代表
「大変です、ライオット伯爵軍、今日の夕方ぐらいにはこの街に到着する勢いです!」
「困ったねぇ」
それを聞いてレセッタはため息をつく。
「でも領主が逃げたということは私たちは抵抗しないということですよね? だったら戦いになるよりはましなんじゃないですか?」
リンが素朴な疑問を述べる。
何人かの神官は頷いたが、フィリアやティアの表情は暗いままだった。そんな微妙な空気の中、やはりレセッタが口を開く。
「それはライオット伯爵が善良な人物で、軍勢の統率がとれていた場合だね。この街で誰も抵抗しないってことは金品を奪い放題だし人も攫い放題ってことだ」
「確かに……」
それに気づいたリンの表情が暗くなる。
ラザフォード王国は歪んだ職業制度はあったが、平和ではあった。エートランド王国だって貴族たちの間ではバチバチしていたとしても一般人は一応平和ではあったのだろう。
レセッタの言葉を聞いてようやく危機感を抱いたという者もいた。
「方法はあるにはあるけど、やってくれる人がいないのが欠点だね」
「どんな方法があるんだ?」
「簡単なことさ。あたしの力を使って誰かを街の領主にふさわしい職業の持ち主に“偽装”する。そうだね、さすがに貴族級の職業は無理だけど“代官”とかその程度ならいけるかな。そしてその人物にライオット伯爵と交渉させ、あたしらは抵抗しない代わりに平和的に占領してもらうというのが落としどころじゃないか」
「確かに、現実的な案だ」
そもそもこの街に軍勢がどのぐらいいるのかもよく分からないが、抵抗したらそれなりに厄介だぞと思わせるのもその人物の力量だろう。
とはいえ、伯爵相手に渡り合い、今後もこの街についての責任を持ってくれるような人物を数時間で見つけるのは難しい。
「あ、あの……」
しーんと静まり返ったところで不意にティアが手を挙げようとする。
「待ってくれ」
俺はティアの声を遮るように叫ぶ。確かにティアはこの役目に最適なのかもしれないが、そんなことをすればすぐにロシュタール公もエルム公もこの街に軍勢を差し向けてくるだろう。
思いつめた顔をしているティアに俺は慌てて耳打ちする。
(待ってくれ、そんなことをしたら絶対に正体がバレて大変なことになる)
(でも、誰かが名乗りを上げないとこの街が大変なことになるんですよね?)
(それはそうだが、別にそうならないかもしれない。今のティアはただの冒険者だ。そこまで頑張らなければならない責任はない)
ティアは自分を巡っての争いが激化するのを防ぐため、「王女」という職業を放棄した。
それがいいか悪いかはさておき、その時にこの国に対する責任もなくなったと言える。
(ですが、仮に私が王女でなかったとしても、見過ごせません。今この街が蹂躙されれば、勢いにのったライオット伯は他の街まで蹂躙する可能性があるんです!)
それでもティアは一人の人間として人々を見過ごせないと思っているのだろう。
(だからってティアが名乗りをあげる必要はないし、むしろ逆効果になるかもしれない)
(ではどうすればいいんですか?)
普段あまり自己主張をしないティアが珍しく俺に向かって激しく意志をぶつけてきて、俺は少し驚く。
とはいえ、思い返せばそこまでの覚悟がなければ王女が国を捨てるという決断は出来なかったはずだ。
「随分長い間ひそひそ話しているけど、何か言いたいことでもあるのかい?」
「本当はもう薄々分かってるんだろ? その役割にふさわしいのは自分しかいないってことが」
俺がレセッタを見て言うと、彼女は大きくため息をついた。
「はあ。やっぱりあたしがやらなきゃいけないのか」
「だってずっとこの街にいたレセッタが誰の名前も挙げないんだ、それならそうなるしかない」
俺の言葉に、周囲のエセ神官たちや、ここに避難してきていた街の人々も喝采を送る。やはり彼女は街の人々の人望は篤いようだ。
「とはいえあたしはこんな力しかないし、仮に街の人々をまとめられても男爵家の残党をまとめることは出来ないよ」
普段強気なレセッタだが、珍しく弱気なことを言う。
彼女は何となく人々の中心になっているが、本来そういうのは苦手なタイプなのだろう。
「そうか。一体何が足りないって言うんだ?」
「あたしは別に武芸や魔法が出来る訳でもないし、男爵家の人からはうさんくさがられてる。仮に職業を偽装しても信じてくれない」
「そうか。それならその役は俺がやろう」
「え?」
突然の俺の言葉にレセッタは困惑の声をあげた。
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