無主の街
そこへ騒ぎを聞きつけてリンたち三人や、エセ神官たちも次々と起きてくる。
やがてレセッタも眠い目をこすり、酒臭い息を吐きながら歩いてきた。
「全く、一体何だってんだい? とりあえず街で一番事態を把握してそうな人を連れてくるんだ! それからあたしたちは皆二日酔いで頭が回らないからコーヒーを入れてくれ。それからお前たちは街の様子を見にいってくれ」
頭が回らないと言いつつもレセッタはエセ神官たちにテキパキと指示を出してくる。
そして一通り指示を出し終えたところで俺たちに気づいた。
「そう言えばあんたたちも起きてきたのか。それならさっさとここを離れた方がいいかもしれないよ」
「そうは言っても何が起きたのかぐらいは把握しておかないと、今後どうしていいかも分からないからな」
向かってくる軍勢が俺たちにとっても危険なのか、危険だとしたらどこに逃げるべきなのか、などが分からないと今後の動きが決められない。
「そうかい、そういうことなら好きにするといい。もっとも、何かあれば手を借りるかもしれないけどね」
俺たちは昨日宴会が開かれていた広間に向かい、そこで情報を待つ。
教会には街から逃げてきた人が入ってきたり、断続的に情報が入ってきて、そのたびにレセッタは適宜対応していた。何だかんだ彼女は人をまとめる器なのだろう。
それがひと段落すると、レセッタは俺たちの方に向き直る。
「まあ大体状況は分かったよ。この街の領主はホーク男爵という人物だけど、エルム公の一派と思われている人物だ」
エルム公というのは、エートランド国王が現在身を寄せている大貴族である。現在エートランド王国はロシュタール公が「大公」を名乗って王宮を事実上占領しており、ロシュタール公陣営とエルム公・国王陣営で対立しているというのが、俺たちがここに来る前に知った情報である。
「それでどうも近くに領地を持つライオット伯爵という人物がロシュタール公に味方すると宣言して攻めてきたらしい」
「でもライオット伯爵はロシュタール公と縁がありましたっけ?」
そう尋ねたのはティアである。この国の情勢に詳しいから思わず気になってしまったのだろう。
ティアのことをよそ者だと思っていたレセッタは驚いたように眉をぴくりと動かす。
「よく知っているね。その辺はあたしもよく分からないが、察するに王宮周辺が混乱しているうちに周辺の小領主を勝手に攻めて領地を広げようとしているんだろう。で、ホーク男爵がエルム公陣営だからロシュタール公の味方ということにしているんだろうさ」
「なるほど」
ティアは納得したようだが、その表情は暗い。
自分の祖国でそのような仁義なき内乱が始まれば誰でも暗い気持ちになるだろう。
「ちなみにボルグ村は誰が領主なんだ?」
「一応ホーク男爵の領地だけど、すでにライオット伯軍の手に落ちているかもしれないねぇ」
レセッタは難しい表情で言う。
そういうことならボルグ村に戻るのも、この街にいるのも大して変わらないということだろうか。
「ライオット伯爵という人物は占領した街の人々に危害を加えると思うか?」
「さあ、何せこれまで国内で戦いなんてなかったからこればかりはあたしにも分からない」
レセッタも困ったように首を振る。
するとティアが張り詰めた口調で言う。
「ライオット伯爵は敵対する人物には容赦がない方と聞きます。もしホーク男爵が敵対するなら良くないことになるかもしれません」
「詳しいねぇ」
先ほどはあまり気にしなかったレセッタだが、二回目ということもあってかティアに注目する。
するとティアは慌てて取り繕った。
「実は私の両親はこの国出身だったもので」
まあ、国王もこの国の出身だから嘘ではないが。
「ふーん、それにしても詳しいような気もするけど……まあいいわ。おそらくそのうちホーク男爵が何か通達を出すだろうから、抗戦するようなら逃げた方がいいし、降伏するようなら待つしかないね」
レセッタが言ったときだった。
一人のエセ神官が血相を変えて部屋に駆け込んでくる。
「大変だ、大変だ!」
「何だい、そんなに慌てて」
「それが、ホーク男爵、ライオット伯爵軍の進撃に恐れをなして身一つで逃亡したとのことです!」
「何だって!?」
その報告を聞いてさすがに辺りはしんと静まり返る。
それまであまり動揺を見せなかったレセッタもさすがに口を開いたまましばし絶句する。
まさか小なりといえども貴族が身一つで逃げ出すとは。
「面倒なことになったねぇ。敵が攻めてくるというなら誰かが降伏なり抗戦なりの指揮をとらないといけないことになる訳だけど、領主がいないとなると一体誰が」
そう言ってレセッタはため息をつくのだった。
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