邪教徒召喚 ー死を信奉する狂信者は異世界に来てもやっぱり異端ー

第十三話「プロ意識」

　スクイとホロはとりあえずまともな服がないということで服屋を探し回った。スクイは現在戦闘時にすら鎧など防御のための服は着けないつもりでいた。軽装だろうが鎧の類はつけないスタイルを考えていたのだ。戦闘時用にある程度身を隠せるような服と私服を別で欲しいと考えていたが、ここは魔法があるのだ。動きを制限しない私服のような着心地の防具もあるだろう。

　ホロにも戦闘は教えるつもりだったが、今日のところはいいだろう。そういうことでスクイは一旦ホロの手を引きながら、入りたいお店があれば言うように話していた。

　ホロは人通りの多い道が物珍しいのか、目を輝かせながらいろいろな店を見ていたが、やがて一見の服屋で立ち止まった。

「ご主人様。ここが可愛いです！」

「よしじゃあここで買いましょう」

　ここが可愛いと言うシンプルな基準をスクイは気に入った。私服の選び方はそうであるべきなのだろう。

　服屋は比較的装飾の多いものがほとんどで、動きにくそうではあったが可愛らしいというのはスクイにも頷けた。

「いらっしゃいませ」

　現れた店員はゴリラと豚を足したような生物をフリルだらけの服に閉じ込めたような見た目だった。

　鍛えようによっては強いなとスクイは素直に好感を持った。

「よかったら試着していってください」

　そう言いながら近くで見守る。よく考えればこの2人は外からどう見えているのかとスクイはふと思ったが、そこまで風体を気にする方ではないため考えを切り上げた。

「あ！あれ可愛いです」

　ぴょこぴょこと跳ねながら遠くの服を指さすと、スクイの手を引っ張るように駆け寄る。

　どうやらホロは色に頓着はないがとにかくフリルやワンピースが好きらしい。ドレスのような服やメイド服のようなもの、薄着だとワンピースなどを見ながらはしゃいでいた。

「こんなに可愛いと迷っちゃいますね！ご主人様はどれが好きですか？」

　そう言いながらホロはこっそり値札を見ると、ビクっと肩を震わす。

「んー私はあまり服のセンスがある方じゃないんですけど」

　そういいながら服を見るスクイの袖をホロは引っ張った。

「ご主人様、やっぱり別の店に行きましょう」

「あれ？気に入りませんでした？」

　そう言うわけではないんですけど、と口籠るホロ。不思議そうに見るスクイだったが、他も見てみたいですもんねと言いながら、ホロと出口の方へ向かう。

　ホロはじっと店の服を名残惜しそうに見たが、大きく首を振るようにしてスクイに着いていった。

「決まりました？」

　店員が声をかけるとホロは率先して答えようとするが、スクイが何食わぬ顔で話した。

「この子が触った服全部ください」

　目を丸くする店員とホロを前に金貨をジャラジャラと差し出す。

「ご、ご主人様いくらなんでもこの額は」

　ホロは震えながら金貨を見る。明らかに大金である。もとよりここの服は布地が多いこともあり高いのだ。一着買うのにも勇気を出す人が大勢いる。

　店員も戸惑った様子だったが、すぐにお待ちくださいと叫ぶように言いながら、せっせと息を切らし服をかき集めに行った。

「いい買い物でしたね。次はどの服屋さん行きます？」

　当たり前のように聞くスクイにホロは首を取れそうな勢いで横に振った。

「あの、あまりに高額では」

「ん？」

　スクイはやっとホロが金額を気にしていたのだと気づいた。

　そもそもホロは現在スクイに救われてからその後の生活も救われっぱなしである。まして服を買ってもらえるのも申し訳ない中このような高価な服を簡単に買われては申し訳ないどころか罪悪感すら浮かんでいた。

「いいんですよ泡銭ですし。それに」

　スクイはにっこりと、微笑んだ。

「あなたにはこれからも一緒に頑張ってもらうのですから、これくらいは安い投資と言えるでしょう」

　期待されているのだ。その言葉にホロはそう気づいた。

　自分が奴隷として死にかけていたこと、それを抱きしめてくれていたこと。あの時のことはきっと死ぬまで忘れないだろう。

　そしてスクイは自分が死の価値に気づいた事実をとても尊重してくれている。だからこそこうして接してくれるのだ。

　ホロは考えていた。しかしホロは所詮能力的には一般人に他ならないのだ。そんな中でどうすれば彼に報いることができるのだろう。

　同時にホロは気づいていた。スクイが求めているのは死に対することのみだと。決して女として、人間として、稼ぎ頭としての活躍ではないと。

　スクイの役に立ちたい。元々救われ持っていた想いがやっと形としてホロの中に出来上がった。

　その後スクイは普通の服屋で服を買い揃え、防具屋に入った。

　防具の中には鎧などどうしても重いものが多かったが、スクイは店内を探すといくつか普通の服のような商品に気づいた。

「すみません。これも防具ですか？」

「お、そうだよ。まあ防具というと違うかも知れないけどね」

　そう愛想の良い店主が教えてくれる。

「これはダイヤスネークの内臓膜を加工したものだ。普通の洋服にも見えるけど耐久はそれなりにある。打撃は厳しいが鋭いものでも簡単には切れないだろうね」

　そう言ったあと近くの似たような防具を紹介される。魔物の素材はこのようにゴツゴツしくなくてもある程度の防御を兼ね備えてくれるようだ。

　とりあえずと3着ほど買うスクイ。これもまたかなりの値段であったが、何食わぬ顔で支払った。実際、スクイは初日で大金を手にしていたが、もうすでに目に見えて残高が変わる額を使っていた。

　さらに言えばスクイは防具にお金を使う必要はないはずである。何せ死なないのだ。しかしどうにもプロ意識があるようで、スクイは今後戦闘を考えるとあまり安い装備で行きたくはなかった。

　大量の買い物を見た目にそぐわぬ力で肩に乗せる。ホロが手伝いたそうに荷物に手を伸ばすのを制しながら、昼にどこか入れるところを探して欲しいとスクイはホロに頼んだ。

　すぐにしてスクイとホロは近くの喫茶店のような店に入る。大きな服を持った少し歳の離れた2人を店員は変わったものを見るような目でみたが、それほど不思議でもないかと席に案内した。

「さて一通りは買い揃えましたね」

　スクイは服以外にも日用品を2人分買っていた。宿にあるものとないものがあるため、ある程度は自分で揃えておく必要があった。

「じゃあ今後の話をしましょうか」

　スクイはメニューから飲み物と軽食を選ばせ、ホロに向き直る。

「はい。ご主人様に救われた身、死に捧げます」

「はい。いい心掛けです」

　スクイが満足そうに頷くのを見て、ホロは嬉しく思う。

　ホロ自身死は救いだと感じていたし、生の世がこれほど不平等かと改めて実感させられた。

　現状のホロはこれほどないくらい幸せなのだ。スクイに救われて、認めてもらい、甘やかされている。

　しかし同時にあのまま朽ちていた自分も想像できてしまう。そしてそうなっている他の人間がこの世にはいくらでもいるのだということくらいはわかっていた。

　しかしそんな中で死はどちらにも平等に全てを塗りつぶす。

　ホロは死の救いを信じていた。

「さて、とりあえず歩けるようにはなりましたが、ホロさんは体を動かせるようになることからですね。魔法の習得も大事でしょう」

　スクイは考えるようにしながらホロの今後を話す。

「ちなみに使える魔法はありますか？」

「えーと」

　ホロは思い出すように話す。

「炎と水を少し出せます。あとは岩を出す魔法もあります」

　家が炭鉱だったのでと話す。もうその家はないはずだが、スクイの役に立てると思ったのか嬉しそうに言った。

「あと愛の神様の加護をもらってます。村で教本を読んだことがあって、奴隷生活中支えにしていたので」

　その言葉にスクイは少し反応した。スクイの価値観では他の宗教の信仰は死に対する冒涜である。

　しかしいきなりそれをとりあげることもないかと思い返した。ホロは優秀な信者なのだ。既存の宗教を否定せずとも死の素晴らしさを理解して手放させる方が正しいだろう。

「その加護というのは？」

「はい、魔力以外を媒体に魔法を使う加護です」

　ホロが話すには、本来魔法は本人の魔力を消費し使っているが、愛の女神の恩恵によりホロは自分の武器と認識するものを魔法に変えることができるとのことだった。

　その場合魔力の消費がないのはもちろん、媒介にする武器によってはより強力な魔法を扱えるとのことだ。

「愛の神様の教義は自己犠牲ですので」

　そう言いながらホロは自分が死以外に宗教を持っていることに何か言われないか少し怯えたが、特に何もなかった。ホロは信仰を隠すということもできたが、当然彼女の頭にはそのような選択肢はなかった。

「信仰はともかくそれは有用な能力ですね」

　伸ばすことは認められないが。あと岩の魔法も有用である。物質を生み出すのは攻防に優れる。スクイが軽装なだけあり、重攻撃が欲しい場合重宝しそうだと考えた。

「ホロには今後岩の魔法を伸ばすことと、他の有用な魔法の習得のために研究を進めることを提案します」

「わかりましたご主人様」

　提案、といったのはスクイの中では信者は対等だからである。信者同士は指示するものではないのだ。

　もっとも、それに賛同しないという考えはホロにはなかった。

「ところで岩の魔法はどうやって手にしたのですか？」

　炭鉱で育ったと聞いたが、育つだけで魔法が手に入るのか、スクイは疑問に思う。

「いえ、岩の魔法は岩を掘り進めることで手にしました」

　と当たり前のように話すホロ。どうやらホロの村では女の子も採掘をするのが珍しくなかったらしい。

　しかし、とスクイは思う。ここらでその魔法を伸ばすには同じく岩を掘り進める必要があるはずである。

　しかしこの街に炭鉱があるとは思わないし、あったとして長時間そちらに行かせるのも効率が悪い。

「採掘で手にしたとは言え岩の魔法は岩に触れる作業であればいいんですよね？」

「そのはずです。基準はわかりませんが」

　そう答えるホロを前にスクイは考える。

「では近くの岩場を探してそこで魔法の強化と戦闘訓練を行いますかね」

　そう結論づけると飲み物を飲み干す。そのスクイを見てホロは少しだけ疑問そうにした。

「ご主人様、戦闘力をあげてくださるのは嬉しいんですけど、死への信仰を示す訓練は他にないんですか？」

「ああ、確かに戦闘力が信仰の一環として直結するわけではありませんからね」

　もっともな疑問だとスクイは笑った。　

「でもホロ、生を死に変えるのは結局、暴力なんですよ」

　スクイはもっともなことを言うかのように満足げにそう答えた。