第2話

 沈みかけた太陽の光が、教室全体を淡いオレンジ色に染め上げている。まだ教室内に残っている同級生の声や、廊下を駆け回る音が耳に入って、すぐにすり抜けた。私の視線は目の前の存在から動かない。動かせない。ぐわんと大きな耳鳴りがして、心臓がバクバクと嫌な音を立てた。

『  』

 彼が口を開いている。その声を聞き取ることは出来ないけれど、彼が私のことを呼んでいることは理解できた。そして、このあと彼が口にする言葉を予想することも。

 だって、これは過去だ。私の心の奥底に眠る傷だ。だから、予測も何もなく、ただかつてあったことをなぞっているだけなのだ。

『     』

 やめて、言わないで。




 ――――ピピピピピピピピ。

「ッ!!」

 無機質な機械音が耳元で鳴り響いて、私はがばりと身を起こす。だらだらと全身を流れる汗は気持ち悪く、ドッドッと心臓の音はうるさかった。乱れた息のままスマートフォンのアラームを止めるついでに時間を確認する。今日も仕事だが、早めにアラームを設定しているお陰でシャワーを浴びる時間くらいはありそうだ。

「ああ、もう、最低な夢。久しぶりに見た」

 ぐしゃりと髪を掻き回しながらベッドを出る。瞬きの度に夕暮れが迫っては消えていった。夢の内容は、時間が経つにつれぼろぼろと記憶の中から零れ落ちている。それなのに心臓の奥の靄だけがずっと存在を主張していた。咥内の唾液を飲み込もうとすると、喉に蓋があるような感覚がして、顔を顰める。本当に存在しているわけではないものに振り回されるのは、何年経っても慣れなかった。

「おはよう、水原」

 ガチャリと寝室の扉をあけてリビングに足を踏み入れた瞬間聞こえた声に視線を上げ、目を見開く。ソファに座ってこちらを振り向く神様は、柔らかく笑っていた。

「…………いっそ、これも夢ならいいのに」

 ずるる、と脱力するようにその場に沈み込む。視界が歪んでいるのは、膝と目の距離が近いせいだ。その他に理由なんてあるわけない。

「なに、悪い夢でも見たの?」

 とん、と軽い音がしたあとフローリングを歩いて近づいてくる気配がした。視界に少しだけ日焼けした素足が映る。顔をあげられないでいると、肩に若干の柔らかさを感じた。それから、とん、とん、と撫でるような動きに変わる。

「かわいそうに」

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