第二十話「不真面目に死ぬ」

 話を聞いたホロは言葉を失った。それはスクイの過去の断片、死を信奉するまでの人生。

 両親に虐待を受けながらも真面目に生きるよう言われ、家では虐待、学校では迫害を受ける日々。


 そんな中正しく生きることを信じ努力し続けたスクイの結末は、父親に首を絞められるというものだった。


 そして初めて、今までの人生への疑問を覚える。正しく生きても何も報われず、間違って生きた者も平気で幸せになる世の中に気づき、世の不平等、生の欺瞞を感じたスクイは自らが死を望んでいることを悟った。

 そして同時に死こそが全ての平等だと思い。


 両親を殺害して家を出たのだった。


「生きることが尊い。そう何度も聞きました。しかし本当にそうでしょうか」


 夜空の下、スクイはホロに問いかけた。


「きっとそう言う人は絶望で死を救済と思う人にすら、人生は希望があると平気で言うのでしょう」


 そうやって生に騙されている。生の教徒が世の中には犇めいている。


 ホロは何も言わなかった。同意したからだ。ホロ自身死にたいと思う目に遭っていた。そんなときに生きることを賛美する言葉を幸せな人間から聞いても、憤りしか生まれなかっただろう。


「さて、その後ですね」


 スクイは再び、自分の過去を話した。


 家を出たスクイは使命感に駆られながらも極めて冷静だった。もしかしたら今までの人生で一番冷静だったかも知れない。

 スクイは全ての価値観が壊れているのを感じていた。今までの自分を培ってきた感性、善悪といった社会規範も、快、不快といった感性ですら全く変容している。

 そしてそれ故か、今まで十全に使えなかった自分の能力が最大限発揮できるようになっていると感じた。


 何かに縛られることのない、無限の選択肢が湧いてくる感覚。


 スクイはまず父親と懇意にしていたヤクザ事務所を訪れた。

 スクイはドアの前に立つと、なんの前触れもなくいきなりドアを開ける。時間はもう夜だったが、事務所は開いていた。

 中を見るとそこはあまりにも小さな事務所だった。中には3人の人間しかおらず、物も少なかった。


「なんだ?」


 入り口で棒立ちになるスクイを不審に思ったように1人の男がスクイに詰め寄った。

 目の前まで来るよう誘導すると、即座にスクイは手にした包丁で男の腹を掻っ捌いた。人体の構造はある程度本で理解していた。どこが急所で、どこを切ればいいか。そしてスクイには相手の考えることもお見通しだった。勉強もしていたし、何よりスクイは人の目を伺う時間が多かった。


 次に状況を飲み込む前中に押し入り、もう1人を刺し殺す。刺された男は反応もできず、ただ1人目の男と同様に何が起こったのかわからないという顔をして倒れた。

 3人目は流石に反応され一騎討ちの形になったが、事務所の奥に座っていた人間である。若くもなかったし、動きも遅い。スクイの敵ではなかった。


 次に母親のハマった宗教施設を訪れた。信者はもういなかったが、幸い働いている人間はいた。

 今度は鍵がかかっていると推測し、窓を叩き割り中に入る。ヤクザに比べてもさらに警戒は薄く、危機に対する対応も慣れていない。

 少し人数はいたが、同じように殺し、幹部の住所を調べる。とりあえず3人のトップに絞り、夜中駆け巡った。


 簡単だった。ヤクザよりも簡単だ。住所が割れていれば奇襲できた。

 第一この国の人間は明確な殺意を持って襲いかかる人間に対して即座に対応などできない。


 ヤクザですら15の青年に対して警戒などしなかったし、宗教団体の幹部も家にいきなり押しかけた見ず知らずの人間が、まさか自分を殺しに来たとは思わなかったらしい。


 窓を破り、信者のふりをし、大した策もなく殺したが、特段目立ちもしなかった。

 行動が早かったからかもしれない。スクイが犯行現場にいたのはどれも10分程度であった。なにせ入って殺すだけである。話も一切聞かない。妨害や通報の暇もない。何もさせずにただ殺した。


 一応、家族は殺さなかった。家族が救うべき悪徳を持つかも、死を軽視しているかもわからなかったのだ。すぐに通報したかもしれないが、スクイに辿り着くまで時間を要しただろう。


 随分救った。スクイはそう思った。

 人を傷つけて生きるしかないヤクザに、人を騙しあまつさえ生を尊ばせる宗教幹部。どちらも死によって救うべき哀れな存在である。


 このままだと自分は捕まるだろう。スクイはそう感慨もなく思う。それが悪いとは思わないが、せっかくなのだ。もっと多くを救いたい。


 スクイは救済に目覚めていた。人を殺す度に考えが洗練されていくのを感じていたのだ。死は救いである。その素晴らしさに人々は気付かず、生を賛美する偽りの宗教に染められあげているのだ。

 ならば自分が教える他ない。死の素晴らしさを。


 次の日、スクイは一番早い便で海外へ飛んだ。金は殺した人間から奪い、パスポートは他人のものを使った。

 これは厳しいかと思ったスクイだったが、存外できるものである。


 そしてスクイはとある小国に行き、戦地に赴いた。治安が悪いどころの話ではない。殺しに薬、犯罪が横行する街でスクイはゆっくりとその才能を磨き続けた。


 培った知識、努力への抵抗のなさ、そして狂い切った思考回路は法の規制のない場所でこそ、その真価を発揮した。スクイは現地の生まれながらの犯罪者より知識があり、能力があり、取れる手段が多く、真っ当でなかった。

 スクイは誰とでも仲良くなった。すぐに言語を理解すると、身近な人間から手当たり次第にコミュニケーションをとった。

 怪訝な顔をするものがほとんどだったが、話す時間さえあれば最後には極悪人ですらスクイを気に入り、話そうとし始めた。そしてある日突然殺されるのだ。


 数々の人間を殺し、そして悟られない。最初は個人、次に組織だった人間にも手を出す。徐々に相手を大きくしながら自分の能力を測り続ける。気づけばスクイに殺せない人間はほとんどいなくなっていた。


 スクイは殺し、殺されかける日々を送った。必要なのは殺しの技術と、懐に入る技術だった。もちろんそれだけではない。その他日本にいては覚えなかったろう多くのことをスクイは学んだし、何より経験した。


 そして十分な能力を身につけると、スクイは傭兵として戦地に赴いた。既にスクイは一端の戦士として何の不足もなかった。ここに来てもスクイは異常な努力を怠らなかったのだ。それはもはやライフワークと化していた。師を見つけては教えを乞い、実戦で試し、死と隣り合わせの状況に身を置くことに恍惚を覚えた。


 そしてその能力は傭兵としても遺憾無く発揮された。

 適当な人間からコネを発掘し、入り込む。

 初めは得体の知れぬ東洋人として警戒されることしかなかったが、スクイは学校と変わらず、受けを研究し、その中でも気づけば仲良くなっていた。そして誰よりも殺した。

 気がつけばスクイは若くしてその傭兵団の中心となっていた。10人程度の小さなものであったが、スクイは誰からも認められ、その腕は尊敬され始めた。


 ただ同時にイカれているとも言われていた。スクイは戦場育ちではない。学んだのだろう綺麗な所作、丁寧な言葉遣いに気の利きよう。それはともすれば嫌味にもなりかねなかったが、それをそう感じさせない人の良さ。

 そしてイかれた死への信奉があった。

 宗教を馬鹿にするのは禁忌である。彼ら傭兵団がその禁忌を理解していたからこそスクイは彼らとうまくやっていた。もしそうでなければスクイはたとえ仲間だろうが、その身体に死の素晴らしさを理解させようとしただろう。


 そしてスクイは狂戦士であった。平気で危険なところにも飛び込み、大怪我を負いながらも誰よりも戦果を挙げた。その勇敢さを誰もが讃えたが、それが死の信奉によるものだとやがて誰もが気づいた。


 彼は殺し続けた。何十人、何百人と、その数を増やし、その度に身体はボロボロになった。

 大怪我をしても気にしないかのように休まず、医者が匙を投げる怪我をしても次の日には戦地に赴き、片腕を失っても変わらず、やがて両目の視界を失ったが、それでも戦い続けた。


 仲間はそれを止めなかった。彼がそれを望んでいるのもあったが、そんな状況でも彼は戦果を上げ続けたのだ。

 やがて体からは死臭がし、一部は明らかに死んだように変色し虫すら湧き、極め付けには死んだものと死体置き場に置かれてもなお、数日後には戦った。


 何がそうさせたのか、彼を見た敵すらその彼の狂気に触れ、戦えなくなるものが現れるほど異常な執念。

 そんな中でも彼は常に言い続けた。


「この哀れな人々を救う」


 スクイは戦場という殺し合いの参加者を救うべき存在だと思っていた。生きている限りこの地獄からは救われず、一生傷つき続ける。そしてその裏にいる元凶まで、スクイは届いて殺そうと考えていた。


 しかし終わりは来る。そしてその終わりは、仲間の放った一発の弾丸だった。


 仲間はスクイに怯えるようになっていた。初めこそ仲良くしていたが、徐々に彼の狂信に触れ、その内容を理解しかける度に頭がおかしくなりそうだった。

 そして死んだと思われてもなおその狂気に振り回される彼を見て、思ったのだ。


 本当に救われるべきは彼なのだと。


 傭兵団は全員彼の過去をある程度知っていた。悲惨という点では彼らと大差なかったかも知れない。

 それでもここまで狂わなかったし、なにより彼らはスクイほど善良ではなかった。


 誰よりも彼自身が死を求めている。そんなことは誰もが気づいていた。

 やがて戦場で死ぬ命、それでもこれ以上は見ていられない。


 仲間の想いが届いたのか、誰よりも死を信奉しながらも一切死なず、ただ生き続けたスクイという男は。


 ここで死んだのだ。

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