理由

「あたしが言うのも何だけど、何でそこまでしてくれるんだい?」

「街の人々が危険な目に遭うのを見過ごせないからだ」


 正確には見過ごせないのはティアだが、ここは断言してしまう。

 が、周囲の人々はみな微妙な反応をしている。よそ者が急にきれいごとを言い出したから警戒してるのだろうか。

 ならば分かりやすいメリットを話すか。


「それに俺は職業を売買できるが、自分で自分の職業を持つことが出来ないんだ。だから俺にいい感じの職業を偽装してくれれば今後便利だと思ってな」

「なるほど、それは確かにメリットだねぇ」


 ようやくレセッタは頷いてくれる。まあ領主が我が身惜しさで逃亡するような街なのだから、よそから来た人が急に無償の好意で自分たちを助けてくれると言われても信じられないのだろう。

 とはいえここで街の指導者的な人物になっておけば職業集めをするのにも便利かもしれない。


「分かった、そういうことならあんたを『代官』にしよう。本当はもっとすごい職業にしてもいいんだけど、それはあたしには出来ないからねぇ」

「兵士をまとめるだけなら十分だ」


 レセッタは俺に近づいてくると、手をかざす。

 そしてレセッタに俺の職業を“偽装”されそうな気配がしたので俺はそれを受け入れる。


 すると、確かに俺は自分が職業を持っていないのに「代官」を持っているように見えるという変な感覚になった。

 レセッタも能力を使った感じが少しいつもと違うと思ったのか、


「へぇ、職業を持っていない人を変えるとこうなるんだ。おもしろいねぇ」


 と感心する。


「それならあたしたちは街の人々をまとめるから、可能な限り男爵家の人々をまとめて欲しい。まあ最悪失敗したらしたで何とかするから出来る範囲で構わないさ。あたしは夕方までに折を見て男爵屋敷に行くから、そこで落ち合って、ライオット伯爵の元に会談に行こう」

「分かった」


 今日の夕方までとなれば時間はほとんどない。

 レセッタは素早く方針を決めると飛び出していった。俺たちも教会の近くにある男爵屋敷へと向かう。


 街に出ると人々は慌ただしく走り回り、そんな中エセ神官たちは人々に落ち着くよう呼び掛けて回っていた。


「すみません、私のために」


 教会を出るとティアが申し訳なさそうに言う。


「何の話だ?」

「ですから、私がここの人々を救おうと思ったけど、でも私が名乗り出るとまずいので代わりにアレン様が名乗り出てくださったんですよね?」


 ティアはそのことを負い目に感じているらしい。

 真面目なティアらしい言葉だ。


「それはそうだが、ティアの言葉がなくてもどの道こうなっていたとは思う。人望的な意味で街をまとめられるのはレセッタだけで、あの場で実力的な意味でレセッタを助けられるのは俺たちだけだったからな」

「でも、本当に良かったんですか?」


「ああ。これまで基本的に職業を売ってもらうことは多かったが、『代官』みたいな高い地位の職業を手放す人はいなかったからな。これは合成には使えないだろうが、これを手に入れられたのは大きい。それに、俺はただ男爵家の人たちに呼びかけるだけだ。別にそこまで大変なことではないだろう」


 もちろん呼びかけた結果多数の人が俺についてくるとなれば大変だが、実際はそうはならないだろうし、何なら俺たちが着くころにはほぼ逃亡済みかもしれない。

 どちらかというと俺はレセッタが立ち上がるために背中を押すために引き受けたという気持ちが強かった。


「それにご主人様なら何だかんだ成し遂げてしまいますよ」


 リンはいつも通り楽観的な言葉を言うと、フィリアが眉をひそめる。


「さすがにそれは難しんじゃ? いくら私たちが強くても、それと彼らが従ってくれるかどうかは別問題だし」

「ちょっと、何でそんなこと言うのですか?」


 フィリアの現実的な意見にリンはむっとする。

 とはいえ、俺にはどちらでも良かった。


「まあまあ。所詮他人のことは他人のことだ。それに誰も俺たちに従わずに逃げていったら成り行きで男爵屋敷を手に入れることが出来るかもしれないぞ」

「なるほど、それならそれでいいですね!」


 途端にリンは表情を輝かせる。

 男爵家の人々が一致団結しているのならばそうはならないが、それならそもそもこんなことにはなっていないはず。


 そう、基本的に俺が引き受けた役割は損にはならないはずだ。もちろんライオット伯爵ににらまれたり、戦うことになってしまったりすれば話は別だが。


 そんなことを考えつつ俺たちはホーク男爵の屋敷に向かったのだった。

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