第二十四話「依頼開始」
「おいスクイ!サポート頼む!」
森の中、大男の声が響き渡る。
男は目の前にいる大蛇の全身をしならせるような攻撃をなんとか大剣でガードした。サンサーペントと呼ばれる赤色の大蛇は、全長優に10mを超えており、対峙する2m越えの大男が小さく見えるほどであった。
「それはもう終えました」
その蛇から少し離れたところにいたひょろっとした優男は、投げ終わったナイフの位置を確認する。2本は周りを囲む大勢の鳥類の目を的確についており、もう2本は大蛇に突き刺さっていた。
攻撃の瞬間ひるむように計算された投擲がなければ、サンサーペントは大男を跳ね飛ばしていたかもしれない。
「しかし、それなりに厳しい戦いになりそうですね」
優男、スクイは嘆息した。
こうなった切っ掛けはしばらく前に遡る。
冒険者ギルド、その1階となる飲み屋で、スクイは珍しく酒を飲んでいた。飲み屋と言われてはいるが、昼も夜もここには関係ない。メニューは変わらないし、どちらでも酒を飲む者はいる。
今は食べていないものの、スクイはたまにここを食事処に使っていた。特段メニューが気に入っていたわけではなかったが、ここはこの辺りで最も喧騒の絶えない場所である。つまり情報のサイクルがいい。
スクイは顔が知れているため気になる話には入っていけたし、そうしなくてもいるだけで多くの話が聞こえてくる。
ニュースをラジオで聞く感覚で、スクイは周りの話を聞いていた。
「おう!スクイか、クエスト前か?」
1人酒を傾けていると、スクイに話しかける影があった。
「今日は飲みだけですよカーマ」
スクイは振り返りもせずそう答える。何もスクイはカーマを軽視しているわけではなかったが、少し予感めいたものを既に感じ取っていた。
「なんだお前、アロンダ狼討伐から何も依頼受けてないんじゃないか?次はBランク受けてCランク昇格って大言壮語してたじゃねえか」
「全く受けていないこともないんですけどね」
スクイはそう言いながらもカーマの言葉を肯定する。
先日アロンダ狼の討伐依頼を受けてからしばらくが経過していた。その間スクイは何もしていなかったわけではない。だが、前回の依頼でスクイは自分に今必要なのは実戦経験より魔法の強化や情報収集といった準備だと考えていた。
Bランクの依頼をクリアしてCランクに上がるのはもう少し先でもいい。実際前回はCランクの依頼をギリギリでクリアしていた。あとから聞くとその依頼はCランク相当であるか疑わしいものであったが、どちらにせよ、すぐにBランクを受ける気はなかった。
ちなみにホロは今依頼の真っ只中である。スクイとは逆に彼女には経験が足りない。ついていくこともあったが、今日は比較的簡単な依頼ということで彼女から任せてほしいと言われていた。
つまりスクイがここにいるのはホロの帰りを待つためである。スクイも別で行動していたが先に用事を済ませていたし、何よりホロが1人で依頼を終えて、スクイがそれを迎えないということはなかった。
「もう少し準備も必要かと思いまして」
「おいおい思ったより弱気なこと言ってんじゃねえか」
そういうカーマはAランク冒険者である。この冒険者ギルドという場所ではランクを上げるためには自分のランクの一つ上の依頼を何度かこなす必要があった。つまりカーマはAランクの依頼を達成する能力があるということになる。
もちろんそれは多数の仲間あってのことで、カーマでもスクイの受けたCランクの依頼をホロと2人でクリアできるかは怪しい。まして準備期間の大部分をホロの教育に当てていれば不可能だったろう。
それを加味しているからこそカーマはスクイを格下だとは思っていなかった。立ち合いの経験ももちろん、Cランクとはいえ子供を教育しながら達成する手際は、一応大人数の冒険者を束ねるだけあって一目置いていたのだ。
だからカーマはスクイの次の依頼をどこか楽しみにしていた。しかし受けないとなると、スクイは自分の意見を曲げはしないだろう。しばらくは準備と言いながら気楽に過ごしているに決まっている。
そこまで考えて、カーマはいいことを思いついた。
「なあスクイ、そういやお前俺と依頼に行ってなかったよな?」
「そうですね」
スクイはカーマに気に入られている。それもあってスクイはカーマに何度か依頼の動向を誘われていたが、スクイは断っていた。理由はいくつかあったが、総じていえばそこまで参考にならないという理由であった。
「せっかくだ!こんなとこで1人で酒を飲むより俺と依頼に行ったほうが何倍もタメになるだろ!おし!お前がビビってるBランククエストなんざ大したことねえって教えてやるよ!」
「いや、ビビってるとかではないんですけどね」
スクイは一応訂正したが、カーマは聞いた様子もなかった。
「第一、カーマさんと行ってもランク上がらないじゃないですか」
ランクは上のものを受ければ上がるが、もちろんというべきか自分より上のランクの人間と受けてもランクは上がらない。DランクのスクイがAランクのカーマと依頼を受けてもランクは上がらないのだ。
ちなみにホロはDランクである。アロンダ狼討伐の時点でホロは冒険者ギルドに登録していなかったが、今回限りということで事後登録での昇格が許されていた。
「上がるかじゃねえよ。Bランクを受けてみるっていう経験が大事なんだろ?」
カーマはもっともなことを言った。
分が悪い。そうスクイが思っていると、ギルドの扉が開いた。
赤い長髪に同じく赤い目、不健康だった見た目は完全に改善され、健康的な顔つきとなった少女が、しかしその顔つきをフードで隠すように立っていた。
「ここですよ」
入り口で探すように周りを見るホロを見てスクイは声を張りながら迎えにいく。ホロは不安げに周りを見渡していたが、スクイを見つけるなり笑顔になり、走り寄った。
「ご主人様!依頼無事クリアしてきました!」
ホロはフードを外し、スクイに抱きつく。スクイはその頭を撫でながら称賛する。
「今日の依頼はFランクの中ではそれなりに難易度が高いものでしたが、大丈夫でしたか?」
「はい!時間はかかりましたけど遠距離からの投石でなんとかなりました!」
そう嬉しそうに報告するホロ。見たところ大きな傷もなさそうである。ホロの成長にスクイは満足げであった。
「よおホロちゃん」
そんなやりとりを遠目で一通り見終わると、カーマはホロに声をかけた。
「お久しぶりですカーマさん」
ホロは元気よく挨拶したが、発言とは裏腹にスクイの後ろからそっと覗くように話した。
まだスクイ以外の人間とのコミュニケーションはうまくいかない部分もある。とはいえスクイ越しにでも強面のカーマにしっかり挨拶できるのは進歩と言えた。
「ではカーマさん。依頼終わりのホロさんもいるので、私はこれで」
そそくさと立ち去ろうとするスクイ、そしてホロの態度に気を悪くした様子もなく、カーマは言葉を続ける。
「ホロちゃん。今カーマと一緒にBランクの依頼を受けに行こうって言ってんだけど、どう思う?」
「Bランク!」
ホロは驚いたように、しかし嬉しげに声をあげる。
「カーマさん。ホロさんは依頼終わりで疲れていて」
「全然大丈夫ですご主人様!」
ホロはキラキラした目でスクイを見た。憧れの目である。ホロの目には、スクイはこのギルド1の実力者カーマですら一目置くかっこいいスクイが映っていた。そしてその2人がBランクという高難度依頼に赴く。大イベントであるとホロは胸を高鳴らせていた。
「なあスクイ、ホロちゃんもそういうことだしよ」
そう詰め寄るカーマ。実際カーマもホロに無理をさせるつもりはない。彼もプロである。ホロがそこまで疲弊していないことを察していたし、第一先陣を切らせるつもりもない。後方での支援、というより観察しての勉強につれていくつもりだった。
スクイは少し考えたが、ホロが乗り気となれば断る必要もないだろう。実際スクイにとってそうでないだけでBランクの依頼にホロを連れていくのはそれなりにタメになるとも考え始めていた。つまりスクイはカーマに少し説得されつつあった。スクイという人間を考えれば非常に珍しい状況であるといえよう。
「まあ、危険度の低いものですよ」
そうスクイは折れた。
そしてホロの任務報告や食事を終えて、来たのがこの依頼である。
Bランク:フュゼーグルの群れとサンサーペントの討伐。
ヒュゼーグルは大型の鳥型のモンスターである。鋭い嘴や鉤爪はもちろん、このモンスターの特徴は高速での突進にあった。上空を駆け巡り死角から高速で突進する攻撃方法は、一度気を抜くだけで死に繋がりかねない。
しかも現状そのヒュゼーグルが空を何羽も飛び回っていた。その1羽でも意識から外すと、ヒュゼーグルは即座に攻撃に転ずる。
そしてサンサーペント。赤色の大蛇は大きさを感じさせない反応速度を見せる。その動きの速さはただ動くだけで近くのものを薙ぎ払うほどであった。
しかも鱗は頑丈であり、スクイの投げナイフも僅かに引っ掻き傷をつけるばかりである。カーマの攻撃ならダメージが入るはずだが、カーマのスピードのない攻撃を受けるほどサンサーペントは追い詰められていなかった。
そしてこの蛇の恐ろしいところはその鱗の間から強酸を出すところにあった。近距離殺し。実際カーマは近くでサンサーペントに傷一つつけられていなかったが、逆にカーマもほとんど傷はない。この拮抗状態を作り出せるだけでカーマは優秀以上といえた。
しかしまるで決定打がない。スクイは思案する。スクイは現状ヒュゼーグルの数を減らすことに集中していた。ホロも大事をとって岩に閉じこもりながらであるが援護する。この作業が終わり次第サンサーペントを3人で叩くというものだったが、スクイの投げナイフはあまりヒュゼーグルに効果がなく、刺して落としたところを仕留めるというものになっていた。
ホロの投石は当たればヒュゼーグルに致命的なダメージを与えていたが、それだけの質量であれば当てるのは難しい。
果たしてどう倒すのが一番か。
そう考えると同時に、ホロが上空を飛び回るヒュゼーグルに岩を当てることに成功する。随分精度も上がっている。上空を動く的に対して一発当てるのも難しいところを、今回で三発目の成功であった。
しかし魔力切れが近いのだろう。当たった岩のダメージではヒュゼーグルは倒しきれず、スクイのもとに落ちてくることもなくまた上空に舞い戻った。
潮時か、そう思いスクイは目を閉じる。
一瞬が過ぎ、そしてさらにもう一瞬、ヒュゼーグルは目を閉じたスクイに違和感を覚える。だが同時に本能で感じ取った。これは機会だ。同時に襲い掛かれば目を開けても確実に止めを刺せる。
そう感じ、残り十数羽となったヒュゼーグルの群れの半分が、同時にスクイを襲った。
「さて」
その全てが、スクイに辿り着く直前で首を切られる。
スクイは目を瞑った状態でナイフ圏内の敵を完全に感知できた。
エサに誘き寄せられたヒュゼーグルは軒並み全く同じ線で、その首を切り落とされた。
そして、違和感に備えた残りのヒュゼーグルが策を練ろうとする中、1匹にスクイの投げナイフが刺さる。
と、同時に、そのナイフが消える。すると一羽、また一羽と空を飛ぶヒュゼーグルの群れは首を両断され、地面に落ちた。
「それでは新技お披露目といたしましょう」
そういうとスクイは残るサンサーペントに目を向けた。
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