Ⅱ-リターン・ザ・タイム
Ⅱ-Ⅰ テレスコープ
悪戯のハイミルク
スイートラジオがリニューアルオープンする日、私は仕事を手早に済ませ中島さんに「ちょっと急ぎの用があるから!」と言って大急ぎでスイートラジオへと向かった。前の五割増しくらいエッジの利いた見た目の入り口から入ると、以前入ったときとは違い、柔らかさのある木のベルからどことなく冷涼感のある金属のものに変化し私を迎えてくれた。
「あ、優花さん。いらっしゃい」
「どうも。で、今日はどうだった?」
私は周りに他の客がいないことをいいことに、カウンターの前に立って彼に話しかける。
「いやぁ、今日はすごく大変でしたよ。リニューアルオープン記念の一日限定特別バロタンが欲しいコレクターさんが揃って買いに来たんですから」
「あのラジオの形した箱?」
嬉しそうに話す茂樹くんに、店の中で一番目立つ位置に『売切御免』と達筆な字で書かれたポップと一緒に置かれた箱を指差して尋ねた。
「そうです。午前中限定千箱のハイミルクチョコレートが開店一時間で完売しました」
「……流石」
少し前に食べさせてもらった舌に絡みつくようなチョコレートの味を思い出し、あれが売れるのか……? と少し思ってしまうが関心が上回って賞賛の言葉が零れた。
「本当に、ファンの方々がいてくれるのはありがたいことですね」
「そうだね……ところでさ、今日君の仕事終わったら飲みに行かない? 再開店記念って事でさ」
「ええ……遠慮させてもらいます」
「私が奢るからさぁー!」
私の心からの依頼も虚しく、彼は肩に縋る私を優しく払うと
「外から見えるので止めてください……あと、三十分後にバスと観光客様のご一行が来られます。話はここまでにして、このエプロンをつけてくれません?」
そう言って私の手の上に丁寧に折りたたまれた一枚のエプロンを乗せる。ばっと手前で広げてみると、前に一度だけ使わせてもらったエプロンとはまた違ったデザインのものだった。
「やっぱり、エプロン変えたんだ」
「お、気付きましたか? この前渡そうとしてやめたんですけどね」
私の指摘に茂樹くんは嬉しそうな表情を浮かべてそう言った。ロゴに差異はなけれど全体的な雰囲気が少し違うように感じる。
「なんか、前とそんなに変わらないんだけど、なんか少し違うんだよね」
「そうです。外側のポケットを無くした代わりに内を増やして、更にメモ帳や工具専用のホルダーを作りました。あともう一つ、後ろの紐がシンプルな黒からこげ茶色と黒のストライプ柄になりました。なかなかいい出来でしょう?」
「うん、すごくいいと思う」
私は広げたエプロンを目の前で揺らしながらそう応えた。彼は「ちなみに私がデザインして特注しました」と言って誇らしげな顔をしている。
「すごい……なんでもできるんだ……」
「なんでもできる……というわけではありませんが、こういう細かいことは得意です」
「なるほど……そっか、器用だもんね」
「器用貧乏じゃないのはありがたいことですよ」
「そうだね」
「さて、もう少しでバスが来ます。ここから中に入れるので、そこのドアからバックヤードに行って荷物を置いて、エプロンをつけてきてくれませんか?」
彼はそう言ってカウンター横にある小さいスイングドアを指差して、そのまま奥にあるドアに指向した。私はスイングドアを押し開け、彼の後ろをすり抜けてバックヤードに繋がるドアを開ける。その先には前入った時と全く同じ光景が広がっていた。
「変わったのは表面だけ……か」
妙に悪口くさい言い方をしてしまったことに若干後悔したが、茂樹くんが聞いてなかったから大丈夫だろうと言い聞かせて机の上に鞄を置く。そしてずっと手に持っていたエプロンのストラップを首にかけ腕を通し、もうすぐ大忙しになるであろうスイートラジオに『店員』として突入した。
バスの大きなエンジン音と、力強いブレーキの音が聞こえる。店の前に停まった『The・観光バス』というような見た目をしたそれは前の小さな入り口からたくさんの観光客を吐き出し、彼らは一目散にスイートラジオの中へと入ってきた。
「限定千個のハイミルクチョコレートはお一人様五箱までです。転売目的でのご購入はおやめください!」
茂樹くんの大きな声が店に響く。たくさんの客は行儀よくレジに向かう列を成した。私は列の最後尾に立って、次々と並ぶ彼らを誘導し、気付けば列は一瞬にして店の一角を埋めてしまうほどになっている。お目当てのものを買った観光客たちは満足顔で店からバスへと戻って行き、だんだんと列は短くなっていった。
「限定ハイミルク五個と、ビターイチゴチョコ十箱、チョコフレーク一袋ください」
男の客はそう言って、茂樹くんはタブレットに値段を入力して客に見せる。
「七三八〇円になります」
彼はタブレットの画面に浮かぶ電卓の計算結果を一瞥してから財布とエコバッグを取り出し、五千円札と千円札三枚を取り出して鉄のコイントレーに乗せた。カウンターに入った私は客に渡されたエコバッグにチョコレートを詰めていく。この手のものは箱の大きいものや重たいものから入れるのが良いと叔母に教わった。不慣れな手つきで会計が終わる前に何とかやり切り、それを受け取った彼は小さく会釈をして店を出る。
「本日は誠にありがとうございました」
最後に店に残った添乗員さんはそう言い残し、最後の客を追うようにバスの中へと入って行った。ひんやりとしたベルの音が玄関に響いている。
「……さて、今日はおしまいですね」
電源が切られたレジスターから売上金を抜いて金庫にしまった茂樹くんはそう呟いて、大きく背伸びをした。
「え、早くない?」
「もう九時ですからね。あ、今日の分の給料です」
彼はカウンターの下から封筒を取り出し、金庫の中の柴三郎を三人、封筒に入れて私に渡す。
「あ、ありがと……」
本当に二時間以上経っているのに一時間ほどしか働いていないような不思議な感覚に陥って、ぎこちない返事をしながら彼に差し出された封筒を受け取った。
「なんだか納得してなさそうに見えますが、お客さんが来ると二時間なんてあっという間に過ぎるんですよ。待っている側は長く感じるのに売ってる側は短く感じる、面白い話ですよね」
「確かに」
私はそう言ってバックヤードに向かい、エプロンを丁寧に畳んで机に置かれた社用鞄に入っているエコバッグに入れる。それらを肩と手に持って、バックヤードの外で分電盤を触っている茂樹くんを軽く突き
「今日は久しぶりに楽しかった」
と言って、スイングドアを抜けて入り口の前に立った。
「優花さん、次はいつ来れそうですか?」
「あ、明日明後日はちょっと厳しいかも」
「わかりました」
「じゃ、またね。おやすみ」
「ええ、また今度。おやすみなさい」
私たちは最後にそう挨拶を交わして、私は店の外に出る。鍵を閉めようとドアに近付いた茂樹くんに手を振ると、彼も私に手を振り返してくれた。十二月の暮れ、冬本番。まだまだ温度が下がるだろう真冬の小さな風が私の頬を撫でる。そしてその小さな風はどこからともなく誰かが言い争う声を運んできた。「やっぱり君のそういう所が駄目だったの」「お願いだからさ、許してくれよ」とまるでドラマのような科白(せりふ)の数々。
「確か二人目の彼氏とはずっとあんな感じだったよね……」
歳で弱った脳からパンデミック前の記憶を蘇らせる。私の脳裏に浮かぶ顔だけが真っ白にクリッピングされた一人の男、今となっては顔すら思い出したくないような金の無心しかしてこないようなクズだがそれは過去にいた『彼氏』であり確実な『記憶』。
「クリスマス前にお疲れ様、だね。まあ君たちにはまだ余裕があるからいいと思うけど……」
ふっと自分を嘲るように出した小さな溜息は寒空と街灯の下で白くなって浮かび上がった。行き遅れの三十路少女は鬱々とした感情を抱えながら静かな街を歩いている。自室の鍵を開けて入り、食品庫からレトルトの牛丼とパックご飯が一緒になったものを取り出して電子レンジに突っ込んだ。
ラジオのボリュームを上げてパーソナリティーの声に耳を傾けていると、ピーっという電子音が鳴り、温かくなった牛丼を取り出して蓋を開ける。ふわっと美味しそうな匂いが私の鼻腔を刺激した。プラスチックの容器から浮かぶ湯気は私の冷えた肌を少しばかり温め、鬱々とした気分も多少は収めてくれる。シンクの上にある乾燥棚に置かれた箸を手に取ってダイニングテーブルに向かった。
「んー、茂樹くんにも教えてもらったし今度一人でやってみようかな……」
さっさと夕食を終えた私は箸を洗いながらそう呟く。横にあった空の容器をゴミ箱に投げ入れると、くしゃっと小さな音が響いた。風呂は適当に済ませて早急に寝自宅を済ませる。鞄からスマートフォンを取り出してベッド横の充電器に乗せた。
「あー、明日は何しよっかな……」
そう呟きながら布団を被って、少しボリュームを低めにしたラジオの音に揺られる。パーソナリティーの心地の良い声はふわふわとする私の意識を吸い上げて、眠りの淵から転がした。
「……うーん、どこから話せばいいものやら」
「どうしたの?」
私は鍋を見つめて考え込む茂樹くんの横に立って彼に尋ねる。鍋の中にはカレーとは言い難い黒い何かがぐつぐつと煮立っていた。
「僕はカレーを作ろうとしていた。でもルゥの代わりに同じサイズのチョコレートを入れてしまった。これではカレーではなくよく煮えた野菜と肉のチョコレートフォンデュです」
「は?」
茂樹くんが言い出したその言葉はあまりにもおかしすぎて、気の抜けた疑問表現しか出てこない。近くにあったスプーンで鍋を掬って口に運んでみると、彼が言った通り野菜と肉の風味が溶けだした奇妙なチョコレートのような何かの味だった。
「完全に間違えたんです。いますぐルゥを入れなおします」
「うん、お願いね」
次に私がそう言った時、意識は一瞬で夢の世界から現実に引き戻される。
「……あれは何?」
思わずそう口にしてしまうような奇怪すぎる、実際に自分が動いているようにしか思えなかった夢。明晰夢、というやつなのだろうか、なぜなぜの連続だったがとにかく、私と茂樹くんがなぜか一緒に住んでいて、なぜか茂樹くんが料理で大失敗していた。
「でもなんか、あの冷静そうに焦ってる茂樹くん面白かったな……ちょっと現実でも見てみたいかも」
そう呟いて、私はベッドから立ち上がり、朝の身支度を始める。昨日の夜から点けっぱなしだったラジオのパーソナリティーは鞠間くんに交代して、彼はその優しい声で天気予報と電車の運行情報を読み上げていた。
朝食は適当にパンを焼き、それを齧る。今日は特に差し迫った用事もない。だが、家でごろごろと時間を潰すのは非生産的かつ普通過ぎるのでどうにか別のことをしてみようと考えてみる。
「……あ、買い物行くか。普通のスーパーじゃなくてヒシマキとかそっちの方」
そう呟いて私は立ち上がった。机の上に落ちたトーストの破片をゴミ箱に投げてラジオのボリュームを落とす。そしてクローゼットから適当に下着と服を見繕ってそれに着替える。一緒に出していた小さめのリュックサックにエコバッグと財布を入れて玄関を出た。
まるで私が来ることを見透かしていたかのようにやってきた電車に乗り込んで、茂樹くん最大の敵であったヒシマキ最寄りの広駅に向かう。そしてそこから体感一キロ、呉環状線を歩くと周囲がひときわ賑わう建物、ヒシマキの本店が現れた。私は全く関係のない身だが、なぜか敵の根拠地に潜り込んでいるような感覚に陥る。中に入ると土曜の十時過ぎとは思えない程人が集まっていた。なんだなんだと人混みの先にある物を眺めると『世界の名機模型展』と書かれた大きなポスターが催事場の上に吊り下げられている。そこで思い出したのは茂樹くんが出てきた夢。
「あ、これ茂樹くんと話せる話題になりそう……」
私は人混みの横をすり抜けて、模型展が行われている場所に向かった。
入口を抜けて最初に目に入ってきたのは一つの大きなスケールモデル。滑走路に一つ、そしてその上を飛ぶように吊り下げられている異様に細長く尖った機体が一つ。モデルの横には『求めすぎた超音速』『最速の爆撃機は時代に飲まれた』と書かれたキャプションボードが置かれている。撮影禁止の札がないことを確認してそのキャプションボードとモデルを写真に収めた。
「あれ、小林先輩じゃないですか。どうしてこんなところに?」
聞き覚えしかないその声に振り返ると、案の定小林さんがそこに立っていた。「こんなところマニアくらいしか来ないはずなのに……」と言っている中島さんに
「前話してたミリオタの同級生、いるでしょ? あの人とのいい話題になるかな……って」
と返しながら、立ち話をしても問題がなさそうな隅の方に移動する。かなりオタクくさい小太りな男の人に軽く睨まれたが気にしないことにした。
「なるほど、それってボストークの人ですよね?」
「うん、そうそう」
「へぇ、想い人さんと楽しく話したいから……ってことですね」
私がそう答えると、中島さんはふっと私の顔を見て小さく笑い小突いてくる。
「ま、そうだね」
「へぇ、それでニヤついてるんですか? いや、もしかしてイイ夢でも見ました?」
これまでずっと私は無自覚的ににやにやとしていたらしい。こうなってしまう理由はもう一つしかないだろう。ふと脳裏にまたあの夢が思い起こされる。
「あー、図星ですか?」
「ま、まぁそんなところかな……?」
一瞬狼狽える私を見て彼女はまた笑い、少しからかうような口調で言った。
「なんかの縁ですし、小林先輩が良ければ一緒に回りましょうよ」
「うん、そうしよう」
私たちはまた人の流れに乗って展示場の奥へと進んでいく。
「夢に出てくるのは、ずっと考えていること。そのことを加味すると……」
隣で彼女がぼそっと呟いた。「何か言った?」と尋ねても、「いえ、ただの独り言です」と言って深追いはさせてくれなかった。
入口のコンコルドを過ぎると、『一、日本の傑作軍用機』と看板を掲げたブースに突き当たる。中島さんは薄汚れ錆びの浮いたようなプロペラ機の塗装を見て目を三十カラットのダイヤモンドの如く輝かせていた。まあ、三十カラットなどという大それたサイズのものは見たことないが、彼女の目の輝きはそれにふさわしい程である。
「小林先輩でもこれは聞いたことあるんじゃないですか?」
中島さんは手前にあるプロペラ機を指差して尋ねてきた。
「どれ?」
「零式艦上戦闘機(れいしきかんじょうせんとうき)です」
「れいしき……かんじょうせんとうき……?」
「ゼロ、と言った方がわかりやすいですかね」
「ああ、ゼロね。名前は聞いたことある」
ゼロ戦は昔から八月くらいになればよくテレビの映像で見るような気がする。確かカミカゼだとかシンプウという自爆テロまがいの戦法をしていた……とかしていないとか。確かに見た目はかっこいいが、あまりいいイメージはないような気がする。
「あとの機体は全部知らないと思いますので……あ、知ってるのがあったらすみません」
「絶対ないから安心して」
「じゃあいいでしょう。こちらは一式戦闘機です」
中島さんはゼロの隣にあるモデルを指した。ゼロとは違い、ほんの少し胴体が細く、羽も楕円ではなく特殊な台形のように見える。
「『空の狩人は軽快に舞う』?」
「ええ。この機体は日本で2番目に多く作られた戦闘機です。先に言っておきますが、戦闘機というのは爆撃機や攻撃機を含みませんよ」
「……どういうこと?」
「敵に爆弾を落とすのが爆撃機、敵の船に魚雷という……まあ船を沈めるための武器をぶつけたり爆弾を落としたりするのが攻撃機です。もっと言うなら、地上のものや船などを攻撃するために作られたのが攻撃機や爆撃機、空を飛ぶ飛行機を攻撃することに特化したのが戦闘機です。一般的に戦闘機の方が速いんですよ」
彼女の説明を参考にして、私は『彗星』という名前の機体を指して「じゃあ、これも戦闘機?」と聞いてみた。
「いえ、これは速そうな爆撃機です。『最後に放たれた反撃の一矢』とありますが、これはおそらくこの彗星がたった一機で旧日本軍最後の空母撃沈を成し遂げたことからでしょう」
「へえ……すごいの、それって?」
「やばいですね。たとえて言うなら縫い針一本で人を殺すようなものです」
「それはやばいね……」
そう感嘆する私の横で中島さんはアクリルケースの中に入っているモデルをいろいろな方向から写真に収めている。
「ねえ中島さん、この二式飛行艇(にしきひこうてい)ってどういうやつなの?」
「これは『飛ぶ鳥落とす空の戦艦』というキャプションの通り大きな図体に似合わず素早い上に重武装ですごく打たれ強かったんですよ」
「どれくらい強かったの?」
「二百発以上被弾してもなお攻撃してきた機体を撃墜して帰還したという話があるので相当です」
「なるほど、戦艦と言われるわけだ」
わらわらと流れ込んでくる人の流れに押され、日本の傑作軍用機ブースからアメリカ、ヨーロッパ、ロシアと流されていく。他の国の機体になってもなお中島さんの説明は尽きなかった。
「あ! An-225(アントノフ225)じゃん! 一番機と二番機両方あるのか……さすが」
「なにそれ?」
興奮気味で中島さんがカメラを向けたのは先の『二式飛行艇』やアメリカの『B-52』よりも大きくて近代的な見た目をした飛行機。キャプションボードには『その巨大な機体は夢を乗せて空を駆ける』『夢はまた飛翔する』と二つ書かれている。
「これはウクライナのアントノフという会社が作った輸送機なんですけど、現状世界最大級のものなんです」
「確かに、すごく大きいよね」
「かつて一番機は「たった一つの世界最大機」と言われてたんですけど、戦争で一番機が破壊された時に修復されるまでの繋ぎとして二番機を建造したんですね。二〇二二年の戦争が終わってからは二機体制で今も空を飛び回ってるわけです」
「なるほど、ちなみにМрія(これ)って何て読むの?」
「『ムリーヤ』と言います。現地語で『夢、希望』という意味です」
「ならキャプションも納得だ」
「そうですね」
私もそのムリーヤを写真に収めて、傑作軍用機のブースは終わりを迎えた。民間機のブースに入ったときから中島さんの饒舌さは少し収まったように感じる。軍用機のブースとは違い、こちらは空港を模した大きなスケールモデルとして展示されていた。中島さんの饒舌さが収まった理由は単純に知識が少ないからなのだろうか、「ボーイングって707からあるんだ……」と小さく呟いている。私の目についたのはボーイング747、いわゆる『ジャンボジェット』と呼ばれていたものらしい。それ以外にもエンジンを三個積んだものや、鼻先が異様に尖っている機体がいた。スケールモデルと各機体のキャプションボードをカメラで撮って、特に話をすることもなく気づけば出口前の物販コーナーに辿り着いていた。
「いやあ、面白かったですね」
「中島さんのお陰で新しい知識が増えた気がする」
「それはどういたしまして。あ、これ買おう」
並んでいるプラモデルの箱を眺める中島さんと一緒に展示の感想を言い合う。彼女はさっきのAn-225のプラモデルを手に取ってレジへ向かって行った。代金を支払ってこちらに戻ってきた彼女はすごく満足げな顔をしている。
「じゃあ、この後和徳さんと会う約束をしているので」
「うん、わかった。ありがとうね」
そう言って食品売り場へと足を運ぼうとした時、中島さんが「あ、」と口を開いてから
「そう言えば私、和徳さんと同棲することになりました」
と言った。あまりにも突然すぎる報告に一瞬驚いたが「ほんとに!? おめでとう!」と咄嗟に返す。
「それだけです。足を止めてすみません」
中島さんはそう言うと、さっさとどこかへ行ってしまった。
「へえ、同棲するんだ……」
喜ばしい出来事だし、祝いたかったのだがなぜか私の心の奥底では妙な感情が渦巻いている。その鬱々とした嫉妬に似る感情は、買い物を終え家についてもなお収まることはなかった。
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