職業交換
「……と言う訳で俺は職業をもらえなかった上に言いがかりをつけられて叩かれたんだ。しかもそれまで友達だと思っていたやつにまで見捨てられるし。酷くないか?」
最初は初対面の人に話してどうするんだ、と思ったが話していくうちに理不尽な扱いに対する怒りが込み上げてきて、どんどん俺の口調は熱を帯びていく。
「リオナのやつも聖剣士になったのがすごいからって……もしかしてあいつ俺が無職だから見捨てたんじゃないか? もう自分は聖剣士になったからそんな幼馴染はもういらないって!」
「まあまあ落ち着けって」
男二人はひょろりとしたのっぽと小太りのコンビだったが、小太りの方が俺をなだめようとする。
「結局どんな奴だって相手を職業で判断するんだよ。強い職業を手に入れれば媚びへつらうし、そうでなければ弱い職業だったら馬鹿にされる。十五までは虐められていた奴が強い職業を引いて今度は虐めていた奴を虐めるなんて話はよく聞くぜ? 別に君の幼馴染が特別クソな訳じゃない」
「それはそうだが……でも今まで仲が良かったはずの幼馴染までそういう奴だとは思わなくて」
「それはやっぱりグローリア神がクソなんだよ」
すると今度はのっぽの男が口を開く。基本的にこの国の人は職業をくれて繁栄をもたらすグローリア神を崇めているのかと思っていたが、そういう訳でもないらしい。
とはいえ神に向かって「クソ」とか言っているようなやつでも職業をもらえるというのだから変な話だ。俺はドネルやリオナの反応を恨むことはあっても神自体は恨んでいないというのに。
「どういうことだ?」
「聞いてくれよ、俺の家は代々農家で、こいつの家は古着屋なんだ。俺たちも聖剣士みたいなキラキラした職業は欲しかったけど、そうは言ってもどうせ俺は『農民』でこいつは『服屋』みたいな職業だろうってどこかで諦めもついていたんだ。そしたら結果はどうだったと思う?」
「何だろう……」
俺がそう思った時だった。
突然、俺は何となく今話しているのっぽの男が『商人』で小太りの男が『農民』だということが分かってしまった。
ちなみに、普通はその人の職業を見ただけで判別することは出来ない。特別な職業になるか、もしくは神官が識別の魔法を使わなければ分からないはずだ。
おそらく俺が目の前の男たちの職業に興味を持ったから分かったのだろうが……一体どういうことだろうか。
「ということはあなたが『商人』でこちらの方が『農民』? でもさっきの話と逆だな。聞き違えか?」
驚きのあまり俺は思わず口にしてしまう。
二人は目を丸くした。
「そうなんだよ、俺が『商人』でこいつが『農民』だったんだ」
「僕も最初は何かの間違えだと思ったんだ!」
小太りの男の口調にも熱がこもる。
しかも『商人』は『服屋』より微妙にランクが高い。服以外の商品の知識もある程度あるからだ。
「そう思うだろ? それで俺たちも訊き返したんだが、間違えはないし、神が与えた職業に文句を言うなんて不敬だとか言われたんだ」
「だから僕らがむしゃくしゃしてたところで君がいじめられてるからつい助けたって訳だ」
男二人は不満そうに語る。
それで同じように職業で困っていた俺に仲間意識を感じてくれたのだろう。もっとも、まさか無職だとは思わなかっただろうが。
「なるほど、ありがとう」
「でも待てよ? 君は何で俺たちの職業が分かったんだ?」
のっぽの男が首をかしげる。
「確かに……これまで生きてきて分かったことなんてないんだが」
が、そこで俺はさらに変な感覚に襲われる。
二人の職業が逆だったらいいのに、と思ったらなぜかそれが出来そうな気がしてきたのだ。この感覚を言葉にするのは難しいが、その時の俺はなぜか出来ると確信した。
「なあ、二人は職業が逆の方がいいと思っているんだよな?」
「それはそうだが」
「何でかはよく分からないが、逆に出来そうな気がするんだ」
「神殿で殴られた上に友達に見捨てられて頭がおかしくなっちまったか?」
小太りの男が俺を心配そうに見つめてくる。
当然ではあるが職業を入れ替えるなど出来る訳がないし、それをした人がいるという話も聞いたことがないのでその反応が普通だろう。それに恐らくそんな研究をしようものならすぐに神殿に「神にもらった職業を入れ替えるなど不敬だ」などと言われてしまうのがオチに違いない。
正直俺もなぜかそういう感覚がしてくる、という以外に言い表すことが出来ないので困ってしまう。
「まあでも失敗して元々だ。余興だと思ってやらせてみようぜ? で、どうやったら入れ替えられるんだ?」
のっぽの男はよほど自分の職業が気に入らないのか、俺の胡散臭い提案に乗り気のようであった。
「多分二人が入れ替えに同意してくれたらいけそうな気がする」
「分かった」
小太りの男が答えた時だった。
不意に俺は二人から職業を取り出すような妙な感覚を覚える。そもそも職業というのは概念のようなもので、取り出すとかそういうものではないのだが、例えるなら俺から魔法の腕が生えて彼ら二人の中にある概念的なものを掴みとったような感覚だろうか。
そして俺はつかみ取った職業を入れ替えて二人の中に戻す。
「「おお!」」
入れ替えが終わると二人は歓声を上げる。
俺は職業がないからよく分からないが、職業がある人は入れ替わると分かるらしい。
「すごい、こんなことが出来るなんてお前は天才だ、ありがとう」
「ありがとう、これで親父に怒られなくて済む!」
確かに家業があるなら、よほどいい職業でない限りはそれに対応する職業を引いてこなければ白い目で見られるだろう。
そんなの運ではじゃないかと思うが、この世界にはいい職業をもらえないのは神ではなくその人が悪い、という風潮があるようだ。それで俺もあんな扱いを受けたのだろう。
自分が職業をもらうまでは全然気にしなかったし、グローリア神はすごい神様だと思ってきたが、俺には急激にこの世界がうさんくさく思えてきた。
「あ、ああ」
二人はすごく感謝しているようだが、俺からすれば何でこんなことが起こっているのか全く理解できない。言うまでもなく今までこんなことは出来なかったし、気配すらもなかった。
未知の力が手に入った喜びよりも困惑の方が先にきてしまう。
「そうだ、俺たち今日十五の誕生日だからお祝いしようと思っていたんだが、お礼もかねて奢ってやるよ」
「そうだそうだ、僕たちの人生の恩人だからな!」
「じゃあお言葉に甘えて」
どうせ一緒に誕生日を祝おうと思っていたリオナには裏切られた。
それなら自分に感謝してくれている二人と過ごす方が大分ましだろう。
「そうだ、俺たちもやっと酒が飲めるからな!」
「遠慮なく飲んでくれ!」
「ありがとう」
こうして俺は男二人と酒場に繰り出したのだった。
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