第二十三話「離別」
「あ、ありましたよ!マロ、マロフィ草です!すごい!こんなところで本当に見つけられるなんて!」
驚きと感動で呂律が回らないサルバにスクイは微笑みかけた。
「いやあ私も流石に厳しいと思っていましたが、必死に探せばあるものですね」
「はい!これもスクイさんのおかげです」
サルバは大声でスクイに感謝を述べる。スクイは何もしていないと言うように手を振ったが、それを遮るように頭を下げた。
「だってこの1週間影も形もなかったのに!きっとスクイさんの助けがあったからですよ!僕1人じゃ絶対見つけられませんでした!」
そうマロフィ草を抱えて話す。まるでスクイがマロフィ草を見つけたような反応である。実際スクイが手伝ったのは今日だけで、1週間サルバは1人で探していたはずだが、そんな努力は勘案していないようだった。
「とんでもないですよ!はやく村の人に渡してあげないと!さ、スクイさん立って!」
そう言うと、サルバはスクイを引っ張る。
「いや、私はいいですよ。ここで待ってるんで終わったら」
「何言ってるんですか!今回の功労者なんですから!」
サルバはスクイの話を聞かず、村へと走った。
優しげで案外話を聞かないなとスクイは思いながら、手を引かれるままに村へと向かった。
村は案外遠く、田園を抜けてまた少し離れたところだった。サルバは先ほどまでの疲れが嘘かのように笑顔で走り切ると、村の前で大声で人々を呼んだ。
「みなさん!田んぼに生えた赤いマロフィ草です!これで安心ですよ!」
そう言いながら駆け巡ると、村の人間がぞろぞろと家から出てくる。
歳をとったものが多い。若者は少なく、全体的に覇気が感じられなかった。
その中でも特に歳をとった老人が歩いてくる。村長だろうか、村の人間と同じく、勇者の喜びに反対するようにどんよりとした空気を纏っていた。
「見てください村長!マロフィ草です!この人と一緒に見つけたんです!」
そう報告するサルバに、村長は少し目をやると。
「はあ」
そう言って草を受け取って、いらないもののように片手に持つと、家の方を振り返った。
「また何かあったら言ってくださいね!」
その村長の態度にも気にした様子なく、サルバは声をかける。そして村人にも手を振ったが、誰も振り返すものはいない。
スクイが状況を整理していると、途端に大きめの石が飛んできて、サルバの頭に当たった。
「お前のせいだ!」
スクイは自分が見逃したことに驚きそちらを見る。そこには小さな男の子が憎しみを剥き出すようにたっていた。
「お前の援助のせいでみんな苦しんでるんだ!ふざけやがって何が勇者だよ!」
そう怒鳴る。どうやら勇者の援助という名目で集められている金は他国からの補助金だけではないらしい。このような村の税金まで、否あらゆる税金の言い訳に、勇者の名前が使われているのだろう。
「どうせその花だって買ってきたものなんだ!だって」
男の子はやっと動き出した親に止められ、家の中に押し込められながら最後の言葉を吐いた。
「そんな花、あるはずないんだからな!」
スクイは村人を見て、確信する。この魔除けの迷信は、嘘だ。
内容は真っ当だった。マロフィ草が魔除けに使われるのも納得がいったし、限定された見つかりにくいものだからこそ効果があるという考え方も迷信にはつきものである。
しかしこの反応、勇者を見る目、勇者への対応。明らかにこれは嫌がらせだ。ないはずのものを取ってくるように言い、困らせる。それが目的であると、誰でもわかるだろう。
スクイは一歩踏み出す。どちらへでもない。周りを囲む村人に近づくように一歩踏み出した。
死を与えよう。スクイはそう決意した。別にこの村の人間が悪人だとは思わない。彼らにも彼らの在り方がある。
しかしこのやり口。善意に対して大して考えもせず、悪を決めつけ悪意で返す。貧相で活力もなく、そのストレスを返せるものに返そうとする。
生きてて惨めだろう。今すぐ救ってやらねばならない。
その1歩である。村中に悪寒が走った。
スクイは笑顔を崩してはいない。ただそのままで腰に忍ばせたナイフに手をやった。
1人の女性と目があった。女性は発信源のわからない悪寒と恐怖に体を震わす中、スクイの端正な顔立ちに一瞬落ち着きを取り戻そうとして、その目の奥を見て即座に倒れ込み、嘔吐した。
村人は自分の体が震えていることに気づく。そして自分が怯えていることに気づいた。何故か、理由はさっぱりわからない。目の前にいる2人が理由にしても、内容がわからない。
ただ本能的な恐怖、村人は知らなかった。人間の本能的な、絶望的恐怖。それはつまり死への恐怖であり。
それが人の形をかろうじて保った男が目の前にいることを。
「うっ……」
途端にばたりと人が倒れる。いくらスクイでも、ここまで何もせずに人に影響を及ぼすのは珍しい。
それは極端に村人の体調、精神が不安定であったことと、もう1つ。
「スクイさん」
スクイがナイフに手伸ばした手を、サルバはぐっと掴んだ。
スクイがナイフを出そうと気づいたわけではない。スクイがナイフを隠し持てばは誰もわからないのだ。
「行きましょう」
サルバはただそう告げる。
スクイはサルバの方を振り返った。途端、村長は気づいた。自分の手に持っていたマロフィの花が、腐り落ちている。否、正確にはこの村の近くの草の大部分が、腐り始めていた。
スクイは何も言わなかった。目の前に救うべき人間たちがいるのだ。引き下がるわけにはいかない。
しかし。
「そうですね」
死は教えた。その意味を理解すれば、死を信奉することもまたあり得るだろう。その時死の素晴らしさに自ら気づき、求め、また布教する村人もまた素敵だと感じた。
そう考えるとスクイは引き下がった。見た目に何ら変化はないが、村人の何人かはまるで空気をなくしていたように、やっとの思い出大きく呼吸をした。
それを見ると、スクイはサルバに続いて村を出た。
「申し訳ありません」
サルバは村を離れるとすぐにスクイに謝った。
「いやな思いをさせてしまいました」
サルバによるとこういうことはよくあるらしい。勇者という存在に対する嫌悪感。もちろん同様に持ち上げられ、拝まれることもあるというが、このように嘘を吐かれたり、助けても感謝されないことは珍しくないという。
「せっかくスクイさんに手伝ってもらったのに」
そういうサルバは、自分が言われたことなど気に留めていないようだった。ただスクイにも同じ扱いを受けさせてしまったということが悲しかったらしい。
「これ、少しですが今日のお礼です」
懐からサルバが出したのはいくらかの金銭だった。ヴァン国とは通貨が違うが、少ないことはわかる。そしてそれがサルバの全財産であることもまた明白であった。
「僕、この1週間結構大変だったんです」
意外そうにするスクイに、サルバは元気にいった。
「暑い中だし、田んぼは歩きにくいし、花はあるかわからない。でもそんなことは気になりませんでした。ただ」
1人なのが寂しかった。
「だからスクイさんが手を差し伸べてくれて僕すごくうれしかったんです。今まで勇者としてやってきて誰かを助けても助けてもらえるなんてことありませんでした!だから」
せめてもらってください。そう満面の笑みで言うサルバ。そこには辛そうだとか苦しそうといった部分はまるで見えなかった。ただ純粋にスクイの善意に喜んでいたのだ。
「お言葉ですが」
スクイはそれを見て返す。
「私実はヴァン国の方から来てまして、その金銭をもらっても使いようがないのです」
「え!外国の方だったんですか!」
だから勇者について詳しくなかったのかとサルバは納得したように手を打った。実際はヴァン国の人間でも神聖魔法やSランク魔法くらい常識だったが、サルバの知るところではない。
「まあなんでこうしましょう」
スクイは笑みを浮かべながら話す。
「私が何かに困ったら勇者として助けてください。私も根無草なのでいつ危機に陥るとも分かりませんから」
「もちろんです!」
サルバは元気に声を張り上げる。どのみち勇者として危機を見過ごさないサルバにとってこのお礼はあってないようなものだったが、サルバは気づかず、胸を張った。
「それではまた会いましょう」
「はい!今度会うときにはスクイさんを助けられるよう成長しておきます!」
そういってスクイはサルバと別れた。
珍しい経験である。スクイはまた田園を歩きながら思った。
間違いなく本物の勇者だろう。スクイはもうとっくにそこを疑ってはいなかったが、疑いたくなるほどの境遇とそれでいて折れないサルバを思った。
そしてもう一点。
あのマロフィ草はスクイが用意したものではなかった。
スクイはマロフィ草を探して思った。絶対に見つからないと。そしておそらく見本があるとサルバに声をかけ、花粉等一部を手にし、見えない速度でサルバがこれから見る田んぼに投げ飛ばして魔法で育てた。スクイは既に肉片なしでもある程度なら植物を育てることができた。
しかし色を変えられるかは不明だった。もしそこが無理なら色に関しては妥協させようとも考えていたのだ。そもそもがここで見つからない草である。あるだけいいだろうと言えると思った。
スクイは先程の田んぼに入る。すぐにそれは見つかった。
赤いマロフィ草。スクイが生やしたものである。
しかしサルバはここに辿り着く前に花を見つけていた。
「まさか本当に生えていたんですかね」
もっとも、スクイの魔法の制御によって気づかずもう一輪生やしていた可能性はある。
しかしスクイにはそう思えなかった。
「流石は勇者ということにしておきましょう」
そう呟くと、スクイはマロフィ草をしばらく見たが、そのままにして背を向け、歩き去った。
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