第二十七話「死様」
神聖魔法。勇者の仲間になる資格を持つ最高ランクの魔法。
魔法には等級がある。最高がSランク、最低でFランクである。これは一概に魔法の種類で決まるわけではない。
火を扱うことで指先に火を灯せるようになったFランクの火魔法も、さらに火を扱うことで大きな炎を出すことが可能になり、ランクもまた上昇する。
しかし一般に魔法のランクとされるのはBランクまでである。実質的な最高ランクとも言えるだろう。
Aランクは魔法の研鑽によって到達できるレベルではないとされる。
神聖魔法とは神託により選ばれた勇者を支える意味があるが、もう1つの呼び名がある。
役職魔法。
それぞれの神聖魔法には役職の名前が冠されている。それは同時に勇者と行動するにあたっての役職、役割を示すものでもあった。
そしてその魔法は基本、その役職の適性が最も高いとされた者に与えられる。
「つまりAランク魔法は使わないということですか?」
高ランク魔法を使わない。そう宣言する死神に対し、スクイは聞く。
死神は少し驚いた顔をしたが、カーマが話したことに気づき舌打ちをした。
「そうだ。あんな魔法を使えばお前どころかこの土地ごとなかったことにしかねん」
だが手抜きと思う必要はないと死神は断言する。
「私の神聖魔法に冠された役職は戦士。取得条件はこの世界で最も戦闘能力の高い者」
つまり、神聖魔法抜きで世界最強。
それが死神の大前提。
そしてスクイはその条件に納得した。おそらく死神は普段からも神聖魔法を使っていない。使えば身元を隠すという死神の意図から外れるからだ。
もっとも、死神がスクイを蹴り飛ばしたのは神聖魔法込みの攻撃である。しかし、それもあくまで戦士という魔法の一端にすぎない。
死神は、神聖魔法抜きにスクイのナイフと同様不可視の攻撃を納刀した太刀で行え、紐によるナイフの遠隔攻撃を剣で捌ける。
世界最強を冠するにふさわしい戦闘能力であった。
しかし、強いということは狂人に通用しない。
スクイは引かなかった。スクイに現状アドバンテージがあるとすればそれは攻撃範囲である。
常軌を逸したスピードを持つ2人であったが、攻撃範囲は現状常識の範疇である。そんな中ナイフを中距離で操れるスクイは一方的な攻撃が可能だった。
即座に攻撃を繰り返す。中距離の紐によるナイフの振り回しは、徐々に音を失わせる。
絶対切断のナイフによる振り回しは空気をも切り裂く。完璧な角度による切りつけは空気抵抗による音すらも発生しない。
しかし死神はその攻撃すらも柄だけとなった太刀で弾く。
絶対切断のナイフの柄のみを弾いているのだ。そしてあろうことかそのままスクイの方向に歩を進めた。
「なんだこれしかないのか?私に喧嘩を売るにはスキルが足りんな」
スキルが足りない。前の世界でもまさか一度も言われたことのない言葉にスクイはただにこやかに微笑む。
そしてスクイの左腕が消えた。
投げナイフである。スクイの投げナイフは見えず、音もしないナイフと同時に無音で飛来する投げナイフ。これには死神も対応し切れまい。
スクイはそう考えた。だが死神はふん、と鼻を鳴らす。
「拍子抜けだな」
そう呟くと、死神は太刀を鞘にしまう。
そしてスクイのナイフが飛び交う中を徒歩で歩いてきた。
驚愕、それはスクイがこの世界で初めてするものだったかもしれない。
もちろん死神はただ歩いているようで来るナイフを避けるために身を反らしたりしているのだが、傍目には残像のように時折消えながら歩くようにしか見えない。
投げナイフを含めても、死神はまるで対応する必要もないようだった。
そしてスクイの近くまで寄ると、すっとナイフの攻撃が止んだ。
スクイが攻撃をやめた、のではない。
死神はスクイのナイフの柄を素手で掴んでいた。
「ほら、どうした」
返すぞ。そういうと同時に、死神の手からナイフが消え、スクイの右目に出現した。
それと同時に死神はスクイの眼前に一瞬で飛び込み、両手をスクイの腹に当てた。
爆散、そう呼ぶにふさわしい一撃。スクイの腹には大きな穴が空き、その中身はどことも言えぬほど広範囲に飛び散った。街の外の平原をスクイの血が浸す。
しかし、死神は苦い顔をした。それと同時に背筋に寒気がする。
死神は直後、先程対峙したあたりと同じところまで吹き飛ばされた。
理解できない。たとえ巨岩が落下と同等の速度で迫っても一歩退かせることすら不可能な死神の体幹と捌きは、戦闘に出てからよろめかされる、まして吹き飛ばされると言った経験は一度もなかった。
同時に、スクイが同じく死神の目前に詰め寄った。死神は嘲笑を抑える。接近で敵うわけがないという理屈は、果たして正しいのか。
死神は初めて、目に見える形でスクイからガードの体勢を取った。
「通し」
聞き取れないほどの小さなスクイの呟きを、死神は確かに耳にした。
直後死神は目を見開く。それは驚き故ではない。
それはダメージ故。死神はガードの状態でゆっくりと当てられたスクイの掌底で、さらに先程の倍吹き飛んだ。
死神は知らなかった。スクイは痛みに興奮し、そのパフォーマンスを上げる。
さらにそれが致死に達すると目に見えて戦闘能力は上がっていた。
トリップ。かつて戦場の兵士が何より恐れ、その一個人が作戦の障害として認知されるほどになった戦場の英雄の真の姿。
死神が苦い顔をしたのはスクイが死神の攻撃を逸らしたからである。本来死神の一撃は腹部を貫通するにとどまらなかったはずだった。
評価を改める。死神はスクイの1番の武器はナイフだと考えていた。不可視のナイフ、そしてそのリーチを補う紐。
しかしそれだけではない。スクイは戦闘の天才なのだ。
体捌き、逸らし、歩法。どれをとっても一級。
スクイはさらに距離を詰める。今度は吹き飛ばした死神の体が地面に着くより早く、横蹴りを入れる。
死神はガードを取ったが、まるでダメージに変化を及ぼさない。スクイの攻撃は腕を抜けるように胴体を飛ばし、さらに内臓を直接蹴ったようにダメージを与える。
体勢を立て直さなければまずい。死神が思うと同時に、死神は気づく。
自分の体は切り刻まれている。
激痛。いや、そんなはずはない。死神にはスクイのナイフが見える。どころかそれを超える紐による振り回しも見えるのだ。
しかし今の戦闘でスクイはナイフを取り出してなどいない。そのはずである。
とはいえ死神は認めずにはいられなかった。今の攻防の最中、スクイは死神の見えぬ速度でナイフを出し、切りつけていた。
思えば酒場で死神がスクイを切りつけた時、死神の太刀は切られていた。そしてそのことに死神は気づいていなかった。
「お前、遠心力をかけた振り回しより、素手でナイフを操る方が速いのか」
死神は気づく。そしてこの体術。
隠していたのだ。その実力を。
死に様で発揮する本当の戦闘技術を。
「初めてです。本気で技量を振るうのは」
魔法、道具、そういった小手先を度外視したスクイの本気の戦闘。
戦士とはその戦闘能力に授けられる。しかし死神は疑問にすら思う。
なぜこの男にその魔法が与えられなかったのか。
死神は地面に着地し、スクイの顔面に掌底を叩き込む。
スクイはそれを、顔を捻る形で受け流した。
そして体勢を崩させた死神の腹に蹴りを入れる。
「通し」
その言葉と同時に入った蹴りは、死神の体を飛ばしはしない。ただ内臓という内臓が体内で叩きつけられ、死神は血を吐いた。
「外し」
次にスクイがそっと死神の体に手を当てると、死神の足はがくっと床に落ちる。
肩に触れたのに足首の関節を外されている。そして次は膝、徐々に全身の関節が外されようとしていた。
「させるかよ」
死神は折れず、手をスクイに突き出した。
「射出」
そう言い放つと、スクイの右顔面が吹き飛ぶ。外したが、太刀を高速でスクイに投げつけていた。
衝撃波のみでスクイの顔は半分消える。
だがスクイの動きは止まらない。死神は立つこともできない状況であった。
「まさか」
いるとは思わなかった。死神は思う。
世界最高の技術を持つと言われる武闘家に孤児として拾われ、若くして親を越えるまでになり戦士の役職すら手に入れた。
その魔法抜きで意図せずに冒険者最強にまで上り詰めた。
戦闘で自分を超えるものは存在しない。そういった自負、それがもしかしたら彼女に魔法を使わせなかったのかもしれない。
スクイの攻撃を見たときに、自分に匹敵しうると感じた。スクイのナイフの速さは元から死神の太刀より速く、振る舞いから死神以上の死線をくぐり抜けてきたことも理解できた。
それでも戦えば勝てないとは思わなかった。しかしどうか、腹に穴を開け、顔の半分をなくそうが、彼はまるで怯んだ様子もなく死神を追い詰めた。
認める必要がある。死神は戦闘技術でスクイに劣ったということを。
「認めよう」
死神はそう呟くと、立ち上がった。
既に全身の関節を外される寸前であったはず。にも関わらず死神は何事もなかったかのように立ち上がると。
片手を軽く振った。
刹那、スクイの首から下が消え失せた。否、それだけではない。スクイの首から下、その向こうにあった平原、それすらもなくなったという表現がふさわしいほど、死神から見える範囲全てが大きなクレーターと化していた。
黒く色を染められた平原はもとからこうだったかのように音もなく姿を変えた。
「お前は私より強い。死神という名前はここで取り消し、私はギルドを去ろう」
見れば死神の傷は全てなくなっていた。首を落としたスクイに振り向かずに話す。
「力を隠し生きてきたが、負けてみればそれでいいとは思えんものだ。私は力を付ける」
そう言って振り向きざまにスクイの目を見た。
「次会う時は本気で行くぞ」
「ええ、次はしっかりと謝罪させます」
スクイの変わらなさに、死神はどこか喜ぶような、複雑な笑みを浮かべると、その場から消えた。
一瞬遅れて死神のいた場所に穴が開く。跳躍したのだろう。
「まさか神聖魔法がこれほど別格だとは」
スクイは思い返す。生身での一騎打ちであれば互角以上だった。しかし圧倒してはいない。終盤は向こうの油断もありうまくいったが、体の使い方は向こうのほうが上だったと感じていた。攻撃の技量と武器の使いで上回ったが、死神の太刀が折れていなければ、勝敗は神聖魔法抜きでもわからなかったろう。
まして神聖魔法。手を軽く振るだけで平原を黒く染める破壊力。あれを太刀で振るえばどうなるのか、想像できる以上であることは明白だった。
勇者に渡したがらないのも当然と言えるだろう。
「さてそれはそれとして」
この状態から、身体はいつ治るのだろうか、とスクイは気長に考えた
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