
メイの父親はその様子をじっと見たが、立ち上がり料理を再開した。
「えーなんでダメなんすか!旦那はお得意様っすよ!」
どうやらダメだったらしい。スクイにはどういう反応なのか判断がつきかねたが、メイには返答が伝わっているらしかった。
「料理の練習に託けて滞在時間伸ばしてもらいましょうよ!」
狡い計算を暴露するメイ。スクイが前払いしたことになっている宿代は一ヶ月でそろそろ終わる。スクイはメイの計算高さを、年若くして宿の経営に積極的だと好意的に捉えた。
「ダメだ」
メイの父親は食い下がるメイにきっぱりと告げる。そしてスクイを少し睨むように見ると、また料理に戻った。
「は〜ケチっすね!どうせやることないんだから接客だと思ってやってくださいよ!全く!」
そうメイはプリプリ怒りながら調理場を出て行った。仕事に戻るのだろう。
スクイはなんとなくその場に取り残された。
残ったスクイを無視して作業を続けるメイの父。スクイがそこにいることなど忘れているかのようだった。
その様子を眺めながらスクイはなんとなく考える。父親というものの姿をちゃんと見るのはスクイの中でも珍しい状況だった。
「なんで宿を閉めないんですか?」
スクイは雑談でも振るかのような気軽さで話しかける。
ともすれば殴りかかられても文句は言えない言葉であったが、そんな雰囲気は毛ほども出さなかった。
メイの父親は何も言わない。侮辱とも言える言葉にも一切反応しなかった。
「どう考えても赤字ですよね。私以外誰もいませんし」
当然のことを羅列する。実際スクイは数十日泊まって他の誰かが泊まるどころか入ってきたところすら見かけていない。
大通りから近いため場所はそれほど悪くないはずだが、それでも横道である。宣伝もなく、看板もない状態で、この古い建物にそもそも入ろうと思わないのだろう。
「メイさんも若いのに無駄な仕事させられてますし、お父さんもそんなにやる気があるようには思えませんし、一体なんのための宿なんですか?」
スクイは容赦なく言葉を続けた。しかしそれは道理に叶っている。
そもそも宿を繁盛させる気が感じられないのだ。いくら古くとも立地がよく安ければそれなりに需要は出る。にも関わらず全く人がいないという状況は、逆に珍しいとすら言えた。
「そもそもどうやって暮らしているのかも謎です。お祖父様が始めたとのことですが義理でなんとなく続けてらっしゃるのですか?」
「父は関係がない」
スクイの言葉にメイの父親はピシャリとそう言った。
やっと口を開いた彼にスクイは目を細める。
「では何故?」
スクイの言葉にメイの父親は再び黙る。
スクイも黙って様子を見た。その沈黙が先程までのものとは違うと気づいていたからだ。
「あの子が、この宿を好きだからだ」
そして、俺がこの宿を嫌いだからだと、メイの父親は話した。
「メイの家庭菜園を手伝っているな」
「ええ、立派なものです。あれだけのことを1人の少女にできるのは」
「祖父の話は?」
メイの父親はそう話しながらスクイに向かい合った。何が琴線に触れたのか、スクイは考えながら返答する。
「多少。元々大好きな祖父が始めた宿と農園だとか」
「そうだ。メイはあれに懐いていた」
メイの父親は苦々しげに話す。
メイの祖父はこの宿を作り、もう死んだものとスクイは考えていた。
しかし現実は違うらしい。宿を作り繁盛すると同時に遊びが激しくなり、奥さんにも愛想を尽かされ逃げられた。その憂さを晴らすようにさらに奔放な性格になり、借金を作りやがて自身も逃亡。メイの父親には大きな借金が残っているとのことだ。
「借りた先も厄介でな。ここらのマフィアの話は?」
「ある程度」
ちょっとナンバースリーを拷問の末に死に至らしめたとは言わない。
どうやらメイの父親の借金はそこが買い取っているらしい。
「返すこともできん借金。収益を出すには難しい宿。俺としては早く閉めてしまいたいんだ」
だがメイが気に入っている。それが理由で閉めることもできず、力を入れることもできずいるらしい。
「昼は別の仕事をしているんですね?」
「組織の斡旋で料理屋をやらされてる。借金のカタみたいなもんだ」
そちらがメイの父親の本業ということらしい。組織の口利きの料理屋で仕事をすれば借金の利子を抑えるという話がなされているらしいが、おそらく飼い殺しだろう。
逆に、それだけメイの父親の料理の腕は高いということでもある。スクイはそこに疑問を持たなかった。調理場を見ればむしろあの朝食の出来の方が疑問だったからだ。
本気で作っていないということなのだろう。むしろ悪く作っていてもおかしくはない。そもそも客にもきて欲しくはないのだろう。スクイと顔を合わせたがらなかったのもそこに起因すると考えた。
「だから料理も教えん。どういうつもりか知らんがあまり長居するな。閉めて欲しけりゃなおさらだ」
メイの父親は吐き捨てるように伝える。これで話は終わりとばかりに、のっしりとスクイの横を通り、部屋を出ようとした。
「でも、メイさんは喜びますよ」
メイの父親がスクイの横を通った直後、スクイは口を開く。
「メイさんのために宿を閉じない。だが早く閉めたいから客は入れない。矛盾してますが理解はできます」
そして優先順位があくまでメイさんにあることもわかります。とスクイは言う。
「なら客を入れない程度にメイさんの希望は叶えてあげるのが一番では?」
私はどのみち長居しますよ、とスクイは話した。
「お前は」
メイの父親は、スクイの方を振り返る。スクイはメイの父親を見ていない。ただ壁に寄りかかって立っているだけだ。
「そうしないと俺を殺すんだろうな」
「はい」
メイの父親は極めて簡単に発された肯定の言葉を聞くと、初めて少し笑った。
「脅しならやむを得ん。朝食作るときに同席するのは構わん。あとの時間は割かんぞ」
「ええ。十分です」
スクイはにっこり頷いた。
メイの父親は思う。この男は料理を習いにきたのではない。自分を試しに来たのだと。
自分がロクでもない父親でないかと見に来たのだ。繁盛しない宿をやる気もなく娘を使って続けている。側から見ればまともな親ではあるまい。
その結果誤解はされなかったようだが、どうにもうまいこと転がされた感もあるとメイの父親は思いながら。
それが満更でもないのだった。
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