第十六話「戦士」

 アロンダ狼。体長1m程の四足歩行の魔物。毛並みは白く、目は赤い。見た目はほとんど犬に近いが、明らかに異なるのは目の数である。2つの目が上下に2つ、計4つあり上下にも視野が広い。

 また同時に広範囲を見れることから集団の行動力を大幅に上げている。


「ホロさんは私に捕まったままでいてください。そして倒さなくてもいいので、こちらに来る狼の数がバラけるように調整する目的で魔法を放ってください」


 スクイはアロンダ狼がこちらに着く直前に作戦を話す。


「岩の壁でも構いませんが、視野が狭まると厄介です。できれば怯ませる程度に小石をぶつける形でいきましょう」


「わ、わかりました!」


 ホロはスクイに背負われた状態で返事をする。片手でスクイに捕まり、片手で魔法を使う。

 初の実戦。ホロは目まぐるしく移り変わる状況を把握することに必死だった。


「あとはこちらにきた敵を私が倒します」


 シンプルだった。襲い来るアロンダ狼をスクイのナイフで倒す。その策の欠陥はスクイ自身感じていた。

 まず1つに対応できる数である。スクイの予想では3匹以上が同時に来た時点で対応は難しくなる。スクイの高速でのナイフ捌きは、絶対切断もあり魔物に一撃で致命傷を与えられるが、致命傷でも魔物は動ける。

 死ぬ怪我を負っても躊躇わず攻撃できる野生は人間との大きな違いであった。


 次に背負ったホロである。足し引きで言えばホロの存在はプラスであるとスクイは思っていたが、多数に対する立ち回りにフットワークを殺されたデメリットは大きかった。

 スクイはホロ1人背負っても問題なく動けるが、そうすればホロはスクイから落ちるだろう。

 固定できる道具を用意しなかった自分のミスをスクイは反省する。


 そしてアロンダ狼に対する2つの策が失敗に終わっていることにも気づいた。1つはまず、準備が間に合わず用意してくることもできなかった。

 もう1つは荷台からスクイたちと一緒に落ちた食料である。

 本来アロンダ狼の何頭かは食料を目的にすると考えていた。本能のまま食べてくれれば良し、持ち帰ろうとしても一度に来る攻撃の頭数が減るのは助かった。

 しかしアロンダ狼の統率はスクイの予想を上回る。統率されたアロンダ狼は目的の荷物に目もくれず、スクイに襲いかかった。



「ではまず一手」


 アロンダ狼の群れのうち、先頭に5頭が同時に来たところを1頭をホロが魔法による投石で動きを止める。

 残り4頭、そのうち2頭はあと数歩のところで動きを止めた。


「こういう形は好かないのですけどね」


 スクイが両手で放ったのは、投げナイフである。

 このためにフラメに聞き勝手に拝借したものだ。本来スクイはあまり自分のナイフ以外を使わないが、消耗品は別である。専門外、と本人は言うが明らかに異常なレベルでスクイは投げナイフを習熟していた。

 両手で別方向のアロンダ狼に同時に当てる、それも両方目を貫いていた。


「行商人を助ける策の一つでしたが、こちらに使うことになりそうですね」


 目を貫かれたアロンダ狼は動きを止める。すぐにまた動きを開始するだろうが、とりあえず後回しにできる。

 その直後スクイの元に辿り着いた2頭のうち、片方の首を下から蹴り上げた。

 重い、100キロはあるかと言う魔物の狼を蹴り上げると同時に、スクイの死角にいたはずのもう1匹のアロンダ狼が血を吹いて倒れる。


 不可視のナイフ攻撃。スクイは見もせずに死角のアロンダ狼を倒すと、蹴り上げた足をそのまま回転させ傷口に当て蹴り飛ばした。

 そのまま先程蹴り上げたアロンダ狼にもナイフで止めを刺す。


「すごい……」


 遠くのアロンダ狼に狙いを定めながら、ホロは口から称賛の言葉を漏らした。

 鮮やかであった。動きに継ぎ目がないのだ。スクイは見えないほど素早いナイフを、ミリ単位の精度で動く的に、それも見えていない相手に当てることができる。

 それに加えて体術、体捌きはホロがいる都合使えないが、蹴りの精度も極めて高かった。大型の生物にも端を攻撃することで体制を崩し、動きを止め状況をこちらのペースに合わせる。そしてナイフの止め。


 ナイフを十全に使うための体術としてスクイが蹴りを身につけていることは明白であった。


 そこからはその動きの応用であった。積んだ荷物を目隠しにし、飛びかかってきたアロンダ狼を下から刺す。投げナイフで遠くのアロンダ狼に手傷を負わせ弱体化。近距離にはナイフと蹴りで対応し、時にホロがサポートした。

 一度追い込まれたが、スクイは襲ってきた1匹に自分の腕を噛ませ、その勢いのまま即座に逆方向へ振り、腕を切り取って投げ飛ばした。


 苦戦という言葉はある程度その場に似合ったはずである。実際スクイの想定通り3匹以上のアロンダ狼は捌くのが困難であったし、腕一本を犠牲にしてなんとか逃れていた。

 スクイが不死身で、かつ痛みに興奮していなければその怪我で終わっていたろう。

 さらにホロの援護によりアロンダ狼の一斉攻撃を防いでいなければ食い殺されていたことは想像に固くない。

 不死のスクイだが、食い殺された場合どうなるかはわからなかった。


 しかしその場を見れば多くの者が、少なくともその場にいたホロは、スクイが苦戦しているとは思えなかった。


 もちろんこの場のホロは必死であった。状況を飲み込んでも自分たちを目掛けてくる大量の魔物は恐ろしく、スクイにしがみついていても恐怖は止まらなかった。


 同時に自分の役割の重さに怖気付きそうだった。自分が攻撃を外し、アロンダ狼の一斉攻撃を許せば即座にスクイは対応できなくなるだろう。そうすれば2人とも食われるのみである。


 どころかホロは時折近距離でもサポートをした。3匹以上がこちらに着いた時、壁を作り、砂による目潰しを行い、挙句岩の槍を生成し、1匹仕留めていた。


 そのような境地の中でも、ホロがこれほど動かねばならないほど追い込まれた中でも、もしかしたらスクイは1人でもなんとかできたのではないかと思えるほど、スクイは余裕そうな表情を崩さなかったのだ。


 動きにもまるで恐怖や焦りを感じない。ただ最適を追求し、一切乱れない連撃。蹴りとナイフと投げナイフがほとんどの動きであったが、まるで舞のように完璧な動きであった。決して全体の動きは早くはないのに、より早く動いているアロンダ狼が遅く感じるほど無駄のない動き。

 魔物の方が無駄な動きをしていると思えるほど、スクイの攻撃は洗練されていた。


 そして、ホロは気づいた。スクイの戦闘スタイルは本来、多数に対して有効なのだと。

 それはスクイという人間の過去に対する1つの答えかもしれないとホロは思う。つまり、スクイの強さは単に鍛えただけではない。スクイは昔戦場に身を置いていたのではないか。戦士だったのではと思った。


 その後しばらくして見えていた30頭に加え増援と思われるアロンダ狼も加え、50頭ほどを倒したあたりで、アロンダ狼の群れはピタリと終わった。


「終わり……ましたね」


 ホロは息も絶え絶えにそう言った。本来この時間動き回るスクイの身体にしがみつくだけでも大変なはずである。土壇場での指示や状況の飲み込み、対応を行い、しがみつく手が緩まるのを感じていた。


「一旦はといったところですね」


 ところがスクイは終わりという表情を見せなかった。アロンダ狼の死骸を避け、自分の腕を拾ってくっつけながらもスクイは話す。


「おそらくこの50匹が群れの大部分だとは思います。100匹を超える群れを持てるとは思えません」


 群れの数はイコールで強さではない。多いと言うことはリスクも多いのだ。反乱、分割、食料問題などである。そしてなによりそれだけの頭数を管理はできない。

 完璧な統率がされているからこそ、その限界には気を配ったはずである。スクイからすれば50頭もの部下を完全に統率した時点でかなり優秀であると感じていた。


「こちらの戦力を軽視させ限界まで数を吐き出させるという作戦は成功しているはずです」


 アロンダ狼も30頭が完全に勝てなければ即座に身を翻す。しかし接戦であれば?

 失った分を取り戻したい。あと数匹援護にやれば倒せる。そして荷物も奪える。そう考えるだろう。

 こちらにとってジリ貧の戦いと察すれば向こうは戦力を増やす。

 そして限界まで吐き出すのだ。


「しかし援護が止んだと言うことはボスは少数の護衛とともに逃げ出しているはずです。途中から彼らの役目は足止めに変わっていたと言うことですね」


 スクイはそういながら足元のアロンダ狼の死骸に目をやった。ホロはスクイがアロンダ狼に死を与えたことにどう反応するのかと考えたが、どうにもスクイの死の信奉は人間に対してのみであるらしい。足元の死骸に対してどういった感慨もなさそうであった。


「ということはこれでクエストクリアですか?」


 実際、ホロのいうことが的外れというわけではない。ボスの討伐は含まれているが、ここまで部下を失い敗走したアロンダ狼のボスがまたこの道を襲うとは考えにくいのだ。

 アロンダ狼のボスは優秀である。恐らくこの地には帰ってこない。そのあと他の群れと会って吸収するかされるかするだろうが、そういった状況に追い込んだ時点で依頼主の目的は果たしていたし、討伐したも同然といえよう。


 しかしスクイはそう思わなかった。


「いえしっかりとボスを倒さなければいけません」


「それはもちろんなんですけど、随分前に逃げてるんですよね?どうやって追うんですか?」


 スクイの言葉に感心しながらも、疑問を呈すホロ。それに対しスクイは頬を掻きながら答えた。


「実の所追うのは大して難しくないんです」


 そう言うと背負っていたホロを抱き抱え、一目散に走り出した。


「まずホロさん。最初にアロンダ狼たちに指示を出した雄叫びがボスなのはわかりますね?」


「それは、はい」


 当然それはわかる。ホロもそこから位置を推測するとは思っていた。しかし相手は動いているのだ。そう簡単に見つかるだろうか。


「そのボスは逃げたわけですから、当然こちらとは逆方向に行きます。正直、この2つがあれば見つかると言う話なんです」


 ホロは不思議そうにスクイを見上げる。そしてあたりを見渡して気づいた。

 ここは見晴らしのいい平野なのだ。身を隠すところがないわけではないが、それでも声と動機までわかった相手を追跡するのにこれほど楽な場所もない。

 本来アロンダ狼側が狩るために見晴らしのいい場所なのだが、今回は追われる側である。


「でも私たちの目の前に現れたアロンダ狼はかなり近くまで隠れて来てました。まったく隠れられないわけでもないですよね」


「もちろんです。ですがここらの地形は全て頭に入れてあります」


 あとは声の場所とこちらの位置から逃走という目的で、使う経路を考えればいい。つまり目立たず、困難がなく、かつ。


「泥のある場所。獣は逃げる時体臭を泥で消します。恐らく姿を消すのに迂回しますし、集団のためさほど速度も速くありません。そこに先回りすることとしましょう」


 奇襲を仕掛ける。そのためはできれば先回りしておきたい。スクイの足取りは満身創痍とは毛ほども思えないほどしっかりしており、ホロはただ抱き抱えられるのみであった。


「とりあえず体を休めてください。正直考えると、この後が一番厳しい」


 これまたホロは疑問に思った。確かにアロンダ狼のボスは明らかに他の個体より優秀だと聞いているが、それでも50匹を相手取るよりはまだ易しいだろうと考えていたからだ。


「軽く話はしておきますが、まず大前提として」


 アロンダ狼のボスの平均体長は4m、先程のアロンダ狼の4倍ほどあります。

 そう言うスクイにホロは言葉を失った。

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