第3話  新聞配達

 パチンコもパチスロも稼げる見込みは今のところ無いと判断し、Aはまた日払いのバイトに戻った。

 その間も就職先を探していたが、身元引受人が無いAを雇ってくれるところは無かった。Aは次第に就職活動を行わなくなり、怠惰な日常を送っていた。

 そんな折、アパートの取り壊しが大家から言い渡された。半年間は家賃を取らないから、その間に立ち退いてくれと言う物だった。

 いきなり崖っぷちに立たされたAは住み込みの仕事を探さなければならなかった。金はあっても保証人無しでアパートを借りるのが至難の業だったからだ。

 数件の住み込み仕事を探すが、いい返事はもらえなかった。分かり切っていた事だが、やはり精神的に堪えた。


 幸いにも鶯谷の新聞配達所が雇ってくれる事になった。早速、部屋の荷物を整理し引っ越しの日をまった。

 ところが連れて行かれた先は中野だった。四畳収納無しの部屋をあてがわれ、荷物が入りきらず、何とか寝るスペースだけは確保した。

 「何故、本人の同意無しに職場を中野に変更したんですか?」

 その問いにぶっきらぼうに、『食いっぱぐれに選択の余地なんかないだろ』との事だった。

 更に”配達のみ”の契約の筈が”専業(配達・拡張・集金)”に変更された。もう無茶苦茶だった。

「いやなら帰ってもいいんだぞ、帰るあてがあればな」

 アパートを引き払った後の、行き場の無い状況でそれを言う店長に切れそうな気分をグッとこらえ、Aは働く事にした。


 この中野と言う地区は非常に癖のある地域で、団地が密集しており学生も多い、学生は踏み倒しが多く集金が中々捗らないと説明を受けた。

 前地区担当から額面にして15万程の負債を回収しろとまで言われた。それが地区担当の役目だと。

 更に追い打ちをかける事がある。通常新聞配達は7時前に完了しなければいけない、のだが、朝刊の到着は最終の朝5時なのだ。

 新聞が到着してから400部あまりに、折り込みチラシを入れて7時までに終わらせなければならない。無謀だった・・・・

 しかも7時を回ると遅配とされ1部に付き10円の罰金が取られる。配達に割ける時間が1時間余りの事を考えると到底無理難題だ。


 それが終わると集金に回る。ついでに拡張もしなければならない。風俗系の客は夜遅くまで帰ってこないからその時間に合わせて集金をする。

 帰って寝れるのが0時過ぎだ。朝の4時に起きて配達所に向かわなければいけなかった。

 元々、中学時代の件もあり、Aはコミュ障気味な事だ、相手に物を売る拡張などは出来るはずも無かった。

 結果、遅々として進まぬ拡張に業を煮やして店長は悪名高い新聞拡張団を入れる事にする。これがどういう物か知らないAは二つ返事でOKを出した。

 次々と飛び込むクレームにAは対応に追われた。やれ扉が壊された、やれ恫喝された等可愛い物であった。


 とある客が激高しながらすぐ来いと言われるがまま、その家に向かうと玄関前にウンコが置かれていた。聞く話によると団員が嫌がらせにして行った物だと言うのだ。

 Aはウンコを片付けながら『こんな風に新規を増やしても集金出来なかったら意味ないだろう』と泣く泣く考えていた。

 案の定、次の月から新規客からの集金が難航した、中には恫喝してまで払おうとしない客まで現れていた。

 前担当の集金もままならないまま、一部を自費で建て替えた。払われなかった購読料は担当であるAの支払いになる。

 最初の二カ月は給料は支払われるどころかマイナスだった。

 給料を貰う為に働いてるのに、逆に取られるってどういう事だってばよ・・・と真剣に悩み、段々Aは精神を病んでいく。


 貯金が底をつき始めると、Aは家財道具や本を売りさばいて、生活の足しにした。金が無いと銭湯にもいけないし、飯も食えない。借金なんて以ての外だ。

 いよいよとなると仕事以外で金を稼ぐしかないと考え始めた。まず最初に思い浮かんだのがパチスロだ。モーニングさえ拾えればと思い近所の店を下見する。

 が、駄目。朝の並びが多すぎてとても打てる状況じゃない。パチンコも新要件機が大半を占め、時間を掛けなければならないと言う事が分かった。

 時間が限られる中、短時間勝負以外出来ないのだ。となれば、休日に日払いのバイト位しか思い浮かばなかった。


 実際やってみると、朝の集合時間に間に合わないのだ、月に二度ある休日だけ日払いをする事にしようとするが、日中休みの日も集金をやる様に指示された。

 結局、手探りでパチスロを打つ事にした。投資を1万までと決め台を選んだ。かわいらしい子猫のパネルをした台が目に入った。

『ワイルドキャッツ』と言う台だ。周辺を見ていると割と早い当りを立て続けに引いている事も気になっていた。

 投資四千円、ズルりと滑って7が揃う。出玉は360枚。等価(5枚100円)なら7千円、7枚(7枚100円)なら5千円となる。

 ここで止めても意味が無いのでトントン(収支が±0)までは回そう。この考えが見事に的中、あれよあれよという間に14連チャンにつながった。

 一回分のコイン約300枚程を使いきったところで流したところ4200枚程になった。7枚交換でも6万円の大勝ちだ。

 が、5万2千5百円・・・・ちょっとまて、てことはここ8枚交換かよ。そう心で突っ込みながらも、大勝ちには違い無い事に安堵し帰路についた。


 本来、パチンコ・パチスロを打つ金と生活費は、別々に管理する事が望ましいがそんな状況でも無く、次第に双方の区別が付かなくなっていた。

 Aがギャンブルに手を出す時、大体の勝率を把握して勝てると踏んだ時だけ打ち続ける様にしている。その点はパチンコの方が把握しやすい。

 単純に千円辺り何回転回れば勝ちにたどり着けるのかだけを考えればいい、パチスロは設定があり設定事に確率が異なる。外からは把握出来ないのだ。

 だからこそ、モーニングなどのサービスを利用して、何とか次の当たりまで粘る事が重要になって来る。そしてもう一つの戦略はズバリ”ハイエナ”と呼ばれる方法だ。

 ハマった台やリーチ目のまま、放置されている台だけを狙い打ちする方法だが、周囲には嫌がられる。切羽詰まった状況で取れる方法はこれしかないと腹を括った。

 仕事の合間を縫って、短時間勝負を掛ける事でなんとか首の皮一枚で食つなぐ毎日だった。


 三か月間働いてやっと仕事にも慣れ、なんとか給料がマイナスからプラスへ転じた。手渡された金額は3千円だった。更に追い打ちをかける様に店長は言う。

 「やったじゃないか。普通三カ月で給料なんて支払わないぞ」

 と・・・・・

『こいつら狂ってやがる』

 状況を考えたら、他の配達員は借金をして来て、それを返し終わるのが三カ月って事だ。配達件数だって300件前後でしかも原チャリで配っている。

 自分は借金無しで400件超え、しかも原チャリが無いと言う事であてがわれたのが自転車だ。同じ条件で考えてもらっては困る。

 文句の一つも言ってやりたかった。だが、ここで揉めたら厄介な事になる。何よりアパートを借りる為の資金はもう底をついているんだ。

 グッとこらえて頭を下げ、仕事に戻った。やり切れない気持ちで満たされて、向かった先は行きつけのパチンコ屋だった。


 パチスロを打つも、貰った三千円はすぐに溶け、追加投資でやっと出たり入ったりと言う展開になった。今後の事を考えながらだらだらと惰性で打った。

 その後も仕事に身が入らず、時間を見つけてはパチンコ屋に入り浸っていた。

 ある日パチスロを打っていると、いきなり髪をわしづかみにされ怒鳴り散らされた。クレーム対応の為、Aを探していた店長の仕業だった。

 引きずられるように店外に連れ出され、怒鳴り散らされいきなり顔面を殴られた。今まで溜まっていた鬱憤が一気に溢れ出した。

 店長の顔を二度三度と殴りつけるA、だが店長は一人で来ていた訳じゃなかった。いきなり怒声が響いたかと思うと後ろから蹴倒され数人から殴る蹴るのフルボッコに会う。

 拡張団の連中に助っ人を頼んでいたのだ。しばらくすると吐き捨てる様に何か怒鳴り、顔面へ蹴りを入れて帰っていった。

 Aは翌日も仕事に出ていた。体のあちこちが痛むがやるべき仕事は、ちゃんとこなしていた。客の中にはこの喧嘩を見ていた者もおり、苦笑で対応したりもしていた。

 数日経ったある日、店長から六畳のアパートが空いたからそっちに移れと言われた。Aはくらっときた・・・・

 もうAには引っ越す気力も働く気力も残っていないのだ。


 その晩のうちにAは知人宅へ転がり込んだ。

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