私と神様

胡桃

第1話

 家に帰ると、そこに神様がいた。

 神様は私より頭一つ分小さくて、私と比べたら随分と幼い顔つきをしている。リビングのドアを開けた状態で固まった私を振り返った神様は、勝手に私の家のソファに座ったままにこりと笑った。

「おかえり、水原」

 ぎゅ、と心臓が音を立てて縮まって、手から鞄が滑り落ちる。最低限の荷物しか入っていない鞄は、床に落ちた衝撃で口が開いてしまい、中からずるりとスマートフォンが転がった。

 落ちたものを拾い上げなければ。スマートフォンの画面が割れたりしていないか確認しなければ。

 そんな思考は頭の片隅にだけ存在して、体を行動にうつしてくれなかった。目の前にいる神様に、心も脳も奪われている。私は、水原詩織は、彼のことを、知っていた。

「……ただいま、私の初恋」

 震えた声は、神様のお気に召したらしい。にっこりと笑ってソファから起き上がった彼は、大体小学生くらいの年齢に見えた。いや、見えたのではなく、確かにそうなのだ。時折大人に変わることがあっても、彼の基本はそこで固定されている。動けない私の代わりに散らばったものを拾い集める手は小さくて、声変わりの終わった声は少し掠れていた。

 神様、神様。私の、初恋。数えるのが嫌になる年数拗らせ続けて、結局、私が心に飼ってしまった、初恋の姿を模した神様。私の心にしかいないはずの、偶像崇拝。

「…………幻覚が見えるなんて、よっぽど疲れてるのか。それとも起きながら夢でも見ているのかなぁ」

 自嘲気味に笑いながら、彼から鞄とスマートフォンを受け取る。画面に割れは見られず、電源ボタンを押したら正常に稼働した。神様はそんな私を見て、肩を竦めて小さく笑う。

「水原が会いたいって願ったから、俺はここにいるんだよ」

 ぎちり、と胸の奥から音が鳴った気がした。初恋から産まれた偶像崇拝である以上、神様は私が望まなければ存在しない。だから、彼の言葉はきっと、真実なのだ。でも、だけど、私は、そんなことを願ったことなんて、一度もないのに。心の中の彼に縋ることはあれど、実際に彼に会いたいと思ったことなど、一度もないというのに。なのにどうして、私の初恋は私の目の前で笑っているんだろうか。

 神様に問うたところで先ほどの言葉以外返ってこないだろう疑問がぐるぐると頭の中を巡る。考えても仕方がないと理解しているのに、考えずにいられない。いっそ、本当にただの幻覚であればよかったのに。それなら、私の頭がおかしくなっただけですむのに。

 そんなことを思いながらスマートフォンを握る手を見下ろす。これを受け取った時に触れた小さな手からは、確かな体温が伝わってきた。私の手で覆い隠せてしまえそうなほど小さいというのに、簡単に私を殺せてしまえそうなほどの質感で。

 彼をまぼろしと思い込むには、ひどく甘美なぬくもりだった。

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