趣味のジャンドゥーヤ
ひとまずの用事も片が付いて、特に意味もないまま商店街を散策している時、「そういえばさ」と唐突に私の口から零れ落ちた。
「どうしたんですか?」
「私さ、昔は銃とか戦車とか戦闘機とか、そういう類のが好きな人ってちょっとやばい人なのかなって敬遠してたんだ」
「ほうほう?」
中島さんは実に興味深そうな目をこちらに向けて聞き返してくる。
「それは違うってこと、高校生の時に知ったんだよね」
「へえ、それはどうしてですか?」
「今度時計をあげる人が言ってたの。『ミリオタは戦争が好きなんじゃなくて、戦争を抑止する兵器が好きなんだ』って」
私がそう言うと彼女はふっと空を見上げて
「確かにそうですね……戦争を起こすのはあくまでも『人間』です。でも私は兵器(この子)が可愛いから好きなんですよね」
「かわいい……?」
クエスチョンマークが私の頭の上に跳ね上がった。あんないかにもという感じの兵器のどこに『カワイイ』要素があるのだろう。『厳めしい』、と言えば確かにそうだけれど、『カワイイ』というのはどうにも理解できない。どこにそんな要素があるのかと考えていると中島さんが
「分からない人にはよく解らないらしいんですけど、ここが可愛い~とかあるんですよ。例えばチハたんの鉢巻とか、アレクトの……」
「待って待ってわかんない」
唐突に語り出そうとする彼女に驚き思わず言い返す。すると彼女はうっすらと不服の表情を浮かべて
「ま、わからないならそのままでいいですけど」
そう言ってふいっと私から顔を逸らした。
少しばかり商店街を南下してアーケード街に差し掛かったとき、小林さんがはっと何かに気が付いたような顔をして言った。
「小林先輩、まさか人に渡すものに何もしないなんて……ないですよね?」
こちらを見る目が非常に恐ろしい。
「あ、あぁ包装紙! 忘れてたよ」
「じゃあ、あそこ行きましょう」
そして彼女は周りよりも一際目立つ看板を指差し、私の腕を力強く引っ張って歩く速度を少し速めた。
私が『パッケージミナキヤ』の戸を引くと、中は子供から大人、さらには高齢の方まで休日の夕方とはそうそう思えない程混雑している。
「小林先輩、何かこんな感じがいいとかありますか?」
「水玉とか……かな?」
「じゃあパステルかビビッド、どっちにします?」
「そうだなぁ……あ、すいません」
ふっと頭に浮かんだイメージを形にしてみようと、ちょうど横を通り過ぎようとしていた店員を呼び止めて
「段ボールで、時計が入るくらいの箱ってありますか?」
大学生くらいの見た目をした店員は小さくしゃがむと陳列棚から水色の箱を取り出した。
「こちらでよろしければ」
第一印象とは裏腹にトーンこそ高けれど腹の底に響くような男性的な声。そこで初めて彼女、いや彼が男だと気付いた。
「あ、これと同じサイズで茶色のものってありますか?」
「はい。こちらです」
彼はまた先程と同じ場所、今度は少し奥の方から薄く折りたたまれた『広げたら箱になるであろう薄いボール紙』を手渡した。「自分で組み立てろってことね」と当々然々の事を心で呟きながらそれを手元でくるくると回してみる。その横では中島さんが店員にスマートフォンの画面を見せて
「こんなシールってありますか?」
と聞いていた。彼は少し考えるそぶりを見せてから「少々お待ちください」と置き土産に言い残して、レジに座っている店長のような風格がある還暦を過ぎたくらいであろう従業員に
「あの……共産主義的な鎌とハンマーのあるステッカーって……」
「あるよ」
彼女の清々しいまで即答に思わず吹き出しそうになってしまったが、全力で平静を装い笑いを堪える。
「どこにありますか?」
「ステッカー棚、十五列七段」
「わかりました」
店主に彼はそう言うとこちら側へ小走りでやってきて、「ご案内します」と私たちを先導し中島さんが求めているシールがある場所へと導いた。
「あ、ほんとにあった!」
そしてものすごく嬉しそうな中島さんの声が聞こえて来たのはわずか数十秒後の事だった。彼女の片手には黒い鎌とハンマーが描かれたクリアステッカーが大事そうに握られていた。
「これですよ! これこれ!」
「なにこれ……? 教科書とかで見たことある気はするけど……」
意気揚々と話す彼女に対して私は何が言いたいのか全く持って理解することができず、頭上にバレーボール大のクエスチョンマークが跳ね上がった。
「何を隠そうこれは《一九五五年以降》のソ連国旗についていた共産主義のシンボルです。これを貼れば、お相手さんのテンションも上がると思いますよ。ミリオタでソ連が嫌いな人なんて約ゼロ人ですから!」
「……ほう」
私が呆気に取られていると「じゃあ、お会計に」と言って彼女はさっさと歩き始める。
「待って待って、包装紙忘れてるから」
「あ、そうでしたね。じゃあ、これでどうです?」
レジ近くにたくさん並べられた中から一枚手に取って私に見せる。それは一般的な『赤』ではなく色にもっと深みを増した『アカ』色。
「赤かあ……それよりは別の方がいいと思うんだけど……」
「ソ連の色は赤(アカ)ですよ」
「でもロシア軍の時計じゃん」
「ロシアもソ連もミリオタからしたら一緒なので」
「そこまでソ連にこだわらなくても……」
私がそう言うと中島さんは「仕方ないですね……」と不服そうに呟きながらアカ色の包装紙を丁寧に元の場所に戻すと、新聞のような包装紙が多く置かれているコーナーから英語ではない文字が入った包装紙を取り出してこちらに持ってくる。
「じゃあ、これはどうでしょう。英字新聞のロシア版です」
「やけに限定的だね……」
「これはキリル文字が入ってますからね」
「……なんで?」
「ソ連の公用語ってなんでしたっけ?」
一連の言動から大体の察しはつくが、何故キリル文字なのかががよくわからない。彼女の言う通りに数少ない地理と言語学の知識を総動員してソ連国民に何系の民族が多かったかを思い出してみる。
「ああ、なるほど。ロシア語だからか」
「ダー(Да)! こういう細かいところに隠しておくのがいいんですよ、あとでわかっても楽しいですからね」
「だ、だー?」
突然出てきた確実に英語ではない何かの言語に驚き、それ以降の彼女の言葉が消し飛んでしまった。
「あ、ロシア語で『Yes』という意味です」
「なるほど」
初めて聞く知識に感心していると目線の先では高校生くらいの少女のような社会人が何か得意げな表情を浮かべている。
「で、これ選んだの中島さんって言っておいてもいい?」
「いいですけど、勝手にくっつけないでくださいね?」
「もちろんわかってるよ?」
「なら大丈夫です。じゃあ、今度こそお会計しましょう」
彼女がそう私を促し、二人でレジに向かう。
「……一二五五円ね」
「はい」
私は財布から柴三郎と五百円玉を取り出して渡す。
「二四五円のお返しです。ここで包むならそこにする場所あるから、そこでお願いね」
「はい、ありがとうございます」
私はそう言うと手渡された商品を受け取り、裁断機やらなんやらの専門的な機材が置かれた小さな作業スペースで小さな段ボールを組み立て、そこにボストークを詰める。
「小林先輩、ここにいいのありますよ」
私が包装紙を作業台の上に広げて箱を上に置いたとき、中島さんが何かを指差して私に呼び掛けた。
「なになに?」
「これ、包み方の説明してある紙です」
彼女はそう言うと私にA4サイズの小さな紙を渡す。そこには『斜め包み』や『合わせ包み』、『贈答体裁』といろいろな方法が絵に描かれている。
「これが一番オーソドックスじゃないですか?」
「斜め包みってやつ?」
「そうですね」
「じゃあこれにしよう」
私はそう言って、図解に描かれている通りに最初は包装紙を少し斜めにし箱の隅を少し出す。そこから左辺の側を折り、くるりと転がしてから右辺と上辺を順々に折る。最後の仕上げに共産主義的なシンボルのクリアステッカーを貼って終わり。
「よし、できた!」
「おぉ、結構うまくできてるじゃないですか」
中島さんは歴史的な物を見る専門家のように指であごを摩りながら言った。
「なんで上から目線……」
「え、だってそういうの得意そうなイメージじゃなかったですから」
「これくらいやろうと思えばできるんです!」
「またまた意地張っちゃって、ほんとは「意外とうまくできた!」とか思っちゃってるんでしょう?可愛いですねぇ……」
彼女は小さな子供を見るような慈愛に満ちた眼差しでこちらを見つめている。小さな子供はどっちだよ、と少し思ったがかわいいと言われることは嫌には思わなかった。
「ま、まぁ!? そう思わなかったっていったら嘘になるけど……?」
「まあ、いいでしょう。というかもう六時四十五分ですけど……待ち合わせの時間って大丈夫ですか?」
「え、もうそんな時間なの?」
彼女に言われて初めてかなり時間が経っていることに気が付いた。急ぎ足でボストーク入りの箱を鞄に入れて店の外に出た。
「中島さん、今日は休みなのに付き合ってもらってごめんね」
「いえいえ、小林先輩の面白いところが見れたので。じゃあ仲直り、頑張ってきてくださいね」
中島さんは小さく親指をぐっとあげて笑顔と共にこちらに向ける。
「うん、頑張ってくるね」
私はそう言って、再び茂樹くんと待ち合わせている場所へ向けて歩き始めた。
「仲直り、ねぇ……」
時計台の横を通り過ぎながら小さく呟いた。正直、まだ本当に彼のことを信じることができる確証はない。あの時みたいに感情が昂ってしまうかもしれないし、彼の話に本気で耳を傾けられるかどうかも怪しい。
「まあ、大丈夫だよね。うん、大丈夫」
こんなこともあろうかと……いや本当はただ使う勇気がなくて押し入れに押し込んでいただけの九月に新調したショルダーバッグの一番上に乗せられた異様に角ばったそれを優しく撫でてから、深呼吸をして肩にかかった紐を張りなおす。ふっと小さく冷たい北風も私の背中を押してくれた。
「こんばんは、茂樹くん」
「こんばんは」
『アイアン鼻唄』の前に戻ると、茂樹くんはスマートフォンを眺めながらぽつねんと一人で突っ立っていた。時折ゆらゆらと揺れたり、少し背を伸ばしてみたり、奇妙なほどの薄ら笑いを浮かべたり。一瞬別の方向に目を向け戻したときには先程とは打って変わって深刻そうな顔をしている。が、私に気付いてか鉄仮面を被り直したように普段の硬い表情に戻った。
「早いね。何時に来たの? まだ約束の時間の前だと思うけど……」
「じゃあ時計を見てみてください。今は何時何分ですか?」
「え、丁度じゃないの……?」
「いえ、十九時三分です。こんなところで立ち話をしているのもなんですし、もう入りましょう」
茂樹くんはスマートフォンを後ろのポケットに突っ込むと「まあ別段気にはしていません」といった様子で、暖簾を分けて店に入ろうとする。そして私は今日は言葉遣いが丁寧な人としか喋ってないな。と思いながら彼の後を追った。
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