第2章 異世界抗争編
第二十二話「邂逅」
「思っていたより近かったですね」
じりじりと照りつける太陽の下、額を伝う汗をハンカチで拭いながら、スクイは呟いた。
「ここがベインテですか」
そう、スクイは現在、元いたヴァン国から一時的に別の国であるベインテに来ていた。
アロンダ狼のボスを倒し数日、スクイは知見を広げる先を探していた。
ホロが1人でも訓練をできるようになった今、スクイは自由に歩き回る時間ができた。初めはヴァン国の王様がいる街、王下街も考えたが、行ける時に遠くまで行くべきだと考えベインテまで足を運んだ。
前回のようにベインテまで旅をする行商に話をつけ数日、スクイはベインテに辿り着いた。
やけに近いと感じたが、そもそもスクイのいたオンスの街はベインテに最も近い。2国の橋渡しとして栄えた部分もあるのだ。スクイのいく先に出店が多かったのは何も大通りだからに限らない。オンスの街は商売の街でもあった。
とはいえスクイが降りたのは小さな町だった。村といってもいい。行商はもちろん遠くの都会まで行くそうだが、スクイも何日も揺られてはいられないと、適当な村で降りた。オンスの街の理屈とは違い、オンスの街に近いベインテ側はしばらく田園風景が続くのだった。
そもそもベインテはそこまで栄えていないのかも知れない。ヴァン国も特別大きくないと聞いていたが、メイは外国を詳しくは知らないはずなので、当てになるかはわからない、そう思いながらスクイは村のある方へ田園の中を歩き。
田んぼに逆向きに突き刺さる人間を発見した。
「……?」
スクイの頭に色々な考えが巡る。人身御供、精巧で異形な案山子、自殺。しかしそのいずれもは田んぼに突き刺さる人間が藻掻くように動いていることから消えた。
田んぼに突き刺さるという状況は死を求めているとも言えたし、そうでもなくてもこの状況が死を求めるにふさわしい醜態にも思えたが、藻掻いているところを見ると本人はそう思っていないらしい。スクイは思案したが、結局田んぼの中に入り、その人間を引っ張り出した。
「ふー!やっと呼吸ができる!誰かわかんないけどありがとうございます!命の恩人です!」
中から出てきたのは15、6歳程の少年であった。振るうように泥を落とすと金色の短髪に碧眼、人懐っこい童顔が現れる。小柄で、スクイとは頭ひとつ身長が違った。
「いえいえ、死の素晴らしさを知る前に死を迎えるのも悲しいでしょう」
「なるほど!ありがとうございます!」
スクイは死を賛美したが、少年は聞こえなかったように感謝を述べた。
「命の恩人さんお名前はなんていうんですか?」
「私は須杭謙生といいます。スクイと呼ばれています」
「スクイさんですね!僕はサルバ・ハミルダッド」
サルバはにっこりと笑いかけながら答え。
「巷では勇者と呼ばれています」
そう続けた。
「勇者?」
スクイはフラメの店でのことを思い出す。勇者とはベインテの用意した魔王討伐のための人材だったはずだ。その補助金をベインテは他国からもらいつつ勇者に回さず、私腹を肥していると聞く。
しかしこうも簡単に田舎の田んぼに勇者が生えているのだろうか。スクイはむしろ自分を勇者だと思い込む狂人の可能性を考える。頭のおかしい奴は厄介だと自分を棚に上げてため息をついた。
「なぜ勇者様が1人でこんなところにいらっしゃるのですか?」
「ああ、スクイさんは勇者の使命を知ってます?」
サルバは泥を払うと、スクイと共に田んぼを出る。
「魔王を倒すことですよね?」
スクイは足についた泥を払いながら淡々と答える。勇者が魔王を倒すというのは前の世界でも普通の考えである。もし魔王が田んぼに埋まっているのならば、彼の行動も理解できるだろう。
「まあそうなんですけど、勇者に大事なのはそのための力をつけることなんです」
そう言うとサルバは腰につけた剣を取り出した。
スクイは目を見開く。その剣はあまりに美しかった。大きさは片手剣より少し大きい程度で、両刃である。
ある程度柄には装飾がされていたが、それが気にならないほどの綺麗な刀身。まるでまだ何も斬ったことがないような欠けのない純白でありながら、同時に既に剣として使われ尽くしたような歴戦の重みを感じる。
聞かなかったがスクイは確信する。この剣には絶対切断が付与されている。しかもそれだけではない。
「勇者は聖剣に選ばれた者であり、神に選ばれた者ですがその力は磨かないと発揮されません。だから僕はベインテの街を回って人助けしてるんです」
そういいつつ、それを知らないのは珍しいですねとサルバは言った。この話はベインテでは常識らしい。勇者はベインテの人を助ける存在。出会ったら感謝しましょうということだ。
「それで、人助けの内容で田んぼに?」
「いや、まあ」
はははと照れ臭そうにサルバは笑う。
「この田んぼの向こうにある村の方の依頼がありまして、なんでも魔除けのための道具が欲しいそうです」
そういうとサルバは田んぼを見渡した。
「田んぼの中にある赤い花びらを持つマロフィ草が必要とのことなんですが、なかなか見つからないんですよね」
「それはそのはずでは」
マロフィ草。根に強い毒性を持つ植物で、湿度が高いところにはあまり生えないはずである。田園に生えているとは思えないし、基本花びらの色は青である。赤色もあると聞いたことはあったが、稀有なもので天然で見れるとは思えなかった。
「もちろんそうなんですけど、村の人たちもそれがないと心配らしくって、もう一週間も待たせてしまっているので早く見つけたいものです」
一週間。当たり前のように話したが、それだけの期間あるとも思えない植物を探すという行為にスクイは少し驚いた。勇者らしい奉仕といえばその通りだが、想像と仕事内容が大きく違う。
その上どう考えてもその魔除けは迷信であった。マロフィ草はその毒性を生かし、小動物の侵入を防いだり、殺虫剤にも使われる。それが転じて魔除けと思われたのだろう。
しかし。
「よければ、手伝いましょうか?」
スクイはそう声をかける。
勇者という話は少し疑いもあるが、ベインテの勇者の扱いの悪さは噂に聞く。このようなことをしているのもおかしくないのかもしれない。
もともとその村に顔を出して話を聞こうと思っていたが、せっかくだしこの少年と話すのも悪くないと思えた。
「え!いいんですか?」
サルバは心底驚いた様子を見せる。それもそうだ。この場所は今かなりの熱暑である。それを田んぼの中という体力の持っていかれる上に確実に汚れる場所で、あるとも思えない花を探すのだ。手伝う方がおかしい。
しかし同時にサルバは嬉しそうに笑った。スクイはその邪気のない笑顔を微笑ましく見る。この世に辛いことなどないかのような、華やかな笑顔だった。
「じゃあ同じ田んぼを両端から探しましょう!僕はあっちからみますね!」
そういうとサルバはずんずんと田んぼに入り込み、探し始める。
確実にない。そう思うスクイであったが、手伝うといった手前サボるのは彼の性格が許さない。少し田んぼを眺めると、スクイは泥を払った靴を再び泥濘につけた。
それからしばらく2人はただ田んぼを歩き続けた。かなりの広さで、明らかに1日では見切れないが、1週間あれば回れる広さだった。つまりサルバは1度全部見回っているのだ。その上でないものを探しているのだ。
「ところでサルバさん。旅の仲間とかはいないのですか?」
「あーまだ、そうなんですよね」
少し恥ずかしげにサルバは答える。
「神聖魔法ってご存知ですか?」
「いえ」
首を振るスクイにサルバは驚いたように口を開ける。
「神聖魔法というのは勇者に同行する権利を持つものに与えられた最強クラスの魔法のことです。ほとんどAランク魔法と同義ですよね」
ここらへんは言い伝えもあるらしい。なんでも、勇者の仲間になる適正は一部の魔法を使えるものということらしく、それが神聖魔法とのことだ。
それはとある条件下で得られる最強クラスの魔法。その魔法を持つだけで他の魔法はいらないほどの戦闘力を持ち、Aランクの魔法は地形を変えるとまで言われるらしい。
つまりAランクと言われる強力な魔法のほとんどはこの神聖魔法とのことである。
「ただその強さが困りものでして、強くて立派な人は国で相当な地位を得てますから。強制もできませんし仲間になってと頼み込むしかないんです」
つまり、そのような優秀な人材を国家は手放したくないということかとスクイは理解する。世の中にいる神聖魔法の持ち主は国家に仕えている。強制できないというのは半分嘘で、国家としては勇者のパーティなどに入って欲しくなどないのだ。
そして勇者は誰も仲間にできない。1人でタダ働きの日々を送るということだ。
となると確かに勇者は損どころの役割ではない。完全に役割の押し付けもいいところである。
初めから魔王を倒させる気がない。否、儲け方によっては倒してもらっては困るのかも知れない。
「そのためにはこういった人助けの姿を見せるしかないですからね。みんなが僕の働きを認めてくれれば、仲間になってくれるはずですから」
そう言いながら、サルバは顔の泥を拭う。
スクイはもう驚いていなかった。こういった利権により下が苦しむのは前の国でもよくあったことである。薄っぺらな建前の下にはドロドロとした陰謀が蠢いている。そう思えばまだわかりやすいだけこの世界の方がマシかも知れない。
「勇者の魔法は成長制限の撤廃にあります。つまり頑張れば頑張るほど強くなれるし、聖剣の魔法も同じで聖剣に認められるほどその力を発揮させてくれるというものです」
だから頑張って鍛えてるんですよと、サルバは力瘤を作る動きをする。たしかに小柄な割にサルバは筋肉質にも見えた。体型が細身なので大きくはないが、鍛えているという言葉は頷ける。
聞くにこの勇者という魔法と聖剣の使用という魔法はSランクの魔法と指定されているらしい。持ち上げるためだけにつけられた分類かと考えたが、どうにもこのランクわけは信託によるもので間違いはないとのことだった。
スクイは自分の不死のランクを少し気にしたが、評価に価値はないと考え直した。
「そういえばサルバさん」
一通り勇者というシステムの闇を聞いたところで、スクイは声をかける。
「よく考えたら私マロフィ草の見た目をそんなに把握してないのですが、見本とか持ってます?」
「え?ああ確かにあまり見ないですもんね。もちろんありますよ」
かなりの時間探した後に軽々しく言うスクイにサルバは戸惑ったようだったが、すぐに鞄に手をやると、中からマロフィ草の束を取り出した。
束であるのはありがたい。スクイはそれを受け取り、じっくりと見る。このマロフィ草は青い。つまりこれの赤色を探せばいいということになる。
「そうそうこんな見た目でしたね。うろ覚えだったので助かりました」
そう言いながらスクイは花束をサルバに返した。
「大丈夫ですか?結構探してもらってますけど、疲れますよね?」
こちらを気遣うように伺うサルバ。気づけば日が暮れている。もちろんというべきかスクイはこの程度では全く疲れなかった。むしろサルバは限界が近く見えた。まともな生活をしているとは思えない。1週間このようなことを朝から晩まで繰り返しているのだ。金銭もあまりないと言うし、その中でマロフィ草を見本のために買ってもいる。
「いえ大丈夫ですよ。ただもう少ししたら終わりましょうか」
スクイは見ていた。田んぼの先の広場に幾つかの道具がある。よく見るとテントだ。おそらくサルバはそこで寝起きしている。食事は日持ちのするものを持ち歩いているのだろう。
つまり村には泊めてもらっていない。おそらく村には宿がないということもわかる。しかし身を粉にさせておいて寝泊まりも保証していないどころか放っておかれている。
スクイはそう考えると、田んぼの淵に座り込む。サルバは一心不乱に田んぼを見ておりこちらの様子は見えていないようだった。
「えっ」
そのとき、サルバは大きな声を上げた。
「ス、スクイさん!」
興奮したようにこちらへ駆け寄るサルバ。その手には赤色の花が握られていた。
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