手の平返し

 いきなり神を侮辱しているとか言われても、当然ながら俺にそんな心当たりはない。


 というか、この国ではこれまでどんなやつでも職業をもらうことは出来たはずだ。子供のころに殺人を犯したやつでさえ職業をもらえなかったという話は聞いたことがない。

 俺の友人の中にはいたずらで神像に小便を引っかけた奴すらいたが、そんな奴でも問題なく職業をもらえている。だからちょっとやそっとでもらえなくなるようなことはないはずだ。


 だが、それまで困惑していたドネルの表情はだんだん怒りに変わっていく。


「無職の者などこの街で初めて聞きました! お前は一体どんな罰当たりなことをしたのですか!」

「そ、そんな、何かの誤解だ! 犯罪者だって職業はもらえたんだろう!?」

「そこまで寛大な神様すらもお怒りになるようなことをしたということですね!?」

「それは暴論じゃないか!? 何か手違いがあるはずだ!」

「いえ、私はこの儀式は何十度もやってきましたし、神のなさることに間違いがあるはずはありません! これはあなたが悪いことをしたのでしょう!」


 俺は必死に抗議したが彼は全く聞き耳を持たず、無駄だった。

 心当たりは全くなかったが、他に原因が思い当たる訳でもない。


 俺が有効な反論を思いつかずにいるうちに、ドネルの声を聞きつけ、俺の周囲に次々と神官が集まってくる。その中には部屋の前で待っていたリオナの姿もあった。それを見て俺はほっとする。彼女ならうまく言ってくれるだろう。俺は希望の目で彼女を見つめた。


「聞いてくれリオナ、なぜか俺だけ職業がもらえないんだ」

「え……もしかして、無職なの?」

「そうじゃなくて、きっと何かの手違いだと思うんだ! ほら、俺は別に神の怒りに触れるようなことなんてしてないだろう!?」

「嘘……」


 が、リオナの反応は俺が思っていたものとは違った。


 彼女は俺の言葉を聞いて失望するような表情に変わる。

 リオナまで何か誤解しているのか、と思った俺は必死にしゃべり続けた。

 

「俺が神を冒涜したとか言われているけどきっと何かの間違いに決まっている! リオナなら俺がそんなことする訳ないって分かるよな?」


 が、俺の言葉に被せるようにドネルが口を開く。


「いえ、彼は寛大なグローリア神から職業をもらえないという事実が何よりもの証明となっております」


 が、リオナは俺の言うことよりもドネルの言うことを信じたようだった。

 彼の言葉を聞いてリオナの表情は蒼白になる。


「そうなんだ……今まで友達だと思っていたけど失望したわ。今からあなたとの縁は切る。さよなら!」


 そう言ってリオナは踵を返すと、足早に俺の元を離れていく。


「そんな、待ってくれ、リオナ!」


 これまで約十年の付き合いがあったのに、いくらこいつが偉い人だからって俺よりもこいつを信じるなんて。結局無職よりもえらい職業を持っているやつの方がいいということか。それとも無職の俺なんかをかばえば自分にも飛び火するのが嫌なのか。どちらにしろ最悪だ。

 愕然とする俺の周りを神官たちが取り囲む。


「おい、あれが無職か?」

「普通の少年に見えるが、一体どんなことをしたらそこまでの怒りを買うんだ」

「全く、神を冒涜しておきながら職業をもらおうなどと図々しい奴め」


 次々と俺に向かって心無い言葉が浴びせかけられる。何かの間違えではないかもう一度確かめてもらおうかとも思ったが、とてもそんな雰囲気ではない。

 俺の前に立つドネルは厳しい表情で告げる。


「少年よ、過去にどのような罪を犯したのか素直に懺悔しなさい!」

「だから何もしてないって!」

「……分かりました。そこまで意地を張るのであれば私が直々に神の教えを叩き込んであげましょう。皆の者、彼を取り押さえるのです!」

「はいっ」

「おい、離せ! 何かの間違いだ!」


 俺の必死の抵抗もむなしく数人に後ろから腕や腰を掴まれて動けなくなってしまう。

 すると一人の神官が一本の棒を持ってきてドネルに渡す。ドネルはそれを受け取ると、俺に向かって振り上げた。


「おい、やめろ!」

「これは神の力を注ぎ込んだ懲罰棒です。私が神の代わりにあなたの性根を叩き直してあげましょう」


 そう言って彼は棒を振り降ろす。


「痛っ」


 ぴしりっ、という鋭い音とともに肩に痛みが走る。

 そんな俺にドネルは厳しい表情で言う。


「まだ懺悔する気にはなりませんか?」

「痛、だから何もしてないって!」


 白状するも何も俺は本当に何も知らない。

 だが、ドネルは次々と俺に棒を振り降ろす。

 十回ほど棒で叩かれた時だった。


「すみません、職業授与の儀式について聞きたいことがあるんですが」


 そう言って二人の男ががらがらと部屋に入ってくる。

 その瞬間、神官たちの注意が一瞬だけ入口へと向いた。今しかない。


「うおおおおおおおおおおおおっ」


 俺は一声叫びをあげると周囲の神官たちが動揺した隙に拘束を振りほどいて駆けだす。


「待て!」「帰っていいとは言ってない!」


 すぐに神官たちが追ってくるが、俺は無視して部屋を出る。そして一目散へと神殿から脱出した。

 さすがの神官たちも、神殿の外まで走ってくると周囲に人通りがあるせいか、後を追ってくることはなかった。


 それを見て俺はほっと一息つく。

 するとすぐ後から先ほどの二人組の男が出てくる。二人とも儀式に質問があると言っていたが、俺と同い年ぐらいだろう。

 服装的には普通の町人に見える。


「さっきは助けてくれてありがとう」

「いいってことよ」「それより一体何があったんだ?」


 こうして俺は彼らに事情を話すことにしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る