第二十五話「依頼終了」

 ヒュンッという極めて小さな風切り音が森にこだまする。

 空を飛び回ったヒュゼーグルは1匹残らず、一体何が起こったのかも理解できないまま地に落ちた。


「ホロさん、出番は終わりです。防御の姿勢をとって休んでいてください」


「はい、ご主人様」


 スクイの言葉にホロは自身を囲む岩の質量を上げた。そして見守る。

 ホロも今回のスクイの新技を聞いてはいなかった。しかし発生と同時に周りのモンスターを全滅させられるというのは並大抵ではない。

 ヒュゼーグルは速いだけでなくそれなりに硬いのだ。スクイの投げナイフが止めになっていなかったことからもそれはわかる。


 ヒュゼーグルの全滅を察知し、カーマはサンサーペントから距離を取り、スクイの前に戻る。


「スクイなんだその技」


 カーマは呆れていた。スクイのこの技は初めから出しておけば即座にヒュゼーグルを全滅させられるものに見えたからだ。そうしなかったのは無論上空を飛び回る対象物に対するホロの攻撃練習のためである。

 Bランクという高難度依頼に来てまでやることかとカーマは驚きの混ざったため息をこぼす。


 実際3人、実質2人でのBランク依頼の達成はかなり難易度が高い。Cランクを2人でクリアしたスクイが賞賛されるほどなのだ。

 カーマは余裕と言わんばかりであったが、本来Bランクの依頼はAランク冒険者同士でももう少し人数が必要である。


 つまりカーマは自分とスクイの力に楽観的だったのだ。


「単純な技ですよ」


 スクイはそういうと右手に忍ばせたナイフを見せる。いつもスクイがつかっている絶対両断持ちのナイフであったが、その柄には紐がくくりつけられていた。


「紐を伸ばして先端のナイフを振り回すことでナイフのリーチを広げています。練習途中なのでまだ音がしてしまいますが、視認は不可能でしょう」


 紐付きのナイフ。言うは易いが当然簡単な技術ではない。闇雲に振り回して紐が何かにあたれば動きは止まるし、地面に当たっても動きは止まる。超速ゆえに狙いはそう簡単に定まらず、何より味方に当たれば間違いなく殺してしまう。確実にナイフの刃の部分だけを標的に当てなければならないのだ。


 そして用意も簡単なものでなかった。この技術に必要なのは紐の長さを即座に調整することである。相手の位置に合わせてシビアな調整が必要とされる中、紐を伸ばすのは簡単だが、リーチを短くするのには一度動きを止め紐を引っ張る必要がある。


 そこでこの装備には魔道具を使用してあった。魔力を込めると風魔法により周りのものを吸い込む魔道具を利用し、魔力の調整で自在に紐の長さを操作できた。


 また紐もただの紐ではない。何せスクイの相棒であるナイフを手放すのだ。安い紐では安心できなかった。

 そしてあろうことかスクイは金龍の髭という高級素材を使った。ゴールドドラゴンとも呼ばれる金龍は、ドラゴンの中でも長寿なものがなるとされる。その髭は自身の業火にも耐え、この世でもっとも破損しない素材の1つとも言われていた。


「中距離まで攻撃できます。私のナイフは破損しないのでこれで攻撃を繰り返す方向でいきましょう。カーマさんはその間動きを止めてください」


「いやスクイ」


 逆で行こう。そう言うが速いか、カーマはサンサーペント目掛けて勢いよく走り出した。

 スクイは即座にその意味を理解し、同じく走る。なるほど、確かにそのほうが早そうであった。


 スクイはすぐにカーマを抜き去ると、サンサーペントの前まで接近する。

 突然の猛攻にも動じないサンサーペントは即座に隠し持っていた技を放つ。それは体内の酸を口から広範囲に吐き出す攻撃。一定距離まで近づけば避けられない範囲攻撃。


 しかしスクイはそれを浴びながらサンサーペントの上空へ跳ぶ。不死の能力により死に繋がらないものの、一般人が受ければ重症と思われる攻撃を受け、なおスクイの動きは一切揺るがない。


 そしてその直後、カーマもまたサンサーペントの前に迫り寄った。また酸を吐く準備をするサンサーペント。


 だがその動きは激痛により止まった。


 サンサーペントの体は上からXの字に切り込みを入れられていた。単なる切れ込みではない。大剣で根元からざっくり斬ったような深い、致命傷とも言える傷。


「空中で50往復といったところですかね」


 その傷はスクイがナイフでつけたものであった。サンサーペントの上空を通り過ぎる瞬間、スクイは紐を伸ばし交差するように全く同じ部分に攻撃することで限りなく深い傷をつけていたのだ。


 酸により目も見えず、感覚も怪しい中で不慣れな武器をここまで操る。その精度に驚くカーマであったが、むしろこれくらいでなければ困るとも思った。


 そして動きの止まったサンサーペントに出す技は決まっている。


「あばよ」


 カーマはそう呟くと、大剣を振りかぶる。

 初めてスクイに出会ったときそうしたように、その剣先に魔法を乗せると、サンサーペントの首にそれを落とした。


 雷の落ちるような轟音。途中で威力を止めなければこれほど効果を発揮するのかと目の回復したスクイは感心した。その一撃はサンサーペントの顔を真っ正面から2つに裂き、留まるどころか地面に大きなクレーターを作る。


「気合入って本気で打ち込んじまった。あーもう動けねえ」


 カーマはそういうと、その場にどさっと倒れ込んだ。


「お疲れ様です」


 スクイは徐々に回復しながらカーマに歩み寄る。


「まあ、お前の方が割りを食ってそうだけどな」


 そう言いながらスクイの身体を見る。もう半分ほど治っていたが、全身が焼け爛れていた。その痛々しさと、それ以上にそれを治すほどの魔法に目がいく。


「しかし咄嗟にしちゃあ良い連携だったんじゃねえか?想像以上に攻撃してくれたし、おかげで余裕持って技を打てたぜ」


 カーマは寝そべりながらそう話す。

 スクイもそう感じると同時に、想像以上のカーマの能力を称賛した。


 カーマの戦闘スタイルは言わばタンクである。近接にて付かず離れずしながら、余裕があれば攻撃も挟む。この依頼のボスであるサンサーペントと無傷で対峙し続けられるのはそうそういないだろう。

 ヒュゼーグルの相手はスクイ達に任せていたが、もし1人でも、サンサーペントを相手にしながら攻撃するヒュゼーグルを撃ち落とすこともできるとスクイは考えていた。


 極めて視野が広い。粗暴に見える言動と裏腹に敵味方含め周りをよく見ていることがわかる。周りに人が多いのも頷ける。それが戦闘にも役立つと思うと、一見人数の多さが仇となりかねないほどの人数での依頼ですら彼はしっかり采配し、管理するだろう。


 そして最後の攻撃。カーマのもう一つの武器はこの破壊力にある。つまり一対一でも付かず離れず動き。隙を見せれば一撃必殺の攻撃を叩き込む。多人数で囲めば今回のスクイのようにサポートが隙を作り、攻撃させることもできた。


 スクイとは違った形であったが、攻防の手段をそれぞれ兼ね備えている。大剣という小回りの利かない武器故に人間の相手は弱い部分もあるが、自分より大きい魔物に対しては脅威である。


「スクイは協力して戦闘するのは苦手かと思っていたが、存外そんなこともねえな」


「まあ戦場では手を組まざるを得ないことも往々にしてありますからね」


 スクイは思い返しながら答える。カーマはスクイの過去に少し考えるところがあったが、詮索はしなかった。


「ご主人様!」


 戦いが終わったのを見てホロが駆け寄った。


「すごいですね!そのナイフですか?攻撃範囲が格段に上がってます!」


「まだ試作もいいところですよ。ホロの投石も随分上手くなりましたね。威力も申し分ありません」


 スクイは謙遜しながらホロを褒めた。

 ホロの岩魔法の成長は目覚ましかった。今回のように自身に岩を纏わせ遠方から岩を生成し射出するだけでもいて損のない存在になる。

 カーマも正直舐めていたと感じていた。スクイと彼女の関係はよくわからないが、思想が同じだという。それが理由で連れ回していると思いきや、ホロの戦闘能力はカーマの周りの冒険者にも負けてはいない。


 教育のレベルの高さに舌を巻く。下手すればこのまま成長すると自分もスクイも抜かれかねないと思うほどである。


 しかし、と同時にカーマはホロの目を見る。

 小柄だが14歳くらいというホロはスクイにいつもべったりである。スクイはホロを可愛らしい親戚の女の子くらいに扱っているが、ホロのスクイを見る目には自分でも気づいていない程度に色が混じっていた。


 恋する乙女の成長速度におじさんは敵わんとカーマは笑った。


「しかしスクイ。そのナイフもそうだが、お前の魔法は本当にとんでもないな」


 既に傷の完治したスクイを見て、カーマは高揚したように話しかける。


「恐らくAランクか、本当に不死なら噂に聞くSランクでもおかしくはねえ」


 カーマの剣の加速や威力増加はCランク魔法の掛け合わせである。魔法のランクは同じ魔法でも成長により変わる。つまりカーマは魔法の数こそあれ、その精度はあまり高くなかった。

 改めて見る明らかに高位の、それも希少な魔法にカーマは戦闘後ということもあり少しテンションが上がっていた。


「そういえば先日も聞きましたね。Aランク魔法というのはやはり珍しいんですか?」


 スクイはサルバとの会話を思い出す。Aランク魔法はほとんどが勇者に同行する権利を持つ強大な魔法である。強すぎて勇者の仲間になってくれないという本末転倒が起こっているほどの魔法らしい。


「そりゃあ世界に10人いるかどうかってやつだぞ。Sランクに至っては5つしかない上に勇者とその聖剣しか知られてないくらいだ」


 Aランク魔法。使えば地形が変わるほどという魔法に比べればスクイの不死は地味にも見えるが、しかしどちらが欲しいと問われれば多くの人間が不死を挙げるだろう。


「俺もAランクなんてのはほとんど見たことがねえが、もうああいった人間の戦いは同じ土俵じゃねえ。それに匹敵しかけるってんだからとんでもない話だぜ」


「そういわれると複雑ですが」


 スクイは不死の魔法をよくは思っていない。死は彼にとっての救済なのだ。それを妨げる魔法を良しとはしなかった。


「というか、Aランク魔法を見たことがある口ぶりですね。どこで見たんです?」


 Aランク魔法の使い手はほとんどが国家や権力者に握られているとスクイは考えていた。そういった存在の魔法が軽々しく人目に出るとは思えない。何せその権力者にとって秘蔵の戦力なのだ。


 スクイの言葉に何も考えずに会話をしていたカーマは顔を青くする。


 まだ全然誤魔化せる。そういった思いを目の前の男の目は軽く粉砕した。無理だ。こいつに嘘を吐くくらいなら今からもう一度この依頼を1人でこなす方が容易い。

 そしてゆっくりとスクイの方を見るとしばし考えるような顔をしたが、観念したように口を開いた。


「その、なんていうか絶対に言うなよ?というのも」


 死神さんはAランク魔法使いだと、カーマはこっそり囁いた。

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