第4話 ホームレスそして借金
Aは新宿コマ劇場前にうずくまって座っていた。
数週間前、知人宅へ転がり込んだが、そう何日もいる訳にはいかなかった。慌てふためいて住み込みの仕事を探しすものの、色よい返事など到底無く困り果てていた。
知人の顔色も曇りがちになり、いたたまれなくなって知人宅を出たはいいが、行く当てなどなかった。
「これからどうすればいいんだ」
沈み込み行く当てもなく、新宿をうろつきたどり着いた先がコマ劇場前だった。
「どうしたの?飯でもくう?」
見知らぬ男に声を掛けられた。返答する気力も無く、ただ首を横にフルだけしか出来なかった
「ねえいいじゃん、ほら立って飯食い行こう」
「結構です」
ふり絞る様な返答に男はびっくりして、こう答えた。
「男だったのか・・・ごめん‼」
女だと思われていたのか・・・そういや、電車でケツ触られてた事もあったな・・・そんなに女に見えるのか。ため息をつきながら、くだらない事を考えていた
Aはどうでも良くなり、そのまま横になった。
人の気配がする・・・Aは目を覚ますと東南アジア系の浅黒い男がAのバッグを漁っていた。
「何してるんだ?」
Aが声をかけると男はナイフを取り出しバックに突き立てて叫んだ
「マネー‼マネー‼」
男はバッグをひったくるとその中身を路上にぶちまけて去っていった。
「はぁ・・・何なんだ」
ぶちまけられた荷物をバッグに戻すA、そのバッグは大きくナイフで切り裂かれていた。
「余計な出費がふえたな・・・」
銀行が開くのを待ち、僅かながらの金を引き出し新しいバッグを買った。今日からは野宿などせずにどっかサウナにでも泊まろう。
翌日からAは日払いのバイトに戻っていた。とにかく、部屋を借りる為の資金が必要だ。その為にはちゃんと働かなくちゃならない。
そう自分に言い聞かせ、気だるい体を引きずり働いた。
世間ではバブル景気もあり、日払いのバイトには困らなかった。世間に疎いAは日払い6500円(今考えたら相当低賃金)で、働き、夜は2000円の格安サウナで過ごした。
それで安い賃金なだけあり軍団作業と呼ばれる程、多人数で一つの引っ越しを行っていた為、力仕事とは言え楽であった。
ただ、引っ越し作業ばかりならまだしも、やっちゃ場と呼ばれる作業はきつかった。夜勤で8000円で10時間から12時間の肉体労働である。
ここでAはトラブルを起こす。作業を全部Aに押し付け、責任者はサボって寝ていたのだ。それに腹を立てたAはこの責任者を殴ってしまう。
責任者はニヤニヤしながら、警察を呼び結局70万の示談金で話が付いた。当然Aに払えるはずも無く、バイト先から借入する事で清算した。
借金は働いた内から3000円天引きとなり、2000円は宿代になる。残り1500円で洗濯と3食出さなければならない。
手詰まりだった。結局、足りない時は貯金から出して、ひと月もせずに貯金は0になった。それでも借金がある内は日払いのバイトを辞め他に行く訳にはいかなかった。
正月も近い11月夜半、Aは新宿駅にいた。精も根も尽き果て、階段上の閉じられたシャッターの前に座り込んでいた。今日はここで夜を明かす事になるのだろうか・・・・
いきなり顔を蹴り上げられた。Aは鼻血を流しながら見上げると、老人が立っていた。続けざまに老人はAを蹴り上げた。Aは訳も分からない暴力に晒される事になった
「何するんすか‼」
Aは叫んだ。老人は呂律の回らない声で答えた
「そこで寝るんだからどけ、どけ‼」
そう聞こえた。老人は持っていた荷物で、Aを殴り続けた。鼻血で息が苦しいがそれを耐え、老人に止める様訴えかけた。
「ちょっとやめろって」
Aはぶち切れて老人を抱えると、階段から放り投げた。うずくまる老人に続けざまに蹴り上げる。
「ひとごろしー‼ひとごろし―‼」
と、叫ぶ老人にAは怒鳴った
「こういう性格だからこういう生活してんだよ。分かってんのか糞じじいっ‼」
そういうとAは近くをうろついていた警官に事の詳細を話し自首した。
新宿警察署に護送され、事の詳細を話すと取り調べの警官はこう言った
「自首?いやお前が返り血を浴びてるのを見て逮捕したって言ってるぞ」
「返り血?これ自分の鼻血っすよ」
鼻の周りには乾いてこびり付いた血が残っていた。
「まぁどっちでもいいわ、自首なんかしたって情状酌量の余地があるかないかだけの違いだ」
Aはとにかく警官が嫌いだ。子供の頃は正義の味方だと思っていた。浮浪者になった自分にはとにかく苛烈な扱いを受けた。
ある時など、職務質問を断っただけで足を蹴倒され。笑いながら
「新宿にいるんじゃねえよ乞食」
と言われた事もある。ある時などは、荷物を取り上げられ、勝手に調べられたりもした。とにかく人権無視も甚だしい、だから警官が大嫌いになった。その上これだ。
結局、拘置期限ぎりぎりの2週間留置所に入れられ釈放された。既に12月に入って仕事もまばらになっている時期だった。
Aは覚悟を決め、有り金をはたいて切符を買った。父親の実家である静岡行きの切符だった。
父親の実家にはAを蛇蝎の如く毛嫌いする祖母もいた。Aの姿を見た祖母は何か一言二言祖父に告げ、奥に引っ込んだ。
祖父は黙って車のエンジンをかけ一言こう告げた
「乗れ」
連れて行かれた先は駅だった。そこで1万円札一枚にぎらされ、顎で改札を指した。
『二度と帰って来るな』
と言わんばかりの態度だった。こうしてAはまた新宿に戻る事になった。
1年半近く経ち、やっと借金を払い終わりそうになった時に、事件は起きた。
学生のバイトが遊び半分で駅でふざけているのを、注意した事で喧嘩になり学生の親が怒鳴り込んできたのだ。
理由を説明したが、警察を呼ばれ住所不定と言う事で一方的な相手の言い分がまかり通ってしまった。結果、何故か相手の自動車学校の経費を支払え?って話になり借金が増えてしまう。
何で自分が学生の自動車学校の経費を払わなきゃいけないんだ、という言い分はバイト先の支店長がこれ以上事を荒立てるな、の一言でかき消された。
そして1年後、その頃には身も心もズタボロになり、円形脱毛症で頭の右半分が禿げあがったAの姿があった。
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