第十一話「深すぎる狂気」
「この街最大の犯罪組織武闘派のマルセ・ショーンだ」
スクイに相対する男は無精髭を触りながら自分の名前を伝えた。
「38歳。組織には10年いる。元々フリーで暴力殺しの腕を自慢に生計を立ててた。武器関係の魔法はもってない。特技は素手の肉弾戦。組織にその腕を見込まれて入った。組織ではざっと3番目くらいの実力だ」
ひどく、言う気もないように自らの情報を話す彼に店主は顔から汗をかいた。
店主は知っていた。自分へのメッセンジャーなどという仕事をさせられているが、マルセは組織随一の実力者である。
店主と付き合いが長いということ、今回の勇者殺しが大きな仕事ということでこのような一見雑務に見える仕事をしているだけで、組織ではかなり名の通った人物だ。
そしてその特徴として、今から殺す相手に自分の話をするというルーティーンがある。
そのルーティーンはつまり、彼が暗殺でなくタイマンでこそ力を発揮するタイプであるということを示しており、この状況は彼の土壌とも言えた。
「あはぁ、自己紹介はいいんですよ。」
しかし、対するのは同じく強者、スクイ・ケンセイ。随一のナイフ使いであり、不死の魔法を持つ攻守共に優れた戦闘員である。マルセの攻撃によりスイッチが入ったようにイカれたが、実力は疑うべくもない。
と、いうべきだがスクイのこの状態は、自らを殺しうる強者に会えた興奮が混ざっていた。スクイもまた感じ取っていたのだ。目の前の人間は今までこの世界であった人間の誰よりも強い。
カーマと同格と感じていたが、彼は集団での魔物狩りを生業としているのに対し、マルセはまさしくタイマンでの対人に優れている。カーマがマルセと戦っても決着は一瞬であろう。
対してスクイはノーゲームとなった不意打ちとはいえ、見ようによってはカーマに負けているのだ。不死の能力はスクイ自身把握していなかったし、カーマの攻撃は本来であれば確実にスクイの命を刈り取っていただろう。
まさしく同格以上の相手とすら感じとるスクイであったが、強いてもう1つ要因を挙げることができるとすれば。
スクイという男は自分の実力など気に留めたこともないということかもしれない。
先に動いたのはマルセであった。致死の一撃をものともしなかったスクイに対するマルセの初撃は、順当というべきか、スクイの首を掴むというものであった。
尋常でない、人類が持ちうるものでない握力。魔法の力による肉体強化は難なくスクイの首をへし折った。
だらりと下がるスクイの首、しかしその目は変わらずマルセを捉え続けていた。
「死よ彼をお救いください」
スクイの言葉は首をへし折られたとは思えないほどはっきりと彼の口から紡がれ、手を伸ばそうとする。明らかな反撃。
しかし即座にその腕ごと、ぼたりと床に落ちた。
「こういう小技が案外効く。あんた純粋だろ」
即座に再び距離を置くマルセの手にはナイフが握られていた。大振りのナイフ。隠し持っていたわけではない。そもそも隠せる大きさではないが、彼は構えにナイフを用いず、素手が得意と話し初手にも武器を使用しなかった。
暗殺とは視覚的に姿を隠すことに限らない。マルセの自己紹介は間違いなく彼のルーティーンであったが、それと同時に会話という彼の強みを出す道具でもあった。
使えるものは自らの主義すら使う。それが彼の強みである。
しかし。
「お前、不死か?」
首への締めは本来防御力のある人間でも昏倒させられるという意図で行った。しかしへし折れてしまった。
そのあと終わりかと思いきやこちらに動く腕を見て、何かしらの魔法かと思い切り落としたのだ。
防御力が高ければナイフが効かないというのはあまりに稚拙な話、むしろ切り落としというのは防御や回復に秀でた術者に対し極めて有効である。
「考えられん。回復系の魔法だとすれば俺の知っている中でも最上位だ。致死ダメージすら無効にできるのか?」
「まあそうみたいですね。何故私が死に否定されるような魔法を身につけているのかは分かりませんが」
スクイは不服そうに答える。その間にもゆっくり首は元に戻ったが、手は床に落ちたまま、再生はしなかった。
お互い初の情報、その情報からはスクイの決定的な弱点が読み取れる。
スクイの不死は欠損に対応しない。
おそらくくっつければ治るだろうが、手を取りに行けばその隙に首を刈り取る。
首だけにするか、達磨にして海に沈める。マルセの戦略は即座に決まった。
対してスクイはそれを見て焦った風もない。腕を少し見たが、何もないようにただ突っ立った。
マルセは少し疑問に思う。先程のやり取りだけでマルセはスクイがそれなりの戦闘経験者だと感じ取っていた。
しかし目の前の人物はまるで構えようともしない。こちらを興味深げに見ているだけである。
「あなたの魔法は肉体強化だけですか?」
そう話すのをマルセは聞き、ただ、少し寒気がした。
実力を測り違えたつもりはなかった。マルセの目にスクイは同格以下に見えている。
測りかねたとしても自分より上ということはない。
不死の能力を入れたとしても、大した攻撃手段にはなり得ないのだ。
だが、今スクイはもしかしたら。
自分をただ観察しているのではないか?
マルセのみがこれを戦闘だと感じており、スクイにはこれが一方的な観察に映っているのではないか?
そう考えると瞬時に怖気が走り、マルセは咄嗟に攻撃する。
それは顔面に対する掌底であった。肉体強化による攻撃。今度は首を跳ね飛ばすことも視野に入れる。
その攻撃はスクイの残った左手に弾かれた。
肉体強化した掌底が弾かれたそういった違和感にマルセは動じない。弾き無防備になった左手を。
掌底を入れた方とは別の手に隠し持ったナイフで切り落とした。
両手を切り落とされたスクイを前にマルセは一瞬今の攻防を振り返る。掌底により顔面を飛ばすのが一策、顔面をガードされれば首を、それもできなければその掌底を目潰しにし手を切り落とす。
2手目、2手目が決まった。そしてスクイが掌底を弾いた違和感に注目する。
感覚としては弾かれたというより方向を変えられたというべきか、おそらく何かしらの武道を齧っている。相当なものだと感じるが魔法による強化のある戦いではさほど使えたものではない。
たしかに強化された掌底を弾いたが、それは二の打ちを用意したものだったからだとマルセは感じていた。全体重を乗せた一撃であれば逸らせてもダメージになっていたろうし、腕の切り落としに対応できないほど次の動きへの対応も弱かった。
スクイの情報は揃った。次で殺せる。
マルセは注意深くなりすぎた自分の職業病を反省した。不死並の回復力という見たこともない能力に、謎の言動というパフォーマンスに振り回されたが、ただのイカれた雑魚だ。そう考え即座に次の動きを取ろうとし。
「なるほど」
スクイが一歩早く動く。
マルセは少しその動きを考えたが、何も対した動きでない。気にせず動こうとし。
床に転倒した。
「が、は……?」
何が起きたのかわからない。状況を理解しようとして、少し足元に違和感を覚える。
「切り落とされた部位は操作できないんですね」
そう話すスクイ。その考えはマルセにもあった。切り落とした腕が自分の足などを掴む可能性。だからその手には注意していたのだ。
「あとあなたの戦闘スタイルも大体わかりました。経験に裏打ちされた肉体の使い方。主に打撃を得意としてその威力を魔法で底上げしているんですね。それに加えて話術も用いますが、ナイフ使いは大したことない。あくまで打撃の補助といったところ」
スクイはマルセに近づき、身をかがめて顔を見るようにしながら近くの自分の手を取り、くっつける。
「切り離された部位はくっつけて再生可能。これは予想通りですね」
そう話しているうちにマルセは自分の体を見る。
そして自分の足の甲にナイフが刺さっているのをみた。
違和感、そう、それは見るまでナイフが刺さっていることに気づかなかったということだ。しかしその違和感は即座に氷解する。
回復用の魔道具。
マルセは次にいつ刺されたのかを考える。しかし自分が足に飛び道具を許すタイミングなどありえない。あったとして相手の腕が相当上手くてもナイフを見逃すはずがない。
そこまで思い、鳥肌が全身を覆う。
掌底、マルセが放ったあの掌底のうち、あの時マルセは相手の顔を見ていた。その時だけは相手と接近していたこともあり確かに足元に目はいっていなかった。
しかしそんなことがあるのか?そう思い、あの掌底はスクイの言葉に対し反射的に出たものでもあったと思い返す。
誘われた?咄嗟の攻撃には感情が乗り冷静な判断を失わせる。マルセはプロである。感情の揺らぎなどあったとしても認識できぬほどほんの僅かだ。
しかしそのほんの僅かによって相手の攻撃を見誤った。
それを差し引いても考えられないほど素早い動きである。たとえ一流のナイフ使いが同じことをしてもマルセは見切りナイフを躱せる自信があった。
これを可能にしたのは異常なほどのナイフの技術だ。
しかし、一つの疑問が残る。
「何故回復のナイフを使った?」
マルセは確かに驚かされた。スクイの放ったナイフは回復に使うナイフである。刺せば傷が治るもので痛みはない。だが身動きを封じるのなら普通のナイフでもできる。むしろその方が痛みでマルセがスクイの左腕を切り落としかねる可能性もあっただろう。
「まあどちらでもよかったんですけどね」
スクイは小首を傾げ少し考えるような仕草をする。
「元々あなたには戦闘技術を期待したんです。戦闘に使う魔法、魔法を使った戦闘方法。相手が未知の魔法を持っている場合に対する備え、警戒。魔法というものは戦闘をひどく難解にする。その、言ってしまえば勉強ですね」
軽々とくっついた片手を振りながら答える。
「だから見てたんです。あなたはどう攻撃して、どう考えて動いて、どう対策するのか。私の不死に対する考察もまあ、達磨にするって感じですよね」
全て読まれている。マルセはそう感じた。言えばマルセは思った通りの動きをしていた。動きに付随する思考は読み取られていてもおかしくない。
「あなたの戦闘パターンはさっき言いましたけど、私の魔法にもすぐ対応した。優秀な方だと思います」
でもそれだけです。とスクイは告げる。
「言ってしまえば純粋な体術と経験による臨機応変な対応力が強みというだけ。そこに気付いて終わらせようとナイフを投げて動きを止めました。でも」
こんなのは想定していない。マルセはそう考える。
スクイは勤勉だったなどという納得を、マルセはできなかった。しかしスクイはずっとそれを考えていたのだ。
痛みに喜び、マルセが実力者だと知れば、実力者の戦い方を観察し、さらに自分の魔法を試していた。
純粋な体術と経験による臨機応変な対応力。それがマルセの強みであることはマルセ自身当然理解していたし、それを織り込んで戦ってきた。
しかしどうだろう。マルセの動きを理解し、あまつさえ操り、マルセの対応できないナイフ捌きを見せ、それらを勉強と一言で片付け、満足すれば一手で終わらせる。
スクイはマルセの強みを明らかに超えているではないか。
何が同格か。しかしマルセは自分の観察を恥じなかった。
マルセをして一戦やりやっても今だにスクイという男の底は知れていないのだと感じ取っていた。
いや、ともすれば本人がそれを知らないのだ。だからこそ表面にもでない。
自身への理解を深すぎる狂気が阻んでいるのだ。
「まだ勉強し足りないなあって思いまして」
スクイは両腕をつけると今度は自分のナイフを取り出す。
マルセは自分を強者だと思っていた。実際この町で彼を超えるものなど片手で数える程度だろうと。
しかし実際はそうでないのかも知れないと彼は感じた。
日常のような殺しかと思えばこのような相手に出会ってしまったのだから。
怯える。
それは彼に取って久しぶりの感覚で。
「さて、あなたにも死の素晴らしさをお教えしましょう」
その後彼が死に至れるまで消えない感覚であった。
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