職業交換屋

「う~、昨日は飲みすぎたな。頭いてぇ……」


 翌日、俺は街の広場にあるベンチの上で目を覚ました。昨日は初めての酒だった上に色々とショックなことがあったせいで飲み過ぎてしまったらしい。


 元々小銭しか持っていなかったためか襲われることもなかったのが不幸中の幸いで、二日酔いで頭は痛むもののそのほかは無事なようだった。


「どうしようか」


 俺は考える。昨日までは様々な仕事を手伝いしながら生活していた。大変なことも色々あったが、それも経験を積むことで凄い職業をもらうという夢があったから出来たことである。その目標を達成できないことが分かってしまった今、働く気もなくなってしまった。


 大体、この国で職業をもらえないということは他の人が得ている能力的な恩恵を得ていないということはそもそも不利ということだ。その上十五を過ぎて職業がなければ神殿であったように、それだけでどんな反応をされるか分かったものではない。


 そう考えると真面目に働くのが馬鹿らしく思えてくる。


 俺は体を起こすと酔いを醒ますために周囲を散歩する。街はこれから働きに出る人々でにぎわっていた。『商人』『農民』『酒屋』『兵士』『詐欺師』など様々な職業の者が今もこうしてそれぞれの仕事に……と思ったところで俺は思い出す。


 そう言えば俺が他人の職業を見ることが出来るのは俺だけの特技のようなものだった。現に『詐欺師』という見えてはいけないものまで見えてしまっている。

 『詐欺師』なんて持っていることがバレた日には『お前の人間性の表れだ』などと言われるが、言わなければ普通の人には分からないので別にそれを騒ぎ立てるようなことはしない。

 これまではそんな職業のやつは胡散臭いと思っていたが、急に親近感が湧いてくる。きっと彼もなりたくてなった訳ではないのだろう。


「でもこの力があればもしかすると稼げるじゃないか?」


 冷静に考えれば昨日の二人組のように自分に職業に不満がある、もしくは誰かと交換したいと思う人は多いのではないか。普通は職業を交換することは出来ない以上、この力を使えば稼ぐことが出来るのではないか。

 そう思い立った俺は早速家に帰って大きな紙を見つけると、そこに『職業交換屋 一回銀貨五枚』と書く。正直値段は適当だ。何せ俺以外にこれが出来る人はいないし、こんなことを言って信じてもらえるのかも分からないのだから。

 そして俺はその紙を持って街の広場に向かい、道行く人に呼びかける。


「職業交換屋です! 職業交換をしたい二人組がいれば銀貨五枚で交換をします!」


 が、最初は俺の呼びかけに対する反応は冷たかった。

 通り過ぎる際に「そんなこと出来る訳ないだろ」「新手の詐欺か?」などと言いながら声をひそめて陰口をたたかれる。

 俺だって他人が同じことをしているのを見れば同じ反応になるだろう、と思いながらも信じてもらえないことが悔しくなってくる。


 それでも叫び続けていると、昼頃になって一人の男が俺の前で足を止めた。明らかにカタギではなさそうな男の登場に俺はどきりとする。

 ちなみにこいつの職業は『ならず者』だった。彼は看板を指さして訊ねる。


「おいお前、それは本当か?」

「ああ。証拠というほどではないが、あなたの職業は『ならず者』だ。俺にはそれが分かる」

「ほう? だが、俺はこんな風体だからそんなのは見れば分かることだ。それに職業が分かるからといって交換できるとは限らないしな」


 そう言って男はぎろりと俺を睨みつける。

 しかし俺は職業すらもらえなかった男だ。なぜか備わっている職業交換の力を生かさなければただの最底辺として生きていかなければならなくなる。


 どうせ失うものは何もないんだ、と俺は腹をくくった。


「交換して欲しいなら交換に同意する相手を連れてきてくれ」

「いいだろう。ただしもし詐欺だったらただじゃおかないが、それでもいいな?」

「もちろんだ。こっちこそ本当だったら銀貨五枚、払ってもらおう」


 俺も強気で言い返す。


「ふん、この忌々しい職業が辞められるなら銀貨五枚なんて安いものだ」


 確かに「ならず者」なんてそういう性格ではない人にとっては辛い職業だろう。彼もよく見ると人生がしんどそうに見えなくもない。


「何かあったのか?」

「見ての通りだ。俺は『ならず者』なんかを押し付けられたせいで家から追い出され、雇ってもらおうにも職業を言うと追い出されてきて、挙句本当にならず者になっちまったよ。全く、それで本当にならず者になったらなったで白い目で見られるしどうすりゃ良かったんだが」


 男は吐き捨てるように言う。


 ならず者であることを隠すためには他の職業を言わなければならない以上、嘘の職業を言うのも難しい。

 ちなみに、職業を偽ることは神を冒涜することになって犯罪らしいので、彼のような職業の者はかなり生きづらいのだろう。

 そう考えるとこの仕組みもなかなか業が深い。


 それまでは当然のように思っていたこの国の仕組みも、急に闇だらけのものに思えてきた。


「……では相手を探してくるからちょっと待っていてくれ」

「どうせ日が暮れるまではここにいる」


 それからしばらくして、男は気が強そうな「農民」の若者を連れて戻って来た。


「お前が職業を交換してくれる男か」

「そうだ」

「俺は農家の三男だが、うちの兄弟は皆『農民』になったせいで農地が足りなくなって困っていたんだ。だから他に食い扶持があるなら『ならず者』でもいい」


 なるほど、そういう事情があっても転職するに出来ないのか。


「よし、それなら交換を行おう」


 俺は昨日と同じように二人の職業を取り出し、交換する。

 交換を終えると、二人はおお、と感心した。


「やった、これでようやく嫌われ者生活からさらば出来る!」

「これでようやく家を出れるぞ!」


 二人はそう言って喜び合った。やがて元ならず者の男が三枚、元農民の男が二枚の銀貨を俺に差し出す。


「銀貨五枚程度で人生変えられるなら安いもんだぜ、じゃあな」

「ああ、ありがとう」


 こうして二人は去っていくのだった。

 銀貨五枚の報酬よりも特別な力を得たこと、そしてそれを他人の役に立てることが出来たことが嬉しかった。

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