第四章『阿鼻叫喚の星 MASS HYSTERIA』
七十時間が経過した。
突然、縦型円盤から爆炎が上がったかと思うとテガッサから緊急通信。
『大統領、百二十秒以内にログインすること! さもないと全核ミサイル一斉発射!』
アメリカが円盤を攻撃したらしい。大統領は罰ゲームとして氷水を注いだバケツの中身を頭から被らされた。
この件もあってなのか、なんとなく天体衝突が現実感を持ち始めた。中東では半狂乱の群衆が聖地に大集合したらしい。
「なんか海外のセレブはとっくに宇宙旅行の予約してるんだって」
「露国とかロケット飛ばしまくってるらしいじゃん。落ちてる本数もすごいらしいけど」
「沖縄暴動起きたぞ……」
ぞぞぞ。と。
寒気のようなものが部員たちの背筋を駆け抜けていく。
「もしかして、ヤバい?」
「俺、家族と連絡してねーや……」
「今更どうすんのこれ……」
「もう……」
池に小石を投げ込んだ時のように広がる動揺。その時、
「お前らッ!」
部長の一喝。
「────俺たちはなんで
「……っえ、映像研究部員だから?」
「そうだ。この俺たちは地球上における情報を用いたごらく部だ。俺たちには情報を制作、加工、公開する能力が有る! 世間に惑わされるな! 宇宙人の要求は俺らの得意分野じゃねーか! たぎってこねーか、受けて立とうぜこの挑戦! 俺らの地球を俺らが救わないでどうする! 俺らは仲間で、敵は宇宙人だ! 最後まで俺ら一緒に戦いきろうぜ!」
「…………部長」
「部長!」
「先輩!」
「部長―っ!」
感極まって涙まで流しだす者もいた。
部長の号令の下、気合の「エイ、エイ、オー!」。
その背後では、ゲームもやめた稲穂がカチャカチャPCをいじっていた。
九十時間経過。今までの作った短編映画の中で面白そうなものを投入する。しかし、歯牙にもかけてもらえない。
完全にスルーされている。
世界に目を向ければとりあえずコツでもつかんだのか大型賞金はかなり上がってきている。タイで謎の恋愛小説。イラクではライトノベル化した『王書』が。スペインでは牛が暴れない牛追い祭りのビデオ映像。アメリカからは海兵隊の訓練風景。
「判定基準がまるで解りませんね」
しかし、これだけ成果を上げてもようやく合計十五万ポイント。
「あと二日くらいしか期限がないのに間に合うのかな?」
世界にはこの部室のような情報提供チームが結成されている。
単なるモノ好きから、ハッカー、学者、会社に宗教団体や諜報組織まで。まさに有象無象。
多くの会社はすでに営業していない。社会人たちは皆、家族と最後の時間を過ごしているらしい。
こっちの映像研究部では人によっては泊まり込みで作業しており現場はすでに死屍累々。一日に一回通う程度の環も現場の雰囲気にあてられてグロッキー状態。
横目で見ると稲穂があいかわらずPCをカチャカチャやっている。
「うひゅほっほほっほうはー!」
掲示板チェックしていた部員が変な声出しながらイスから転げ落ちた。
「い、一万ポイント。誰だ? なんだコレ?」
「お、いい値付いたわね~」
稲穂がチェック係のPCを覗き込んで言った。
「「「お前か!」」」
驚く一同。
「一体何上げた?」
「そのへんの電波ソングの詰め合わせ~。エロゲらしいよぉ~」
「うわーい日本の恥―」
「あと児ポ。無修正」
「敗戦国の末路が! 死ね!」
その他にもいくつか投稿していたらしくその多くが大型賞金を獲得していた。
全体合計、十九万ポイント。
中身は全部しゃべり言葉で書かれたレポートや、ウナギのグラビア集など。なかでも一番の獲得額が、動画や画像などではなく稲穂のオヤジギャグ、
『レンジで連日パパットライスはつライッス』
これで二万ポイント。
「うわ、ゾワっとした」
「すごく寒いです先輩」
「人間アイスエイジ」
ついに百十時間経過。
あと十三時間で地球が終わる。
既に会社も全て機能停止しているかと思っていたが水道をひねれば水が出た。
「みんな普通に働いてるんだな」
「まあ日本人だからねえ。休暇なんかとらんよ」
昨日から米田稲穂は動画やらなにやらを上げ続けており、既に全体合計は二十五万ポイント。
「いっけーヨネさん、かっ飛ばせ―」
「地球の未来お前に託した!」
「お前らもやれよ」
部室内のムードも上り調子、イケる気がしてくる。
もしもこれで地球を救った日には米田稲穂は一気に億万長者にして世界の英雄になる。
しかし、稲穂はふと時計を見て、
「あ、四時十分だ。五限始まる」
「は?」
「授業いってくるよー。んで、バイトあるからそのまま帰るー」
「おい待てちょっと地球どうすんだ? 地球なくなったら進級できないぞ!」
「いやぁ、でも授業は出とかないと」
「世界の終わりの瀬戸際だぞ?」
「出席ヤバいんだ。地球救ってもそれじゃ意味ないでしょ。んじゃ、がんばってねー」
パタンと扉が閉まる。
室内が凍りついた。
いつからか稲穂の快進撃に目がいってしまって皆何もしていない。
部長がスマホをいじくって稲穂が帰ってしまったことを掲示板に書き込む。
掲示板の住人たちも部室同様、なにもしていなかった。
コロッセオの剣闘士を見学するがごとく。
かくして、尻に火がついた地球人たちによる最後の悪あがきが始まろうとしていた。
「うわああ回線重い!」
「日大から素材来ました!」
「おっしゃ編集しろ編集!」
「間に合いません!」
「そんまま上げろ!」
「セミの脱皮ドキュメント完成!」
「これおもしろいの!? ねえおもしろいの!?」
蜂の巣をひっくり返したような大騒ぎ。複数の大学となりふりかまわず提携協力して人数の多い部が映像を撮り、人数の少ない部がひたすら編集する流れ作業。
まるで中国の合従軍。
現在、二十八万ポイント。
残り、二万ポイント。
一人、窓を指さし叫ぶ。
「おい、窓見ろ! 窓!」
傾いた太陽。だが空が異様に明るい。北の空に、真っ赤な天体が見えた。
情報集積体『オドラデク』だ。
「地球の大気が、照らされている」
空には、同じく赤に染まったテガッサの縦円盤が見える。
秋の夕焼けよりも赤い空。
街のあちこちから嘆きの悲鳴が聞こえる。
「ぶ、部長……」
「気を確かに持て! 地球の運命がかかってるんだぞ!」
大わらわの部室。
窓の外がどんどん赤くなっている。
天蓋の『オドラデク』がどんどん膨らんでいく。
「現在二十九万三千ポイント! あと五十分!」
ブツン。
PCの電源が切れた。同時に外に一瞬閃光が走る。
TVも一瞬切れて、すぐついた。ニュースが始まる。
『えー先程米国大統領が円盤に対し、核攻撃を行った模様です。被害は』
『合衆国大統領! ペナルティ! おしり百叩き! あと貴国からのアクセスを規制させてもらう!』
PCを見る。全部再起動、しかも不正終了の為エラーチェック中。
作業中だったから保存なんてしてはいない。
「か、核攻撃のパルス波……」
「……」
「………」
「……あ…………」
「……────……」
「………」
「………」
「…………終わりだ」
『うわああああああああああああ────ああああああ!?』
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