クロワシとハクチョウ

mizunotori

クロワシとハクチョウ

 タカギ・ゴンザレス・ヨシノリは、その検査結果を確認して、得心まじりの嘆息を漏らした。強化レジン製のフェイスバイザーがわずかに曇った。


 年齢は18歳。身長は208cm。体重は88kg。火星エリダニア自治区の生まれ。その血の半分ほどは日本人で、もう半分はさまざまな民族の混血ミックス。際立って発症リスクの高い遺伝病は無し。座学は優。体力テストは良。


 しかし“パイロットには不適格”という残酷な文字列。


「ゴンゴン、どうだった?」


 隣の席の――と言ってもリモートで受けている授業だが――マリ・フランソワ・ントゥヴェニの声で我に返ったヨシノリは、思わず笑って誤魔化した。


「やっぱりだめだったよ、予想どおりだけどさ」


「弱気なこと言わないの。ゴンゴンファイト!」


 ヨシノリのバイザーに投影されているマリの映像が、謎の掛け声とともに快活に笑った。ヨシノリも思わず苦笑してしまう。


 そう、二人には約束があった。ともに“人型戦闘機”ヒューマノイドファイターのパイロットになるという約束が。だが、いまも進むHFの超高性能化は、今後十数年にわたってさらに加速度的に進行し、軍の少数精鋭傾向がますます強くなると予測されている。必然、狭き門である。


 それはヨシノリとマリの、幼い頃からの夢だった。同じ道を二人でまっすぐに歩いていくのだと無邪気に信じていた。彼はいつ気付いたのだったか。同じだと思っていた道が本当は異なっていたことに。もうすぐそれは二つに分かたれて、そして二度と交わることがないということに。


「別に適性検査が絶対ってわけじゃないんだよ」


 マリがことさらに明るい声音を使う。


「あくまで目安なんだからさ。ほら、現役の軍人さんだって、けっこうギリギリだった人は多いって聞くよ。エースのカレスニコフさんでもSPEとERCの数値が1000を切ってたから、もうぜったい不合格だと思ったってインタビューで言ってたし、まあカレスニコフさんはそれ以外の数値が飛び抜けてたって話だけど、それで言うならクハドラーウィさんとかさ、宇宙軍学校で退学寸前だったって有名だよね、いやゴンゴンだってぜんぜん悪くないじゃん、少なくともこのクラスのなかでも私の次くらいに数値は良いんだし、元気だしてこ!」


「そうだね」


 ヨシノリはそう頷いてみせるしかない。


 他に何が言える?


 彼女のまえで泣き叫べというのか。僕には無理だと。もう諦めると。


「ねえ、楽しいこと考えようよ。もしHFパイロットになれたらさ、パーソナルマークなにがいい? 私、ずっと考えててさ、あの、白鳥がいいかなあって思ったり……ほら、うちの家紋が白鳥なんだよね。それで子供の頃から好きだったし。ゴンゴンは?」


「じゃあ僕は、そうだな、マリが白鳥なら、黒鷲かな……」


「かっこいい! やる気まんまんじゃん!」


 思わずといった感じで、マリは腕を振り上げた。


「受験までもう一息だよ。一緒に頑張ろうね。ゴンゴンファイト、だよ!」


「うん、ゴンゴンファイトだね」


 ゴンゴン、約束だよ。

 ぜったい一緒にパイロットになろうね。

 約束だからね。

 約束――


 ◇◇◇


<……ス、……ボス!>


 野太い声に急き立てられて、クロワシは反射的に身を起こした。遠い、遠い旅をしてきたような気分だった。暗闇が視界を埋め尽くし、生ぬるい液体が肌にまとわりつく。フローティングタンクのなかで仮眠を取っていたことに思い至って、彼はようやく見当識を正常化する。いまは共通暦2832年。ここは宇宙艇俺の船だ。


 スピーカーからまた声がした。


<起きましたか、クロワシ>


「ジェイムズか」


 仮眠中のクロワシに事前の断りなく通信を繋げられるのは彼しかいない。


<そろそろ斥候が戻ってきます。おそらく間を置かず軍の奴らもやってきますよ>


「わかってるさ」


 部下を安心させるようにわざと鷹揚に言ってみせる。


「また返り討ってやろうじゃねえか」


 ジェイムズに指示を伝えると、クロワシは手早くパイロットスーツに着替えて船長室を出た。


 向かった先の格納庫には黒光りする愛機が吊るされている。旧式のHFを改造したものだが、軍に配備されている量産型と性能では遜色ない。これでクロワシは、小惑星帯を荒らしまわり、各地の警備隊を撃破してきていた。


 整備員に確認を取り、搭乗席へと乗り込む。戻ってきた斥候からの情報を頭に叩き込む。機体チェック。進路クリア。そしていったん通信を切ってから「ゴンゴンファイト」と小さく呟く。こんな間抜けな験担ぎを部下に聞かれたら威厳がガタ落ちだ、とクロワシは自嘲する。すぐに通信をオンにして、


「出るぜ! クロワシ様のお通りだ!」


 メインスラスタを全開にした。

 

 加速。そして広大な宇宙へと放り出される。


 クロワシはこの瞬間が好きだった。満天の銀河。畏ろしいほどの静寂。戦いのことなど脳裏から消え失せる。……だがそれも一瞬のことで、クロワシはすぐさま斥候の報告があった方向へ機体を向けた。


 敵部隊も一機。決して油断のできる相手ではない。怪物的進化を遂げたHFの性能は、いまや単騎でも衛星規模の戦場の制圧を可能にする。ましてや、いま対峙しようとしているのは、これまでのように各星に配備された警備部隊ではない。かつてクロワシがあれほど焦がれた中央正規軍の精鋭部隊のひとりだ。


 やってやる。


 知らずクロワシの身体に力がこもる。正規軍は、その力を出し惜しみしているのか、ほとんど戦場に出てくることがない。奴らのなかに俺ほど実戦経験を積んだパイロットはいまい。やってやるぞ。かつての屈辱を叩き返し、ざまあ見ろと言ってやる、見る目が無かったなと嗤ってやる――


 遠く閃光が見えた。


 点が線となりめちゃくちゃな軌道を描いて近づいてくる。


 ――ッ、速い!?


 それはクロワシの想定をはるかに超える速さだった。


 必死に迎撃の機動を取ろうとするが、敵機はそれを嘲笑うように目まぐるしく機動を変える。バカな。これほどの差があるわけがない。いくらなんでもこれほどの差は。ダメだ。間に合わない。バカな。俺が。俺は。


 そして、クロワシは最期にそれを見る。


「あのパーソナルマークは、」


 ◇◇◇


 クロワシは宇宙から消滅した。


 ◇◇◇


<マリ、今日は荒れてたな、動きが力任せになってたぞ>


「……賊のリーダー、クロワシっていう名前だったでしょ」


<らしいな、このあたりでは相当に暴れてたらしいが>


「初恋の人を思い出しちゃって……」


<なんだそりゃ、あの一緒にHFパイロットになると約束したとかいう幼馴染?>


「そう、なんだか八つ当たりしちゃった」


「思い出を汚された気がして」


「ずっと会えてないな……」


「いまなにしてるんだろう……ゴンゴン……」

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