第二十一話「人気者」
「で、私はこの世界に転移したというわけです」
スクイは当たり前のように話した。仲間に撃たれた後、死んだと思えば謎の場所で異世界に行くよう告げられたことまで言い、全部言ったなと思い口を閉じる。
ホロは急に頭に疑問符が溢れるのを止められなかった。おかしいとは思っていた。初めから、スクイの話す内容はホロの知らない文化圏の話に聞こえた。しかしそれはスクイが違う国や地方の出身だったと言われればいくらでも説明はついた。
しかし途中から明らかに存在しないものが出てきたのだ。飛行機?銃?そういった単語が出る度にスクイは丁寧に解説を入れてくれたが、しかし説明を聞けば聞くほどなおさらこの世界にないものだとわかった。
その上スクイの話ではスクイは怪我を負っているはずなのだ。最初は治ったのか、不死の魔法を手にする件が省かれたのかと思っていた。しかし治らずむしろより傷を負っていき、最後には死んだ。
とはいえそれは同時にスクイが嘘を吐いてないことの証左にもなり得た。実際、ホロ以外の人間が聞けばこの話を信用することは難しかっただろう。だがこの異世界説明の詳細さからは嘘で出せない真実味があったし、死ぬという行為についてスクイが嘘を言わないという信頼もあった。
ましてホロは救いを疑わない。むしろこう思ったのだ。
スクイは神様に選ばれたんだと。
「じゃあご主人様は何か使命があってこの世界に来たんですね」
「彼女ら曰くそうらしいですね。とはいえ使命も分かりませんし、聞く気もないんですが」
スクイは少し憎しみを目に宿す。彼女らは死を愚弄した。その対価は払ってもらうということは、彼が異世界に来た時から考えていたことだ。
「まあここまでが私の過去です。質問はありますか?」
「ええと」
正直に言えばありすぎてないとしか言えないと思うホロだった。まず過去が重すぎる。虐待と迫害の日々からの両親殺害で十分なのに、そこから死の信仰に目覚め殺害。高飛びをして外国でスキルを積んで傭兵になり仲間に殺される。
質問がない方がおかしい。スクイの話はしっかりしていて分かりやすかったが、内容がわからなすぎるのだ。そもそも異世界の詳細を聞こうとするだけで、ホロの一生が終わってしまう。
だからホロは1つだけ質問することにした。
「あの、ご主人様」
これを聞いていいものかと思案する。
しかし聞かずにいることはできないだろう。
「ご主人様の救いの対象は悪人だけなのですか?」
「んー優先順位はそうですかね」
スクイは少し考えるような顔をした。
「結局悪人ほど救うべき人間はいません。悪事をしてまで生きなければならないという考えは極めて大きな生への執着、洗脳です。あとは死を侮辱する生の狂信者の方々にも死を知ってもらわねばなりませんね」
それが最優先で、あとは時によります。と答えるスクイ。
「わかりました!」
そう笑顔で答えるとホロはスクイの胸に顔を埋め、寝息を立てる。
「おや」
体力が限界だったのだろう。当然である。先日まで死にかけていた少女が命懸けで戦ったのだ。スクイの話をしっかり聞いていただけ立派だろう。
そう思いスクイはホロをそっと抱えると、元来た道を戻り始めた。
依頼が今日までということは報告も必要ということである。
スクイはホロを宿に戻すと、ギルドに足を運ぶ。幸いにして歩いているうちに体は完全に戻っており、服も体をくっつけたときに植物魔法で縫い合わせてあった。少しちぐはぐだがこれでいいだろうと考える。
遅い時間であったが、ギルドはいつも通り飲みあう人々でいっぱいのようだった。あとでカーマにも報告しなければならないと思いながらとりあえず扉を開けると、ギルドの職員、この店の店長フリップが出迎えた。
「お、任務終わりですね。てっきり来ないかと思いましたよ。おーいカーマ!スクイさんだよ!」
スクイに笑いかけながら話すと、フリップはカーマを大声で呼ぶ。
遠目にもその大きさで目立つカーマは、驚いたようにガタンと立ち上がり自分の机を倒したが、気に求めないようにスクイのもとへ走ってきた。
「おいスクイ!なんだボロボロじゃねえか!まさか負けてきたんじゃねえだろうな!」
「負けたら食われてますよ」
そう言いながらスクイは手に持った袋からがっと中身を掴み外に出す。
周りが見る中、スクイが出したのはアロンダ狼のボスの首だった。
「証明方法を聞きそびれたのでボスの首だけ持ってきました。群れについても必要なら持ってきますが」
「いやこええよ」
淡々と話すスクイに引いたようにカーマが答える。
不思議そうにカーマを見るスクイにフリップが話す。
「討伐依頼については死体の場所を言ってくれればこちらで確認に向かいます。そのあとの片付けもありますからね。もっとも死体を持ち帰りたい方は見せていただく必要がありますが」
「ああ、そういうシステムなんですね」
随分と親切なシステムだとスクイは思った。死体が確認できないくらい損壊していた場合はどうなるのかと聞くと、その場合はその後の被害状況などからギルドが判断するらしい。
「てっきり今後は複数討伐に行く時荷車が必須なのかと思いましたよ」
「なんにせよだ!」
スクイのジョークを無視してカーマは大声を張り上げる。
「Cランクを女の子と2人でクリアなんてとんでもねえことだぜ!しかも初クエストと来た!おいスクイ!フリップ!今日は飲んでくだろ!」
「いやカーマ、僕は仕事中なんだよ」
そう言うフリップをすでに酔っ払ったようなカーマはいいじゃねえかと引っ張る。
「私も後で加わりますよ。とりあえず報告だけしてきます」
「妹たちにその首は見せないでくださいよ」
そう言いながらフリップは諦めたようにカーマと酒宴に混じっていった。
スクイを心配しているのではなく、それを肴に飲みたいだけなのではないかと思いながらスクイは階段を上がる。
2階には前回と同じく3人の女性がおり、それぞれが依頼、登録、その他の看板を背負っている。
今回は依頼に行くのかと思うスクイに、気づいた3人が全員声を上げた。
「お兄さん帰って来れたんですかあ?」
驚いたように手を口に当てるのは褐色の女性レジスタであった。
そのあと急いでスクイの下に駆け寄ってきたかと思えば、横に張り付く。
「はい。無事にクリアしてきましたよ。確認お願いしますね」
それに動じず、スクイは先ほど知った知識で返答する。スクイは比較的背が高い。女性としてはそれなりに身長のあるレジスタよりも遥かに高く、レジスタの方を見れば豊満な胸の谷間が目に入る。
大抵の男なら喜びそうな構図だったが、スクイはレジスタの目以外まるで見ようともしなかった。
それがプライドに触ったのかレジスタはスクイに詰め寄ろうとしたが、彼女は兄より強い男性にしか触らないと決めていたので、少し下がる。
「でもすごいですよね」
レジスタがスクイ近くで葛藤している間に、依頼の係の女性がスクイに話しかける。
「レジスタを手玉に取ったのもそうですけど、まさか本当に初クエストでCランクをクリアしちゃうなんて」
そういう女性はレジスタとは対照的な容姿だった。白い肌に黒く長い髪。全身を整えられた制服で隠しており、改造されたレジスタの露出度の高い服とは別物にしか見えない。
しかし胸部の膨らみだけはレジスタにも劣らなかった。
「レジスタったらずっとあなたが依頼を達成できるのか心配してたんですから。あなたが調査もせずふらふらしてるのを聞いて怒ってたんですよ」
「いやちょっとおねぇ変なこと言うのやめて」
どうやら黒髪の女性はレジスタの姉らしい。穏やかにスクイに話す姉に、いつも少し怠そうに話すレジスタが焦ったように遮る。
「私はレジスタの姉のミュラーです。よろしくお願いしますね」
そう言いながらミュラーはカウンターからスクイに向かうと、スクイの手をとった。
「あ、ちょ、おねぇ!おにぃとの約束!」
「ええお兄さんより強い人しか認めない指1本触れないでしょう?でも、私にはスクイさんはとんでもない人に見えるわ」
そううっとりとした表情でスクイを見る。夢のような状況だが、スクイはただ困ったように笑顔で返した。
「得体の知れない不死の能力や誰もが無理だと思う依頼のクリア。スクイさんが表に見せてる強さなんてほんの一部なんでしょうね。そう思うと私惚れちゃいそう」
いきなり露骨に色目を使うミュラー。スクイはこの姉妹の強さに対する価値判断の異様さに疑問を持ったが、どう考えても兄の教育が悪いとしか思えなかった。
「さて、それはそれとして」
私だってそう思ってるしぃと呟くレジスタを無視して、ミュラーはすっと持ち場に戻る。
「Cランククリアおめでとうございます。規定にありませんが、2ランク上の依頼を達成すると1ランク昇格ですので、3ランク上の依頼をクリアしたスクイさんは2ランク昇格。異例ですがDランクに認定します」
お兄さんとあらかじめ話して決めてましたと話すミュラー。スクイも文句はなかったので頷く。
「これでCランクまでのクエストを受けることができます。考えておいてくださいね」
「って言ってもお兄さんは次も2ランク上を受けそうだけどねぇ」
と少し呆れるような顔でスクイを見るレジスタ。
「まあそうするでしょうね」
それに対してスクイはいとも簡単に返した。
やっぱりともはや少し笑うレジスタと、嬉しそうに頬に手を当てるミュラー。
「とはいえ先にすることもありますので依頼を受けるのはまたにしますね」
そう言ってスクイは下に降りようとする。
「いやいや待って待って」
しかしその腕をレジスタが取った。平然とした表情ではいたが、顔は褐色の肌でもわかるほど赤い。
その様子を見てミュラーは嬉しそうに笑った。
「や、約束覚えてます?」
そう振り絞るように話すレジスタに、スクイは答えた。
「断ったはずですよ。レジスタさん」
その言葉を聞くと、レジスタは今度こそ見てられないと言うように顔を背けると、今度は先に腕を引いて1階に引っ張る。
「これだけみんな心配させといて帰るってのはなしなんでぇ。おねぇ受付閉めよ。下で依頼の話聞かなきゃ」
そういって気づいたように腕を離すと先に下に走り去っていった。
「ほんと、あの子がこんなにベタ惚れするなんて」
珍しいものでも見るようにミュラーはスクイを見た。
「あのこ強さを見る目はほんとなんですよ。それがAランク冒険者にもそっけなかったのに」
「買い被りじゃないですかね」
笑顔で答えるスクイに、ミュラーは笑顔で首を横に振る。
「私も思いますもの。あなたは特別なんでしょうね。特別強くて、危険な人」
そう言うと、レジスタを待たさないでと先に下に行くように言われる。
スクイは何か返そうとしたが、それも野暮かと思い、下へ降りた。
「お!今日の主役じゃねえか!」
そう大声で話すカーマの横には、小さな女の子がぴょんぴょんと跳ねていた。
「旦那!何か知らないですけどめでたいらしいじゃないですか!祝いに来ましたよ!」
見るとそこにはメイがはしゃぎながらスクイを待ち構えていた。
「大物を倒したんですよね!カーマさんに聞きましたよ!流石旦那傷一つありませんね!」
そう言いながら目の前の食事を頬張るメイ。スクイは傷がないのは魔法のおかげで本当は全身粉々にされたと言おうかと思ったが、メイの笑顔を見てやめた。
「なんかめでたいってことでカーマさんがごはんおごってくれたっす!全部旦那のおかげっす!」
「ちょっとは俺のおかげでもあるだろ」
そうぼやくカーマとメイの机を見ると、相当な空皿があった。カーマの引き攣った笑みを見るとどうやらメイが食べたらしい。かなりの大食漢である。
「で、どんな敵を倒したんすか?消えない火を吐くとか言うドラゴンっすか?それとも不死と言われるヒュドラ?」
「嬢ちゃんの中のスクイは何もんだよ」
スクイはとりあえず席に座る。そして食事を注文すると話を始めた。
全員がその話に耳を傾ける。そして感心した。
知っている者、今日初めてスクイと話した者、誰もがスクイの依頼内容、そしてそこに至る経緯や攻略方法に舌を巻き、驚き、また大笑いする者もいた。
一晩中、何度も依頼の話を聞かれ、それどころか話は脱線し、カーマの誘いを断ってまで入れた少女や、泊まっている宿ことまで聞かれるほど全員がスクイに興味津々であった。
最初はカーマとの喧嘩や、その後のカーマの気にかけようからどんなものかとスクイの話を聞くものがほとんどだったが、話を聞くうちにその話のうまさや内容の面白さの虜になっていく。
過去の迫害が信じられないほどそこはスクイを中心とした場になっていた。みながスクイの次の言葉を待ち、その言葉に一喜一憂し、大騒ぎする。
そこがスクイの今の居場所だった。スクイは人気者になっていた。
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