第十話「目の前の異常者」
「で?あの子はなんなんだ?」
2人の少女の看病はしばらく続いた。
魔道具のナイフにより少し回復した少女は浅い眠りについたため、その間に白湯を用意しスープとパンも用意、睡眠が足りてなかったわけではないようで、少し経って起きたのでゆっくりと白湯を飲ませ、少しスープに浸したパンを食べさせ、また少女は眠った。
「私と同じ死の信者ですよ」
「死?」
怪訝な顔をする店主にスクイは死の素晴らしさを説いた。世のいかに苦痛に満ち、理不尽で、それでも生きることのみが必ず正しいと言われるか、死がいかに平等で、救われ、にも関わらず不当に軽視されているか、そしてその気持ちを理解しうる死に最も近づいた彼女を死の救済から遠ざけて共に死の素晴らしさを信奉する仲間として迎えた話をした。
店主は生と死に関し、極論すぎて理解しづらいが正しくもあると述べた。
「だがよ、そしたら兄さんは死が救済なんだろ?街ゆく人皆殺しってことはしないのかい?」
「ええ、私は死の信奉者なだけで生を全否定するわけではありません。生を全肯定する生という宗教や生の信者には異教徒として対応することもありますが、死の救済を必要としない人もまたいますし」
第一そのうちみんな死に帰るのですから、と話した。
「ふうん。ちなみに兄さんが自分から救われに自殺しないのはその死の教えを伝えるためなのかい?」
「それもあります。その上で私の行いが不要になれば死は必然と訪れてくださるでしょう」
ふむ、と相槌を打つ店主だったが、理解していた。スクイの脳みそでは今の発言が基本のうちの一つだろう。彼は本気で死を救済と思い、そのあり方を容認している。筋もある程度は通っているのだ。
しかしその上で支離滅裂でもあった。まるで全く違う布切れの切れ端同士を繋ぎ合わせて一枚のハンカチにしようとしたような、歪な理論。
しかしこの意見に賛同する人間も少なくはないだろうとも考えた。店主自身スクイには魅力を感じていたし、この平等思考は受け手によっては賛同したくもなると感じていたからだ。
「ところで兄さん。この街の宗教を知ってるか?」
「ええ、愛の神を讃えるという話は聞いていますが」
「その教義については?」
「詳しくは、ただ愛を示す事を良しとする宗教だったと」
一般的にこの世界の宗教には一神教というものがない。神々はそれぞれ「◯◯の神」で呼ばれ名前はなく、それぞれ何かの概念や物が入る。
この街では愛の神が栄えているが他の宗教を悪く扱うことはないし、どの神も素晴らしいですといった姿勢も良い。むしろ愛も勇気も戦闘も信仰し励んでいるといえば努力家と言われるだろう。
「まあそうだが実際は貴族社会の基盤みたいなもんさ」
店主がいうには愛を示すというのはお布施のことらしく、その金額が教徒の価値らしい。
この街ではその考えは根強く、貴族階級が宗教的にも上で、神に認められていると位置付けがしっかりされていることで、庶民の反発を防いでいるのだという。
「貴族は自らの地位を盤石にし、宗教は金を集める」
「そういうことさ。そしてその先にあるのは?」
「宗教家の貴族階級への影響力ですね」
「そういうことさ」
だからこの街では貴族と宗教家は強い。
その結果の1つが黙認された奴隷商にあったわけで、スクイは期せずしてその1つを潰していた。
「つまりだ。建前では信仰はいくつあってもいいが兄さんみたいな人間は死の元に皆平等って考えはこの街じゃ大声で言うと危険なんだよ」
「ああ、それなら大丈夫ですよ」
店主が気を回し説明から入った忠告だったが、スクイはにっこりといつもの穏やかな表情を浮かべる。
「この世界の宗教は根絶やしにします」
ひどく当然のように言い放つスクイに、店主は言葉が出なかった。
先程生そのものを否定しないと言った寛容さとは打って変わった固い意志に驚きを隠せなかったのもある。
「この世界でも神っていうのはどれもこれも生の素晴らしさを前提にするんですよ。愛も勇気も友情も全部生きてすることで、愛や勇気や友情が、憎しみや恐れや不和を生んでいることに気付きもしない」
綺麗なことだけを作っている顔をして自らが生み出した負の存在に目を向けない。
綺麗なもののみ生まれるのならそれは信仰すべき存在であるとスクイは語る。しかし現実そのようなものはなくただ同量の苦痛が生まれている。生は結局その点で不平等であり、その不平等から目を背け歪な平和が出来上がっている。
「だから全部死の平等で塗りつぶしてやろうと思います。実際愛の神の宗教は格差を生み出す道具として使われてますからね」
「いや、でもよ」
店主は納得は見せながらも言い淀む。
「それは、この街ごと敵に回すってことだぜ?」
いや、違う。目の前の男は全ての宗教と言ったのだ。
もしこの男が正気なら、否正気でないことは前提として本気で言っているのなら。
この男は世界を敵に回すつもりでいる。
「もちろんそのリスクは仕方ありません。とはいえすぐというつもりもないのです。他にも救いを求める者はたくさんいますからね」
そう言いながらスクイは立ち上がった。店主は困惑する。何かを始めようとしているようだが、何をするのだろうか。
「ところで店主さん。今日は私以外にお客さんが?」
その言葉に返事をするより前に店主はふとその言葉の意味に気づいた。
耳を澄ませるが何も聞こえない。しかししばらく待つとコツコツと歩く音が聞こえた。
「兄さん、悪いが」
「ええ、わかってますよ」
そう言いながらもスクイはただ棒立ちのままだった。彼には構えがない。
しばらくすると扉が開かれ、1人の男が入ってきた。
普通の男に見えた。冒険者というよりは商人、若くも見える顔立ちだが、くたびれたような表情がそれを塗りつぶしている。黒い髪に整った身なり、どこにでもいる疲れた中年にしか見えない。
しかしスクイの目にはそう映らなかった。確実に手練れである。おそらくカーマと同等程度の腕前。彼が店主のいう組織の一員なのだとすればなかなか層の厚い組織だとスクイは心の中で称賛した。
「やああんたか。今日はどうしたんで?」
店主は話しかけた。入ってきた男は。チラリとスクイの方を見る。
「ああ、こいつはなんでもねえ。昔馴染みでな、この街に来たが宿がねえって泊まりに来たんだ。向こうへやろうか?」
「ああ、いやいい。大した用じゃないんだ」
男はひどく退屈そうに、呟くようにそういうと近くの腰掛けに座り込んだ。
「なあフラメさん。あんた大通りに店を出したらしいじゃないか」
「ああ、おかげさまでな」
金の請求か?と言いそうになる店主、フラメだったが、この組織は金がある。つまらない脅しをかけに大切な商売相手を無くしにはこないだろう。
「その腕を見込んでの大きな取引の話なんだが、端的にいうとナイフが大量にいる」
「ほう」
そいつは助かるが、と言いながら違和感を覚えた。スクイも同じことを思う。
大きな取引に見ず知らずのスクイがいていいのか?という疑問である。
「計画は言えねえが目的は話してもいいことになってる。あんたも身内だからな」
勿体ぶるようにため息をつき、男は話した。
「勇者を殺す」
「正気か?」
店主は慌てたように返し、チラリとスクイの方を見る。明らかに聞いてはいけない話題なのだ。しかし男は気にも留めないようだった。
「勇者は国家べインテの金のなる木だ。魔物を生み出す魔王の討伐という世界の悲願を叶える勇者の補助に大金を要求する割に、勇者にはなんの補助もせず国家が肥え太っているのはもはや皆が知ってるだろうよ」
「だから殺すってのか?まだ子供と聞いたぞ」
「いや何その援助を不快に思う連中はいるって話だ。そしてその矛先が勇者なのさ」
「しかしナイフが大量ってのは……」
「ああ、ナイフってもただのナイフじゃねえ」
魔道具が欲しい、と男は述べた。
「金は後払いになるが勇者を殺せば確実に大金が入る形になっている。払えないということはない。組織もまだあんたを切る気にはなってないさ」
まだ、という点を、決して強調されたわけでもないが、店主は聞き逃さなかった。
そう、いつかは殺される身なのだ。そしてそれはやむを得ない話。組織なくしてこの店はなかったし、自分も商売などできなかった。それを承知で悪事から逃げ商人になった。
ただ自分が援助した商売で何人が死んだろうと思わぬ日はなかった。組織に流したナイフは殺しに使われたろうし、それに自分が関係ないと言える気もなかった。
そして店主自身人を傷つけるナイフが好きなのだ。ナイフは道具と言い訳はしない。ただのナイフならともかく、確実に人を殺すためのナイフを多く売ってきたし、そういった機能や、殺人の鮮やかさにも美しさを覚える自分はいた。
しかし、目の前に差し迫った死が見えたのは初めてだった。
その時気づいたのだ。自分は死にたくないのだと。
いつか死ぬことは認めている。しかし今、彼はスクイという男の存在に胸躍っていたのだ。
今日死んでも仕方ない。毎日そう思えたにも関わらず、今はこの男がどこまで行くのかを、その果てを見たくて仕方がない。
世界を敵に回すという彼の大言を、信じてみたいと思ったのだ。
「殺しましょうか?」
それはひどく簡単に、後ろから聞こえた。
スクイは店主にただそう問いかけたのだ。
幸い前の男には聞こえていない。だが、何かを言ってことは気づいたようで、男は不審そうにスクイを見た。
店主は迷った。本来なら迷うことはない。今回は組織も店主を殺さないと言っているのだ。まだ商売は続けられる。もとより組織には世話になっている。殺されるとしても逆らおうとも思っていなかった。
義理、貸し借り、人情、善悪、そういったものが秤にかかり、店主は目の前の男を殺してくれということは間違いだと考えた。
店主はゆっくりと首を横に振った。
「ところで」
もう一点、これは念のために聞くことだがと述べる。
「入り口に大金があったな?」
「ああ、こいつのだ。ずいぶん長く滞在するからってな。これでも小金持ちなんだ」
「ああ、なら問題ないだろうが」
男は数枚の紙を取り出しながら話す。
「最近組織の金を持ち逃げしたバカがいてな。そいつらは路地裏でくたばってたんだが金は無し。てことで一応組織内の人間の家に行くときは金貨の番号を確認するように言われてる。悪いが確認取るぜ」
「ああ、構わんよ。なあ」
「あ、そいつら殺したの私です」
少しだけ、男は黙った。
男は紙を近くの机に置き、ゆっくりと立ち上がると、スクイに近づいた。
「なんで俺がお前の同席を許したかわかるか?」
男は言うと同時にスクイの腹に蹴りを入れた。痛烈な一撃。スクイの口からは、ごぽっという音と共に血が飛び出した。
「お前みたいな取るに足らん人間どうとでもできるからだ。適当な茶々を入れるな」
次は殺す、と発言しようとして男は目の前のスクイの異変に気づいた。口から出た血の量は明らかに内臓を傷つけた物だった。いくらでもこういうことをしてきたのだ。感覚でわかる。
だがスクイは笑っていた。
「あ、ああ」
血を流し、激痛で立つこともままならないはずの体で、むしろ今目が覚めたように笑っていた。
「ああ!痛い!痛いなあ!死が近くにいらっしゃるのが実感できる!痛みが!痛みが足りない!」
スクイの叫びに男は気づいた。こいつは正気を失っているのかと。そして先程まではなんでもなかった男が声を上げた瞬間、男は直感的に気づいた。これはマズいと。
「もっと、もっとだ!もうどうでもいい!組織とかお金とか店主さんとかそういうことじゃない!死だ!死がいらっしゃる!」
完全にトリップしてやがる、そう男は思いハイキックを側頭部に打ち込んだ。その勢いでスクイは床に倒れ込む。
確実に死ぬはずの一撃。
「おお!死よ!そこにいらっしゃるのですか?わかる!感じるぞ!死が!」
スクイはそう話しながら不自然なほど勢いをつけず、ぐにゃりと起き上がった。
「さあ、もっとだ!死を感じる!ありがとう!救いを!救いを与えねば!」
「なんだよこいつはよ」
もっともな言葉を吐きながら男は構えた。
目の前の異常者を排除するために。
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